Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(9月5日)  

2020年09月05日 | 医学と医療
今回のキーワードは,空気再循環バスにおける空気感染,気管支喘息は重症化の危険因子ではない,重症COVID-19の病態はサイトカインストームとは言い難い,COVID-19脳症における血液脳関門の破綻,COVID-19関連ギラン・バレー症候群における抗ガングリオシド抗体測定,単独顔面神経麻痺の初めての報告,高齢者へのBCG接種の効果,重症患者に対する全身性ステロイドのメタ解析,突然変異によるウイルス多様性は乏しい,です.

治療に関する良いニュースがありました.国別の致死率の違いに影響する可能性が指摘されてきたBCGワクチン接種が,高齢者において実際にウイルス性呼吸器感染症に対し予防効果をもつこと(ただしCOVID-19への効果はまだ不明),ステロイドの全身性投与は重症例における28日間の死亡率を41.4%から32.7%に低下させたことただし軽症例は避ける),急速にウイルスの感染拡大が広がったものの,突然変異によるウイルス多様性は乏しく,ウイルスごとにワクチンを作る必要はなさそうであることが報告されています.

◆空気感染の傍証:空気再循環バスでの感染蔓延.
中国からの報告.本年1月19日に,128名が礼拝に参加するために2台のバスに60名と68名に分かれて乗車し,往復100分間同乗した.いずれのバスもエアコンが室内再循環モードであった.バス2には武漢由来の患者1名が乗車していたが,その後,そのバスで68名中24名(35.3%)がPCR陽性となった.一方,バス1では感染者は出なかった.バス2の中で,最初の患者のそばの座席(高リスクゾーン)での感染率は,それ以外の低リスクゾーンと比較して,リスク上昇は有意でなかった(つまり患者のそばでなくて感染した)(図1).以上より,空気感染が広範囲に,高頻度の感染を引き起こしたものと推測された.空気が再循環する閉鎖的な環境では,空気感染が生じることを認識し,予防する必要がある.
JAMA Intern Med. September 1, 2020.(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.5225)



◆気管支喘息は重症化の危険因子ではない.
気管支喘息は重症化の危険因子という記載があるものの,その根拠は十分ではない.このため既報の15の臨床試験を統合した研究が米国から報告された.各試験の地域における喘息の有病率と,COVID-19入院患者における喘息の有病率を比較したところ,ほぼ同程度であった(プール推定有病率6.8%).さらにCOVID-19入院患者における気管内挿管率も,喘息の有無に関わらずほぼ同程度であった(図2).つまり喘息はCOVID-19による入院や気管内挿管のリスク因子とはならない可能性が高い.一方,インフルエンザによる入院患者では20%以上が喘息患者で,COVID-19と比べ有意に高頻度であった.著者は喘息患者でCOVID-19が少ない理由として,吸入コルチコステロイドの使用がウイルス受容体ACE2の発現を抑制し,ウイルスの侵入が困難になっている可能性を考えている.
Ann Am Thorac Soc. August 31, 2020(doi.org/10.1513/AnnalsATS.202006-613RL)



◆重症COVID-19の病態はサイトカインストームとは言い難い.
COVID-19の重症化にサイトカインストームが重要であると指摘されてきたが,血漿中サイトカイン濃度は低く,その名称の使用は適切でないという指摘があった(doi.org/10.1001/jamainternmed.2020.3313).そもそもサイトカインストームの定義自体が明確ではないとの指摘もあった.このため,重症COVID-19患者と他の重症疾患の炎症性サイトカイン値(TNF,IL-6,IL-8)を比較した研究がオランダから報告された.対象は急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を呈するCOVID-19患者46名,ARDSを呈する(細菌性)敗血症性ショック患者51名,ARDSを有さない敗血症性ショック患者15例,院外心停止患者30名,多発性外傷患者62名であった.COVID-19群では,ARDSを伴う敗血症性ショック群よりすべてのサイトカインが有意に低かった(図3).またARDSを伴わない敗血症性ショック患者と比較して,IL-6およびIL-8が有意に低かった.COVID-19群のTNFは外傷群よりは高かったが,IL-6は心停止群または外傷群と差はなかった.IL-8は心停止群より低かった.以上より,ARDSを呈するCOVID-19患者のサイトカインレベルは,細菌性敗血症患者と比較して低く,他の重症患者と同等であったことから,COVID-19はサイトカインストームによって特徴づけられるとは言い難いと考えられた.
JAMA. September 3, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17052)



◆神経合併症(1)COVID-19脳症では血液脳関門の機能障害が生じている.
フランスからのCOVID-19の縦断的研究.腎臓病棟に入院した5名の脳症患者を対象とした.神経学的には,錯乱,振戦,小脳性運動失調,行動変容,失語,錐体路徴候,昏睡,脳神経障害,自律神経障害,中枢性甲状腺機能低下症などが認められた.神経学的障害に並行して,サイトカイン放出症候群(血清IL6,CRP,LDH上昇)を認めた.髄液PCRは全例で陰性であった.頭部MRIでは,急性白質脳炎(3名,うち1名は出血性),虚血性脳卒中に類似した細胞性浮腫(1名),もしくは正常(2名)であった.ステロイドやIVIGが試みられ,2名は急速に回復した.また髄液/血清アルブミン・インデックスと血清アストログリアタンパクS100Bの増加が見られ(図4),血液脳関門の機能障害が示唆された.以上より,COVID-19脳症では,サイトカイン放出症候群に加えて,血液脳関門の機能障害が関与することが示された.
Eur J Neurol. August 27, 2020(doi.org/10.1111/ene.14491)



◆神経合併症(2)COVID-19関連ギラン・バレー症候群の抗ガングリオシド抗体.
イタリアから72歳女性のギラン・バレー症候群の報告.10日前から発熱,咳,咽頭痛,嗅覚障害が出現,その後,弛緩性の四肢麻痺,顔面神経麻痺,呼吸不全を呈した.神経伝導検査では脱髄性神経障害を,髄液検査では蛋白細胞解離を認めた.治療はIVIGとCOVID-19に対する投薬が行われた.25 日目に部分的に人工呼吸を要したが,有意な筋力の改善を認めた.抗ガングリオシド抗体が測定され,抗GM1,抗GD1a,抗GD1bが陽性であった.GD1a/GD1b抗体は脳神経麻痺を認める症例でしばしば検出され,またGD1aガングリオシドは嗅球で強く発現することから,嗅覚障害を説明できる可能性がある.抗ガングリオシド抗体検査は,SARS-CoV-2に関連した他の神経障害でも有用である可能性がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. Aug 28, 2020(doi.org/10.1136/jnnp-2020-324279)

◆神経合併症(3)COVID-19関連単独末梢性顔面神経麻痺.
フランスからの症例報告.起床時に気が付かれた急性の左顔面神経麻痺にて入院した57歳女性.7日前に一過性の疲労,筋痛,軽度の咳嗽を認めていた.鼻咽頭拭い液PCR陽性,髄液PCRは陰性.呼吸器症状は一時,悪化したが,1ヶ月後には呼吸器症状,神経症状とも改善した.顔面神経麻痺に対しては通常治療を行ったが,COVID-19感染を認めるためステロイドは使用しなかった.ウイルスによる顔面神経への直接の感染より,免疫介在性の障害が疑われた.
Eur J Neurol. August 27, 2020.(doi.org/10.1111/ene.14493)

◆高齢者へのBCG接種がウイルス性呼吸器感染症を予防する.
ギリシア,オランダ,ドイツの国際共同研究.BCG接種の高齢者(65歳以上)への呼吸器感染症予防効果を評価するプラセボ対照無作為化試験(第Ⅲ相ACTIVATE試験).高齢患者(198名)が退院時にBCG(72名)またはプラセボワクチン(78名)を接種され,新規感染がないか12ヵ月間追跡された.中間解析の結果,BCG接種により初感染までの期間が有意に延長した(中央値16週対11週).新規感染症の発生率はプラセボ群42.3%,BCG群25.0%であった(ハザード比0.21,p=0.013).ウイルス性呼吸器感染症に対して最も強い保護効果が認められた.副作用の頻度に差はなかった.3ヶ月後の単球において,エピジェネティックなリプログラミングと,サイトカイン(TNF,IL1b,IL-10)産生増加が認められた.以上より,対象患者数が少ないものの,高齢者に対するBCGワクチン接種は安全であり,感染症から保護できる可能性が示された.2017年に開始された今回の試験では,COVID-19への予防効果の判断は困難である.新たな大規模研究が進行中である.
Cell. August 31, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.051)

◆全身性副腎皮質ステロイド投与は重症患者における発症28日間の死亡率を低下させる.
WHOによる報告.1703名の重症患者を含む7つの無作為化試験のメタ解析が報告された.デキサメタゾン,ヒドロコルチゾン,またはメチルプレドニゾロンの全身投与に678名が,通常治療またはプラセボ投与に1025名が割り付けられた.主要評価項目は,無作為化後28日目の全死亡率とした.ステロイド群の死亡は222/678名(32.7%),通常のケア・プラセボ群の死亡は425/1025名(41.4%)であった(要約オッズ比,0.66;P<0.001)(図5).通常のケア・プラセボ群と比較した要約オッズ比は,デキサメタゾンでは0.64(3試験,死亡527/1282名),ヒドロコルチゾンでは0.69(3試験,94/374名),メチルプレドニゾロンでは0.91(1試験,26/47名)であった.重篤な有害事象はステロイド群で64/354件,通常のケア・プラセボ群で80/342件であった.以上より,副腎皮質ステロイドの全身性投与は28日間の全死因死亡率の低下と関連した.しかしWHOは「より軽症の患者には死亡リスクを上げる恐れがあるため,使用すべきではない」と述べている.
JAMA. September 2, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.17023)



◆突然変異によるウイルス多様性は乏しく,単一ワクチンで対処可能.
米国からの研究.COVID-19ウイルスの急速な拡大は,患者内で突然変異を起こしうる.このため,1つのワクチンが変異したウイルスに普遍的に有効であるかは不明である.昨年12月以降,見出された84か国の感染者から得た18514個に及ぶSARS-CoV-2ウイルス・ゲノム配列に関して,系統分類,集団遺伝学,および構造バイオインフォマティクス解析を行ったところ,ウイルス・ゲノムの多様性は限られていることが判明した.配列の5%以上に多型が見られるのは11部位のみで,スパイク蛋白質領域におけるD614G変異(アスパラギン酸(D)からグリシン(G)への変異で,ヨーロッパで増加したもの)を含む2つの変異が判明している.SARS-CoV-2は進化スピードよりも急速に感染拡大しているため,ウイルス集団はより均質化したものとなっていた.ヒトへの順応(適応的選択)ではなく,無秩序に変異が生じていると考えられた.つまりウイルス多様性はこれまでのところ乏しく,流行を収束させるためには,単一のワクチンで事足りるだろうと著者は述べている.
PNAS. August 31, 2020(doi.org/10.1073/pnas.2008281117)
positive selectionを受けたウイルス変異株の報告.


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