田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢33  麻屋与志夫

2019-11-30 05:23:35 | 純文学
33

 街の騒音がとおのく。
 逆上していた。
 公衆電話ボックスの中で……だんじて故郷Kの家にはもどらないと受話器に声をたたきつけていた。
 昨夜から降りつづいていた雨に洗われ青山の高層ビル街が視野から遠のいていく。
 受話器からは上の姉の声が父が病気で倒れたことを告げていた。
 いちどはすてた、ぬけだしたはずの家、血族共同体からの呼びかけがそこにはあった。
 父と母。三人の女きょうだい。
 困り果てた顔が瞼に浮かんでいた。
 
 ようやく原稿が売れるようになった。
 物書きとしてなんとがやっていけうだった。
 それなのに。
 また邪魔がはいった。
 でも、これはいままでのちょっとしたトラブルではない。
 ぼくの運命を変えるような異変だ。
 
 ――それで結局……K市にもどることにしたのね。ひとことも、わたしに相談しないで。
  
 泣いたり。
 なだめたり。
 すかしたり。
 おもねたりする姉たちの説得にはかなわなかった。
 そこに、親子の情愛がからんでくる。

 ――あなたと同棲してあげてもいいとおもっていたのに。
 彼女はひとりで喋りつづけていた。
 あまり上機嫌ではない。
 ぼくは黙ったまま、彼女を眺めていた。
 ――ねえ……ウソデショウ?
 彼女はいたずらっぽく笑う。
 ――わたしをためそうっていうの。わるい冗談はよして。あんなに嫌がっていた田舎ですもの。帰る訳ないわよね。
 ぼくは黙っていた。
 彼女はじっと、ぼくの顔を見ていた。
 こんどこそ、泣きそうな声になった。
 ――本気なのね。



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