桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

大崎事件

2009-12-07 | Weblog
志布志の隣町にも冤罪仲間がいる。原口アヤ子さんだ。
なかなか地元は難しくて、志布志選挙違反事件を支える人たちも、大崎事件を冤罪と認識しないらしい。
でめ、原口さんも会場に来てくれていた。集会の最後に花束を頂いたが、それを俺の思いとして原口さんに渡した。
志布志から鹿児島空港まで、車で送って貰ったが、桜島は穏やかな煙を上げていた。原口さんの雪冤への火のような思いが達することを祈りながら志布志を後にした。

懇親会

2009-12-07 | Weblog
志布志集会後の懇親会では、地元の市会議員さんと同じテーブルに座ったが、初めて会った気がしない、前から知っている人のように感じると言って頂いた。
また、近くになった弁護士さんとの話は、何時も通りに盛り上がった。
そして、懇親会後はカラオケ。
菅家さん、柳原さんの歌は、段々と上手になっている。
宿泊の宿は、川畑さんのホテル。12時近くに戻って寝ようとしたらば、川畑さんの家で飲んでると誘われ、結局、午前3時まで、語り合った。
志布志、俺にも思いで深い土地になった。

可視化集会

2009-12-07 | Weblog
昨日の可視化集会は、約800名の参加者で成功した。
足利事件の佐藤弁護士の基調報告が一部。二部は足利事件、甲山事件、氷見事件、布川事件の順番で事件説明とウソの自白に至る経過を話した。それぞれに弁護士二人と組み、インタビュー形式や一人で話したりなど、それぞれのやり方で行ったが、俺は何時もの通りに自分の体験を質問無しで話した。三部は、その四事件に志布志選挙違反事件の全員が壇上に上がり、弁護士の質問に答えるシンポジウム。更に、会場に来ていた九名の国会議員が壇上に上がり、それぞれに可視化法実現への思いを語って終わったが、地元選出の一名以外は、それぞれに言葉は違ったが見識を感じるものが伝わった。皆さんが真剣に聞いてくれていたことが判り、出来れば国会内で沢山の議員に来て貰ってのシンポジウムを開きたいと思った。
志布志事件によって志布志と言う名前は、きっと健全社会に進んだエピソードとともに語り継がれるかも知れないとも思った。
その会場、志布志文化会館のロビーには、書道愛好家の見事な作品が展示されていて、「努力した人が成功するとは限らない でも成功した人は みな努力している」と書かれた作品が心に残った。
冤罪を被った仲間の思いを込めた行動が、何時か成功として花開く日が来ることを信じて、これからも俺は全力で語り、走り続ける気持ちを強めた志布志での集会だった。