田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

闇からの声2/麻屋与志夫

2010-12-17 06:05:50 | Weblog
アイツラ。
まだ、まだるっこい。
はっきりいう。笑わないでください。
わたしがはじめてソノ者を見たのは七十年も前のことだ。

法定伝染赤痢にかかり緊急入院した宇都宮の県立病院でのことだ。
わたしは、ついさきほど病室の廊下で見たもののためにうなされていた。
夢の中で悲鳴をあげつづけていた。
赤痢からくる下痢と高熱で母に抱かれてぐったりとしていた。
わたしが見たそれは幻覚であったかもしれない。

隔離病棟では毎日だれか死んでいった。
死体焼却炉からはそのつど煙がたちのぼった。
そこはかとなく優しい煙が空に消えたときは、ああ焼かれているのは幼い子供なのだなと思った。

どうかわたしの息子をお守りくださいと母は仏に念じた。
廊下をキャリアではこばれていく患者の顔には白い布がかぶせられていた。
母がわたしをだきしめてそれを見ないようにした。やり過ごそうとした。
わたしは母の挙措に慈愛を感じた。
慈母観音像を思い浮かべて記憶をよみがえらせている。
観音様にだきしめられている幼児。それがわたしだった。

だがわたしは、母の袖の隙間から見てしまった。

ソノ者は青い裸体。
角がはえ、耳が尖っていた。
手に三叉鉾をもっていた。
鉾の尖端がキラリと光った。
ソノ者とは、悪魔だ。

死者の胸に乗って得意げに喜々として笑っていた。
ひとひとりからめとって得意顔でわたしのほうを見た。

「つぎはおまえだよ」
「あれなんなの?」

「つぎはおまえだからな」

「ねえ、おかあさん……あれなんだったの?」
「正一にも見えるんだね。見てしまったのね」
「どうして、あんなに耳が尖っているの」

幾つも在る尖っているものを注視した。
耳が不気味に尖っている。
先が槍のように尖った悍ましい尻尾がはえていた。
角が鋭角。
三叉鉾。
あれが先端が尖っているものを恐怖した初体験だった。

それからはフオークの先の尖んがりが怖い。
塗り箸だと先が尖っているから割り箸にしてよとか。
本人にしかわからない先端恐怖症に悩まされつづけることになった。

母は泣いていた。
母の涙の意味がいまなら分かる。
つぎはおまえだ。
ながいこと、わたしはあの囁き、闇からの陰気ないかにも悪魔的な(ダイアボリカル )声はわたしに向けられたもだと思いこんでいた。
ちがっていた。
あれは母に向けられたものだった。
母はわたしの命とひきかえに、わたしを病魔から救い出すために、じぶんの余生をかけたのだ。
あれいらい母が健康であったことはなかったから。そして夭逝した。

「かわいそうなことをしたわ。わたしになんか似なければよかったのに……」

すべてこれらのことは母の口から語られたことで、幼かったわたしの記憶だけではなかった。
見てはいけないモノを初めて見てしまった。
あそこは宇都宮の県立病院だった。国立じゃなかったよな。わからない。
赤痢の危機を脱して母に手をひかれて歩いていた廊下だった?

わたしも運が悪ければ、アノ者を胸にのせて死体保管室に運ばれていた。
記憶があやふやになってきた。

完成したばかりのネオロマネスク建築様式の松が峰カトリック教会の聖堂の尖塔が見えていた。
『アンジェラスの鐘』の音が鳴り響いていた。
夕空に響き渡る鐘の音と茜色の空を背景に無数のムクドリがとびかっていた。
鳥の嘴がいっせいに、こちらに向いておそいかかってきたらどうしょう。
わたしは尖ったものへの恐怖におののいていた。
あの黒胡麻を撒き散らしたような鳥の群れはキング原作の『ダークハーフ』のラストシーンとそっくりだ。 

「みたな。みたな」

そんな悪魔の闇からの声が聞こえてきたのもあのときだった。
見てはいけないものを見てしまった。
聞いてはいけない闇からの声を聞いてしまった。
                        


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