トシの読書日記

読書備忘録

破綻しつつも希望が(あるいは希望の光のようなものが)見える世界

2010-11-21 19:10:56 | か行の作家
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「愛について語るときに我々の語ること」読了



これも毎週火曜日の中日新聞の諏訪哲史のエッセイに紹介されていたもので、著者名は知っていたものの、読んだことがなく、興味をそそられて買って読んでみたのでした。


めちゃくちゃ面白かったです。間違いなく今月のベストワンですね。いや、今年のベスト5にも入るかも知れません。傑作です。全部で17の短編が収められているんですが、どれもが独特の世界に彩られていて読む者を飽きさせません。訳者の村上春樹が、いかにも好みそうな作家です。村上春樹が好きな人には絶対おすすめですね。


この中で自分が一番好きな作品は「風呂」という短編。ある夫婦と小さな子供がいて、母親が子供のためにバースデイケーキを町のケーキ屋さんに予約するんですが、その誕生日の当日、子供は学校へ行く途中、交通事故に遭う。歩いて母親のいる家へ戻るんですが、そこで倒れて病院へ運ばれる。子供は昏睡状態になり、連絡を受けた父親が駆けつけ、二人でベッドの横にすわり、子供をずっと見守る。そして父親は、一旦家へ帰り、風呂に入ろうとするんですが、そこへ電話がかかってくる。「ケーキをまだ取りにきてませんね」電話の相手はそう言うのだが、事情を知らない父親は「何のことかよくわからない」と言って電話を切ってしまう。父親は病院へ戻り、今度は母親が家に帰ってくる。そしてラスト…引用します。


電話のベルが鳴った。
「はい!」と彼女は言った。「もしもし?」
「ワイスさんですかね」と男の声が言った。
「そうです」と彼女は言った。「ワイスの宅です。スコッティー(子供)のことですか?」
「スコッティー」とその声は言った。「スコッティーのことですよ」と声は言った。
「スコッティーに関係あることですよ、ええ」


これでこの短編は終わっています。子供が生死の境をさまよっている時にケーキ屋はケーキを取りに来ないことで電話をしてきている。この両者の思いのあまりに大きなギャップに暗澹としてしまいます。なんともいえないシュールで不思議な世界です。



シチュエーションとか登場人物の細かい人間関係とか、そういった部分を削ぎ落とせるだけ削ぎ落として見せる世界。そして読む者をいともたやすくその世界に引きずり込むその文章の手腕。とんでもない作家がいたもんです。同作家の他の作品も是非読んでみたいですねぇ。




こういったびっくりするような刺激があるので読書はやめられません。


いやほんと、麻薬です。




書店で以下の本を購入


ポプラ社百年文庫「灯」夏目漱石/ラフカディオ・ハーン/正岡子規

なんてことはない新婚夫婦の物語

2010-11-21 19:02:56 | あ行の作家
朝倉かすみ「夫婦一年生」読了



これも姉が貸してくれた本です。最近の朝倉かすみは、なんだか大衆小説にどっぷりつかってしまった感じで、昔の切れの良い文章はどこへいってしまったのかと非常に淋しい思いをしております。


本作品もその例にもれず、この記事のタイトルのごとく、なんてことのない小説に仕上がってしまっています。こんな小説、50ヅラ下げたおっさんが読むもんじゃないですね(笑)あの「肝、焼ける」とか「ほかに誰がいる」といったような小股の切れ上がった文章がなつかしいです。


最初に衝撃を受けた作家が、こうしてだんだん没落(?)していってしまうのは本当に忍びないです。



朝倉かすみ様、もう一度昔を思い起こして下さい。


切に願うばかりです。