Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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本態性振戦(essential tremor;ET)とET plus ―概念の変化と近年の進歩―

2019年12月23日 | その他の変性疾患
先日,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」において本態性振戦に関する演題の座長を担当したので,本態性振戦の現状についてまとめておきたい.

1.本態性振戦の概念と臨床症状

本態性振戦は,原因不明の両側性の上肢の運動時振戦を主徴とする疾患で,通常,40歳以降に発症し,成人で最も高頻度に認められる運動異常症の1つである.人口の約1%,65歳以上の高齢者で4-5%と言われている(1).高齢化の進行で有病率は増加すると考えられている.

臨床症状としては,上肢の挙上などの姿勢により速い振戦が現れる.随意運動中も存在し,箸でものを食べようとしたりすると手が震えて上手にできないことがある.安静時は消失する.下肢には少ないが,まれに認めることがある.発声をすると声が震える,起立すると体幹や下肢に震えを生じることがある.

振戦以外の症状が出現することは通常なく,進行もあまり見られない.一部の症例ではパーキンソン病に進展したり,合併したりすることがある.病理学的には小脳や青斑核に注目した変化が報告されている(2).

2.本態性振戦の原因遺伝子

家族内発症を認める.遺伝子座としてはETM1(3q13.31),ETM2(2p25-p22),ETM3(6p23),ETM4(16p11.2),ETM5(11q14.1)という5領域が報告されているが,これらの原因遺伝子は同定されていない.近年,中国人11家系においてNOTCH2NLC遺伝子(神経核内封入体病(Neuronal intranuclear inclusion disease : NIID)の原因遺伝子と同一)の5’非翻訳領域にGGCリピート伸長(60-250,健常者4-41)が認められ,表現促進現象が確認された(3).

3.新しい振戦,本態性振戦の定義

2018年にMovement Disorder Society(MDS)による新しい振戦の分類が報告された(4).このなかで,振戦はいずれかの身体部位にみられる不随意性,律動性,振動性の運動異常と定義され,2つの軸(Axis)に基づいて分類されている.Axis 1は患者の臨床的特徴であり,病歴の特徴,振戦の特徴,随伴徴候,検査所見が含まれる.Axis 2は病因(後天性,遺伝性,または特発性)である.Axis 1に基づいて振戦症候群は下図のように分類されるが,この中でaction or rest tremorというカテゴリーのなかに1つが本態性振戦である.



4. 本態性振戦の新しい診断基準


さまざまな診断基準があり,混乱が見られたことから,近年の研究の進歩を踏まえ,2018年,前述のMDSによる論文のなかで,診断基準が改訂された (4).以下のように運動時振戦として定義された.
(1)両側上肢の運動時振戦を呈する振戦症候群
(2)少なくとも3年以上の持続期間がある
(3)その他の部位の振戦を伴うこともある(例.頭部振戦,音声振戦,下肢の振戦)
(4)ジストニア,失調,パーキンソニズムなどのその他の神経徴候を認めない
除外項目は,頭部振戦や音声振戦といった局所の振戦のみ呈する場合や,12 Hzを超える起立時振戦,タスクないし位置特異的振戦,そして突然発症ないし階段状の増悪である.
また(2)で「3年以上の持続時間」とあるのは,明らかなジストニア,パーキンソニズム,失調の合併を伴わないことを確認するためである.

5. ET plusの提唱


振戦以外に軽微な神経徴候を認める場合,ET plusとする病型が提唱された.これは,本態性振戦の特徴を示す振戦で,かつ意義不明の神経徴候を認めるもの,例えば継ぎ脚歩行の障害,ジストニア肢位の疑い,記銘力障害を認めたり,他の症候群と分類したり診断をするのに十分ではない意義不明な軽微な神経徴候を認める場合にET plusと診断する.安静時の振戦を伴う本態性振戦もこの本態性振戦プラスに分類する.ただしジストニア振戦や動作特異的振戦のようなほかに,他に定義された症候群は含まない.しかしこの分類の妥当性に関しては疑問が指摘されている.具体的には,(1)そもそも本態性振戦自体がヘテロな病態で,そこにplusをつけて無意味である,(2)進行し,症候に変化が起きてもパーキンソン病のように病名を変える必要はない,(3)ET plusはETと比較して,病態や病理の違いがあるのか不明であるなどの指摘である (5).

6. 治療
薬物治療としてはまずβブロッカーを用いる.アロチノロール塩酸塩や,プロプラノロール塩酸塩が使用される.プリミドンも米国神経学会ガイドラインでは第一選択である.第2選択としては,トピラマート,ガバペンチン,アルプラゾラム,クロナゼパムが記載されている.重度の振戦で薬物抵抗性の場合,深部刺激療法やMRガイド下集束超音波治療の適応となることがある.

文献
1) Louis ED, Ferreira JJ. How common is the most common adult movement disorder? Update on the worldwide prevalence of essential tremor. Mov Disord 25: 534─541, 2010
2) Mavroudis I, Petridis F, Kazis D. Neuroimaging and neuropathological findings in essential tremor. Acta Neurol Scand 139: 491─496, 2019
3) Sun QY, Xu Q, Tian Y, et al. Expansion of GGC repeat in the human-specific NOTCH2NLC gene is associated with essential tremor. Brain. 2019 Dec 9. pii: awz372. doi: 10.1093/brain/awz372.
4) Bhatia KP, Bain P, Bajaj N, et al. Consensus Statement on the classification of tremors. from the task force on tremor of the International Parkinson and Movement Disorder Society. Mov Disord 33; 75-87, 2018
5) Louis ED, Bares M, Benito-Leon J, et al. Essential tremor-plus: a controversial new concept. Lancet Neurol. 2019 Nov 22. pii: S1474-4422(19)30398-9.
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