Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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なぜ動物実験で有効な脳梗塞治療薬が,ヒトの臨床試験で無効なのか?(2) ~概日周期のおよぼす影響:脳梗塞研究者にとって衝撃の論文~

2020年06月20日 | 脳血管障害
標題と同じタイトルのブログを2020年1月8日に記載した.そこで紹介した論文は,脳梗塞に対する動物実験,第2相臨床試験,そして第3相臨床試験の3者において,研究デザイン,バイアス, 検出力,true report probabilityなどに統計学的に大きな違いがあり,そもそも結果を次の段階に翻訳(トランスレーション)することが困難であることを示したものである.衝撃的な内容であったが,今回,同じぐらいインパクトのある論文がハーバード大学からNature誌に報告された.げっ歯類モデルを用いて研究を行ってきた人間なら愕然とするだろう.

まずげっ歯類とヒトでは,概日周期(サーカディアンリズム)が反対である.著者らは,げっ歯類の実験も,ヒトの臨床試験も昼間に行われているが,両者で概日周期が逆なので,神経細胞レベルでも概日周期が影響して,その差が神経保護療法の有効性の違いになって現れるのではないだろうかという仮説をたてた.つまりマウスの手術は,昼,すなわち彼らにとって非活動期に行われるが,そこで有効であった薬剤は,ヒトの非活動期=夜には効くかも知れないが,ヒトの活動期=昼には効かないのではないか,それが臨床試験失敗の原因ではないかと考えたのだ.



実験は3つのパートからなる.まずげっ歯類で有効性が確認されたものの,ヒトの臨床試験で失敗した3つの神経保護療法,①正常圧高酸素療法,②フリーラジカル・スカベンジャー(αPBN),③グルタミン酸受容体アンタゴニスト(MK801)の効果を,ラットないしマウスの局所脳虚血モデルを用いて,昼と夜で比較した.いずれも昼(非活性期)では梗塞サイズを縮小させるが,夜(活動期)では梗塞サイズは変わらなかった!(図左)つまりこれらの神経保護療法は概日周期上,非活動期にのみ効果があると言える.

次に局所脳虚血モデルによる虚血性ペナンブラが,昼(非活動期)と夜(活動期)で変化するかを,レーザースペックルイメージングを用いて検討している.虚血性ペナンブラは,非活動期よりも活動期において有意に小さかった(図右).また12時間から72時間までの梗塞サイズの拡大は活動期で小さかった.さらに活動期においてアポトーシスを示唆するTUNEL陽性細胞の密度が低かった.メカニズムはわからないが,非活動期のほうが治療の標的がまだ残っていると解釈すれば良いのかもしれない.



最後に神経細胞レベルで,神経保護療法の効果が,概日周期の影響を受けているかを検討するために,マウス初代培養大脳皮質ニューロンをデキサメサゾンで2時間刺激し,概日周期様変化を誘導した.デキサメサゾン刺激の6時間後,時計遺伝子Per1,Per2の発現は増加し,この時点は活動期に相当すると考えられ,12時間はそれらの遺伝子発現が正常化して非活動期に相当すると考えられた.αPBN,MK801ともPer1とPer2遺伝子発現が抑制されている非活動期において有意に低酸素・低グルコース刺激に対して神経保護効果を示した(と言っても顕著な差ではないが).さらにこの効果が,caspase 3の検討で,アポトーシスのカスケードを抑えることで生じていることも明らかにした.

論文に対する批判をすれば,概日周期が,なぜ虚血性ペナンブラに影響を与えたか,そのメカニズムはまったく不明である.今後,概日周期が血管内皮機能や止血機構,体温調節,血液脳関門機能,サイトカイン・ケモカイン,薬物伝達や代謝などさまざまな病態生理におよぼす影響を検討する必要がある.また概日リズムは併存疾患にも影響を与えるので,とくに臨床試験ではその影響の検討も必要であろう.

もちろん概日周期だけがトランスレーショナル・リサーチの失敗の原因ではない.まだわからないことだらけだが,少なくとも脳梗塞のトランスレーショナル・リサーチにおいて,概日リズムが神経保護効果に及ぼす影響を無視するわけにはいかなくなった.その意味で,非常に重要な論文である.

Esposito, E., Li, W., T. Mandeville, E. et al. Potential circadian effects on translational failure for neuroprotection. Nature 582, 395–398 (2020).


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