田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

夜の子供たち/さすらいの塾講師 麻屋与志夫

2010-06-12 00:08:49 | Weblog
夜の子供たち


13

なにかヤバイ雰囲気がもどってきた。
紅子は敵。芝原は敵。かれらはみんな険悪な吸血鬼なのだ。
あれほど勢いこんで、勇躍のりこんだのに。
翔子の戦意はすっかり失せていた。
闘志がわかないのはオカシイ。
紅子の術中にはまっているのだ。
キーンと金属音がかすかにする。
かすかに耳のおくにひびいている。
緊張と恐怖がよみがえってくる。

翔子は手をひかれるままに座を後にする。
胸の動悸がたかまる。
それをしられまいと純の手を離そうとした。
いっそう強く握られる。
「いそごう」
純が翔子の耳もとで吐息をもらすような声をだす。
「そのほうがいいね。
わたしにも芝原をこれ以上とめておく力はないから。
ゴメンナサイ」
こころにひびいてきた。
いまどき、
日本の女の子からはなかなか聞かれない、
スナオナ謝罪のことばだった。
「話あえて、うれしかったよ」
こんどは純が紅子のこころに応えている。
耳にきこえない声で。なにかすこし翔子はジラシー。
「翔子、もっとロマンチックな気分になって……
手をつなぎたかったな。ともかくここをでよう」
「月がでてるよ。
獣心をよみがえらせているものは、
わたし達のほかにもいる。
夜の子どもたちが徘徊しているからね。
気をつけてお帰りください」
 
新宿の大ガードまでもどっていた。
薄汚れたコンクリートの壁面から、
夜の子どもたちを産出されている。
ぐぐっと浮彫のように盛り上がる。
平らなわけの壁面なのに。
人の形が完成する。盛り上がり、分娩されたものは平然と歩きだす。
この壁の奥にもヤッラの隠れ家がある。
アジトがあるのだ。

「翔子。ラーメンでも食べていこうか」
「いいわよ。でも、まだ胸がどきどきしている」
「東京の夜が、
こんなに危険なところになっているなんて、
東北のほうにいたからわからなかった」

翔子の希望をいれて喫茶店「街角」に入った。
テレビはさきほどの通り魔事件を報道していた。
客の目はテレビにひきつけられていた。

「わたし、純と、こういうお店、はじめてだね」
「翔子。なにが起きても翔子のことは守るから」

翔子はモンブランをたいらげていた。
「もう一つくらいたべられそうだ」
「わたし興奮するとあまいものがたべたくなるの」
「でも、翔子は強くなった。守られているのは、ぼくほうかもしれない」
ほめられているのが、無性に照れくさかった。


にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説
プチしていただければ作者の励みになります。