Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(10月18日)  

2020年10月18日 | 医学と医療
今回のキーワードは,Nature誌がバイデン氏を支持する理由,政治による科学の蹂躙に抗する署名活動,2度目の感染でも重症化する,突発性感音性難聴,脳波と予後,欧州神経学会のエキスパートによるコンセンサス声明の発表,感染から回復しても長期に症状が持続する理由,血管病変や血栓形成機序を明らかにするアカゲザル・モデルです.

最初の2つのトピックスから「政治と科学」がきわめて緊迫した状況にあること,11月3日は世界の科学にとって重大な意味を持つことが分かります.欧州神経学会によるコンセンサス声明は量が多く,全項目は日本語訳できませんでしたが,脳神経内科医は目を通しておくべき内容です.また重症COVID-19に見られるB細胞反応は自己免疫疾患SLEと似た特徴を示し,免疫寛容が破綻し,自己免疫疾患類似の症状をもたらしうるという驚くべき内容です.多彩な神経合併症や,Long-Haulと呼ばれる症状の長期化もこの現象で説明できるのかもしれません.

◆ジョー・バイデンを支持する理由.
New Engl J Med誌によるトランプを批判する記事を前回紹介したが,Nature誌は明確にジョー・バイデン支持の姿勢を打ち出した(図1上).まずトランプに対して「最近の歴史の中で,これほど政府機関を政治化し,科学的専門知識を排除しようとした大統領はいない」「トランプ政権の最も危険な遺産の一つは,保健・科学機関への干渉という恥ずべき記録であり,国民の安全を守るために不可欠な機関に対する国民の信頼を損ねるものだ」と激しく批判している.一方,バイデンに対しては,「上院では政敵に働きかけ,超党派的な法案の支持を得るために政敵と協力してきた政治家である.彼は研究を尊重する意向を示し,米国による分断された国際的な関係を回復するために努力することを誓っている」「彼はパンデミックへの対応に関する決定は,政治家によってではなく,公衆衛生の専門家によってなされることを公約している」と述べてバイデンを支持し,11月3日の投票日に投票するよう有権者に呼びかけている.
Nature 586, 335, 2020(doi.org/10.1038/d41586-020-02852-x)



◆「誤った情報に対し,科学者は声を上げて行動しよう!」という署名活動.
Lancet誌のcorrespondence(往復書簡)欄に,複数の研究者による連名で「COVID-19パンデミックに関する科学的コンセンサス:今すぐ行動する必要がある」という文書が掲載された.科学的に誤った情報が流布される状況に対し,科学者は声を上げて行動すべきという内容で,この文書に同意する科学者に対し,John Snow Memorandum(https://www.johnsnowmemo.com/)と名付けられたネット上の署名活動への参加を呼びかけている(図1下).本文中で私が重要と思った箇所は「COVID-19の致死率は季節性インフルエンザの数倍であり,感染すると若くて健康な人も含めて病気が持続すること(単なる風邪ではない)」「ロックダウンは死亡率を低下させ,医療崩壊を防ぎ,パンデミック対応システムを構築するための時間を稼ぎに不可欠なものであること」「安全で効果的なワクチンや治療法が登場するまで,COVID-19の感染を抑制することが,社会と経済を守るための最善の方法であること」「集団免疫は科学的根拠に裏付けられていない危険な誤謬であること」である.ちなみにJohn Snowは,1854年にロンドンで起きたコレラの発生原因を追跡した,現代疫学のシンボル的存在である.→ 政治による科学の蹂躙に対して,科学者は毅然とした態度を取る必要がある.私もこの書簡に同意する署名を送った(現時点で3300人の科学者が署名している).
Lancet. Oct 15, 2020(doi.org/10.1016/S0140-6736(20)32153-X)

◆2度目の感染における重症化の報告(一度感染しても感染予防は必要).
米国ネバダ州に居住する25歳の男性が,1度目は4月に,2度目は5月末~6月初旬に感染症状を呈した(図2).2度目の感染は1度目よりも重症化した.4月18日と6月5日の検体を用いたゲノム解析により,2つのウイルスの遺伝的不一致は,短期的な生体内進化で説明できる以上のものであった.すなわち,一度感染しても,免疫により発症が抑えられたり軽症化するとは限らないことが示された.過去の感染に関わらず,すべての人が感染予防を心がける必要がある.
Lancet Infect Dis. Oct 12, 2020(doi.org/10.1016/S1473-3099(20)30764-7)



◆神経合併症(1).突発性感音性難聴.
英国初の突発性感音性難聴の症例報告.COVID-19のため入院中の45歳の患者が難聴のため,耳鼻科に紹介された.検索の結果,難聴の他の原因は除外された.文献レビューの結果,これまで4例の難聴症例が報告されていた.難聴は集中治療室のような状況では見逃しやすい.COVID-19では突発性感音性難聴が生じうることを認識し,スクリーニングすることで,ステロイド治療のタイミングを逃さないようにする必要がある.
BMJ Case Reports CP 2020;13:e238419(doi.org/10.1136/bcr-2020-238419)

◆神経合併症(2).脳波と予後.
チリからCOVID-19患者62名における94回分の脳波の前向き観察研究が報告された.目的は,COVID-19入院患者に最も多くみられる脳波所見を記述し,脳波から予後を予測する因子を見出すことである.併存疾患は心疾患(52%)が最も多く,次いで代謝性疾患(45%),中枢神経系疾患(39%)であった.ICUでの治療を要した患者の割合は60%であり,死亡率は27%であった.最も頻度の高かった脳波所見は,全般的な徐波活動(66%)で,てんかん活動は19%に認められ,その中には非痙攣性状態てんかん.てんかん波,間欠期放電も含まれていた.多変量解析では,死亡の危険因子は癌の併存と,発症3週目に脳波検査を必要とすることであった.後者については,脳波検査を行うことはサイトカインストームや多臓器不全などに伴い,意識障害が出現することを意味するためと考察されている.
Seizure Oct 13, 2020(doi.org/10.1016/j.seizure.2020.10.007)

◆欧州神経学会のエキスパートによるコンセンサス声明の発表.
COVID-19患者を診療する脳神経内科医の指針となる,欧州神経学会(EAN)のエキスパートによるコンセンサス声明が発表された.デルファイ法が用いられ,3ラウンドの検討が行われた.声明は大きく4項目から構成され,それぞれ,重要度スコアとエキスパートの同意率が記載されているが,項目数が多いため,ここでは重要度スコアの高かったものを各項目4つずつ示す.

1. ケアの組織化に関する推奨
・ 急性期脳卒中患者に対する血管内治療の際には,治療を遅らせることなく,SARS-CoV-2 への潜在的な曝露・汚染を防止するための特別な条件を適用すべきである.
・ 長期間の隔離のための適切な薬剤の供給と人工呼吸器用具が確保されていなければならない.
・ ALSなどの神経筋疾患を持つ患者で,在宅人工呼吸器のサポートを受けている場合,または初期の呼吸器症状がある場合,患者・介護者は,在宅ケア/緩和ケアチーム/ALSセンターに連絡し,定期的に患者をケアしている医師に状況を伝えなければならない.
・ 脳波や筋電図検査が必要な場合は,汚染防止ガイドラインに基づく特別な衛生環境を用意しなければならない.

2.神経症状に対する治療に関する推奨
・ 集中治療室への入院を必要とする神経疾患(例:外傷性脳損傷,虚血性脳卒中,出血性脳卒中,てんかん重積発作,神経免疫疾患,その他多数)は,COVID-19の感染状況とは無関係に,通常通りの管理・治療を行う必要がある.
・ 細胞除去療法(例:オクレリズマブ,リツキシマブ,アレムツズマブ,クラドリビン)を開始する前に,治療開始から数週間後までの免疫抑制と感染症への感受性のリスクを考慮しなければならない.その地域でのパンデミックのピークが終わるまでは,細胞除去療法の開始を遅らせることが望ましいかもしれない.一部の患者では,細胞除去療法を開始しないことのリスクが重度のCOVID-19感染のリスクを上回る可能性があるため,患者と綿密に話し合う必要がある.
・ 明確な臨床的適応や正当性がない場合,ステロイドパルス療法は避けるべきである.
・ 免疫を顕著に抑制する薬剤(例えば,クレリズマブ,リツキシマブ,クラドリビン,アレムツズマブ,ミトキサントロン)は,治療開始後の最初の数週間は,感染症のリスクが高まる可能性がある.高齢の患者や併存疾患(心血管系,肺系)のある患者では,疾患活動が許す場合,治療開始を遅らせるべきである.

3. 神経学的合併症の管理に関する推奨
・ COVID-19患者では,入院中に痙攣発作,脳症,脳炎,虚血性脳卒中や脳内出血を含む脳血管イベントなどの重篤な神経学的合併症が起こる可能性がある.
・ 重症患者が集中治療室に長期入院すると,多因子性の脳症,critical illness neuropathy/myopathyを発症する可能性がある.
・ ICU生存者においては,ICUケア後症候群と呼ばれる,認知障害,精神障害,身体障害の評価と追跡調査が必要である.
・ 神経障害性のCOVID-19が疑われる患者の死亡時には,病態を理解するために,下位脳幹および延髄の病変評価を目的とした神経病理学的検査を依頼すべきである.

4. 慢性神経疾患患者への推奨
・ 免疫抑制剤を服用している人は,人混みや公共交通機関の利用を避けるなど,社会的距離を厳重に守るべきである.
・ 患者への情報では,パンデミック下でも処方薬が従来と一致し,かつ供給が維持されることの重要性を強調すべきである.
・ 感染症の急性徴候がある場合には,免疫療法を開始したり,継続したりしてはならない;特に免疫機能を除去する薬剤は,症状が消失するまで遅らせるべきである.
・ 認知症患者では感染症状を報告しないことがあるので,特に注意を払う必要がある.
Eur J Neurol. Oct 15, 2020(doi.org/10.1111/ene.14521)

◆重症例における濾胞外B細胞反応は,自己免疫疾患類似の自己抗体産生を招く.
米国からの報告.すでにCOVID-19のサイトカインストーム(TNFα)は,胚中心の形成を抑制し,ウイルス抗原に対する長期的記憶がB細胞に備わらないことが報告されていたが(Cell. August 19, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.025)),さらに濾胞外でのB細胞活性化を検討したところ,自己免疫疾患である全身性エリテマトーデス(SLE)で報告されているB細胞レパートリーの特徴と酷似していることが報告された.さらに濾胞外B細胞活性化は,ウイルス特異的中和抗体の早期産生,炎症性バイオマーカーの上昇,多臓器不全,死亡を含む予後不良の頻度と相関していた.つまりウイルス感染→サイトカインストーム→胚中心形成の抑制→①ウイルス中和活性(ただし長期的記憶↓)+②自己抗体産生と考えられる(図3).②に関して,SLEでは自己反応性の抗体産生細胞が除去されず(免疫寛容がうまくいかず),自己抗体は疲労,関節痛,発疹,腎臓障害などを引き起こす.COVID-19でも感染から回復した患者に長期に生じる疲労や関節痛などが報告されているが(Long-Haul COVID),同様に自己抗体が関与している可能性がある.
Nature Immunology. Oct 07, 2020(doi.org/10.1038/s41590-020-00814-z)



◆血管病変や凝固異常症のメカニズムを明らかにする動物モデル.
COVID-19において血管内皮障害と凝固異常症(血栓症)があるが,その機序は不明である.米国からSARS-CoV-2に感染したヒトと,アカゲザル(rhesus macaques)モデルの肺の病理組織において,血管内皮の破壊と血管血栓症を認めることを示された.アカゲザルにおいて病態を明らかにするために,気管支肺胞液(BAL)および末梢血のトランスクリプトーム解析と血清のプロテオーム解析を行ったところ,肺にマクロファージの浸潤が認められ,マクロファージ,補体,血小板の活性化,血栓症,CRP,MX1(Myxovirus Resistance Protein1),IL-6,IL-1,IL-8,TNFα,NF-κBなどの炎症性マーカーの発現亢進が認められた.これらの結果は,炎症と補体活性化,マクロファージ浸潤,血小板活性化と凝集,組織因子放出と凝固,内皮障害が相互に作用し,病態に関わることを示唆するものである(図4).これらは,COVID-19の治療標的となるものと考えられる.
Cell. Oct 9, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.005)





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