「マイ・ウェイ」から『道』を聴くと歌を通じてこの母娘が会話をしているみたいで、そうね、感動的。改めて、へんな親子だわ(笑)。照實さん居場所あるんかいなと思ってしまう位。
この2人の歌の威力に触れるにつけ、テクノロジーは常に「ただのメディア」であって欲しいと思わずにいられない。極論すれば、ヒカルに近所のライブハウスに来て貰ってアカペラで歌って貰えればテクノロジーなんて何一つ要らないのである。いやライブハウスの照明をつけるための電力の安定供給の為にどれだけのテクノロジーが投入されていると思っているんだ、と言われそうだけど、勿論そういう事じゃなく。河原や原っぱで歌って貰ってもいいけどヒカル風邪引いちゃうじゃん。そこは冷暖房加湿器完備の室内で歌って欲しい。
それさえ叶えば、マイクもアンプもスピーカーも、パソコンもインターネットもダウンロードもハイレゾも何もかも要らないのだ。至高の価値がそこにある。宇多田ヒカルの生歌だよ。普段はそれが叶わないからわざわざとんでもない値段のスタジオ代を払って最高の環境で歌って録音してCDやら配信やらのフォーマットにして我々の元に届いたのを様々な再生機械で不完全ながら再現して毎日を過ごしているのだ。何度でも言おう、目の前でヒカルが歌ってくれるのならテクノロジーは要らない。それが無理な時に慰めの助けになってくれるからテクノロジーは素敵なのだ。
…何を言いたいのかここの読者ならもうお分かりだろうからもう何度も筆を重ねる事はしない。ただただ、生歌の生中継が楽しみ。これに尽きるんです。14年前、自分は『20代はイケイケ!』を高音質高画質で体験したくてナローバンドからブロードバンドに切り替えた。なんだかんだで実際に切り替わったのは当日だった。間に合って本当によかったよ。テクノロジー万歳ですよ。
ホノルルに行って『In The Flesh 2010』を観られたのも飛行機が無事に飛んでくれたお陰だ。ありがとう航空会社の人たち。ありがとうライト兄弟。
それを言い始めたらライブ会場の運営の人たちや電車の運転手さんとかにもお礼を言わねばなるまい。どうもありがとう、ありがとう。
…キリがないけれども、こうやって世の中のあらゆる人たちに感謝したくなるのも、どのケースであっても最後にヒカルの歌が聴けたからだ。それに尽きる。いいですか、それに尽きる。テクノロジーは、文明社会はその為に機能していると言っても過言ではない。いいですか、言い過ぎとちゃうんですよ。…やばいこいつ、目が本気だ。(笑)
勿論、何かそれ以上のものを呈示する自信があるのなら、見せて貰えればいいのですけれども。くれぐれも、過信のないように、お願いしますデスよ。
| Trackback ( 0 )
|