トシの読書日記

読書備忘録

家に帰る苦労

2017-09-05 17:00:05 | あ行の作家



色川武大「生家へ」読了



本書は平成13年に講談社文芸文庫より発刊されたものです。初出は昭和50年といいますから自分が23才のときですね。色川武大、50才のときの作品です。


以前「怪しい来客簿」を読んで、こ奴は只者ではないと思っていたんですが、本書を読んでその思いを一層深くしました。


色川の生家(一応フィクションの形を取ってはいますが)、東京の牛込区矢来町80の家を出て、文字通り路上で生活をし、ふいに家に戻る。その所在ない風情が、行間からしみじみと伝わってきます。それには父、武夫との間に確執があったことが大きな要因となっているわけです。


この、事実ともフィクションともつかぬそのあわいのあたりで話を綴っていくところが、先に読んだ「怪しい来客簿」同様、色川の作品の大きな特徴になっています。


主人公の眼前に広がる不思議な光景。目を開けていてもつぶっていても見える。それは幻視だとわかっていても甘美な気持ちにさせられる。こういった描写がそこここにあり、シュールな雰囲気を醸し出しています。


一番最後のところ、少し引用します。

<私は小説というものから逃げるようにばかりして来た。小説ばかりでなく、あいかわらず、自分自身からも遠ざかろうとしていた。
 私は転々と居所を変えた。そうして、気がついてみると、自分の来し方すらよくわからなくなってきている。もうひと息だ、という気がどこかでする。>


もうひと息だという気持ち。自分と色川氏のそれとは全く違うものかも知れませんが、自分なりによくわかる気がします。


併載の「黒い布」、これは色川武大とその父、武夫との親子の確執を父の視点から見せた作品で、なかなかの佳作であると思いました。

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