スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

マイナビ女子オープン&端正心

2018-04-10 19:15:16 | 将棋
 鶴巻温泉で指された第11期マイナビ女子オープン五番勝負第一局。対戦成績は加藤桃子女王が3勝,西山朋佳奨励会三段が0勝。これは女流の公式戦のみの記録です。
 振駒で西山三段の先手。駆け引きはありましたが先手のノーマル四間飛車に加藤女王が天守閣美濃で対抗する戦型に。互いに銀冠に組み直す持久戦となりました。
                                     
 後手が8筋を突き捨てて桂馬を跳ねたところ。ここで☗6四歩☖同角と突き捨てて☗5六銀で桂跳ねを受けましたが,結果からみると突き捨ては余計だったようです。
 後手が☖5五歩と取り込んだときに☗同銀が角取りになるのが先手の狙いでしたが,後手は角を逃げずに☖6五桂と跳ねました。
 ここから☗6六角☖5七歩☗8八飛☖8六飛☗8七歩☖7六飛☗7七歩まで,先手は仕方ないとはいえ辛い指し手が続きました。
 後手は☖7七同桂成と取ってしまい☗同桂のときに☖5五角と先手の狙いで実現した手を逆用。☗同角に☖6六銀と打ちました。
 ☗6八飛☖5五銀☗6三飛成は渾身の勝負手ですが☖7七飛成となって後手の銀得に。
                                     
 第2図から先手は端を絡めた攻めがありますが,龍は互いに作っているので銀損の代償にはなっていなかったようです。
 加藤女王が先勝。第二局は25日です。

 端正honestumは理性ratioに従う人,いい換えれば自由の人homo liberが賞賛する行為のことを意味します。これに対して非礼は,一般に人と人が友情を育むことを妨げることを意味します。それなのに第三部諸感情の定義二七説明では,明らかに端正と非礼が反対の概念notioであるように記述されています。なぜそのふたつが正反対の概念であるといえるのでしょうか。
 これには理由があります。スピノザは端正と関連して,端正心honestasという欲望cupiditasも規定しているのです。端正と端正心が関連していることは,畠中尚志が充てている訳語からも明らかでしょうが,スピノザが用いている各々のラテン語からもっと明白であるといえるでしょう。行為として規定されている端正と,欲望すなわち感情affectusの一種として規定されている端正心は,切り離すことができない関係にあるのです。
 では端正心というのがどのような欲望であるかといえば,自由の人が他者と友情を結ぼうとするとき,その根底となる欲望です。これは本来は丹念に検討しなければならないことであるのですが,ここでは本題から外れてしまうのでごく簡単に説明すると,第四部定理三五により,理性に従う限りでは人間の本性naturaは一致するために,第四部定理三五系一により人間にとって最も有益な個物res singularisは理性に従う人間であるということを自由の人は必然的にnecessario認識します。これは自由の人は理性に従っているということから明白です。第二部定理二〇は観念ideaが十全adaequatumであるか混乱しているかを問わずに成立しなければならず,したがって自由の人の精神mensのうちにある観念とその観念の観念idea ideaeとは,同一の仕方で神Deusと関連付けられなければならないからです。よって自由の人は,理性に従う人と友情を育もうとする欲望を必然的に有することになります。よってこれは第三部諸感情の定義一から人間の現実的本性actualis essentiaであるといえますし,第四部定義八から,自由の人の現実的本性であるといえることになります。つまり自由の人のうちには必然的に端正心があるのです。
 この意味において端正と非礼は反対概念であることになります。すなわち一般的にいえば,前者は友情を育むことと関連し,後者は友情を育むことを妨害することと関連するのです。
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