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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(2月6日) 

2021年02月06日 | 医学と医療
今回のキーワードは,増加する無症候性感染者,表面感染は過度に恐れなくて良い,感染経験者のワクチン接種は1回で十分,英国変異株と南アフリカ変異株へのファイザーワクチンの効果,ロシアSputnik Vワクチンの成功,ヘパリンの抗ウイルス効果,パーキンソン病とワクチン接種,COVID-19感染多発性硬化症患者の剖検例です.

オリンピック開催の是非について,WHOは「科学的な根拠や,その時点での危険性に基づき,決断しなくてはならない」と述べています.開催のためには,少なくとも,国内における感染の抑え込みと海外からの感染持ち込みの阻止が不可欠だと思います.後者において重要なポイントは,無症候性感染者の入国をいかに防ぐかだと思います.重要なエビデンスが中国から報告されていますので,最初にご紹介します.

◆外国人旅行者における無症候性感染者の増加.
中国は2020年4月1日から,陸海空路で入国する外国人に対し,国境検問所でPCR検査を義務付けている.陽性者は隔離入院,陰性であっても14日間隔離され,13日目に再検査を受けることになっている.今回,中国への外国人入国者のうち,無症候性感染者の割合を調べた後方視的研究が報告された.2020年4月16 日から10月12日までの間に,PCR陽性が判明したすべての外国人入国者が対象となった.入国した1939万8384人の外国人旅行者のうち,3103人が感染していた.75.5%が男性で,20~49歳が80.8%を占めていた.うち1354人(43.6%)が症状あり,137人(4.4%)が無症状で,後に発症した.残り1612人(51.9%)は13日目まで症状がみられず,無症候性感染者と考えられた.この無症候性感染者の割合は,4月の27.8%から,10月の59.4%へ経時的に増加した(P<0.001).以上より,世界的に無症候性感染者が増加していることが判明した.→ 無症候性感染者を徹底的に検査する厳密さが中国における再発防止を可能にしている.オリンピックを開催する場合,この対応ができなければ,無症候性感染者から容易に大量の変異株が持ち込まれることになりかねない.
JAMA. 2021;325(5):489-492.(doi.org/10.1001/jama.2020.23942)



◆物質の表面を介した感染は一般的な感染経路ではない.
Nature誌のFeature欄に,物質の表面に付着するSARS-CoV-2ウイルスから感染することはほとんどないという記事が掲載された.2020年3月末,ウイルスがプラスチックやステンレスに数日間残留しうることが報告されて以来(New Engl J Med 382; 1564-7, 2020),ドアノブから食料品に至るまで除染法が次々と発表された.WHOも家,バス,教会,学校,商店などで,頻繁に触れる表面の清掃と消毒を推奨したため,消毒剤も一時,不足する事態になった.しかし,微生物学者のGoldmanはSARS-CoV-2が汚染した表面を介して,人から人に感染することを裏付ける証拠はほとんどないというコメントを7月に発表した(Lancet Infect Dis 20;892-3, 2020;doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30561-2).他の多くの検討も同様の結論に達している.そもそもウイルスRNAの存在は感染性とイコールではない.実際,米国CDCはすでに5月に,表面感染について「ウイルスの主な感染経路ではない」と述べている.しかし表面感染の可能性は完全には否定できないため,手洗いは引き続き重要である.むしろ表面の消毒・殺菌より,換気システムの改善や空気清浄機設置の方が大切である.→ 学会でマイクの使用の都度,消毒する場面を見たが,そこまで神経質でなくてもよいのかも知れない.そうは言っても新幹線のテーブルを除菌ペーパーで拭くとは思うが・・・
Nature. 590;26-28, 2021(doi.org/10.1038/d41586-021-00251-4)

◆感染経験者ではワクチン接種1回で十分な抗体価が得られる.
ワクチンに関する疑問の一つに,すでにCOVID-19に感染した人は「ワクチンを打つべきか?打つとしたら1回,2回いずれが良いか?」というものがある.米国からプレプリント論文であるが,過去に感染した41名に対するワクチン1回接種後のスパイク蛋白に対する抗体価は,感染したことのない68名の人が2回ワクチン接種する場合と比較して,10倍以上,上回ることが報告された.図2Aを見ると,過去に感染していてもワクチン接種により抗体価が上昇すること,かつ1回接種でも2回接種と抗体価は同等であり,1回で十分であることが分かる.1回接種で済めば,接種部位の不必要な痛みを避けることができ,その分,ワクチンも多くの人に行き渡ることになる.また,過去に感染した人では,ワクチン接種後に,疲労,頭痛,寒気,発熱,筋肉/関節痛などの全身性の副作用が,より多く認められることも示されている(図2B).
medRxiv. Feb 01, 2011(doi.org/10.1101/2021.01.29.21250653)



◆英国変異株にファイザー/BioNTechワクチンは有効.
英国における変異株B.1.1.1.7は,従来のウイルス株より感染力が強い.この変異株は,スパイク蛋白にアミノ酸変異を10ヶ所も有するため,中和抗体の効果が弱まることが懸念されている.ドイツから武漢基準株,もしくはB.1.1.1.7変異株に由来するスパイク蛋白を含む,偽SARS-CoV-2-Sウイルスを,ファイザー/BioNTechワクチンBNT162b2を接種した16名の血清を用いて中和できるか検討した研究が,すでにプレプリント論文として16名の段階で報告されていたが(1月23日のFBで紹介),今回,40名に増加したデータがScience誌に掲載された.B.1.1.1.7系統の偽ウイルスに対する中和抗体活性(血清のウイルス細胞侵入阻止活性)はわずかに低下したものの,ほぼ維持されていた.年齢による解析でも23-55歳群と57-73歳群でも同様の結果であった.以上より,英国変異株に対し,ファイザーワクチンは有効であると言える.
Science. Jan 29, 2021(doi.org/10.1126/science.abg6105)



◆ファイザー/BioNTechワクチンも南アフリカ変異株に対する中和能は低い.
1月30日に紹介したように,南アフリカ変異株B.1.351(501Y.V2)に対し,モデルナ社ワクチンの中和能は低い可能性が指摘されている.今回,ファイザー社ワクチンでも同じ検討が行われ,プレプリント論文ながら,米国から報告された.ファイザーワクチンで誘導されたヒト血清の幾何平均抗体価(GMT)は,英国と南アフリカのN501Y,英国の69/70-deletion+N501Y+D614G,南アフリカのE484K+N501Y+D614Gにおいて,親ウイルスに対するGMTが,それぞれ1.46倍,1.41倍,0.81倍であった.やはり南アフリカ変異株への効果は低めであることが確認された.
bioRxiv. Jan 27, 2021(doi.org/10.1101/2021.01.27.427998)



◆ロシアのSputnik Vの有効率は91.6%.
ロシアのワクチンGam-COVID-Vac(Sputnik V)の無作為化二重盲検プラセボ対照第3相試験の中間解析が報告された.このワクチンは発現ベクターとしてアデノウイルス26(Ad26)とアデノウイルス5(Ad5)を使用する異種組換えアデノウイルスアプローチを採用している.ワクチンは,初回接種ではAd26,2回目の接種ではAd5と,異なるワクチンを,21日間隔を空けて筋肉内注射している.参加者は18歳以上とした.2020年9月7日から11月24日の間に,ワクチン群(1万6501名)または偽薬群(5476名)に無作為に3:1に割り付けた.重症化のリスクとして知られる併存疾患は,約4分の1の人に認められた.主要評価項目は,初回ワクチン接種後21日目からのCOVID-19感染とした.結果としては,ワクチン群1万4964名中16名(0~1%),偽薬群4902名中62名(1~3%)においてCOVID-19感染が確認された.よってワクチンの有効率は91.6%(95%CI 85.6-95.2)であった.またすべての参加者の年齢層において一貫して強い保護効果を示された.有害事象のほとんどはグレード1の軽微なものであった.試験期間中に4名の死亡(3名がワクチン群)があったが,いずれもワクチンとの関連性は認められなかった.以上より,Sputnik Vの第3相試験の中間解析では,COVID-19に対して91.6%の有効性と良好な忍容性が示された.
Lancet. Feb 02, 2021(doi.org/10.1016/S0140-6736(21)00234-8)



◆抗凝固薬ヘパリンがSARS-CoV-2の細胞侵入を阻害する.
多くの微生物病原体の付着・侵入は,ヘパラン硫酸との相互作用に依存する.抗凝固薬ヘパリンは,構造的にヘパラン硫酸に類似している.英国からの研究で,ヘパリンが,ネブライザーによって使用可能な濃度内で,SARS-CoV-2のVero細胞への浸入を最大80%まで阻止できることが示された.ヘパリンと低分子量ヘパリン(エノキサパリン)が,スパイク(S1)タンパク質受容体結合ドメイン(S1 RBD)に結合し,その構造変化をもたらすことが分かった.RBDの構造変化にはヘパリンの糖鎖の少なくとも6つの糖で十分であることも示された.ヘパリンおよびその誘導体を抗ウイルス剤として利用することで,治療薬につながる可能性がある.ヘパリンの効果を検証する臨床試験が既に開始されている.
Thromb Haemost. 2020;120:1700-1715(doi.org/10.1055/s-0040-1721319)

◆パーキンソン病患者さんにおけるワクチン接種の考え方.
国際パーキンソン病運動障害疾患学会(MDS)からCOVID-19ワクチンに関する声明が発表され,論文として掲載された.以下の8項目をTake home messageとして掲載している.
1)一般の人と比較して,COVID-19が重症化し,生命を脅かす状態となるリスクは,パーキンソン病(PD)において,少なくとも,より進行した患者では高いようである.
2)承認されているmRNAワクチンおよび開発中のウイルスベクターワクチンは,PDの神経変性過程と相互作用することが知られていないか,または考えにくい.
3)PD患者におけるワクチンの副作用の種類や発生率は,一般の人と変わらないようである.
4)これらのワクチンは高齢者にも安全であると思われるが,長期療養施設で生活しているPD患者の特定のグループ,つまり極度に虚弱(フレイル)な高齢者や終末期高齢者には注意が必要である.
5)COVID-19ワクチン接種が,現在のPDの治療を妨げることは知られていない.
6)特別な禁忌がない限り,PD患者にCOVID-19ワクチン接種を,他の承認されたワクチン(注
インフルエンザワクチンなど)とともに接種することを推奨する.
7)ワクチン接種を受けたPD患者は,COVID-19への曝露と感染を減らすために,公衆衛生ガイドラインを継続して遵守しなければならない.
8)ワクチンに対する考え方は変化する可能性があり,臨床試験と実際のワクチン接種の両方から新たに出てきたデータを意識的に監視する必要がある.
J Parkinsons Dis. Jan 28, 2021(doi.org/10.3233/JPD-212573)

◆COVID-19に感染した多発性硬化症患者における脳病理所見.
症例は67歳女性で,1990年に多発性硬化症(MS)と診断され,その後,二次進行性MSと診断された.2020年3月に感染し,発症から13日後に呼吸不全で死亡した.剖検がなされたが,検討項目は2つあり,①MS による血液脳関門の障害が,中枢神経系へのウイルス侵入を促進するかどうか,②COVID-19 関連免疫異常が MS 病変の再活性化につながるか?であった.結論は,①は脈絡叢ではウイルス転写産物が検出されたが,脳実質,すなわち神経細胞,グリア細胞感染の直接的な証拠は認めなかった.このことは,血液脳関門が中枢神経へのウイルスの侵入を抑制する重要な役割を果たしていることを示唆する.一方,②については,炎症性免疫細胞の浸潤やミエリン貪食が見られなかったことから,全身性のウイルス感染はMS病変の再活性化をもたらさないものと考えられた.
Neurol Neuroimmunol Neuroinflamm. Jan 27, 2021(doi.org/10.1212/NXI.0000000000000957)




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