田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

新連載 「さすらいの塾講師」  麻屋与志夫

2010-05-08 01:40:05 | Weblog

1 もどってきたぜ

2

ジイチャンは黙って酒をのんでいる。
翔子の父が不在となってからは毎晩のように酒を飲んでいる。
ドブロク仕立ての「白川郷」という濁り酒が祖父のこのみだ。
母は流しで夕食の後片づけをしていた。
激しく水道水がはじける音がしている。
カチカチと食器のこすれ、触れあう音。
静かなキッチンに食器洗いの音がしていた。
いつもの夜がはじまろうとしていた。
Gには寝床にごろりと横になることしか残されていない。
父がいなくなってからめっきり老けこんだ祖父を翔子はGと呼ぶ。
Gと呼びかけたほうがわかわかしくひびく。
祖父をはげましたかった。
さきほど、ジイチャンと呼んだ。
めったにないことだ。
よほどコウフンしていたのだ。
翔子はこれから勉強にとりかかる。
 
インターホンが鳴った。
「泉さんだ」
翔子はすばやくたちあがった。
ドアにはしって、開いた。
「やめろ!!」
背後にGの声をきいたが、おそかった。
見たこともない男が立っていた。
夜なのに、黒メガネをかけている。
そして黒のスーツ姿。
マンインブラック。
黒服の男。
にんまりと笑っている。
「いちど嗅いだ臭いはわすれませんよ」
翔子の体臭を追ってきたというのか。
犬みたいに鼻のきくやつだ。
「訪問販売なら、おことわりよ」
「お嬢さんそんなこといわないで」
「あら、押し売りにばけるわけ」
「どうしたの……翔子」
洗い物をしていたのでいままで翔子と男のやりとりはきけていなかったのだろう。
「翔子!! かがんで」
母の手から皿がとんできた。
翔子はリンボー・ダンスのように膝の高さまで上半身をのけぞらせた。
翔子の体の上を皿がとんでいく。
皿とともに投げられたベティナイフがドアにつきささった。
柄がビィンとふるえている。
翔子は両手で床をたたいて体を半回転させて母とGの間に立った。
「これはどえらい歓迎ですね」
鼻筋がとおっているが、肉薄なので品がない顔立ちだ。
肌は石膏のような白さだ。
声まで酷薄にきこえる。
Gがふたりを庇うように進みでた。
口に含んだ酒を男にふきかけた。
ジイッと顔がとける。
「おれには命の水。神国日本の水でつくられた酒はおまえらには、死の水だ」
「なにをとぼけたことをいう。これは紙製の仮面だ」
男はうれしそうに哄笑する。
仮面をはずす。
両の目が赤くひかっている。
「やはり吸血鬼か!! おれの家から出でいけ。
ここはおまえらのくるところではない。少林寺拳法のしんせいな道場だ」 
青白い顔がにたにた不気味にわらっている。
乱杭歯の間からヨダレをたらし近寄ってくる。
「歯の矯正くらいしなさいよ」
翔子は抜き身をきらめかせて切りつけた。
「ほう、感心した。いつでも武装しているんだ」
さして感心しているようにはひびかない。
むしろからかわれているようだ。
老人と女子どもとみてなめている。
切りつけた翔子の白刃は吸血鬼のもつ皿ではじかれた。
三人はじりじりっと流しのほうに追いつめられる。
翔子は必死で二の太刀を逆袈裟がけで切りつける。
吸血鬼がその剣をまたも皿ではじく。
ずずっと青白い腕が翔子の喉元にのびる。
あわやと一瞬その腕に三人の視線が集まった。
そこで思いがけないことがおこった。
のびてきた腕が肩のからズバッと切断された。
どんと床に落ちても。
まだ手は翔子の首をつかもうとでもするように。
執念深くうごめいている。
「お兄ちゃん。きてくれたのね」
吸血鬼の背後から泉純が現れた。


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