トシの読書日記

読書備忘録

時代と思想に踏み込む

2010-11-27 14:15:07 | た行の作家
坪内祐三「ストリート・ワイズ」読了



この坪内祐三という人は、いつもちょっと気になる人で、「ブ」で200円で売っていたので、買ってよんでみました。評論集です。


何年か前、「山口瞳の会」の例会が東京の国立で行われ、その中で坪内氏の講演があり、なかなか面白い話が聞けたんですが、テーマが「山口瞳」ということで、その他の話題にはほとんどふれられずじまいだったので、なおさら気になっていました。


自分と興味が合わない点が多々あるものの、この人の読書に対する気持ちには自分と相通ずるものがあり、そこらあたりがちょっとうれしかったですね。

一番印象に残ったのは、読書の楽しみとして、「どこかに連れ攫(さら)われてしまう読書。日常の中を流れている物理的な時空間とは異なる、もう一つの時空間を得るための読書。自分の内側に潜在的にしまいこまれている別の自分と出会うための読書」と定義し、坪内氏がカフカの「変身」を読んだときの衝撃を語っています。以下、引用します。


「夕方、5時半ごろから、私は、『変身』を読み始めた。(中略)夢中になって読み続け(途中、私は、活字が確かに立ち上がってくるのを感じた)、2時間ほどたって読了した時、あれほど明るかった陽は、すでにとっぷりと暮れていた。最後の何頁かは、私は、まっ暗な中で読書を続けていた。まっ暗でありながら、私は、部屋の電気を灯けようという気が起こらなかった。
『変身』を」読み終える2時間の間で私の中の何かが変わった。私は今でもそれを実感できる。(中略)『変身』を読み終えたあとで、世界は、元の世界ではなかった。まっ暗な部屋に一人いた私は主人公のザムザだった。」


こういった体験は、読書好きの人なら誰もがもっていることだと思うんですが、これが読書の醍醐味だと思います。自分のそれは村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」でした。


坪内祐三は、いろいろな雑誌にコラムとか書いてるようなので、これからちょっと注意して見るようにします。




ネット(アマゾン)で以下の本を購入


永井荷風「墨東奇譚」
谷崎潤一郎「細雪」
レイモンド・カーヴァー著 村上春樹訳「大聖堂」

三十年のプラトニック・ラブ

2010-11-27 13:51:45 | あ行の作家
宇野浩二「思い川/枯木のある風景/蔵の中」読了



またまたこれも中日新聞の諏訪哲史氏のエッセイに触発されて買ったものです。諏訪氏の記事では、「蔵の中」の紹介をしていたんですが、この3編を収めた作品集の中では「思い川」がメインになっているようです。


どうもこの作家は、自分にはツボではなかったですねぇ。諏訪氏の勧める「蔵の中」もちょっとぴんとこないし、「思い川」もなんだかねぇ…

「思い川」は、大正12年の関東大震災から話が始まり、昭和20年の終戦のあたりまでの一人の男と女の物語なんですが、私小説家とされている同作家なので、これは自分の話なんだろうと思われます。まぁそれはそれでいいんですが、話がちっとも面白くないんですね。主人公である男の、女に対する心情がまったくといっていいほど描かれていないんです。巻末の解説にもそのことがふれられており、「『思い川』には主人公の心理描写が不足しているという批判も出されている」と解説子も認めており、その上で「だが、もし宇野浩二が主人公の心理を詳細に描いたとすれば、『思い川』は『思い川』たりえるのだろうか。むしろ宇野は、あえてそれらを削り去ることで、『思い川』を『夢みるやうな恋』の物語に仕立て上げたのではないか。」と反論しています。


ここらへんは意見の分かれるところで、自分としては詳細にとまではいわなくとも、もう少し心情の描写があっても、というか、あったほうが物語としてこの作品はもっといきいきと輝くのではないかと思うんですがねぇ。



いずれにしても諏訪哲史のエッセイに紹介される本は、いつも期待して読んでいただけにちょっと残念でした。