ALSに特徴的な神経所見として,split-hand syndromeというものがある.実は先週末,東京で行われたALSシンポジウムという研究会に出席して,恥ずかしながら初めて知った所見である.とても有用と思われるので解説したい.
split-hand syndromeは「短母指外転筋(APB)と第1背側骨間筋(FDI)が強く痩せているのに,小指外転筋(ADM)が保たれている状態」を指す.いずれの筋肉も同じ髄節(C8-Th1)から出ているのに筋萎縮が乖離しておこっている点がポイントで,萎縮の有無を分割するような線が掌に引ける(split)ことからその名前がついた.これに対し,すべての筋が萎縮しているようであれば最初に神経根症を疑う.
そもそもはEisen らが1992年にMuscle Nerve誌において「APB is invariably more severely affected than ADM・・・」と記載したものが始まりで,split-hand syndromeという名称は,1994年にWilbournにより命名された(ただし論文としては未発表で,学会での報告).
さらに千葉大学のKuwabaraらは2008年にMuscle Nerve誌にこの所見はALSに特異的であること(特異度90%)を電気生理学的に示した.つまり見た目の萎縮のみではなく,運動神経伝導速度のCMAPの振幅による評価を,前向きに,連続77症例(対象171例,ALS以外の原因で手指筋萎縮を認める患者196例)に対して行った.その結果として,APB/ADM<0.6となるのは健常者では5%,非ALS患者4%であるのに対し,ALSでは41%,またFDI/ADM<0.9となるのは健常者では1%であるのに対しALSでは34%といった具合であった.感度は高くはないが,特異性は高く,今後の臨床でぜひ用いてみるべきと思われる(ただし,脊髄性筋萎縮症やCMT,ポリオでも見られることはあるそうだ).
さて問題はなぜこのようなことが起こるのかだ.ひとつの仮説はAPBとFDIは親指と人差し指を動かしており,小指よりも圧倒的に動かしている筋であるため,代謝要求や酸化ストレスの暴露が大きいことが原因であるという説.もう一つは,APBとFDIを支配する神経は軸索興奮性の高い(イコール持続性Na電流が大きい)ため代謝要求が高いという説.ALSでは線維束性収縮(fasciculation)が特徴的であるが,これは運動神経終末部軸索からの異常発射により生じることから,軸索興奮性が高い可能性が指摘されて来た.そして,その軸索興奮性を決定している因子は,内向きの興奮性電流であるNa電流の増加と,外向き抑制性電流であるK電流である.実際,千葉大学の研究によると,正中神経運動軸索における持続性Na電流=軸索興奮性の大小はALSの予後に大きく影響するそうで,この値の大小により群間比較をすると,きわめてインパクトの大きい予後因子であることがわかったそうだ(ハザード比4倍で,発症年齢や球麻痺,肺活量低下よりも影響力が大きい).病態仮説としては,RNA代謝異常が,チャネル機能に影響を及ぼし,持続性Naチャネル増加 → 興奮・線維束性収縮 → 代謝要求増大 → 筋萎縮という経路が考えられるとのこと.もしかしたらメキシレチンによるナトリウムチャネル抑制が治療につながるのではないかという話にまで発展した.ALSにおける軸索興奮性は以前から指摘されていたが,今後,あらためて重要視される可能性がある.神経所見から病態にまで発展する非常に興味をそそる話であった.
Kuwabara S et al. Dissociated small hand muscle atrophy in amyotrophic lateral sclerosis: Frequency, extent, and specificity. Muscle Nerve 37:426-430, 2008
split-hand syndromeは「短母指外転筋(APB)と第1背側骨間筋(FDI)が強く痩せているのに,小指外転筋(ADM)が保たれている状態」を指す.いずれの筋肉も同じ髄節(C8-Th1)から出ているのに筋萎縮が乖離しておこっている点がポイントで,萎縮の有無を分割するような線が掌に引ける(split)ことからその名前がついた.これに対し,すべての筋が萎縮しているようであれば最初に神経根症を疑う.
そもそもはEisen らが1992年にMuscle Nerve誌において「APB is invariably more severely affected than ADM・・・」と記載したものが始まりで,split-hand syndromeという名称は,1994年にWilbournにより命名された(ただし論文としては未発表で,学会での報告).
さらに千葉大学のKuwabaraらは2008年にMuscle Nerve誌にこの所見はALSに特異的であること(特異度90%)を電気生理学的に示した.つまり見た目の萎縮のみではなく,運動神経伝導速度のCMAPの振幅による評価を,前向きに,連続77症例(対象171例,ALS以外の原因で手指筋萎縮を認める患者196例)に対して行った.その結果として,APB/ADM<0.6となるのは健常者では5%,非ALS患者4%であるのに対し,ALSでは41%,またFDI/ADM<0.9となるのは健常者では1%であるのに対しALSでは34%といった具合であった.感度は高くはないが,特異性は高く,今後の臨床でぜひ用いてみるべきと思われる(ただし,脊髄性筋萎縮症やCMT,ポリオでも見られることはあるそうだ).
さて問題はなぜこのようなことが起こるのかだ.ひとつの仮説はAPBとFDIは親指と人差し指を動かしており,小指よりも圧倒的に動かしている筋であるため,代謝要求や酸化ストレスの暴露が大きいことが原因であるという説.もう一つは,APBとFDIを支配する神経は軸索興奮性の高い(イコール持続性Na電流が大きい)ため代謝要求が高いという説.ALSでは線維束性収縮(fasciculation)が特徴的であるが,これは運動神経終末部軸索からの異常発射により生じることから,軸索興奮性が高い可能性が指摘されて来た.そして,その軸索興奮性を決定している因子は,内向きの興奮性電流であるNa電流の増加と,外向き抑制性電流であるK電流である.実際,千葉大学の研究によると,正中神経運動軸索における持続性Na電流=軸索興奮性の大小はALSの予後に大きく影響するそうで,この値の大小により群間比較をすると,きわめてインパクトの大きい予後因子であることがわかったそうだ(ハザード比4倍で,発症年齢や球麻痺,肺活量低下よりも影響力が大きい).病態仮説としては,RNA代謝異常が,チャネル機能に影響を及ぼし,持続性Naチャネル増加 → 興奮・線維束性収縮 → 代謝要求増大 → 筋萎縮という経路が考えられるとのこと.もしかしたらメキシレチンによるナトリウムチャネル抑制が治療につながるのではないかという話にまで発展した.ALSにおける軸索興奮性は以前から指摘されていたが,今後,あらためて重要視される可能性がある.神経所見から病態にまで発展する非常に興味をそそる話であった.
Kuwabara S et al. Dissociated small hand muscle atrophy in amyotrophic lateral sclerosis: Frequency, extent, and specificity. Muscle Nerve 37:426-430, 2008