スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

黒&一致

2023-08-28 18:54:06 | 歌・小説
 黒という色は,ドストエフスキーの小説の中で特別な意味をもっています。このことは『ドストエフスキー 黒い言葉』の中でも触れられているのですが,『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』の中でより詳しく説明されていますので,ここではそちらの方を資料として用います。
                                        
 カラマーゾフという苗字には,黒く塗られた者という意味があります。ドストエフスキーは意図をもってこの苗字をこの小説のために用意したのですが,それがどういう意図であったのかということはここでは考慮しません。ただこのことは,小説のタイトルが,『カラマーゾフ兄弟』ではなく『カラマーゾフの兄弟』となっていることからも理解できるでしょう。一般的にそれが苗字であるのなら『カラマーゾフ兄弟』といわれるのが自然で,『カラマーゾフの兄弟』というのはむしろ奇異に映るからです。たとえば飛行機を発明したのはライト兄弟といわれるのであって,ライトの兄弟とはいわれないでしょう。
 カラマーゾフという苗字は,チュルク語のカラとロシア語のマーゾフに分けることができます。カラはチュルク語で文字通りに黒という意味です。マーゾフはそれ自体で意味があるわけではないのですが,ロシア語にはマーザチという動詞があって,この動詞が元になっています。マーザチという動詞は,塗るという意味をもっています。
 ドストエフスキーは,カラマーゾフという苗字がこのような語源を有しているということを,小説自体の中で明らかにしています。第四編の第六章で,アリョーシャがスネギリョフという二等大尉の家を訪ねるシーンがあります。そのシーンで,この二等大尉の妻が,アリョーシャのことをチェルノマーゾフさんと呼びます。このチェルノというのはロシア語で黒を意味します。このことによって,カラマーゾフというのがどのような意味であるのかをドストエフスキーは明らかにしようとしているのです。
 『罪と罰』のラズミーヒンが本当はウラズミーヒンだと名乗るプロットと同様に,このチェルノマーゾフとアリョーシャが呼び掛けられるプロットも,ロシア語の素養がないとさっぱり意味が分かりません。これはドストエフスキーが,意図的に登場人物の苗字や名前をつけているからだといえるでしょう。

 第二部定理三二の畠中の訳業に関する河井の指摘は,その指摘そのものの中に考察したいことが含まれています。そのために,ここでは河井の指摘の内容と結論を,順に追いながら探求していきます。
 まず河井は,この定理Propositioのスピノザによる証明第二部定理七系を前提としているから,遡れば第一部公理四に依拠することになり,よって個々の混乱した観念idea inadaequataも,遡れば起成原因causa efficiensとしての神の観念idea Deiに行きつくことになり,その神の観念から出発すれば,十全な観念idea adaequataに立ち戻ることになるとスピノザはいいたいのだとして,第二部定理七系について,それを平行論の定理の系Corollariumであるといっています。
 この部分には僕は疑問を感じるところがあるので,ここで河井がいっていることの正当性をどう担保するのかということから考えていきます。
 第二部定理三二のスピノザによる証明は,ふたつの事柄に依拠しています。ひとつが河井のいう第二部定理七系で,もうひとつは第一部公理六です。このときスピノザは,第二部定理七系からは,神の中に存在するすべての観念がその観念対象ideatumと一致するということを導いています。僕は第二部定理七系の意味としては,神の中に存在する観念はすべて十全な観念idea adaequataであるということであるとみているのですが,ここではスピノザはそれとは違ったことを見出しています。この系は,神の無限な本性naturaから形相的にformaliter生じるすべてのことが,神の観念から同一の秩序ordoと同一の連結connexioで客観的にobjective生じるといっていて,そのうち,同一の秩序でありまた同一の連結であるという点に注視しているわけです。この,同一の秩序でありまた同一の連結であるということが,観念と観念対象は一致するということを意味します。このことは第二部定理七から明らかです。そしてこの定理は平行論の基本的な定理ですから,河井が第二部定理七系を,平行論の定理の系とみなすことは正しいといえます。そしてこの定理の証明は,第一部公理四だけに依拠しているので,第二部定理三二の証明が,この点で第一部公理四に遡るということも,正しいといえるでしょう。スピノザはこの一致の意味を前提に,第一部公理六に訴え,第二部定理三二を証明しているのです。
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