マル鉄・鉄道写真館

鉄道・バス・航空機・はたらくクルマなど、乗り物全般の歴史をご紹介しています。

「団体臨時列車185系で行く『185系聖地巡礼』日帰りの旅」

2022-02-05 16:23:00 | 国鉄・JR団体・臨時列車
JR東日本 185系:団体列車「団体臨時列車185系で行く『185系聖地巡礼』日帰りの旅」


全滅間近の185系が久し振りに団体列車として地元を走るようなので、他の撮影も兼ねて出掛けてみました。

新宿発の横川行きでしたので、当然に湘南新宿ラインを通って来ると思い、先週と同じ芝園へ。ど逆光の最低なコンディション。オマケに北風も強く寒かったです。


※撮影は、令和4年2月5日です。



185系 B6編成 9185M 団体臨時列車185系で行く『185系聖地巡礼』日帰りの旅」

前走りの湘南新宿ラインが来ないのでおかしいと思ったら、池袋近辺で踏切支障だか異音だかで電車が止まってしまったようです。その後8分遅れぐらいで湘南新宿ラインが通過したのですが、先週まで正常であった接近灯がバカになってしまったようで、常点灯状態。
線路から目が離せなくなり、常にカメラを上げっ放しで見張っていたところ、轟音を引き連れて185系が。しかも本線を爆走してきたので状況が分からず。

で、咄嗟に立ち位置を移動したものの間に合わず、こんな写真になってしまいました。

ここ2年程DJも買っていないので情報は知らず、当たり前の経路を想定して構えていたのですが、まさか山手線を逆回りして上野経由で来るとは思ってもみませんでした。川口で本線へ転線したらしい。だから時間的に齟齬が無かったんですね。そこまでイベントを仕掛けてくるとは、JR東日本なかなかやるな・・・。


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【写真】根室本線 混合列車:混441レ&混444レ

2021-07-13 06:22:00 | 国鉄・JR団体・臨時列車
【写真】根室本線 混合列車:混441レ&混444レ


このところ連投しているネタ、根室本線の混合列車。

時刻表と模型レベルでの話をしようとしていたところ、金町のHさんから実列車の写真を多数提供していただきました。
自分は経験できなかったC58牽引時代の貴重な写真ばかり。今回、まとめてご紹介させていただくことにしました。




昭和48年3月23日 厚岸 444レ

C58が牽引する444レ。
最後部にコキ10000が1両連結されています。機関車次位は張り上げ屋根のマニ36。マニ362222ではないか?と想像を膨らませてしまいます。





昭和48年3月23日 落石 444レ

2日後のC58牽引444レ。
前回記事の写真はこの一連の連続写真の一部。編成はまったく同じ構成のようです。





昭和48年7月18日 上尾幌 444レ

C58が牽引する444レ。こちらは夏場の写真。
客車編成はおなじですが、コキ10000が2両となっており、さらにレ12000が連結されています。



昭和48年12月23日 厚床 441レ

機関士と助士の様子から、列車が到着したところでしょうか?貨車は連結されていません。
これから荷物車での積み下ろしが行われる。そんな状況が伝わってきます。



昭和48年12月23日 初田牛 441レ

同じく同日の441レ。この列車に乗って移動したようですね。
SL列車、混合列車にイベントではなく日常で乗ることができた時代です。



昭和48年12月23日 糸魚沢 444レ

C58408が牽引する444レ。
望遠なので判りづらいですが、コキが2両連結されているように見えます。あれ?オユ10が連結されていませんね。遅れとかで運用できなかったのでしょうか?
C58のツララ切りも良い演出です。



昭和49年2月26日 厚床 441レ

厚床駅で荷物扱いをしている貴重な写真。
この高さから放り投げるように荷物を落としています。今だったら即クレームの乱暴な扱いですが、当時は当たり前だったみたいですね。
厚床はこの地域では大きな町。標津線への乗換駅でもあるので、ここからさらに奥へ入っていく荷物もあったのでしょう。結構多いですね。さらに荷物の向こう側には、郵袋と思われる山もあり、拠点であったことが窺えます。



昭和49年3月3日 茶内 441レ

こちらは後部から撮影した441レ。
上りの444レに比較して極端に貨車の連結が少なかったようですが、この写真ではコタキ+レム5000+コトラ+ワム+レ12000と現車5両の貨車が連結されています。
急行「狩勝」からの流れでスハフには独立した暖房装置が無いため、貨車は後部に連結するしかなかったようですね。



昭和49年7月24日 厚床

こちらは厚床駅を発車した441レ。とうとう無煙化でDD51に置き換わってしまったのでしょうか?
当時は新鋭重連仕様・耐寒型のDD51524。最後部にはワムが4両程度連結されているように見えます。
現役SL時代を知らない私にとっては、こちらの方が自然に見えてしまうのは年代差でしょうか?


この列車の特徴として、急行「狩勝」(後の「まりも」)の座席車2両がそのまま使用されていたこと、荷物車と郵便車が隅田川~根室間を急行「ニセコ」「狩勝」そして441レとロングランをしていたこと、さらに、上りの444レではこれらの車両が折り返すとともに高速貨物列車「北海ライナー」の源流となるコンテナ輸送の一部を担っていたことが挙げられます。
なお、この昭和50年3月ダイヤ改正前の写真においては荷物車2両連結されていたようで、当時はさらに荷物需要があったことが窺えます。

それほど深堀りすることはないと思っていた記事ですが、思わぬところから深くツッコミを入れることになり、全貌とは言わずともかなり明らかになりました。
荷物車、郵便車、コキ10000と、それぞれが緻密に運用され、全車寝台でも良かった急行に指定席車2両が連結されていた謎。この混合列車にすべてが詰まっていたとは思いもしませんでした。


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185系:いろいろ

2021-05-03 23:28:00 | 国鉄・JR団体・臨時列車
185系:いろいろ


定期運用から撤退し、残すは臨時快速や団体列車の運用のみとなった185系。

今回は、アーカイブから外れた185系の色々を集めてみました。



平成24年4月1日 離合

撮影に適さないアングルと時間。たまたま2列車の離合のタイミングなので撮ってみましたが、タイミングを外しました。
157系色とリニューアル塗装も良い思い出に・・・。



平成25年5月4日 OM08編成 回送

お遊びにしても強烈なインパクトを残し走り去った名優。様々な列車に充当され、楽しませてくれました。



平成30年5月27日 集約臨

せっかく狙いに行った集約臨も、運行本数の多い区間ではこのような妨害も当たり前。
集約臨は「臨時」や「団体」マークで運転されることが多く、「修学旅行」マークは貴重でした。



平成30年6月2日 すれ違い OM04編成&A7編成

本線の上り回送列車が見えたのでカメラを構えると、背後からも185系の爆音が。
抜けるかどうかのタイミングを計っていると、見事に目の前で並んだ会心のシーン。



平成31年4月6日 回9552M 「団体臨時列車で行くおいしい伊豆」

B5編成を使用した団体列車の送り込み回送。ヘッドマークは「臨時」でした。



令和元年11月2日 OM03編成ほか10連 団臨 9544M

6+4の10連で運転された名無しの団体列車。「団体」マークでした。



令和2年10月31日 B5編成 9〇4〇M? 「新宿発品川行き 貨物線乗車ツアー」

正式なツアー名は「国鉄特急型電車「185系」で満喫 首都圏ぐるり旅 新宿発品川行き(新金線・武蔵野貨物線・東海道貨物線)」と気が遠くなるほどの長い名称の企画列車。
終焉寸前の185系を使用した列車で、鉄道ファン向けの列車だけに何かしらのヘッドマークがあると思いきや、まさかの「回送」マークでガッカリしました。

ここ数年、殆ど特別なマークを掲示する機会はなく、商売っ気のないJR東日本の対応にはガッカリし放しでしたね。


団体列車等のE257系化で185系による臨時列車が激減してしまいました。
しかし、E257系の改造は思ったよりもかなり遅れていたため、コロナ禍でなければ集約臨などまだまだ活躍のシーンが見られた筈で、これほど長引くと思わなかったコロナウィルスの恐るべき強さを痛感させられました。


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EF65牽引 20系寝台客車:団体列車

2020-12-16 07:36:00 | 国鉄・JR団体・臨時列車
EF65牽引 20系寝台客車:団体列車


登場以来、国鉄で一世を風靡した20系寝台客車。
軽量客車の宿命から痛みも早く、24系寝台客車の登場により陳腐化も目立つようになると、急行列車への格下げ使用や、廃車も出るようになります。

さらに、新幹線の新規区間開業による14系寝台客車への置換えにより、国鉄末期時代には定期急行客車からも撤退することを余儀なくされました。
そして、波動用に残された残党のみが細々と使用される状態までに。



昭和60年10月頃 東大宮~蓮田間にて EF651000番代牽引 20系客車

プリントからのスキャンが思ったよりも画像が悪いため、カマ番がハッキリしません。
PFが牽引する上り団体列車で、電源車を含む7両編成となっています。この年の9月半ばまでは科学技術博覧会(つくば博)が開催されており、20系客車による活躍の舞台もありましたが、既に東北・上越新幹線の上野開業も終えており、急行列車の全廃と共に、いよいよ活躍の舞台も無くなってきた頃と思われます。

この頃既に20系客車の上部ラインが消されるようになってきましたが、この編成では奇跡的にもすべての車両のラインが残っているようです。

大好きだった20系客車もこの頃になると憐れみを感じるだけとなっており、最後の活躍もあまり喜べるものではありませんでした。


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183系 OM車:団体列車

2020-08-02 05:13:00 | 国鉄・JR団体・臨時列車
183系 OM車:団体列車


平成25年度を最後に大宮総合車両センターから撤退となった183系1000番代によるOM車。
6両編成3本が高崎車両センター(新前橋区)からの異動により配置されており、団体列車や臨時列車などに活躍しました。

OM車による臨時特急・臨時快速や集約臨などは過去ログでご紹介済みとなっていますので、今回は一般団体列車や回送列車などの写真をまとめて懐かしみたいと思います。



平成20年10月18日 OM102 回送



平成23年3月5日 OM102 団臨 9827M



平成23年6月4日 OM103 団臨 9877M



平成23年10月28日 OM101



平成24年4月28日 OM103 団臨 9832M



平成24年5月19日 OM101 団臨 9537M



平成24年6月2日 OM102 集約臨 9874M



平成24年6月2日 OM102 回9575M



平成24年10月20日 OM103 団臨 9830M



平成24年11月30日 新秋津駅にて OM102 回9525M

こうして並べてみると、OM車の回送はあまり撮っていなかったようです。
OM101編成が何故か少なくなっています。さらに、ここにご紹介したOM101編成はいずれも編成方向が逆向きとなっており、他の臨時列車の写真を探しても見当たらないことから、珍しい現象が起きていたようです。


全廃となってから7年ほどが経ちましたが、それより前には元気に地元を走っていたのが遠い昔のことのようです。


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