Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳はどのように老廃物を洗い流しつつ,免疫監視を行っているか?

2024年07月30日 | 認知症
最新号のScience誌に「脳の洗浄の解剖学」というミニレビューが掲載されています.その肝となるのがグリンファティック系とリンパ系の連携なのですが,掲載されている図を見て,だいぶ理解が深まりました.

まずグリンファティック系(glymphatic system)は,2014年にコペンハーゲン大学Maiken Nedergaard教授らが発見した脳の廃棄物を脳脊髄液とともに除去するシステムであり,神経変性疾患に関連するアミロイドβやαシヌクレインなどの異常蛋白もこの系で除去されます.最近は学生の講義などでも説明していますが,老廃物は最終的にどこに行くのかとか,免疫系はどのように関与するのかとか,自分でもよく理解できていませんでした.

もう一つ重要な発見は10年ほど前に,リンパ管のネットワークが硬膜に収められていることが(再)発見されたことです.この髄膜リンパ管はもともと200年以上前に報告されていたそうですが,科学界からは完全に忘れ去られていました.つまりリンパ管は昔習ったように脳実質には存在しないものの,硬膜には存在してここからドレナージされることになります.この硬膜はさらに免疫監視も行っています.つまり免疫細胞は脳実質に直接侵入することなく,硬膜において脳の病気や異常を監視していることになります.

ここで図を説明します.
1.グリンファティック系の流れ(青色の矢印):
脳脊髄液は動脈に沿って移動し,glymphatic flowとなって脳実質を通過して老廃物を運び出します.この流れは,動脈の脈動やアストロサイトの水チャネル(AQP4)によって促進されます.睡眠中には,ニューロン活動の減少,深睡眠中(デルタ波)の同期した神経活動による脳脊髄液の流れの促進により,このシステムが増強されます.

2.クモ膜顆粒における免疫監視(図の①および拡大図1)
硬膜に突き出たクモ膜の小さな突起で,ここに免疫細胞が密集していることが分かっています!ここで,免疫システムへの脳脊髄液からの抗原サンプリング,および監視が可能となります.具体的には硬膜周辺のsinusに集まる抗原提示細胞が,脳脊髄液中の抗原を取り込み,巡回するT細胞に提示します.

3.ACE (arachnoid cuff exit point)ポイントにおける脳実質と硬膜の連絡(図の②および拡大図2)
脳からの静脈血は,橋渡し静脈(bridging vein)を通って硬膜洞(dural sinus)に送られます.橋渡し静はくも膜下腔を貫通する際に,くも膜の一部を道連れにして硬膜に至り,ACEポイントと名付けられたカフ状の構造で終わります.ここで硬膜と脳実質間の直接的な連絡が生じるのだそうです.老廃物が蓄積する変性疾患では,これらの部位が詰まり,アミロイドβなどの除去がうまくいかなくなる可能性が指摘されています.

以上を踏まえるといくつかの治療戦略が考えられます.
1. グリンファティック系(=老廃物除去)の促進
アストログリアのAQP4チャネルの機能を強化する薬剤や,動脈の脈動を増強する薬剤の開発,もしくはニューロン活動の同期を促進し,脳脊髄液の流れを増強する技術の開発が考えられます.

2. 免疫監視の強化
硬膜内の免疫細胞をターゲットとし,脳内の病原体や異常タンパク質の早期検出と除去を促進するという戦略が考えられます.例えば抗原提示細胞の機能強化を目的とした免疫調整薬の開発や,ACEポイントを介した免疫細胞の移動を調節する治療法の開発です.

以上,神経変性疾患にしても感染・免疫性疾患にしても,その治療標的として,グリンファティック系と硬膜リンパ系がますます重要になっていくものと考えられます.
Kipnis J. The anatomy of brainwashing. Science. 2024 Jul 26;385(6707):368-370.(doi.org/10.1126/science.adp1705

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