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河内長野市にある名刹、天野山金剛寺の金堂(重文)が9年がかりの解体修理を終え、
落慶法要が先月27日に営まれた。
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毎年お彼岸のころに土筆を取りがてら、金剛寺まで天野街道を歩いていたのを思い出し行ってみた。
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門をくぐるときれいになった金堂が目に入った。
正面は五佛堂。
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今回の修理で金堂の外装は色鮮やかに塗り直されている。
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お堂の中に入った。
堂内には本尊の木造大日如来坐像が木造不動明王座像、木造降三世明王坐像を従えてそびえている。
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重文木造大日如来坐像、平安時代、像高313.5cm
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重文 木造降三世明王坐像、鎌倉時代、像高220.9cm。 重文 木造不動明王座像、鎌倉時代、増高207.5cm。
これらの三尊像は京都と奈良の国立博物館で修理されたが、
不動明王座像の胎内に、快慶の高弟、行快が1234年に造ったとの墨書が残っていたそうだ。
金剛寺にはほとんど毎年ウオ-キングで来ているが金堂の中へ入ったことはない。
どこのお寺へ行っても拝観できるお像は埃をかぶったものが多い。
しかし今、目の前に見るお像は色鮮やかで素晴らしい。
特別拝観料800円は値打ちがあった。
これからは外国からの観光客も大勢来るだろう、普段閉じている扉を開いてご尊顔を公開してほしい。
そのためには普段のお勤めとともに、ほこりをかぶらないように掃除を徹底してほしい。
拝観料を1000円取ったとしても、この鮮やかな色彩は外国からのお客さんには喜ばれるだろう。
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重文 塔婆(多宝塔) 重文 食堂
南北朝時代には南朝、北朝の天皇や法王が寺を行在所として動乱の舞台になったが、金堂と本尊は無事であった。
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桜の花も残っているのは八重桜ばかり。
普段に比べればお参りする人も多く賑わっていた。
汗ばむほどの暑さの中境内も散策してきた。
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