田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

下痢29  麻屋与志夫

2019-11-27 10:33:29 | 純文学
29

 ぼくは席をたって街にでる。いや、街にはでない。
 彼女がついてくる、保証はない。いつもの南の繁華街。「大劇」前に古びて油のしみ込んだ軍手が片方だけ落ちている。靴が踏みつけていく。

 冬の朝。

 白息やこの木より蛇落ちきしと 宇佐美魚目。
 
 氷はさみで立方体の氷をさげた男が喫茶店に入っていく。いや、入ってきた。
 記憶の隅にある街。
 深い沈黙。
 黒い毛糸の塊のような着ぶくれした巨女たちが街路のおおきな身ぶりで歩いている。
 ぼくは不透明な幕に隔てられている。彼女たちの声はきこえているはずなのに。きこえない。
 道順を思い浮かべるまでなく「御蔵跡」の履き物問屋街に立っている。
 ちゃんと、カバンはもっている。
 請求書がぼくをみちびいてくれたのだろう。
 ともかく集金をしなければならない。

 どうや。もうかりまっか。
 いや。さっぱりですわ。
 もうかりまっか。あかーん。
 どうや、儲かりまっか? 
 あきませんな。さっぱりですわ。
 そうだっか。そらあきませんわな。
 あきないいうたら、かねだっせ。
 かねがないことには、うごきがとれんわな。
 かねほしい、かねほしいいうたかて、かねのほうから、あるいてきてくれることはないわな……まあ、……やっぱ、努力でっしゃろ。かねがすべてやもんな。

 古びて薄暗い軒並み。
 傘屋。下駄屋。鼻緒屋。
 華やいだ色彩のある和装履きの店。
 けばけばしい原色のヘップ、サンダルの卸問屋。
 これらの店みせがまぎれもなく御蔵跡の街をつくりあげているのだ。
 ここは日本一の履物屋街なのだ。

 まいどおおきに。ごめんやす。素人売りはいたしかねます。
 知らんちゅうことは、ホンマにこわいこっちゃ。
 むちゃくちゃいいはるからな。

 ――また、お会いできて、うれしいわ。
 彼女が笑っている。後ろからふいに、肩をたたかれた。
 ――あれ、おれのカンが、やはりくるったのかな。
 彼女をぼくの妻と誤解していたKは困惑した表情をしている。



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