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Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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クライオ電顕による神経変性疾患の新展開 -One polymorph, One disease 仮説-

2020年02月27日 | その他の変性疾患
2017年にノーベル化学賞を受賞したクライオ電顕(低温電子顕微鏡法)を用いた,神経変性疾患に大きな進展をもたらす2つの研究がNature誌に報告された.

【大脳皮質基底核変性症(CBD)のタウの構造は,アルツハイマー病,Pickとは異なる】
1つ目はCBDの患者脳から分離されたタウ線維の構造(polymorph, conformation)に関する論文である.これまでクライオ電顕を用いた検討で,3リピートタウオパチーであるPick病と,3+4リピートタウオパチーであるアルツハイマー病・慢性外傷性脳症(CTE)では,タウ線維の構造が異なることが報告されていた(strain,つまり株が異なるとも表現される).そして4リピートタウオパチーであるCBDおよび進行性核上性麻痺(PSP)での報告が待ち望まれていた.図1は4つのタウオパチーのタウ線維のコア部分を示すが,CBDは既報のいずれとも異なり,11個のβシートから構成される4層構造をしていた.疾患ごとのタウの構造の違いは,その後の重合や病理変化,疾患の表現型の違いに直結するものと予想される.次の課題は「何がタウにこれらの構造の違いをもたらしているのか?」に移る.
Nature. 2020 Feb 12. doi: 10.1038/s41586-020-2043-0.


【パーキンソン病と多系統萎縮症のαシヌクレインの構造は異なる】
2つ目はパーキンソン病(PD)と多系統萎縮症(MSA)の病因蛋白αシヌクレインの構造に関する論文である.Protein misfolding cyclic amplification(PMCA)増幅法は,2001年に報告されたもので,異常プリオンタンパク(PrPsc)に正常プリオンタンパク(PrPc)を混ぜて超音波処理を行ったのち,撹拌・培養すると,PrPsc を鋳型として,PrPc がPrPscに変化し増幅されるという技術である.この技術を用いて,健常者を含む200名もの髄液中のαシヌクレインを検討したところ,両疾患の髄液に異常αシヌクレインが存在し,PMCA法によって増幅され,さらにそれぞれの疾患のαシヌクレインでは構造が異なっていることが複数の方法で明らかにされたのだ.

具体的にはタンパク分解酵素で分解しにくい分子領域が異なること,タンパクの二次構造解析法である円偏光二色性(CD)の検討で,βシートの割合がMSAでより多いこと,クリオ電顕の観察による線維(protofilament)のねじれの間隔が異なることが示されている(図).そして髄液を検体とするPMCA法により,感度95.4%で,2つの疾患を鑑別できるというのだ!(ただし病初期でも鑑別が可能か,内服薬剤の影響はないかはまだ不明である).そしてもうひとつ重要なことは,αシヌクレインの構造の違いが両疾患の病態に関わっている可能性があるということだ.事実,iPS由来の神経細胞にこれらを添加すると,MSA由来の繊維の方が,細胞毒性が強いことも示されている.つまり両疾患のαシヌクレインは構造のみならず機能的にも異なり,2つの疾患を単にαシヌクレイノパチーと一括りにしてはいけないことを示唆する.
Nature. 2020 Feb;578(7794):273-277


下図はこの論文に関するcommentaryから引用した概念図である.


【One polymorph, One disease 仮説とは?】
2つの論文は,1つの構造(もしくはタンパクのstrain)が,それに対応する1つの疾患を引き起こすというOne polymorph, One disease 仮説を支持するものである.神経変性疾患において構造(polymorph, conformation)がとくに注目された疾患が少なくとも2つある.ひとつはプリオン病で,もう一つがポリグルタミン病である.前者は,正常プリオンタンパクはαヘリックス,異常プリオンタンパクはβシート構造を取る.後者はも正常ポリグルタミン鎖はαヘリックス,伸長ポリグルタミン鎖はミスフォールディングを起こしβシート構造を取る.私は大学院生の頃,ポリグルタミン病研究を行っていたが,当時,conformational diseaseという概念が盛んに議論された.そして今後,あらためてconformational diseaseが議論されていくことになる.「なぜ単一の病因蛋白でありながら,さまざまな臨床・病理像をきたすのか?」という難問になかなか回答を示すことができなかったが,いよいよ次のステージに突入するものと考えられる.

【今後の課題は2つある】
解明すべき課題は2つあり,ひとつは「何がタウやαシヌクレインのconformationを変えるか?」である.ひとつは遺伝子変異であるが,孤発例ではどうか?まずPDとMSAにおいては,神経細胞,グリア細胞といった主に局在する細胞環境の違いが影響している可能性が高い.昨年12月にNature Neuroscience誌に報告された下記論文で,遺伝子変異を有するαシヌクレインを合成し,100 mMの食塩の存在下ないし非存在下に沈殿させると,長さや性質の異なる線維構造(それぞれS線維,NS線維と命名)が形成されることが報告された.そして両者をマウス脳に注射すると,いずれも神経症状を示すが,S線維は鋳型としての能力が高く,結果として,症状の進行が早いこと,神経細胞にのみ蓄積すること,海馬や中脳に限局して蓄積すること,そしてMSA患者脳のαシヌクレイン線維に似た線維ができることが示された(一方のNS線維はパーキンソン病,レビー小体認知症脳のαシヌクレイン線維に似ていた).つまり,αシヌクレインの性質は,単にバッファーの塩濃度によって変わってしまうということは非常に大きな驚きであった.今後さらに研究が進むだろう.
Nat Neurosci 23, 21–31 (2020).

もう一つの課題は「構造の違いが,なぜ固有の病理所見や表現型の違いをもたらすのか?」である.例えば同じ4リピートタウであっても,PSPとCBDではグリア細胞におけるタウ沈着パターンが異なる(tufted astrocyteとastrocytic plaque).このメカニズムまで分かると,疾患の理解は格段に進み,より効果的な治療へ展開するものと思われる.抗タウ抗体もstrainによってより適切なものがあるのかもしれない.いよいよ本当にこれらの神経変性疾患の病態に迫るステージに突入した実感がある.

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本態性振戦(essential tremor;ET)とET plus ―概念の変化と近年の進歩―

2019年12月23日 | その他の変性疾患
先日,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究班」において本態性振戦に関する演題の座長を担当したので,本態性振戦の現状についてまとめておきたい.

1.本態性振戦の概念と臨床症状

本態性振戦は,原因不明の両側性の上肢の運動時振戦を主徴とする疾患で,通常,40歳以降に発症し,成人で最も高頻度に認められる運動異常症の1つである.人口の約1%,65歳以上の高齢者で4-5%と言われている(1).高齢化の進行で有病率は増加すると考えられている.

臨床症状としては,上肢の挙上などの姿勢により速い振戦が現れる.随意運動中も存在し,箸でものを食べようとしたりすると手が震えて上手にできないことがある.安静時は消失する.下肢には少ないが,まれに認めることがある.発声をすると声が震える,起立すると体幹や下肢に震えを生じることがある.

振戦以外の症状が出現することは通常なく,進行もあまり見られない.一部の症例ではパーキンソン病に進展したり,合併したりすることがある.病理学的には小脳や青斑核に注目した変化が報告されている(2).

2.本態性振戦の原因遺伝子

家族内発症を認める.遺伝子座としてはETM1(3q13.31),ETM2(2p25-p22),ETM3(6p23),ETM4(16p11.2),ETM5(11q14.1)という5領域が報告されているが,これらの原因遺伝子は同定されていない.近年,中国人11家系においてNOTCH2NLC遺伝子(神経核内封入体病(Neuronal intranuclear inclusion disease : NIID)の原因遺伝子と同一)の5’非翻訳領域にGGCリピート伸長(60-250,健常者4-41)が認められ,表現促進現象が確認された(3).

3.新しい振戦,本態性振戦の定義

2018年にMovement Disorder Society(MDS)による新しい振戦の分類が報告された(4).このなかで,振戦はいずれかの身体部位にみられる不随意性,律動性,振動性の運動異常と定義され,2つの軸(Axis)に基づいて分類されている.Axis 1は患者の臨床的特徴であり,病歴の特徴,振戦の特徴,随伴徴候,検査所見が含まれる.Axis 2は病因(後天性,遺伝性,または特発性)である.Axis 1に基づいて振戦症候群は下図のように分類されるが,この中でaction or rest tremorというカテゴリーのなかに1つが本態性振戦である.



4. 本態性振戦の新しい診断基準


さまざまな診断基準があり,混乱が見られたことから,近年の研究の進歩を踏まえ,2018年,前述のMDSによる論文のなかで,診断基準が改訂された (4).以下のように運動時振戦として定義された.
(1)両側上肢の運動時振戦を呈する振戦症候群
(2)少なくとも3年以上の持続期間がある
(3)その他の部位の振戦を伴うこともある(例.頭部振戦,音声振戦,下肢の振戦)
(4)ジストニア,失調,パーキンソニズムなどのその他の神経徴候を認めない
除外項目は,頭部振戦や音声振戦といった局所の振戦のみ呈する場合や,12 Hzを超える起立時振戦,タスクないし位置特異的振戦,そして突然発症ないし階段状の増悪である.
また(2)で「3年以上の持続時間」とあるのは,明らかなジストニア,パーキンソニズム,失調の合併を伴わないことを確認するためである.

5. ET plusの提唱


振戦以外に軽微な神経徴候を認める場合,ET plusとする病型が提唱された.これは,本態性振戦の特徴を示す振戦で,かつ意義不明の神経徴候を認めるもの,例えば継ぎ脚歩行の障害,ジストニア肢位の疑い,記銘力障害を認めたり,他の症候群と分類したり診断をするのに十分ではない意義不明な軽微な神経徴候を認める場合にET plusと診断する.安静時の振戦を伴う本態性振戦もこの本態性振戦プラスに分類する.ただしジストニア振戦や動作特異的振戦のようなほかに,他に定義された症候群は含まない.しかしこの分類の妥当性に関しては疑問が指摘されている.具体的には,(1)そもそも本態性振戦自体がヘテロな病態で,そこにplusをつけて無意味である,(2)進行し,症候に変化が起きてもパーキンソン病のように病名を変える必要はない,(3)ET plusはETと比較して,病態や病理の違いがあるのか不明であるなどの指摘である (5).

6. 治療
薬物治療としてはまずβブロッカーを用いる.アロチノロール塩酸塩や,プロプラノロール塩酸塩が使用される.プリミドンも米国神経学会ガイドラインでは第一選択である.第2選択としては,トピラマート,ガバペンチン,アルプラゾラム,クロナゼパムが記載されている.重度の振戦で薬物抵抗性の場合,深部刺激療法やMRガイド下集束超音波治療の適応となることがある.

文献
1) Louis ED, Ferreira JJ. How common is the most common adult movement disorder? Update on the worldwide prevalence of essential tremor. Mov Disord 25: 534─541, 2010
2) Mavroudis I, Petridis F, Kazis D. Neuroimaging and neuropathological findings in essential tremor. Acta Neurol Scand 139: 491─496, 2019
3) Sun QY, Xu Q, Tian Y, et al. Expansion of GGC repeat in the human-specific NOTCH2NLC gene is associated with essential tremor. Brain. 2019 Dec 9. pii: awz372. doi: 10.1093/brain/awz372.
4) Bhatia KP, Bain P, Bajaj N, et al. Consensus Statement on the classification of tremors. from the task force on tremor of the International Parkinson and Movement Disorder Society. Mov Disord 33; 75-87, 2018
5) Louis ED, Bares M, Benito-Leon J, et al. Essential tremor-plus: a controversial new concept. Lancet Neurol. 2019 Nov 22. pii: S1474-4422(19)30398-9.

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進行性核上性麻痺の臨床診断:MDS clinical diagnostic criteria for PSP (MDS-PSP criteria)日本語版を公開しました

2019年11月21日 | その他の変性疾患
進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準として,標題の診断基準が2017年に報告されました(Mov Disord 2017;32:853-864).ただし非常に煩雑で,日本語版もなく,日常診療で使用しにくい状況でした.このため,神経変性疾患領域における基盤的調査研究班(研究代表者 中島健二先生)では日本語訳の作成に取り組みました.日本神経学会運動セクション小委員会に相談の上,Movement Disorder Societyの許諾と著者によるback translationの確認を完了し,班会議HPに日本語版を公開しました.日常診療でご使用いただければ幸いです(下記に使用方法に関するスライドのリンクを用意しました).

なお日本語訳は以下のメンバーで作成しました.
下畑享良,饗場郁子,古和久典,服部信孝,中島健二(敬称略)

日本語訳ダウンロード

診断基準使用法のスライド 

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多系統萎縮症に対するPROMESA試験の失敗 ~学ぶべきものはなにか?~

2019年08月07日 | その他の変性疾患
【期待されたPROMESA試験】
多系統萎縮症(MSA)に対する臨床試験(PROMESA試験)の結果が報告された.PROMESAはPROgression rate of Msa under Egcg Supplementation as Anti-aggregation-approachの略で,αシヌクレイン凝集を顕著に阻害し,これに関連した神経毒性を減らす作用がある没食子酸(もっしょくしさん)エピガロカテキン(Epigallocatechin gallate;EGCG)が,MSAの進行速度を抑制するのではないかと非常に期待された臨床試験である.EGCGはカテキン(ポリフェノールの一種で,昔からタンニンと呼ばれてきた緑茶の渋みの主成分)のひとつで,エピガロカテキンと没食子酸のエステルである.抗酸化活性を示すと同時に,αシヌクレイン・オリゴマーにモノマーが結合し,凝集することを強力に抑制することが,in vitroおよび動物を用いた前臨床試験で明らかにされていた.

【方法と結果】

本試験はランダム化比較試験として,ドイツにおける12施設で実施された.対象は30歳以上のGilman分類probableないしpossible MSAに該当する患者で,かつYahr分類で1-3とした.92名が参加し,EGCGまたはプラセボを無作為に1:1(実薬47名,偽薬45名)で割り付けた(またMSA-PとCでブロック・ランダム化が行われた).最初の4週間は1日1回経口内服(計400 mg),つぎの4週間は1日2回(計800 mg),そ してつぎの40週間は1日3回,副作用によっては2回内服とした(計1200 mgないし800 mg).48週間後, 4週間の休薬期間を設けた.主要評価項目は52週後のUMSARSの運動スコアの変化とし,安全性も確認した.

さて結果であるが,67名が治療介入を,64名が試験を完遂した.EGCG群におけるUMSARS運動スコアは,偽薬群と比較して,有意差を認めなかった(EGCG群5·66±1·01,偽薬群6·60±0·99: 平均値の差 –0·94±1·41(95% CI –3·71~1·83; p=0·51). EGCG群のうち4名,偽薬群のうち2名が試験期間中に死亡した.またEGCG群のうち2名が肝毒性のため治療を中止した.
以上のように, EGCGによる48週間の治療はMSAの進行を抑制できなかった. 安全性に関しては,概して忍容性は良好であったものの,一部の患者では肝毒性を認めたことから,1200 mgを超えて使用すべきではないと考えられた.

【果たせなかった約束】
PROMESAはスペイン語で「約束」の意味である.試験に関わった者は,患者との「治療を実現するという約束を果たそうとした」のかもしれない.もしくはこの臨床試験を,万全を期して計画し,「成功は約束されている」と考えたのかもしれない.事実,ROMESA試験は従来の試験の結果を参考にしてさまざまな工夫がなされている.

・過去の自然歴データを利用し,綿密にパワー計算を行い参加人数を決め,主要評価項目を設定した(検出力80%,p値5%,効果サイズ50%,脱落率20%に設定した).
・これまでで最多の参加者をエントリーした.
・使用可能な最大投与量まで増量した.
・理論的にMSAの病態を修飾しうる薬剤を用い,前臨床試験でも有効性を確認した.

しかし,これだけ行ったにもかかわらず臨床試験は失敗した.関係者はもちろんのこと,私どもこの試験に期待をしていた医師,そして患者さん,家族は大きく失望したのである.

【失敗から学ぶべきものはなにか?】
では今回の失敗から学ぶべきものはなにか?著者らは以下を挙げている.
・遺伝的要素,および,より詳細な病態の理解.
・最適な(非運動症状を含む)エンドポイントの決定
・最適な(早期診断と治療効果判定のための)バイオマーカーの同定.
・より病態を反映する前臨床モデル.
・(間違っている可能性のある)病態仮説によらないモデルの構築(例えばiPS細胞モデルのような患者由来のモデル).

そして現行のMSAの臨床診断基準(改訂Gilman基準)の改訂が必要であろう.早期診断に限界がある.実際に,2020年を目標に,MSA criteria revision task forceによる診断基準の改訂が進められている(Stankovic I et al. Mov Disord 2019;34: 975-984).以下がその方針である.

1.診断の確かさの改善(感度・特異度>80%)
2.さまざまな臨床亜型の取り込み
3.レボドパ抵抗性の適切な定義                       
4.診断を支持しない項目の見直し
5.補助診断(画像診断,OHの定義の見直し)

個人的にはmultiple systemではなく,mono systemの変性の段階で治療を開始する必要を感じる.失敗を糧として,知恵を総動員して,MSAの病態抑止療法を成功させる必要がある.

Johannes L, et al. Safety and efficacy of epigallocatechin gallate in multiple system atrophy (PROMESA): a randomized, double-blind placebo-controlled trial. Lancet Neurol 2019 Published Online July 2, 2019



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進行性核上性麻痺(PSP)の診断基準 ―MAXルール―

2019年07月20日 | その他の変性疾患
神経変性疾患研究班のワークショップが行われ,「進行性核上性麻痺の診断基準,臨床試験の状況」という講演をさせていただきました.そのなかで,とても複雑な診断基準であるMDS PSP diagnostic criteriaの使い方と解釈の仕方について説明しました.感度・特異度から考える診断基準の限界,MAX ruleによる病型の決定法を知っておく必要があります.スライドをご覧ください.



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大脳皮質基底核症候群の背景病理はFDG-PET低代謝パターンで推定できる

2019年04月27日 | その他の変性疾患
大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration; CBD)という名称は病理診断名として使用され,代わって大脳皮質基底核症候群(corticobasal syndrome; CBS)という名称が臨床診断名として使用される.CBSの背景病理は,CBDのほか,アルツハイマー病(AD),進行性核上性麻痺(PSP)などさまざまな疾患が認められる.将来の病態抑止療法を成功させるためには,正確な背景病理の診断が必要であるが,臨床像や頭部MRIから背景病理を予測することはきわめて難しい.

今回,イタリアから,背景病理の生前診断にFDG-PETが有用であるという研究が報告された.研究の目的は,①背景病理ごとに特定の低代謝パターンを示すのではないか?そして②背景病理によらず,共通して低代謝を呈する部位は存在するのか?という2つの疑問を検討することである.①に関しては,著者らは異なるタンパク質ミスフォールディングは(CBSを呈しても)異なる脳内病変(=低代謝)分布を来すはずと考えたのだ.

対象はCBS 29例で,いずれの症例もFDG-PETが行われ,かつ剖検により診断を確定した.内訳はCBS-CBDが14例,CBS-ADが10例,CBS-PSPが5例であった.また年齢をマッチさせた健常群13例を加え,FDG-PET所見の比較を行った.

結果であるが,CBSの3群間で運動,認知に関するスケール(Mattis Dementia Rating Scale およびfinger tapping score)において有意な相違は認めなかった.問題のFDG-PET所見は,健常者と比較すると,以下の違いを認めた.

1)CBS全例:perirolandic areaや基底核,視床を含む一側性の前頭・頭頂部の低代謝
2)CBS-CBD:1)と同様であるが,より顕著で,対側の基底核まで含む低代謝
3)CBS-AD:外側頭頂・側頭葉と後帯状皮質を含む,後方,非対称性の低代謝
4)CBS-PSP:内側前頭部と前帯状皮質を含む,前方の低代謝


また3群の比較で,唯一,一次運動野の低代謝が背景病理によらず共通して認められた.

以上より,CBSでは異なる背景病理はそれぞれ特有の低代謝パターンを呈する可能性が示唆され,FDG-PETがCBSの背景病理の推定に有用であるものと考えられた.FDG-PETと病理診断を行った症例を29例も集積したことは本当に大変なことであるが,それでも各群の症例数は十分とは言えず,さらに症例を集積し,FDG-PETを用いた生前診断の有用性を検証する必要があろう.

Pardini M et al. FDG-PET patterns associated with underlying pathology in corticobasal syndrome. Neurology. 2019;92(10):e1121-e1135.



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「非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)」近日刊行のお知らせ

2019年04月23日 | その他の変性疾患
ずっと作りたいと考えてきた書籍が,多くの仲間や先輩の先生方のお力を借りしていよいよ完成し,5月の日本神経学会学術大会に合わせて刊行されることになりました.本書は洋書にしかなかった「非定型パーキンソニズム」に関する専門書で,エキスパートの先生方に「将来,非定型パーキンソニズムに取り組みたいと思う臨床医,基礎研究者が増えることに貢献するような書籍を作りたい」とご執筆を依頼し,ご快諾を得てできたものです.

第Ⅰ章総論では詳細な症候の理解や,疫学,バイオマーカー,リハビリテーション等について議論し,第Ⅱ章各論では疾患ごとの歴史,診断基準,mimics,画像・病理所見,治療をご提示いただきました.さらに第Ⅲ章では病態解明と治療法の確立に向けた最新情報をまとめていただきました.いずれの項目でも,今後の課題をご提示いただき,本邦からの新たな知見やエビデンスの発信に貢献することを目指しました.

病態抑止療法への取り組みで大きく変貌する多系統萎縮症,進行性核上性麻痺,大脳皮質基底核変性症,レビー小体型認知症などの診療を理解するための最高の書籍に仕上がりました.ぜひご一読ください.

非定型パーキンソニズム ―基礎と臨床―(文光堂)






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R.I.P.(安らかに眠れ),FTDP-17

2018年02月15日 | その他の変性疾患
【FTDP-17とは】
Frontotemporal dementia with parkinsonism-17 (FTDP-17) は,1996年に開催された初めてのFTDPの会議で,遺伝性家族性前頭側頭型認知症・パーキンソニズムにつけられた名称である.原因遺伝子座が第17 番染色体に連鎖するため,名称に17がついた.常染色体優性遺伝形式で浸透率は高い.1998年,タウ(microtubule-associated protein tau:MAPT)遺伝子の変異が同定された.病理学的には脳内にタウ蛋白が異常に蓄積するタウオパチーであった.

【FTDP-17の概念の混乱】
しかし2006 年,FTDP-17の半数の家系は,MAPT遺伝子とは異なるprogranulin(PGRN)遺伝子に変異がみられることが明らかにされた.つまり偶然,17番染色体に存在する2つの原因遺伝子がFTDPを引き起こしていたということになる.臨床的には両者は似通っているが,病理学的には異なり,PGRN変異ではタウの異常蓄積はみられず,ユビキチン陽性,TDP-43陽性の封入体を認める(TDP-43 proteinopathy).さらにMAPT遺伝子変異を認めるものの,パーキンソニズムがみられない症例も報告され,FTDPとは言い難くなった.以上のように,FTDP-17という疾患概念に混乱が生じたが,その名称は20年にもわたり放置された.FTDP-17は,その名称を見て原因遺伝子が分からないだけでなく,蓄積する蛋白も何であるのか分からない.これに対し,孤発性ではFTLD-tauとかFTLD-TDPのように蓄積蛋白が分かり,さらにその下位の病理サブタイプもピック病(PiD),進行性核上性麻痺(PSP),大脳皮質基底核変性症(CBP),globular glial tauopathy(GGT)と分類されている.

【MAPT変異例は孤発性のタウオパチーと臨床的に対応するか?】
パーキンソン病やALS,痙性対麻痺,脊髄小脳変性症など多くの神経変性疾患では,遺伝子変異と臨床像の対応が詳しく議論され,原因遺伝子(産物)の検討が,孤発例の病態解明に有益であった.しかしタウオパチーにおいては,FTDP-17の存在のため,それができなかった.しかし一部のMAPT遺伝子変異例はFTLD-tauと病理学的に共通することが報告され,両者は関連する可能性があるが,多数例での検討はなかった.このため,オーストラリアと英国の共同研究チームは,ブレインバンク登録症例を用いた多数例で,MAPT変異例が特定の孤発性のタウ病理サブタイプと対応するかを検討した.

【方法】
Sydney and Cambridge Brain Banksに含まれていたMAPT遺伝子変異をもつ10例を病理学的に評価し,孤発性FTLD-tauの4つの病理サブタイプ(PiD,CBD,PSP,GGT:各N=4)と比較した(既報例とも比較した).MAPT遺伝子変異はK257T, S305S, P301L, IVS10+16, R406Wの5つで,それぞれがどの病理サブタイプに合致するかをAT8(リン酸化タウ),3Rタウ,4Rタウに対する抗体を用いて検討した.

【結果】
孤発例と比較すると,MAPT遺伝子変異例は,平均罹病期間は同程度であるが,発症年齢は若かった(55 ± 4 歳対70 ± 6 歳).つまりMAPT遺伝子変異は発症年齢に影響を及ぼすことが分かる.またMAPT変異を有する10例は,孤発性FTLD-tauの病理サブタイプと類似の所見,すなわちPick body, astrocytic plaque, tufted astrocyte, globular astrocytic inclusionを呈し,また重症度も類似していた.具体的には,K257Tは Pick病,S305S, IVS10+16, R406WはCBD,S305SはPSP,P301L, IVS10+16はGGTを呈した(図A).S305S変異が2つのタウオパチー(PSP/CBD)を呈したこと,またIVS10+16がバンク例で2つ(CBD,GGT),既報例を含めると3つのタウオパチー(CBD,GGT,PSP)を呈したことは,MAPT遺伝子以外に,さらなる修飾因子が存在する可能性が示唆された.

既報例の検討では,タウ・スプライシングを決定するエクソン10およびイントロン10の遺伝子変異で,複数の病理サブタイプを呈していることが分かる.つまりエクソン10とそれ以外の遺伝子変異ではかなり病態が異なるものと考えられた.
     
【考察】
本研究は,異なるMAPT遺伝子変異が,それぞれに対応する,異なる病理サブタイプを呈することを示した.このことは遺伝子変異の検討が孤発性FTLD-tauの異なる病型の病態機序にヒントを与える可能性を示唆している.つまり,MAPT変異例は,FTDP-17という独立した分類にするのではなく,孤発性FTLD-tauサブタイプの家族例として考えるべきである.今後,動物モデルや細胞モデルを用いて,各遺伝子変異が異なる孤発性病理サブタイプを生み出す病態機序について明らかにする必要がある.

【本研究の限界とタウPETによる検討】
本研究は,既報例を引用しているものの,症例数が10例と必ずしも多くないこと,蓄積したタウのタイプのバランスが分かりにくいという問題がある.すなわちタウにはアルツハイマー病(AD)でみられる3R/4Rタウや,PSP/CBDでみられる4Rタウ,PiDでみられる3Rタウがある.罹病期間の長いCBDでは3Rタウも蓄積するという報告もある.この問題に答える研究がごく最近のNeurology誌に報告されている. MAPT遺伝子変異例13例を含むタウPETの研究である.AD typeの3R/4R tauを認識するtau PETである18F-AV-1451 PETの検討である.

AD患者,コントロール,MAPT変異例でPETを行なうと,AD>エクソン10以外変異>エクソン10変異>コントロールの順にタウの蓄積が認められた(図B).上述のとおり,エクソン10はタウのスプライシングに関与し,3Rと4Rのバランスを決定している.つまり,エクソン10以外に変異がある症例では,3R/4R tau(AD type)が増え,エクソン10に変異があると4R tauが優位に増加する.このため,AV-1451 PETではエクソン10変異では4Rタウが主体になり,タウの集積は目立たない.つまりMAPT変異の種類により,蓄積するタウの種類が異なることがPETの検討から分かる.このようにMAPT遺伝子変異は蓄積するタウのタイプを変えることで,病理サブタイプ,ひいては臨床像を変えるものと考えられる.家族例の病態の理解が,孤発例の理解の近道になるのだろう.


Forrest SL et al. Retiring the term FTDP-17 as MAPT mutations are genetic forms of sporadic frontotemporal tauopathies. Brain. 2018 Feb 1;141(2):521-534. doi: 10.1093/brain/awx328.

Jones DT et al. In vivo 18F-AV-1451 tau-PET signal in MAPT mutation carriers varies by expected tau isoforms
Neurology 2018 on line(DOI: https://doi.org/10.1212/WNL.0000000000005117)







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大脳皮質基底核症候群と大脳皮質基底核変性症の診断

2016年02月16日 | その他の変性疾患
東名古屋病院饗場郁子先生と共同で,臨床神経学に標題の総説論文を執筆いたしました.図のように複雑になっているCBSとCBDの疾患概念の変遷や診断基準をご紹介し,最後に日常診療においてどのように診断をすべきかをまとめました.現時点での総説決定版だと思います(笑).Advance publicationの状態で,下記リンクよりフリーでダウンロードできますので,ぜひご覧ください.


文献ダウンロード



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米国における小脳型進行性核上性麻痺(PSP-C)の検討

2016年02月07日 | その他の変性疾患
小脳性運動失調は,進行性核上性麻痺(PSP)の臨床診断基準において除外項目の一つである.しかし日本人において小脳性運動失調を主徴とするPSP症例が報告されていた.我々新潟大学のグループは,このようなサブタイプをPSP-Cと名付け,昨年,サンディエゴで行われた国際パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDS)にて診断基準案を提唱した(図).

今回,Mayo clinicから米国におけるPSP-Cの頻度についての検討が報告された.また小脳性運動失調の有無により,臨床,病理,遺伝学的背景に違いがあるのかどうかも検討された.対象は剖検により診断が確定した1085例とした.まずMayo clinicが経験した連続100例が検討され,つぎにブレインバンクの985例では,生前診断がMSAか,小脳変性,下オリーブ核肥大,著明な菱脳のタウ病理が目立つ症例が選ばれた.その後,小脳症状・病変の有無により分類した2群において,臨床,病理,遺伝学的な相違が検討された.

さて結果であるが,Mayo Clinicシリーズでは1/100例(1%)のみPSP-Cと考えらえた.この症例の頭部MRIでは,小脳萎縮,軽度の中脳萎縮,上小脳脚萎縮を認めた.またブレインバンクの4例がPSP-Cと考えられた.つまり合計で5例となるが,うち4例は生前,MSAと臨床診断されていた.病理学的解析では,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞といったタウ病理や,小脳歯状核や小脳求心路核(下オリーブ核,橋核),その他の部位(視床下核,黒質,淡蒼球)の変性の程度は2群間で明らかな差を認めなかった.タウ遺伝子型についても差はなかった.

以上より,米国におけるPSP-Cの頻度は,Mayo clinicケースシリーズで1%,全体では5/1085(0.46%)と少なかった.これは欧州からの報告と同程度で,日本人と比べると稀と考えられた.これは遺伝的,民族的背景が関与している可能性が考えられた(日本人では,MSAやALDでも小脳型が多い).今後,PSP-Cの危険因子となる遺伝学的背景の検討が必要と言える.

PSP-C はMSA-Cと鑑別が必要となるため,我々は前述のようにPSP-Cの暫定診断基準案を提案した(図).症状の組み合わせによりprobableとpossibleに分類する.また除外項目として,Gilman分類を満たす自律神経障害と,頭部MRIにおけるhot cross bun signを設けた.この診断基準を今回の5症例に当てはめると,1例はprobable,3例がpossibleを満たした(核上性垂直方向性眼球運動障害を認めなかた).残り1例は,発症から2年以内の転倒を伴う姿勢保持障害を認めなかったため診断基準を満たさなかった.また全例がGilman分類の自律神経障害やhot cross bun signを認めなかった.著者らは,日米の検討結果を踏まえ,我々の診断基準案は妥当と述べている.また小脳性運動失調はPSPの除外項目として適当ではないと述べている.

また病理所見に関して,我々はPSP-Cで,リン酸化タウ陽性プルキンエ細胞の頻度が高い可能性を報告したが,本研究では有意差は認められなかった.また小脳虫部や小脳歯状核の変性の程度も小脳性運動失調を説明するものではなかった.残念ながら,本研究では小脳性運動失調の責任病変を見出すことができなかった.

本研究の問題点としては,第1に後方視的研究であり,小脳性運動失調の頻度が低く見積もられている可能性があること,第2に,ブレインバンク症例のカルテ記載が不十分で見落としがありうること,第3に病理学的に検索していない部位に小脳性運動失調の責任病変がある可能性がありうることを挙げている.

本研究では,どのように正確にPSP-Cを臨床診断するかについての情報を得るに至らなかったが,海外においてもMSAの鑑別診断としてPSP-Cを検討すべきこと,非典型的なパーキンソン症状に失調症状を伴う症例においてはPSP-Cも鑑別診断に挙げることが明らかにされた.

Koga S, et al. Cerebellar ataxia in progressive supranuclear palsy: An autopsy study of PSP-C.
Mov Disord. 2016 Feb 3. doi: 10.1002/mds.26499.



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