桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

無名だねえ

2012-04-12 | Weblog
銀行へ行った。
課長が出てきて「多額のお振込を頂き、ありがとうございます」と言う。そして、「水戸地裁からの振り込みと言うことですが、失礼ですけど、どういったお金なのでしょうか」と続ける。知らないんだよ、俺のこと。
「布川事件と言うのをご存知ですか」「ハイ、知っております」「私は、あの事件の当事者で、無罪になっての補償金です」と会話が進んだらば、「そうでございますか」で、終わり。顔に変化のなかったところが銀行員かな。
その後、あれこれがあって、担当の女性が「ご主人様のご職業は?」と来た。「このところ忙しくて、もう3年くらい仕事をしてません」、「では、その前は?」と言ったらば、隣で課長さん、女性の足を突っついて会話を途切れさせた。
この女性も、俺を知らなかった。
布川事件、無名だねえ、水戸でも。
下に置かない銀行の扱いだったが、自分の手元に残るのは、ほんの僅かだというのが判らない銀行員が気の毒になった体験でした。

それは無理

2012-04-12 | Weblog
昨日、元東京高検検事長の小貫芳信が、最高裁に天下りした。
「事実に謙虚であることが大事で、判断にあたって公正であることが必須」だと、最高裁判事を務める心構えを語ったらしいが、その心構えを支える意識は「これまでの経験と知識を総動員」すると言うのだから、これはアカン!だね。無理。
検察には、絶対に「謙虚と公正」はない。検察にあるのは、自分たちの思い込みを絶対視した傲慢と、1度決めたらば、どんなことでもやる不公正さだ。そのような経験を、いくら総動員したところで「公正な判事」にはなれない。
東京高検検事長は検事総長に繋がる検察庁ポストのナンバー2のはずだが、その小貫が、短期間だけ亜細亜大学に席をおいて最高裁に入ったのは、なぜだ?
天下り批判逃れの官僚は、良くこうした手を使う。官庁を辞めて、すぐに外部団体に異動したのではないから天下りではありませんよ、と。
小貫芳信が最高裁判事になることは、きっと法務省と、そこを牛耳る検察庁で決められていたのだ。「あなたは検事総長にならないで、ぜひ無罪判決を書き始めた裁判官たちを睨むために最高裁に行ってください」と、事前に決めての亜細亜大学教授だったのだろう。最高裁判事を務めるにあたり、「新たな勉強をしたい」とも語ったらしいが、変わり始めた裁判所を統制し、検察庁の言いなりのままにするための勉強なのではなかろうかと、俺の体験は教えるね。
小貫芳信が検察庁を退官して亜細亜大学教授になり、僅か7ヶ月で最高裁判事になる。これを天下りと呼ばすして、何を天下りと呼ぶのか!と思うし、このような生々しい存在の検察官出身者が最高裁判事になって良いのか!と怒りが湧いて来る。
最高裁から検察官出身者を追放しなければ、真に謙虚で公正な最高裁は生まれないだろう。