Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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パーキンソン病の定義の改訂 -前駆状態(prodromal PD)の診断基準-

2016年06月20日 | パーキンソン病
第20回国際パーキンソン病・運動障害学会(MDS)@ベルリンに参加している.初日は治療に関する全体講義が行われたが,今後,十分に理解すべきと思われたトピックは,MDSが2015年に発表したパーキンソン病前駆状態(prodromal PD)の診断基準である.”Early Parkinson’s disease; modifying the definition of PD and early-stage treatment”というタイトルの講演で,Tübingen大学のDaniela Berg先生が解説をされた.

この診断基準の意味するものは重い.つまりパーキンソン病(PD)の定義自体を改訂するものであるためだ.過去20年のPD研究の進歩,つまりαシヌクレインの発見,遺伝子解析の進歩,非運動症状の認識,prodromal stage(前駆状態)の発見が,新しい診断基準の基盤となっている.これらを元に,MDSはPDの定義の改訂に取り組み,MDS research criteria for prodromal Parkinson’s diseaseとして発表した.この診断基準により変わったことは大きく3点にまとめられる.

1)PDを(PARK2のような一部の例外はあるものの),αシヌクレインが脳内に蓄積するシヌクレイノパチーと定義した.
2)認知症は,たとえ初発症状であったとしても,診断を否定する項目から除外した.他の非運動症状が,運動症状の前から出現するのと同様に,認知症も運動前症状となりうると考えた.つまり,レビー小体型認知症の症例も,この診断基準を満たせば,PDを合併していると考える.
3)病期により,PDを以下の3つに分類した.
① clinical PD(運動症状あり)
② prodromal PD(運動症状・非運動症状を認めるが,PDの臨床診断基準を満たさない)
③ preclinical PD(神経変性はあるが,無症状であるもの)

その他,以下の点も挙げられる.
1)PDを無動・寡動・振戦による組み合わせと考え,早期からの姿勢保持障害は,他の病態(PSP)でも生じうるため,診断には不要と考えた.
2)診断基準における項目を,診断を示唆する項目と,除外する項目に分け,それぞれについて重み付けを行った.除外項目については,probable PDを否定する「絶対的除外項目」と,複数存在したり,診断を支持する項目がない場合にprobable PDを否定する「レッドフラッグ」に分けた.
3)統計学的な手法(単純ベイズ分類器)を用いて,患者がprodromal PDである尤度比(★)を推測する独特な方法を用いている.この方法は他の疾患ではすでに導入されているものの,神経疾患領域では初めての試みである.
4)診断には以下の3つのステップを行う.

ステップ1
prodromal PDである可能性を年齢から推定(5歳間隔で表に定められている)
ステップ2
可能か限り多くの診断に関する情報を入手する.この中には環境要因(性,喫煙,カフェイン摂取など),遺伝因子(家族歴,遺伝子検査),運動前症状(便秘,嗅覚低下,運動徴候など),バイオマーカー検査(ドパミン系の画像検査など)が含まれる.項目ごとに前向き研究から,尤度比が決められていて,陽性尤度比(LR+)は1より大きく,陰性尤度比(LR-)は1より小さくなる.不明の場合は1とする.
ステップ3
集めたすべての情報を掛け算し,算出した総尤度比を,prodromal PDとなる閾値として年齢ごとに定めた値の80%以上となるかどうかを確認し,prodromal PDの診断をする.

論文には実際の計算例が複数記載されているので,試していただきたい.表は各リスクやマーカーの尤度比を示すが,これらは上述のごとく,前方視的研究に基づくEBMに則っているもののみ含んでいる.またそれぞれ診断における重みが異なることがわかる.例えば特異度は,うつや便秘では75–80%と低く,PSGにて診断されたRBDは99.7%と高いが,単純ベイズ分類器はこれらの異なる診断における価値の重み付けを可能としている(RBDの陽性尤度比は130と極めて高い).PD研究は発展中であることから,診断基準は今後,アップデートされることが予定されている.臨床現場において,この診断基準を用いることはあまりないように思われるが,PDに対する病態抑止療法や先制医療は,このような診断基準を満たした症例に対して行われることを認識する必要がある.

最後にDaniela Berg先生が仰った言葉が印象的だったので記載しておく.”Early PD is already advanced PD.” この診断基準を持って,PDも可能なかぎり早期に発見し,治療介入を行う時代に突入したといえよう.

Berg D, et al. MDS research criteria for prodromal Parkinson's disease. Mov Disord. 2015 Oct;30(12):1600-11.
Postuma RB et al. The new definition and diagnostic criteria of Parkinson's disease.Lancet Neurol. 2016 May;15(6):546-8.

★ 尤度比についてのメモ
陽性尤度比(LR+) = 真陽性率 / 偽陽性率
真陽性率 = sensitivity(感度)
偽陽性率 = (1 – specificity 特異度)
なのでLR+=(感度) / 1-(特異度)
陰性尤度比(LR-)=(1-感度) / (特異度)


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