32
――あなたは自分を痛めつけるのがすきみたい。
彼女がささやく。
いたずらっぽく、男を透かして見る眼差しをしている。
だれが追加したのだろう。
ぼくらの卓にはトマトジュースがある。
彼女のグラスでは赤い濃液は半分に減っている。
いつのまに飲んだのだろうか。
ぼんやりとしていると、彼女が訊いてきた。
――でも……どうして、グラスなんか割ったの?
質問のおおい女だ。
ぼくにもわからない。
動機はわからない。
理由も動機もわからないまま、ぼくはいつも苦役に満ちた世界に引きこまれてしまうのだ。
直腸癌の父と糖尿の母の看病をするハメになっときだって、逃げようすればよかったのに。
――Kがうらやましかつたのだろうか。
だが、ぼくは声を低めてこたえていた。
売れっ子の作家になっている彼が羨ましかったのかもしれない。
妬ましかったのか。
そんなことはない。
嫉妬は相手を自分の水準までひきおろす。
ぼくはKの成功を……よろこんでいる。
ぼくはただ惨めだった。
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――あなたは自分を痛めつけるのがすきみたい。
彼女がささやく。
いたずらっぽく、男を透かして見る眼差しをしている。
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いつのまに飲んだのだろうか。
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直腸癌の父と糖尿の母の看病をするハメになっときだって、逃げようすればよかったのに。
――Kがうらやましかつたのだろうか。
だが、ぼくは声を低めてこたえていた。
売れっ子の作家になっている彼が羨ましかったのかもしれない。
妬ましかったのか。
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