田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢28 麻屋与志夫

2019-11-26 11:11:31 | 純文学
28

 ぼくがたえず父のことを身近に感じるのは、この火傷のせいだろう。
 火傷はぼくの膝にあるだけではない。
 ぼくの心の中にも刻印されている。
 埋葬がすんで「お清め」ということで今度は喪主側で組内のひとを接待することになった。
 家に帰ったぼくは、一刻もはやく横になりたかったが、宴会がまっていた。
 仏間とその隣の居間との間のフスマをとりはらった。
 組内の人たちが、席について談笑している。
 こちらの悲しみなど無視していた。
 ビールが凍っていると、組内の男たちがひそひそはなしている。
 これじゃ、飲めなかんべな、という声が反対側の席でする。
 ぼくはあわてて、部屋をでて、台所の暗くカビくさい片隅にいってみた。

 妻がお茶箱にかがんで、おおきなせりだしたお腹でうずくまっていた。

 今朝までぼくの本が詰めこんであった、内側にアルミ箔のはってあるお茶箱はまさにその構造のためクーラーのかわりを果たした。父の死体の腐乱を避けるためU市まで行って贖ってきたドライアイスが詰めこまれていていた。
 ビール瓶の王冠だけが、かすかな天井から落ちてくる採光のもとで光っていて。
 ドライアイスの上げる白煙がゆらゆらと立ちのぼっていた。
 ビンが破裂するのではないかと、緊迫した予兆に慄き台所へかけつけたぼくをその白い霧は揶揄しているようだった。
 ビンが破裂したら妻がケガをする。
 気をつけないとドライアイスでヤケドをするといってしまってから妻をひきよせてみると、すでに指に赤い火ぶくれができているのだった。
 いまどき冷蔵庫がないと、裏の人たちに陰口をきかれたのが悲しい、悲しかったが……あたしが泣いているのはそのためではないの。二番目の、Tに住んでいるお姉さんに、いまこんなときに、おおきなお腹しているなんて、生まれてくる子は……きっとろくな子ではないわ。そういうの昔から畜生腹っていうのよ。……といわれたからよ。わたしたちはもう若くはないのよ。七年もお母さんとお父さんの看病で、子どもを産まずにがんばってきたのよ。両親の看病でわたしたちの結婚生活をすりへらしてきたのに――。二人目のこどもを望んでは罪なの、受胎をあきらめろというの。
 落ちた涙がドライアイスに触れてシュッというような音をたてた。
 これ以上冷やすと、ビンが破裂したてしまうからと……言って王冠を指でつまんで、まるで鉗子でひきだすような動作で、一本いっぽんていねいに台所にならべた。
 彼女のからだのふるえはやむことがなく、本が入っていた立方体の箱からはかげろうのような霧が立ちのぼり、妻の背後で絶えることはなかった。
 部屋のほうでビールはまだかと催促するだみ声がきこえてきた。



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