スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

黒澤明のドストエフスキー評&最終形態

2022-09-26 19:34:47 | 歌・小説
 『ドストエフスキー カラマーゾフの預言』の中に,小泉義之による「ロバの鳴き声」というタイトルの論考が掲載されています。不思議なタイトルに思われるでしょうが,副題は「デカルト的白痴からドストエフスキー的白痴へ」となっていて,ドゥルーズの講義に関連する論考です。これはこれで哲学的観点から興味深いのですが,ここではその内容に立ち入ることはしません。この論考の中に,黒澤明によるドストエフスキー評が援用されていて,その点だけに着目します。初出はキネマ旬報の1952年4月特別号とのことです。
                                        
 原本については分かりませんが,これはおそらくキネマ旬報の特集号で,「黒澤明に訊く」というものだったようです。おそらく黒澤へのロングインタビューの記事が掲載されたのでしょう。この特集号の中で,ドストエフスキーのどういう部分に傾倒しているのかという主旨の質問をされました。この質問の前後の流れは不明ですが,おそらく黒澤の方からドストエフスキーに関する話が出て,それに対してインタビュアーの方が詳しく尋ねていった過程で出た質問と答えであったのではないかと推測します。
 この質問に対して黒澤は,ドストエフスキーは普通の人間の限度を超えていると思うと解答しています。そしてその例として,たとえば普通の人が優しいというとき,それはたとえばとても悲惨なものを目撃したときに,そこから思わず目を背けてしまうようなことであるとしたら,ドストエフスキーは,そうしたものから目を背けるのではなくて,むしろそれを凝視して悲惨なものが苦しんでいるのと共に苦しんでしまうということをあげています。つまりそのような,普通の人の限界を超越したような優しさを黒澤はドストエフスキーに感じていたということになります。そしてその点で,ドストエフスキーは人間ではなく,人間という限界を超越した神のような資質を有していると黒澤は言っています。
 『共苦する力』という著書を亀山郁夫は出版しています。亀山のドストエフスキー観と黒澤のドストエフスキー評には,相通じる部分があるといえそうです。

 実際に浅野が,スピノザは社会societasという概念notioと国家Imperiumという概念を明確に区分しているのだと主張しているとは僕は解しません。社会的地平から国家の問題を照射する道がスピノザにはあると浅野がいうとき,その主旨というのは主に次のようなところにあるのだと思います。
 ホッブズThomas Hobbesについてもそのようにいうことができないわけではありませんが,とくにヘーゲルGeorg Wilhelm Friedrich Hegelにとって,国家というのは人間にとってあるいは人類にとっての最終形態なのです。それはヘーゲルが,国家は自由主義的諸個人を否定しつつ活かしながら高次元で統合するものとして規定していることから明白です。そしてまたそのゆえに諸個人は,その国家における模範的な公民であることを求められることになるのです。浅野はヘーゲルのこの結論について,弁証法においては第三項が第一項の高次元での復帰なのであるから,当然のことである,つまり個人と国民を弁証法的に統合するという課題が与えられるなら,この答えは当然であるといっていました。つまりこのことは,三木がスピノザについて指摘しているもうひとつの点,つまりスピノザには弁証法が欠けているということと関連しています。
 スピノザの場合は国家は人間のまたは人類の最終形態ではありません。たとえば『国家論Tractatus Politicus』の第三章第一二節では,ふたつの国家が相互に援助を交わし合うことを欲望するなら,それら両国家は各々が単独である場合よりも多くのことをなし得るであろうという意味のことをいっています。これはちょうど,ひとりの人間が他の人間と協力することによって自然Naturaに対して多くのことをなし得るので,その分だけ自然権jus naturaeが拡充されるというのと同じ関係にあることになります。つまりふたつの国家が協力することで,各々の国家の自然権はその分だけ拡充されるのです。こうしたことは複数の国家が現実的に存在するのであれば成立することになります。したがってそれらの国家の中からある国家をひとつ抽出して,その国家がその国民にとっての最終形態であるということはありません。つまり現実的に存在する人間のすべてがいずれかの国家の国民であるとき,一般的に国家は人類の最終形態ではありません。
コメント
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