トシの読書日記

読書備忘録

非常識な常識

2011-12-09 16:30:53 | か行の作家
河野多恵子「臍(へそ)の緒は妙薬」読了




たまにはまとも(?)な小説を読もうと、未読本の棚から手に取ってみたのでした。


やっぱりいいですね。河野多恵子、倉橋由美子、大庭みな子、富岡多恵子といった、いわゆる昭和の女流文学者たちの小説は、安心して読むことができます。


四つの作品が収められた短編集です。どれも中年(40代)の女性が主人公になっていて、十分に分別をそなえた女性の中に、じょじょに少し常識の範疇からはみ出しかけた欲望がうずまき、ついにはそれを決行したり決行しなかったりと、河野多恵子の華麗な筆さばきに酔いながら、どきどきしながら読み終えました。


いやぁうまいもんです。こういうのを手練れの技と言うんでしょうかね。堪能しました。

閉塞のオキナワ

2011-12-09 16:10:41 | ま行の作家
目取真俊「虹の鳥」読了



少し前に新聞の書評で紹介されていて、興味がわいて買ってきたのでした。


めどるま しゅん と読みます。沖縄の作家です。1960年生まれといいますから、もう50代なんですね。何の予備知識もなく読んだんですが、もっともっと若い、30代くらいの作家のイメージでした。のっけからすごい暴力シーンがあり、よっぽど読むのをやめようかと思ったんですが、なんとか耐えて読み終えました。


リンチ、私刑、売春、恐喝と、いわゆる「裏社会」の醜いところをこれでもかとえぐり出し、そこに沖縄の基地問題をからみ合わせた、という印象です。


中学に入学した主人公のカツヤが不良グループのリーダーである比嘉にいじめぬかれ、屈服し、卒業後も比嘉の手下になり、比嘉に回された女(マユ)を使って売春させ、またそれをネタに客をゆする。


読後、ネットで少し見たんですが、ある新聞の書評に、比嘉はアメリカ、カツヤは日本、マユは沖縄のメタファーであると、そんな記事があったそうです。なるほどですねぇ。


しかし、作中にあるように、沖縄県民は、アメリカのことは、もちろん決して良くは言わないんですが、アメリカの基地のおかげで仕事があり、それで生計を立てている人も大勢いるわけでそこらへんの屈折した心情が、この小説の深いテーマであると思ったわけです。


いろいろと考えさせられました。しかし、尿道にマッチの軸を差し込んで、それに火をつけたり、女の爪をナイフで削ぎ取ったりというシーンを読むのは、かなりつらかったです。根が小心者ですから(笑)

ただ、カオスを傍観する

2011-12-09 15:49:58 | た行の作家
エイモス・チュツオーラ著 土屋哲訳「やし酒飲み」読了



アフリカ文学です。姉が貸してくれたんですが、著者はアフリカのナイジェリア出身とのこと。とにかく、アフリカ人の作家の小説は、初体験でした。


一読、目まいがしましたね。いろんな意味ですごい本です。冒頭を引用します。


<わたしは、十になった子供の頃から、やし酒飲みだった。わたしの生活は、やし酒を飲むこと以外には何もすることのない毎日でした。当時は、タカラ貝だけが貨幣として通用していたので、どんなものでも安く手に入り、おまけに父は町一番の大金持ちでした。>


小学生のとき、文章を書くとき、「です・ます」体と「だ・である」体とがあって、必ずどちらかに統一して書くのが基本中の基本であると教わったんですが、それを平気で無視したこの文章に、まずがつんとやられました。それにしても英語の原文を訳者の土屋氏は、こんな風に訳したという、そのチャレンジ精神に脱帽します。


内容はというと、裕福な家に生まれ育った主人公が、自分のお抱えのヤシ酒造りの名人が亡くなってしまい、その男を捜しに「死者の町」へ旅する道中の奇想天外なお話であります。

読んでて、これって町田康の「宿屋めぐり」じゃんと思いましたね。発表はこの「やし酒飲み」の方がずっと早いので、町田康は、この小説にインスパイアされて「宿屋めぐり」を書いたのでは、と推察されます。


まぁ、そんなことはどうでもいいんですが、この小説では、さっきの文体もそうなんですが、死者と生者、動物と人間、夜と昼、そういった相対するものが、なんかもう混沌として、一種のカオスになってしまっているんですね。めまいがする所以であります。


こんな小説もあるんですね。すごい体験をしました。いや、おもしろかったです。