Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

Twitter @pkcdelta
https://www.facebook.com/GifuNeurology/

弓道競技者を悩ます「もたれ」の病態機序の解明

2023年08月05日 | 運動異常症
弓道では古くから「早気,もたれ,びく,ゆすり」と呼ばれる上達に支障をきたす4種類の厄介な状態があります.「早気」は意図したタイミングより早く矢を放つこと,「もたれ」は意図したタイミングで矢を放つことができないこと,「びく」は矢を放ちかけること,「ゆすり」は弓を引いている途中に前腕や上腕がふるえることを指します.素人ながら弓道部の顧問になり,多くの部員がこの問題で悩んでいることを知りました.また昔から弓道競技者の間ではこれらはメンタルの弱さの問題として扱われてきたことも知りました.

しかしプレッシャーがあまりかからない練習でも改善しないこと, 練習では同じ動作を反復することから,一部は書痙や音楽家に見られる動作特異性局所ジストニア(TSFD)ではないかとアドバイスをし,当時の弓道部員と最初の研究を行いました(臨床神経2021; 61:522-529に報告).大学生を対象としたアンケートで65名中41名(63.1%)に4種類のいずれかの経験があり,「早気」が最も多く(85.3%),危険因子は経験年数が長いことでした.「もたれ」のみ単独で出現し,その特徴からもTSFDの関与が疑われました.

弓道部6年生の小木曽太知君と鈴木彩輝君が研究を引き継ぎ,全40大学の弓道部に声をかけ,「もたれ」3名,「早気」3名,正常3名に協力を依頼し,「もたれ」が症候学的および電気生理学的にTSFDとして矛盾しないことを示しました.一方,「早気」はこれとは異なる病態で,むしろ心理的要因が大きいと考えました.病態に合わせて克服を目指す必要があることを示したことになります.

今回「臨床神経」誌に掲載された2つの論文は,専攻医や学生が初めて研究に取り組んだもので,完成した論文を手にしたときは彼らはもちろんですが,私も我が事のように嬉しかったです.これから沢山の研究をすると思います.自信を持って,世の中の困っている人の役に立つような研究をしてほしいと思いました.

小木曽太知, 大野陽哉, 鈴木彩輝, 下畑享良.弓道における異常な運動「もたれ」は動作特異性局所ジストニアの特徴を有している.臨床神経63: 532-535, 2023



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 非定型パーキンソニズムを呈... | TOP | 「エビ足の少年」の病気 »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 運動異常症