スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

竜王戦&本物の犬と星座の犬

2006-11-01 23:51:22 | 将棋
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 竜王戦第二局。
 まずこの将棋の最序盤の指し手のプロの将棋における変遷を遠山四段が詳しく解説されています。
 封じ手は▲6五歩でした。この局面でこの手を選択するということは,渡辺竜王はここまでの進展やこの局面自体にある程度の自信をもっていたのではないかと思います。僕の印象でもその前の△5九角は仕方なく攻めているという感じで,この将棋は本格的な中盤の戦いに突入する前の段階で渡辺竜王が少しリードし,その後の戦いの中でも差は広げられなかったものの縮められることもなく最終盤の寄せ合いに突入,107手目に▲6八歩と受けたのが最後の決め手(渡辺竜王自身は101手目の▲7九歩で勝ちと判断されたようです)で,119手目の▲4四飛でははっきり勝ちとなった,と思っていたのですが,この将棋がここから逆転してしまいました。
 ただ,125手目の▲8四同馬がこの局面ではやむを得ない手であったのだとしたら(この手も予定変更だったようですが,ここでは仕方がないようです),実際には先手が勝つのは容易ではないような局面で,逆転ではあったにしても,僕が感じていたほどの差は実際にはなかったのかもしれません。その場合には,1段目に角,金,飛車と並んだ先手の攻めがやや重かった(123手目に▲7一角と打った手では,▲7一金と6一の金を寄る方が優ったそうです)という可能性もありそうです。
 それにしても苦しいと思えるような局面で先に1分将棋に追い込まれながら最後は勝ってみせた佐藤棋聖の底力には,感動を通り越して驚愕しました。これで佐藤棋聖の連勝。本局は掛け値なしの名局で,14日と15日の第三局にも名勝負を期待です。

 明日は川崎で重賞ふたつ。まずは例年はスプリントとして行われているJBCマイル。中心には南部杯を勝ったブルーコンコルド◎を推しますが,距離もコースもナイターも不安で,絶対的とはいえません。埼玉新聞杯を勝ったナイキアディライト○。あのレースは勝って当然ですが,番手の競馬ができた点が好印象,相手が軽かったのでダメージも少なそうです。最注目はGⅢ3連勝中のメイショウバトラー▲で,大方はこの3頭の争いと思いますが,グレイスティアラ△もあげておきます。
 もうひとつはロジータ記念(記事は6日を予定)。こちらはチャームアスリープ◎が勝つと思います。興味は2着争いで,まずオリビアフォンテン○,以下,グリーンベイ△,カネショウメロディ△,スターオブジェンヌ△という順で。
 それから防府競輪場ではGⅡのふるさとダービーが開幕。これは4日間の開催で,5日が決勝になります。

 もう1度,僕のスピノザ回帰以前の考えに立ち戻ると,僕は少なくとも人間には自由(意志)というものがないと考えていたわけです。そして一方では神には特質として自由意志が備わっていると考えていました。これはすなわち,人間の意志は自由意志ではないが,神の意志は自由意志であるということになるのですが,単に意志という概念だけで考えてみた場合には,人間の意志と神の意志とでは,同じ意志ということばで示されていても,一方がほかのものによって決定されるものであるのに対し,もう一方はそれ自身によっって決定されるわけですから,天と地ほどの開きがあるということになります。それは,スピノザが得意とするいい方でいえば,同じ犬といわれても,本物の犬と星座の犬ほどの違いがあるといっても過言ではなく,実際にはまったく違ったものであるということになり,結局は,人間にもある(ほかから決定されるという意味での)意志があり,神にも同様に(自由)意志があるということは,意志という観点からみる限りでは,星座の犬も犬であるというような,ナンセンスなことをいっているということになってしまうのです。
 したがって,人間が思惟のある様態として有するようなものを意志というのなら,それと異なった意志が神にあるというのは無意味です。これが,神の本性には自由意志は属さないということを,意志ということばが示す意味の観点からみた限りでの理由になります。
コメント
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