トシの読書日記

読書備忘録

不安と狂気に対する老人の恐怖

2013-05-31 11:20:42 | あ行の作家
大江健三郎「さようなら、私の本よ!」読了



大江健三郎、「後期の仕事(レイター・ワーク)」三部作の完結編であります。これまでの二作とは、また作品の雰囲気がかなり違って、ちょっと大江らしくないというか、スリリングな仕掛けが随所に見られました。



「四国の森」の「デモごっご」で頭に大怪我を負った長江古義人は、奇跡的に生き返り、北軽井沢の山荘で静養するのですが、そこに現れたのが国際的な建築家である椿繁。彼は四国の少年時、古義人と幼なじみなのでありました。


そのシゲとコギーが北軽で過ごすうち、シゲは、あるとんでもない計画を持ち出します。それが爆破テロなんです。最初、東京のビルを破壊する計画をするのですが、断念して、なんと古義人の別荘を爆破させることになります。しかし、シゲのブレーンである武とタケチャンが爆破後、それは事故だったと警察に説明せよとの指示に反発し、予定より早くそれを実行して犯行声明を出します。そしてその時、タケチャンは鉄パイプに頭を貫かれて死んでしまいます。その後、古義人は「四国の森」に隠遁してしまいます。


大ざっぱなストーリーはこんなところなんですが、作中の登場人物がそれぞれの強い信念、アイデンティティを持ち、古義人と関わっていくところが非常に面白かった。ウラジミール、清清、ネイオ、武、タケチャンと個性豊かな面々です。特にウラジミールが三島由紀夫が自決したことに関して、それで気持ちがくすぶっている自衛隊のメンバーを蜂起させ、テロを企てるという、荒唐無稽な計画を持っていることに驚きました。


大江健三郎と三島由紀夫は、いわば水と油なわけですから、著者である大江は、そこらへんを充分意識して書いたんだろうと思います。それを考えるとそのあたり、さらに面白いです。


読み物としては充分面白い小説ではありましたが、テーマはやはり「核廃絶」ということでしょうか。古義人が生きているうちに世界から「核」はなくならないことは確実なわけですから
、今、古義人は日本はもちろん、世界中の新聞から世界が悪い方向に進みそうな「徴候」の記事を読み、それを文章にして次の世代の若者に渡すことが彼の仕事になっているわけです。そこで最後のシーン、シゲは君が大きい音を聞かないうちに(死んでしまわないうちに)それを早くやるべきだと励ますわけです。


しめくくりのT・Sエリオットの詩句が胸に響きます。



老人は探検者になるべきだ
 現世の場所は問題ではない
 われわれは静かに静かに動き始めなければならない 

コメントを投稿