マル鉄・鉄道写真館

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401系・403系・415系:常磐線 近郊型赤電時代

2011-09-26 00:30:00 | 国鉄・JR普通列車
401系・403系・415系:常磐線 近郊型赤電時代


既に鋼製電車がいなくなってしまった常磐線。
都心に最も近い交流区間は、ある特殊な事情から。無煙化にあたってどうしても必要になったのが交直流型の近郊型電車。そのために開発されたのが初の新性能近郊型401系電車です。
カラーリングはローズピンクを採用し、その後に誕生した交直流型のカラーのベースとなります。

長らく常磐線で「赤電」と呼ばれ、415系まで採用されていましたが、昭和60年のつくば万博開催に合わせてアイボリーに濃いブルーの塗装に変更され、特徴のあったカラーリングも消滅することになります。



昭和53年頃 上野駅にて 415系と115系の並び

今は無き上野駅19番線・20番線の並び写真です。20番線115系初期車は、おそらく東北本線の列車です。昭和57年頃までは、高崎線の列車が高架ホーム、東北本線の列車が地平ホームと、比較的うまく区別されていました。
115系は非冷房車ですが、415系はもちろん冷房車です。モノクロなのが残念ですが、古き良き時代の上野駅の雰囲気が伝わると思います。



昭和54年頃 東北本線 尾久駅にて

番号がハッキリしないのですが、クハ411が10番代とかではないようなので、おそらく403系の編成になると思います。
この時代、何故かこの時間には、尾久客車区の一番ホーム寄りの発着線に常磐線赤電が停まっていました。
ネガのコマ重なりでプリントされなかった画像がフィルムスキャンで蘇りました。



昭和54年3月頃 上野駅にて 折り返し準備中のクハ401低窓車

401系登場時から活躍していた車輌です。地味な「赤電」群の中で唯一関心があったスタイルで、近郊型でありながら153系初期車と同じマスクを持った異端的なスタイルが好きでした。



昭和55年頃 上野駅にて クハ401低窓 シールドビーム車

401系初期車に廃車が出始めた頃でしょうか。段々見かける機会が少なくなってきたように思います。4連×3で組成されることが多く、中間に入ってしまうと撮れなくなってしまうのが難点でした。
運良く低窓車に出逢ったものの、残念ながらシールドビームに改造されていました。それでも、低窓・シールドビームはこの1枚だけしか見つかりませんでした。



昭和57年10月12日 常磐線 荒川沖~土浦間にて 415系8連の普通列車

初めて本格的な常磐線の撮影に行ったときの写真です。当時の目的は、「ゆうづる」「みちのく」「ひたち」などの特急とEF80牽引の普通列車や貨物でしたので、415系など「赤電」は、この時代ですら撮影の対象になっていませんでした。


401系の低窓車に興味があったため若干の写真が残っていましたが、今となってはこれほど貴重な車両でさえ、当時は非常に地味な存在だったのです。


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