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最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

2002年アメリカ その19 帰りのフライト

2019年11月19日 | 昔の旅行
2002年アメリカ その19 帰りのフライト
2002 USA trip: Part 19. Flight to Japan

The flight from Vancouver to Kansai Air port was long time.

 2002年3月16日(土)、ゆっくりと身支度をして、2ブロックほど離れたホテル・バンクバー前からシャトルバスに乗る。空港での待ち時間にまた土産物を見てまわる。メイプルシロップなどを購入。心配していたアメリカから持ち込んだ化石標本をカナダから持ちだすことは、チェックも別に何ということもない。荷物に関してはともかく、人間の出入りには相変わらずセキュリティーチェックが厳しい。ただアメリカ入国よりは甘く感じた。搭乗口の前に張り紙があって、「ハイジャクなどの発言は、ジョークでも罰せられる」と書いてある。乗る便は、エアーカナダ891便、12時15分バンクーバー発関西国際空港ゆき。

19-1 エア・カナダ891便 2002.3.16
19-1 Air Canada 891. 2002.3.16

 座席は12A席。左側の席で、最初しばらくバンクーバーや島が見えた以外は太平洋のみで何も面白いものが無い。

19-2 バンクーバー中心街 2002.3.16
19-2 City of Vancouver. 2002.3.16

 前はトイレユニットなどの壁、隣には日本人かと思われる老婦人。帰りの時間は、向かい風で10時間ほどの長い旅である。このおばあさんが何かと話しかけてくる。最初にお相手をしたのが失敗で、カナダに一緒に住むという娘さんご夫婦のこと、今回は例年の里帰りであることなど詳しく聞かされる。
 10時間ほとんど眠ることなく、日本上空にきて富士山が美しく見えたころにはかなりの疲労である。

19-3 やっと日本へ 2002.3.17
19-3 Mt. Fuji. 2002.3.17

 日付が変わって17日16時30分ら関西空港についたが、まだ先は長い。福岡空港への便が少ないので、4時間待ちなのである。新幹線を使えば十分に家まで着けるのだが、余分な費用が掛かる。それで空港内で眠気覚ましにカレーライスなどを食べながら時間をつぶし、やっと20時35分発のNH485便14A席で福岡に到着し、長い旅行が終了した。
 この旅行の目的の達成はできたのだろうか?公的な目的は、前にも書いたようにアメリカ西海岸のプロトプテルム類について、標本を調査することと、産地を訪れること。これは十分にできた。できたら標本を入手することについては、可能性のある化石を一個採集できたが、その標本はプロトプテルムではなく鯨類であるかもしれない。標本はこの年に開館した博物館に展示した。もう一つ目的に挙げておいたのは、シアトルのバーク博物館の訪問・見学。これは容易なことである。
 達成したかった私的なもくろみは、日本と西海岸北部の海生脊椎動物化石の類似性を確かめること。実はこの類似性こそ私の修士論文のテーマであるからいろいろな標本を見ておきたかったのだ。この件に関しては十分な成果を挙げることができなかったと言っていい。共通に産する脊椎動物を挙げると、プロトプテルム類(鳥類)・ヒゲクジラ類の両者(漸新世)の標本は少ないが見ることができたが、デスモスチルス類・鰭脚類のような中新世の動物の化石標本はほとんど見ることができなかった。修士論文は主に中新世について論じたから(当時は漸新世の脊椎動物についての日本の化石の例はなかった。)ちょっと残念だった。中新世の動物化石を見るなら、むしろカリフォルニアあたりの南の方に求めるのが良いのだろう。
 想定していなかった成果もあった。まず、ヒゲクジラ類の祖先の骨盤のレプリカを入手できたこと。行く前には存在も知らなかったのだ。修論で引用した論文の著者レンスバーガー博士に会えた他、多くの方々とお話できたこと。とくにジムにお世話になって多くの情報を得たことや、アツリアなど標本をいただいたこと。
 うまく行かなかったことは、気候がちょっと寒く、また天候に恵まれなかったことぐらい。海岸を歩くから、貝殻を拾おうと思っていたが、寒い所のことで打ち上げ貝がほとんど無かったのは、ある程度覚悟していた。転石にたくさんあった玄能石を採集してこなかったのはちょっと手落ちだった。

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