〈 第二十二闋 藻璧門 ( さうへきもん ) 平安朝の幕を引いた 「平治の乱」 〉
いよいよ今回は頼山陽の詩ですが、息子たちには徳岡氏の「大意」と並べて渡辺氏の解説を紹介する方が、分かりやすいかと思います。
〈 「大 意」( 徳岡氏 ) 〉
藻壁門の中に 車のわだちの音が響き
白龍は魚に身をやつして 故事とは逆にうまく包囲を脱した
女装して逃れる帝は、龍が雌になったも同然
そっと老龍の上皇を置いてきぼりにして、危ない目にあわせた
いったい誰がこんなことを企んだ? あの二匹のまむしどもだ
チロチロと炎の舌で、こっそり天いっぱいにみなぎるほどの毒を吐く
悪魔門監 ( あくまもんのかみ )も彼らに比べれば、むしろ " 悪 " でない
〈 渡辺氏の解説 〉
宮城の西門である藻璧門の中に、車の音が響く
白龍とも言うべき高貴な方 ( 二條帝 ) が平凡な魚に見える服を着たため、返って網に例えられる番兵の目を逃れることができた
龍 ( 帝 ) は逃げる時に雌の龍 ( 中宮 ) も連れて出たのに、
こっそりと老龍 ( 後白河上皇 ) の方をば、身体の危険があるようなところに置き去りにしてしまったのである
誰がいったいこんな謀略を企んだのか、あの二人の蝮 ( まむし ) みたいな奴 ( 惟方と経宗 ) らだ
ちらちらと燃える炎のような舌は、天にはびこるほどの毒をひそかに吐いたのだ
平治の乱を起こし、悪衛門監 ( あくえもんのかみ ) と言われるほどの権力を振るった藤原信頼などは、惟方や経宗に比べるとたいした悪ではない
これで、白龍、老龍、二匹のまむし、悪衛門監がすべて分かりました。これだけでなく氏はさらに、謎解きのような解説を読者に披露します。
「頼山陽は惟方・経宗の二人が、上皇を宮廷に置き去りにして、帝と中宮だけを平清盛のところへ連れて行ったことを最も重視する。惟方の母は二條帝の乳母、経宗は帝の元舅であり、しかも二條帝は若い。この帝を擁すれば権力が握れると思ったのである。」
「上皇を宮廷に残しておけば兵火の犠牲になるかもしれないが、それは知ったことではない。つまりこの二人は、上皇と帝との父子離間を図った大悪人であると言うのが、頼山陽の見方である。これは正に、頼山陽史観というべきものである。」
平治の乱は通常の解釈では、信頼と義朝が信西を殺したため、平清盛が出て二人を倒した事件とされているのだそうです。
「しかし頼山陽は、そう簡単に考えない。」こう言って氏は、根拠となる事実を次のように列挙します。
・藤原信頼は白面 ( 年若く未熟 ) の狂童に過ぎず、近衛大将になりたがっていただけの話だ
・兵を上げて、帝や上皇を幽閉する必要など全くない
・いくら信頼が馬鹿でも、自分が天皇になることは夢にも考えていない
・しかも上皇に気に入られている者だ。上皇に手を出す意味は全くない。
・源義朝は保元の乱の際の功を、もう少し認めてもらいたかっただけの話だ。だから事件後、従四位下の播磨守に任ぜられ満足している
・宮廷を攻めることなど、思考の中にない
・なるほど信西は憎かっただろうが、その気になれば彼は、路上で犬猫を殺すように殺せたはずである。なにも三條殿や宮廷を犯す必要はない
・義朝は清盛を憎く思っていたが、武力の点では義朝の方が勝っていた。攻めるならまっすぐ清盛を攻めるべきで、後白河上皇の三條殿へ向かう必要はない。
「このように考え詰めていくと、平治の乱を起こす動機のあったのは、惟方と経宗だけである。」
名探偵に事件の背景説明を聞かされているような、意外感に打たれます。
「後白河上皇と、その乳母子の信西をひっくり返して二條帝に実権を持たせれば、得をするのは自分たちだけである。二人はなにしろ乳母子とその伯父なのだ、だからこそ彼らは、乱の最中に帝と中宮だけを助け出したのである。おそらく上皇が兵火の中でなくなられることを、そひかに望んでいたのかもしれない。」
「事実、平治の乱の後、政権を専らにしたのはこの二人である。二人は、〈 政治のことは全て二條天皇の御心に従ってやるべきで、後白河法皇に知らせてはならない 〉と言っている。二條帝とこの二人は、きわめて親しい。」
頼山陽の詩の解説はここで終わり、ことの次第を知った後白河法皇の怒りについて氏が続きを述べています。後少しでも大事なことなので回を改め、そこで第二十二闋を終わりにいたします。