浅草文庫亭

"大哉心乎"
-大いなる哉、心や

ローマ人列伝:クレオパトラ伝4

2008-03-04 23:53:10 | ローマ人列伝
クレオパトラの魅力に骨抜きにされたアントニウスはまず、妻と離婚しクレオパトラと正式に結婚します。

離婚された妻とは当然、このとき、ローマ市民から圧倒的な支持を受けていたアウグストゥスの姉オクタヴィア。同時代のローマ市民からも良妻賢母の象徴とされていたオクタヴィアという妻がありなら外国の女王と浮気をし、更には離婚したアントニウスに市民は非難轟々。

アホ面下げてクレオパトラと共にローマに戻ったアントニウスはローマ市民から総すかん。昔の故事により「権力者が外国の女王を連れてローマに来たら災いを起こす」という思い込みもありました。

想像ですがここまでのすべてがアウグストゥスの作戦だったようにも思えます。なぜならこの時点でアントニウスを「外国の女王を引き連れてきた災いの元」として、更には「自分の姉を理不尽な理由で離縁した酷い男」として、ローマにとっても自分にとってもアントニウスを討つ理由が出来たのですから。
アウグストゥスは常に自分の欲望よりも民衆が納得する「大義」を優先しました。そして「大義」がないときには辛抱強く大義を作る人でした。

大義、ということであればクレオパトラにもありました。それは「カエサルの血」カエサリオン。もちろんアントニウスにとってもアウグストゥスを打倒するためにカエサルの子、カエサリオンは格好の材料。血による正当継承者を主張できます。

またクレオパトラにとってはカエサルへの愛はそのまま怨恨へ。そして怨恨はエジプト王朝によるローマ帝国併呑という野望へ。愛情と利害がすべて一致した2人でした。

アウグストゥスとの戦いが始まります。


さて、遺言状でクレオパトラに一切触れなかったカエサル、彼女を愛していなかったのでしょうか?

このローマ人列伝はほとんど僕の想像というか妄想ですから僕はここでも妄想します。

カエサルはクレオパトラを本当に愛していたのです。だから、遺言状に名前を書かなかったのです。

もし遺言状にクレオパトラの名があれば、権力を狙うものが彼女とその子を盾に内乱を起こすかも知れない。

もしクレオパトラが「カエサルの妻」「カエサルの子の母」ではなく単なる「エジプト女王」として生きていれば。

後継者アウグストゥスは徹底的に現実的ですが決して冷酷ではありません。更に彼の得意技は「自分がやらなくてはいいことは一番得意な人間に任せる」こと。軍事と公共事業を親友アグリッパに一任したように、属州エジプトの統治も女王クレオパトラに一任したでしょう。もしそうなればカエサルの腕の中でクレオパトラが語った「祖国エジプトの平和」は保たれたのです。

残念ながらクレオパトラにその愛は伝わりませんでした。

愛を理解しない者に勝利はありません。そもそもアントニウスとクレオパトラの主張はカエサルの遺志に背くもの、正統性もありません。

舞台は海上へ。いざアクティウムの海戦へ。

もともと海戦が頻繁ではなかったローマ軍、この戦いはローマ史上最大の海戦と後に呼ばれます。

クレオパトラもエジプト軍司令官として戦場に出向きます。

しかし、敵は知略あふれるアウグストゥスと武名名高きアグリッパ。

交戦直後からアントニウスとクレオパトラは劣勢となります。

クレオパトラ率いる軍は一時退却、更にそれを追いアントニウスも退却。

総司令官アントニウスをアウグストゥス軍は「部下を捨て女を追いかけた」と嘲笑されます。

アレキサンドリアに退却したアントニウスに届けられたのは「クレオパトラ自殺」の知らせでした。

既に彼にとって心の拠り所は権力ではなく温かい彼女の胸だけでした。クレオパトラが死んだのであれば既に彼の帰る場所はありません。故郷ローマですら既に彼の敵。目の前にはアウグストゥスの正規ローマ軍、そして部下を捨てた自分に付き従う兵士は数えるほどになっていました。一度はカエサルの腹心として栄光に座にあった彼に残されたものはクレオパトラへの愛だけでした。そして彼は絶望とともに自らの胸に刃を突き立てます。

しかし実はクレオパトラ自殺の報は誤報。彼女はまだ生きていました。(想像ですからおそらくアウグストゥスの戦略でしょう。)

瀕死のアントニウスはアウグストゥス軍により彼女の元に運ばれました。そして何よりも望んだ彼女の胸で絶命します。

カエサルに無視された悲嘆から生まれた怨恨、それが肥大した彼女の野望。しかしそれはアントニウスの死と共に空しく散りました。

彼女の心に残ったものは何か?
それはカエサルと比べれば愚鈍でも彼女を心から愛し、最後まで自分のために生きてくれたアントニウスへの愛。最初はカエサルへの恨みから生まれた愛、しかしここに来て彼を愛している自分に気づきました。

そして気づいた時にはもうアントニウスはこの世に居ません。ならば生きていても仕方がありません。彼女は毒蛇に自分の身をかませ自殺をします。


彼女の最後の言葉は「アントニウスと共に葬って欲しい」でした。

現実的ではあれ、冷酷ではなかったアウグストゥス、この願いを聞き入れひとつの墓に二人を葬ります。更にクレオパトラとアントニウスの間に生まれた子も引き取り親戚として育てます。

しかし冷酷ではなくても現実的だった彼。カエサルとクレオパトラの子、カエサリオンだけは殺します。カエサルの名を継ぐものは自分ひとりでいいからです。

愛ゆえに遺言書にカエサリオンの名を残さなかったカエサルの思いは伝わりませんでした。

以後、大王朝エジプトはローマの一属州となります。



ユリウス氏族の女という意味のユリア、など自分の名前すら持たず、女王どころか政治の場である元老院にすら入る権利のなかったローマの女性たち。一方、女王として国を治めたクレオパトラ。
親の決めた結婚をし、政治のために離婚すらされたローマの女性たち。一方、自らの愛する人を自分で選んだクレオパトラ。その愛する人とは英雄ユリウス・カエサルと最愛の人アントニウス。そして敗者になったとは言え愛する人と葬られたクレオパトラ。

彼女の名は歴史上名だたる「美女」として残っています。


<クレオパトラ伝:完>
コメント (10)
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