そこそこの放送作家・堀田延が、そこそこ真面目に、そこそこ冗談を交えつつ、そこそこの頻度で記す、そこそこのブログ。
人生そこそこでいいじゃない





今年の世界ナンバーワン大ヒット映画「バービー」の女性監督であるグレタ・ガーウィグの脚本・主演映画「フランシス・ハ」。
「バービー」で彼女に興味を持った流れから、この映画に行きついた。
現在、Amazonプライム・ビデオでなら視聴が可能。
その感想。

全編モノクロ。
ニューヨークに暮らす27歳の独身女性フランシスの日常を描いたお洒落ドラマ。
27歳で、独身で、バレエダンサーを目指しているけど研修生で、お金はなく、親友とシェアハウスしている。
夢を追ってはいるけど、27歳という年齢から突きつけられる、「このままでいいのか」という人生の圧力。
どこにでもありそうな等身大の女性の話なので、特に女性観客の共感は高そう。
迷い、悩み、強がって日々を生きる主人公が健気なのかバカなのか脳天気なのか、とにかくジワジワ面白い。
多分この映画の時間軸では1年ぐらいの間に起きた出来事が描かれているんだけど、いろいろあった挙げ句に、主人公が大した成長をしないというのも27歳のリアルで好感が持てた。
この脚本に加わり、あの主人公を魅力的に演じられたグレタ・ガーウィグだからこそ、監督した「バービー」があんな感じの映画になったというのもよく分かる。
本作でグレタ・ガーウィグがゴールデングローブ賞ミュージカル・コメディ部門の主演女優賞にノミネートされたというのも当然か。
星3つ。★★★
秀作。

最後の最後で、この不思議なタイトル「フランシス・ハ」の意味が分かる。
なるほど、お上手って感じ(笑)。

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最近地下室のシアタールームを使っていないなぁと思い、たまには名画でも見るかとこの映画をチョイス。
かなり昔一度観ただけで細部は忘れていた「史上最大の作戦」。
英題は「The Longest day (最も長い日)」。
第二次世界大戦の転機となったノルマンディ上陸作戦を描いた1962年の映画。
その感想。

さすがの名作。
星3つ。★★★
本作未見の方も、映画終盤に出てくる長い長いワンカットのシーンだけでも観たほうがいい。
凄すぎて呆気に取られるレベルのことを今から60年も前のハリウッド映画製作者たちはやっている。

まず出演者が凄い。
ジョン・ウェイン。
ヘンリー・フォンダ。
ロバート・ミッチャム。
若かりし日のショーン・コネリー。
他にもどこかで見た顔が続々。
これら豪華ハリウッドのスター軍団が大勢出演しつつ、主人公は1人もなし。
同じ日、同じ作戦に従事した人々が、誰を中心ともせずオムニバスで描かれていく。
そこが戦争映画でありつつもドキュメンタリーっぽさを出していて素晴らしい。
そして先ほど述べたワンカット撮影。
本編中に2箇所、凄いワンカット撮影があって、1つはドイツ軍戦闘機がビーチの連合国兵士たちを砲撃していく空撮シーン。
もう1つはカジノの建物に立てこもっているドイツ軍に連合国軍の兵士たちが突撃する空撮シーン(おそらくワイヤー撮影)。
この2つのワンカット長回しシーンの凄さたるや、本当に凄い。
CGも何もない時代に、エキストラ兵士を何千人も投入し、多量の爆薬を仕掛けて、一連の戦闘を再現しつつ撮影するという、筆舌尽くしがたいシーンになっている。
これは明らかに、全編をワンカットにこだわった「1917 命をかけた伝令」に影響を与えているだろう。

しかも、だ。
ここに描かれているノルマンディ上陸作戦で起きたあれやこれやは、全て実話。
原作者が生き残った兵士たちにインタビューをして収集した話を元に構成されている。
第二次世界大戦当時の実際の戦闘の空気感を、おそらく忠実に再現しているのだろう。
最前線の悲惨さは、この映画のオマハビーチ上陸作戦の描写をかなり参考にしているスピルバーグの「プライベート・ライアン」と同等に悲惨だが、それ以外の後方では案外のんきなことも起こっており、戦争というのは生身の人間が行うことだというのが実感できる。
生き死にに直面しているのは最前線だけで、それ以外の場所では普通の人の営みが続いているのだ。
この辺は「この世界の片隅に」が表現した戦時の生々しさ、リアルさと同等だろう。

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全世界で今年のナンバーワン大ヒット中の映画「バービー」。
日本では原爆がらみTweetで炎上して要らんニュースになっていたが、世界の映画史に残る女性映画監督史上ナンバーワンのヒット作・金字塔ということで、お盆休みの二子玉の映画館で観てきた。
その感想。

これは大傑作。
星3つ半。★★★1/2
素敵なムチャクチャで最高だ。
女性監督が、女性として、世の中に言いたいことを全部ぶちまけてやりたい放題した、「痛快」そのものの映画だった。

フェミニズム&ポリコレ映画だと噂には聞いていたが、そんなちっぽけな枠に決して収まらない熱量の高いコメディ。
主演のマーゴット・ロビーが自ら映画化権を獲得し、「レディ・バード」や「私の若草物語」で絶賛された女性監督グレタ・ガーウィグに演出を任せ、センスと風刺と毒と思想に溢れた2時間弱のめくるめく映像体験。
バカな男(男社会)に向けてはもちろん、それだけではなく全世界の全方位に向けてケンカを売り、一方で全方位を懐柔しようとしつつ、結局ナンセンスにまとめ上げるこの手腕。
バービー人形をテーマにして映画を作るって時に、バービーを作ったマテル社の自己否定をまっすぐやりつつ、言い訳的に歴史の話も織り込み、女性監督ならではのフェミニズム的思想を皮肉と下ネタと最終的にはおバカで包み込むという、なんて素晴らしい映画なのよ?
これをこんな脚本で作らせたマテル社の戦略も、スゲー優秀。
これでまたバービー人形がめっちゃ売れてウッハウハなんじゃねーの(笑)。
映画観ている最中ずっとニヤニヤ、時に爆笑、時に(男である僕は)身につまされ、男のバカさ加減(自分のバカさ加減)を思い知らされ、肩身が狭くなる濃い〜2時間弱。
人間世界に初めてやってきたバービーが、バス停で隣に座っていたしわだらけの老婆を見て、「綺麗……」ってつぶやいたら老婆が返す言葉は、「知ってる」だぜ。
スゴくないか、この映画!!
映画館で近くに座っていた黒人の太った女の子が終始「ヒャッホー」とウケていたのがとても素敵だった。
この映画を観てどこかの「GANTZ」とかいう漫画を書いた日本人おっさん漫画家が「自立した女性が男性なしでウンヌン……」と文句言って炎上したらしいけど、いやいや真面目に打ち返したらその時点で負けなのよ。
本物の女子が女子として今の世の中に言いたいことを全部ぶちまけてんだから、男子はそれをうんうんと受け止めるだけでしょーよ。
各所に散りばめられた様々なパロディ。
日本語字幕では伝わりきらない、皮肉と下ネタ、米国あるあるとスマッシュギャグ。
こりゃ世界でヒットするわなって感じ。
世界の中で日本と韓国だけでぜんぜんヒットしていないっていうのも、このアジアの辺境の一部の地方のフェミニズム環境の異常さを顕著に表していて、まさに地獄の差別社会よねって。
この映画がスッと入ってこないって、どんだけ凝り固まった思想なんだよお前、って指差して笑ってくる映画ですよ。
女性監督が作った最高に男前なコメディ。
最、の高!
女性は絶対映画館で観たほうがいい快作です。
男性はこれを見てどう感じるかで自分の立ち位置が分かるでしょう(笑)。

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↑剣が峰直下から撮影。ご来光に照らされた富士山自らの影


先日、生まれて初めて富士山に登ってきた。

今夏「無謀な弾丸登山が危険」だとか、「登山客が多すぎ問題」などがニュースになっている富士山だが、現実問題どうなのか?
今後富士山に登ろうと考えている方の参考になればと思い、この記事を書いておく。

①日帰り登山は無謀
よほど普段から登山経験を積んでいる方なら十分日帰りも出来るだろう。
コースタイムは長いが、登り6時間下り3時間行動できる体力と登山スキルがあればイケる。
しかし、たまにハイキングする程度の体力の人は、悪いことは言わないから1泊2日の小屋泊登山を選択すべき。
僕もいろいろ調べた結果、1泊2日の小屋泊を選んだ。

②ルートは吉田ルートが無難
富士山には4つの登山ルートがあるが、最初は吉田ルート一択だと思う。
吉田ルートは途中の山小屋も多く、トイレの数も売店の数も登山客の数も他とは段違いに多い。
それだけ安全安心なコースだということ。
富士山の初回登山は必ず吉田ルートで行くべき。

③山小屋の個人予約は困難
富士山に登ろうと思い立ったのが5月の末ごろ。
しかしその時点で吉田ルートにある10を越える山小屋の宿泊予約は、 夏の山開きシーズンを通して全日埋まっていた。
つまり、山小屋予約不可能ということ。
ただし、これは『ツアー会社各社が予約を押さえているから』というのが理由。
つまり、数ある富士山ツアー会社のツアーに申し込めば、山小屋泊の1泊2日登山が出来る。
僕は某ツアー会社で『新宿発・富士山バスツアー本8合目宿泊プラン・ガイドなし』を5月末に申し込むことで、山小屋泊の権利を得た。
朝、新宿に集合してバスで吉田口5合目へ。
そこから自由に登り、山小屋にチェックイン(バス会社に貰ったチェックインカードを渡す)。
夕食を食べ、次の日の朝の弁当を受け取り、寝て、翌朝1時過ぎに起きて、ご来光を見るための登頂を目指す。
帰りにはバスは温泉にも寄ってくれる。
これで料金は18000円ぐらい。
初回登山はこういったバスツアーを利用するのが最善と思う(なお山小屋の予約に関しては直前にキャンセル等が出て偶然取れることも多いらしい。ただし天気が悪いことが理由だったりするので、出来れば早い時期に予定を立ててツアーに申し込むことをオススメする)。

④富士山登山は本当にめちゃくちゃキツイ
5合目から山小屋まではだいたい4時間。
体力のない人だと6時間ぐらいかかるかも知れない。
その間、ひたすら滑りやすいジャリ道をつづら折りで登り、たまにゴツゴツした岩登りも混じってくる。
景色が良ければ良いが、少し曇ればなにも見えず、ただ単調な急坂を登るだけの苦行。
よほどの健脚なら問題ないが、少々登山経験があるぐらいの人でも相当キツイだろう。
その上、渋滞している。
ガイドさんに連れられたツアー客が30人規模で並んでゆっくり登っているため、その後ろに付いてしまうと渋滞。
無謀にもスニーカーで登ったり、赤ん坊を背負って登ったりする輩が、登り専用の登山道を下ってきたりするので、登り客が待つことになり渋滞。
……などなど、精神的にもいろいろと追い詰められる。
普通の登山とは話が違うと思っていた方が良い。
道中、太ったおばさんとか、半ズボンの太ったお兄さんとか、年取ったおばあちゃんとかが、道端で疲労困憊し、倒れているのを何人も見た。
そういう人たちには「なぜ登れると思った?」と聞きたい。
見た目からして『あなたには登るのは無理でしょ?』という人が、『ガイドツアーだから誰でも登れるんじゃない?』と気楽に参加しているようだが、なんといっても標高3667メートルの山だ。
高尾山に登るような気持ちで来るのは本当にやめたほうがいい。
つらい目に遭うのは自分自身だ。

⑤防寒着は必須中の必須
ご来光を見る場合、翌朝1時に起きて、ヘッドランプを頼りに夜道を渋滞しながら山頂まで登るのだが、問題は山頂に着いてから。
ご来光を待つ時間が、恐ろしく寒いと思っておいたほうが良い。
晴れていても体感温度は10℃以下。
雨でも降って風が吹いたら体感温度はマイナスだろう。
フリースとシェルジャケットぐらいでは凍え死にそうになる。
ダウンジャケットが必須。
そして忘れてならないのが『冬用の手袋』。
温かい手袋を持っているのといないのとでは大違い。
軍手ぐらいではとても無理。
手が凍えてブルブル震えてしまう。
富士山の山頂でご来光を見るのなら、ガチガチの冬の服装を持っていくべき。
カイロとかその手のものもなんなら持っていた方が良い。

⑥ストック(杖)は必須
登山用ストックを2本持っていれば、登りも随分有利になる。
テクニックは必要だが、登りでストックを使うと、腕の力を使えるので、足だけで登るより体力を温存できるからだ。
しかし、ストックが一番必要なのは、吉田ルートの下りだ。
下りは専用の登山道となる吉田ルートは、ひたすらジャリで滑りやすいつづら折りの下り坂が続き、ストック(杖)を持っていない人は、降りるのが恐ろしい道だ。
健脚でバランス感覚がまだ若い人は、転ぶ前に次の一歩を踏み出し、走るように降りていけるのだが、そうではない一般人はストックがないと転びそうで一歩一歩慎重に降りていくしかない。
結果、精神的なプレッシャーがずっとかかるため、疲労が蓄積し、「登りよりも下りがツラかった」という感想になる。
ストック(杖)があれば、4本(もしくは3本)の足でバランスを取るのと同等になり、いざ転んでもバランスを崩しにくく、また腕の力で耐えることも出来る。
吉田ルートで登る人は必ずストックか杖を持つことをオススメする。

以上が実際に登ってみて感じたことだ。
他にも『100円玉をたくさん持っていけ』とか『水や行動食は小屋で買えるから少量でいい』とかいろいろコツはあるみたいだけど、その辺は各自ネットの記事やらYouTubeの動画やらで調べれば良いと思う。

ご来光を剣が峰で見たのだが、渋滞というか混雑がえげつなかった。
狭い山頂が足の踏み場もないほどの人で溢れかえっていた。
一度でいい、と思った。

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トム・クルーズ主演の「ミッションインポッシブル」シリーズ7作目。
バイクで崖から飛び降りるスタントがずいぶん前から公開され、トム・クルーズ本人のスタントへの果敢な挑戦が話題になっていた本作。
公開から数日経った平日昼間に見てきた。
その感想。

ぶっちゃけ、普通。
星2つ半。★★1/2
とくにこれといった素晴らしいポイントはなく、それでいて決定的にダメな点もなく、いわゆる普通。
好きな人は映画館に観に行けば損はしないし、そうでもない人は別に観に行かんでもいいし……って感じ。
そもそも「スパイ大作戦」なわけで、ストーリーなんて正直言って二の次。
この手の映画はガンガン派手なアクションが見られればそれでいいのだ。
そういう意味で十分面白いし、アクションはさすがに良く出来ている。
とくにラストの列車の車両を使ったつるべ落としアクションはなかなか珠玉の出来だと思う。

当たり障りない感想はそんなものだが、この映画、見ている最中ずっと「なんだか『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』に似てるなぁ〜」と不思議に感じていた。
実際、いろいろと類似点が多い。
以下、若干ネタバレになるが類似点を挙げていく。







インディ5とミッションインポッシブル7の類似点。

①どちらも字幕が戸田奈津子
②どちらもヒロインがコソドロ
③どちらも敵が入り組んでて人間関係が複雑
④どちらもモノを奪い合うストーリー
⑤どちらも大事なものは2つを1つに組み合わせて使う
⑥どちらも列車の上で戦う
⑦どちらも市街地のカーチェイスシーンが長い
⑧どちらもパラシュートで飛び降りる
⑨どちらも地下鉄に轢かれそうになる
⑩どちらも馬に乗る
⑪どちらも海の底に大事なものがある

もしやインディの脚本が流出してるのではないか?w
いや、その逆って可能性もあるなwww

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宮崎駿10年ぶりの新作。
前情報一切なしの中、初日に見てきた。
その感想。

正直、映画としてはうーんと首をひねっちゃう出来。
いち映画としては星2つ。★★
難解すぎると思う。
論理的にストーリーを追っても無駄な類の映画なので、宮崎駿の最後の仕事を見届けるつもりでただ映像を浴びるように観賞するのがいい。
なにしろ作画はすごい。
アニメ表現としての完成度はとんでもない。
それだけで見る価値はあるが、いかんせん映画としては難解すぎる。

僕個人的には、宮崎駿の全生涯が詰まった自伝だと捉えた。
80歳になってついに、幼少期に抱えた心の奥底の闇からアニメ界の巨匠に至っての苦悩まで、ファンタジーの形を借りて吐露した私小説だ、と。
タイトルの「君たちはどう生きるか」は観客に説教臭いメッセージを伝えようとしているわけではなく、幼少期に宮崎駿自身が実際読んだ吉野源三郎の小説「君たちはどう生きるか」から受けた深い感銘と、「物語」が持つ人生を変える力、そして「物語」が描く崇高な生き方とは相反する実の父親の人間像へのわだかまりや、自分自身の心の奥に潜んでいた弱さや卑怯さ、そういった理想と現実の狭間で揺れ動きそれでも「物語」の力を借りて前へ進む幼少期の宮崎自身を、隠すことなく描いたように思う。
つまり、観客へのメッセージ性のある難解映画ではなく、これはあくまで宮崎駿が自分自身とその家系や血筋への思いを正直に描いただけなのではないか。
作中で起こる出来事の多くは、宮崎駿の深層心理の中、それは時に意識下、時に無意識下に潜む心の傷や願望、夢の集大成だと感じる。
以下、ネタバレで少し宮崎駿の人生に触れる。















まず父親と父の家系(血筋)に関する思いだ。
宮崎駿の父はゼロ戦の部品などを作る工場の社長で、裕福な家で幼少期の宮崎駿は育った。
母は身体が弱く、長期間入院していた(この辺は「風立ちぬ」の元ネタだろう)。
宮崎駿4歳の時、宇都宮で米軍の空襲に遭う。
裕福だった宮崎一家は、当時は珍しいガソリン車に乗って逃げるが、その途中、子供を抱いた男が「車に乗せてくれ」と助けを求めてきた。
だが、宮崎の父は車を停めずに、その親子を見捨てて走り去った。
それが宮崎駿の心の傷となり、いつまでも忘れられない出来事になったという。
尊敬すべき崇高な人物であってほしい実の父が、目の前で犯した非道。
そのとき「乗せてあげて」と言えなかった自分。
「君たちはどう生きるか」に書いてあった「正しい生き方」とは違う父へのわだかまり。
とっさに「正しい生き方」を選択できなかった自分への罪悪感。
そしてそんな家を築いてきた祖父、曾祖父たちへの思い。
そんな宮崎駿の心の傷が、今作のストーリーにはちらほら顔を出す。
作中で主人公のマヒト君は母から贈られた小説「君たちはどう生きるか」を読んでボロボロと泣き、そこから打って変わって積極的に人を助け、冒険に歩み出す。
「物語」が人生に与える力を信じる宮崎駿は、自らの実体験をファンタジーの姿を借りてストレートに描いているのではないだろうか?

他にも、なぜか大量に登場する鳥類は、もしかしたら宮崎駿にとってのトラウマかも知れないし、鳥にこだわる何か引用的な作品があるのかも知れない。
継母のおなかにいる子への複雑な心境は、宮崎駿自身の境遇とは重ならないが、先妻を1年で亡くした後に宮崎駿の母と再婚したという実父に対する何らかの思いがそこに反映しているのかも知れない。
そのような深層心理の中に潜む心の闇を、幼少期の宮崎駿が自ら旅するような、今作。
主人公のマヒトはもちろん宮崎駿自身の投影だが、最後に出てくる大叔父ももしかすると宮崎駿自身の投影かも知れない。
自身が築き上げ、危ういバランスで立っている積木の塔。
13個の積木で積み上げられているその塔は自身の監督作映画という金字塔ではないか?(奇しくも13という数字は宮崎駿が手掛けた映画の本数と一致する)
それを、自分の血を引く子孫に継がせることを夢みた老人は、結果、その夢をかなえることができず、世界は崩壊する。
ジブリの崩壊を予期しているのか?
アニメという文化の崩壊と再生と後継者への委譲を描いているのか?
宮崎駿の深層心理に潜む闇は、なかなかに恐ろしい。

ただ、いかんせん難解すぎる。
映画作品としての世間的な評価は低くなりそうだし、大ヒットも難しいだろう。
それでも見終わったあとになにか深い余韻が残る映画だし、時間がかなり経ったあとに再評価される類の映画だという気もしている。

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1981年の「レイダース/失われたアーク」に始まる考古学者インディアナ・ジョーンズの冒険活劇第5弾。
最初の3部作は疑う事なき「神」。
で、4作目は駄作。
あれから15年、またまた(今度はディズニーによって)作られた5作目。
公開初日に観てきたので、その感想。

まず、いち映画作品としてジャッジする。
星2つ。★★
ちょい駄作。
見る価値はほぼない。
見たい人は見ればいいかなぁ〜ぐらい。

評価が低いのは、いち映画作品としての基本的な出来がそもそも悪いから。
主人公のインディを始めとした全ての登場人物たちが、2時間30分の上映時間中、いったい何をモチベーションに、何に向かって行動しているのかが、ずっと曖昧でモヤモヤする。
誰がなんのためにあれこれしている様を見させられているのかが、分かるようで分からない。
この人は誰なのか、何が目的なのか、なぜ登場し、なぜすぐ死ぬのか、そういうことがいちいちスッキリしない。
第一、今回の表題である「運命のダイヤル」がどんな効果を持つ宝物であるかがほぼ説明されずに進むため、そのどんなものか分からない宝物をなぜか奪い合うというストーリーのタテ軸になっていて、初見の観客は著しく混乱する。
しかも、主人公のインディ自身が別に「運命のダイヤル」探しに対してモチベーションを持っておらず、探したがっているのは他の登場人物なのだ。
(この「なんのための宝探しかが分からない」「しかも主人公のインディ本人の宝探しへのモチベーションが希薄」という欠陥脚本は「クリスタルスカル〜」が同様で、だからこそあれも失敗作になっているのだが……)
何の立場の人物なのか分からない黒人女性と、何が本当の目的なのか判別しづらい敵役、おねーちゃん、ガキ、さらにインディ本人までが入り乱れるため、初見の観客は全く持って置いてきぼり。
だんだんそれぞれの目的や、運命のダイヤルの使い道がうっすら分かってくるのだが、「だとしたらなんで?」が逆に浮かび上がって来て、二度見ても意味が分からないところが多々ある。
そんな映画、あるか?w
聞くところによると、脚本がダメでダメで、何度も何度も練り直され、最終的に4人の脚本家が名を連ねる事態になった今作。
4人の主義主張がゴチャゴチャとミックスされた結果、こう言う意味の分からない筋の通らない脚本になったものと思われる。
ということで、1本の映画として、とにかく出来が悪い。
物語のタテ筋に共感や感情移入が出来ず、よく分からないけどガチャガチャ戦ったり殺し合ったりカーチェイスしたり海に潜ったり殴ったり転んだり死んだりするのを観客はひたすら傍観するだけ。
まさによくある最近のハリウッドのバカ娯楽映画っていう感じで(ダメ映画の大半がこういう構造)、映像が派手で金がかかっているので一見面白くて多くの無垢な観客はバンザイして喜ぶのだが、結果として、映画史にも観客の記憶にも何も残らない駄作。

はい次。

インディ・ジョーンズのシリーズ最新作として考えたときには、もっと点は低い。
これをインディの第5弾だとするなら、星は1つでも多いぐらいだ。★
駄作中の駄作。
キング・オブ・駄作インディ。
シリーズとしては、スピルバーグが撮った第4作「クリスタルスカル」の方がまだテイストが最初の3作に近かったが、監督が替わった今回は、もはやこんなものはインディ・ジョーンズではない。
そもそもこのシリーズは、コミカルでテンポの良い冒険活劇だったはず。
モブキャラが死ぬときは笑いが生まれるよう演出脚本が配慮されていたし、悪役は悲惨な目に遭って死ぬけど、インディの仲間は基本的に死なない……そんな子供が観賞してもOKな、楽しくて優しい冒険活劇だった。
ところが今回は、冒頭から暴力シーンや無垢な一般人がめちゃくちゃ撃ち殺される生々しいシーンばかりで、ただただ理不尽に人が死んでいく。
この「善良な市民をバンバン殺す問題」が今回1番罪深いと思う。
このせいで映画全体のトーンが全く笑えなくなっている。
過去作では、死ぬのは基本的にナチかカルト教徒か兵隊か悪党だった。
思い返してみたら、失われたアークで殺された一般市民はゼロ。
魔宮の伝説でもゼロ。
最後の聖戦、ゼロ。
クリスタル・スカルですらゼロ。
なのに今回は学校の教員2人撃ち殺し、善良な船乗りさんを撃ち殺し、洞窟の入り口の係員を撃ち殺す(この係員のみ撃つ描写はないが死んでいるのがのちに映る)。
完全に作風がインディではなくなっている。
仲間の死だってインディシリーズではそんなになかった。
魔宮の伝説の冒頭のバーのシーンで相棒だった中国系の男がインディの腕の中で死ぬ。
クリスタル・スカルのラストで相棒(であり裏切り者の)マックが異空間に吸い込まれて死ぬ。
今回のアントニオ・バンデラスの死に方は酷い。
インディの腕の中で死ねた上海の中国人とは違い、即死だ。
インディと別れの言葉を交わす間もなく、だ。
今回のジェームズ・マンゴールド監督は、スピルバーグと違い、劇中での「人の死」への尊厳が足りないと思う。
だから映画が殺伐とした緊張感で満たされる。
さらに、だ。
シリーズお馴染みのプロローグが、テンポが悪く、長く、メリハリがなく、その上戦闘シーンにコミカルさのかけらもない。
アクションシーンにギャグやコミカルな描写がないので、ただひたすらなんか知らんが戦っているものを見させられるだけ。
バンバン何の罪もない善良な人たちが射殺されていくので、そっちの恐怖感が先に立ち、観客は身構えてしまう。
結果、ギャグらしきものがたまにあるのだが、映画館はシーンとしたままだ。
アクションシーンになるたびに物語がストップし、ただアクションしたいだけのアクションが続くのは、昨今のB級馬鹿ディズニーヒーロー映画と同様。
しかも、先に述べたように、根本的になんで戦っているかが分からない。
なんで殺すのか分からず、なんで殺さないのかも分からず、なんで拉致するのか、なんで生かしておくのか、その辺の理屈が全て、ストーリーの都合だけで進む。
なんなら、奪い合っている宝物(運命のダイヤル)が、今、誰の手元にあるのかすら分からない場面もある。
3分前に逃げ去ったはずの敵の車が、気付いたらすぐ横を走っていたりする。
そしたらまたすぐ無抵抗の人を撃ち殺す。
主人公のインディもヒロインの女も敵も味方も総じて、すぐ相手の顔面を思い切り殴る。
そのうえ何故存在しているのか不鮮明なキャラクターが多く、正体を明確に明かさないまま殺されたり、敵同士の繋がりもよく分からないままだったりする。
こう書いていても、どんどん腹立ってくる。
こんな酷いインディをなぜ作ったのかディズニーは?

他にも細々と文句ばかりが浮かぶ。

・そもそも邦題「インディ・ジョーンズと運命のダイアル」の「と」ってなんだよ?
これまでこのシリーズは「レイダース/失われたアーク」「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」「インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国」って感じで「と」なんて一度も入ってたことないんだよ。
そんなことも知らずに適当に邦題付けてるのかディズニージャパンは?
・冒頭パラマウントの山をスルーしルーカスフィルムロゴからのOL。
 大人の事情で前4作で培ったお約束をいきなり破壊。
 ここだけでもうこの映画はダメだと思う。
・年号と場所出ないのこんなのインディちゃうやん。
 顔の覆いを取られ若いインディが登場した瞬間に「ドイツ1944年」と出せよ。
 「ニューヨーク1969年」も出せや。
 出さない理由がまるで分からない。(単純に忘れてるんちゃうんか?)
・若インディの顔、CG感が強すぎだろ。ディズニー金ないんか。
 あと列車の上を走るインディ、CGアニメの動きかよ?
 安っ! ディズニー安っ!www
・冒頭の1944年から1969年の間はダイヤル探ししてなかったのに、あのメガネのおっさん急に今になってダイヤル探し再開したのなぜよ?
 だいたいさ、疾走する電車の上で障害物に「ドゴーン!」とスゲー勢いで最後身体ごと吹っ飛ばされていったじゃん、アレで死なない奴いるか?w
 あのおっさんは治療に25年掛かってたんか?www
・インディと言えばの「地図の上を走る線とその上を飛ぶ飛行機」が出てくるの遅すぎだろ。
 今回忘れてるのかと思ったわ。
・海に棲む「人食いウナギ」ってなんだよ?
 海の中にいる「eel」は「ウツボ」って訳せよ!
 戸田奈津子、またいつものように映画を見ずに字幕付けてんだろ!
・また虫かよ。
 虫は使ったよ、第2弾の「魔宮の伝説」で。
 ほかのアイディアなかったんか。
・アルキメデスの仕掛けた謎解き、安すぎやしないか?
 天才数学者アルキメデスが絶対考えてないだろ、あの謎解き。
・インディいつからあのアルキメデスの時代のことを一生掛けて研究してた考古学者になったんだよ?
 初耳なんだが。
・そもそも親友に「絶対壊してくれ」と言われて受け取ったダイヤル、なんで保管してたねん?
・最後のカレン・アレンのくだりはずるいよ。
 そりゃ泣く!
 ただ物語上の帰着点としてちゃんと登場していたら、今の100倍泣けたはずだけどな!
・エンドクレジットのレイダースマーチのテンポが遅い。
 インディが老いたのは分かるが、ジョン・ウイリアムスの指揮テンポまで老いることないだろ。
 そして クレジットの最後がレイダースマーチで終わらないのも悲しすぎる。
 何あんな暗い曲で終わってんのよ?
 最後の大団円ちゃうんか?

もう疲れたからこの辺にする。
「クリスタルスカル」の方がまだインディだった。
あれはあれでものすごく酷くて認めてないけどね。

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ついついWBCのドキュメンタリー映画を映画館に観にいってしまった。
「上映延長!」とかの煽り文句に乗せられてw。
上映時間は2時間強。
その感想。

率直な感想は、「そりゃ面白くなるよね」だ。
あれだけの素材を扱っているんだから、面白くなるのが当たり前。
WBC日本代表チームの舞台裏にカメラは(監督の三木氏は)長期間密着していて、そこで様々な選手や監督コーチスタッフの姿を映し出し、声を掛けて話を聞く。
カメラと選手たちとの距離はものすごく近い。
試合中、なんとカメラはベンチの中にいる。
そりゃ面白くなるわけだ。

ところが、である。
素材の良さがそのまま料理になっているだけ。
料理人の腕がまるで見えてこない。
編集演出のテクニックめいたものがほとんど感じられず、(誤解を恐れず単刀直入に言えば)ただ時系列で映像を繋いだだけにしか見えない。
ひたすら時系列の編集、ナレーションも平凡、いや平凡を通り越して、安いし、臭いし、凡庸。
釣れたての魚をそのままさばいて出しているような、「それ料理なのか?」という代物。
もちろん、「素材がいいんだからそれでいいじゃん」という観客もいるだろう。
でも僕としては、「演出」を名乗っているならもう少し工夫をしてくれよ、と思わざるを得なかった。
準決勝のメキシコ戦、決勝のアメリカ戦は、ほとんどテレビ中継のダイジェストを見ているのと同じ。
「いや、もうこの映像は死ぬほど見たから!」と、後半になるにつれ飽きてくる映画。
2時間強の本編尺の内、半分ぐらい、いや3分の2ぐらい、TVやなにかで見たことのある映像や、取り扱われた小ネタで、もっと知られざるとんでもない裏側が見られるのかと思っていた分、かなりの拍子抜け。
唯一「佐々木朗希がメキシコ戦で3点取られたあと、ベンチ裏で見せていた姿」だけは知らなかったので良かったが、あとはワイドショーや、テレ朝の特番や、YouTubeなんかで見たことある事象ばかり。
あれだけ長期間密着取材して、撮れたのがこれだけかと、逆に悲しくなる。
もっとなんかあるだろ。
もっと「ここだけの映像」「ここだけの選手たちの生の声」にこだわって欲しかった。
星は2つ。★★
映画館で観ずとも、そのうちアマプラやNetflixの配信などで見れば十分かもね。

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6月16日日米同時公開。
DCコミックスヒーロー映画の最新作「ザ・フラッシュ」を早速観てきた。
その感想。

これはアラフォーアラフィフの映画ファンをくすぐりまくる良作。
思わずニヤリとしちゃう映画小ネタのオンパレードで、最高にご機嫌な映画。
個人的には星3つ半。★★★1/2
映画単体として客観的に評価すると星2つ半。★★1/2
ここ最近のDC映画の中では珠玉の出来だと思う。

とくに最初の15分ぐらいの面白さがとんでもない。
思わず前のめりになるぐらい、DCコミックスファン(つまりバットマンやワンダーウーマンが好きな観客)の心をつかむ。
この最初の15分のためだけに、映画館で2000円払う価値がある。
そのぐらいとんでもなくご機嫌な最初の15分。
映画はそのあと中だるみするし、どこかで見たような展開(「スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム」とか「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか)なので、少しドンヨリするが、マイケル・キートン演じるティム・バートン版のバットマンが出てきて大活躍するあたりからは、もうストーリーの不備とかCGの出来の悪さとかはどうでも良くなってきて、とにかく1989年に公開されたティム・バートン監督の「バットマン」は格好良かったなぁ〜とウキウキワクワクが止まらない。
それに加え、「ありゃりゃそこまで出しますか?」というカメオ出演というか同窓会というか特別出演というか凄い超大物俳優のサプライズ出演がどしどし連続して、「もうやりたい放題やんか」というクライマックスに雪崩れ込み、もはや意味不明なマルチバースの設定とかどうでも良くなってきて、いやぁ「これぞコミックス原作映画の正しいバカバカしさよのぉ〜」と、おじさん嬉しくなっちゃったのである。

ザック・スナイダーが作ってきたDCユニバースに終止符を打つ気が満々の今作。
ああ、これでもうあのスーパーマンは見れないんだなぁ〜、あのバットマンやあのワンダーウーマンは続投するのかなぁ〜、アクアマンはどうなんだろ?と、いろいろ制作陣の思惑も透ける今作。
DCユニバースにはまだ愛想を尽かしていない僕としては、今後ジェームズ・ガンに引き継がれるDCの未来が楽しみです。
(ちなみにMCUは「スパイダーマン/ノーウェイホーム」のあまりの出来のひどさに憤慨し、持ってるフィギュアとかBlu-rayとか全部売って、卒業しました笑)

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今、全世界でとんでもない大ヒットをしているNintendo渾身の一作。
米国映画批評サイト「ロッテントマト」では、批評家は酷評、一般観客は絶賛という結果になっていて、それも話題。
そんな「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」を混雑していたGW中を避け、ようやく観てきた。
その感想。

僕は、ファミコンの「スーパーマリオブラザーズ」にはあまりハマらなかった。
ああいう反射神経を伴うボタン操作ゲームがあまりと好きではない。
ゲームセンターブームが子供の頃に直撃した世代なので、「ドンキーコング」はドンピシャ世代なんだけど、あれもそんなにハマらなかった。
その後のマリオ関連ゲームもそんなにで、「マリオカート」だけはやや遊んだかも、という感じ。
そんな僕がこの映画に受けた感想は、「めっちゃ面白いやん」だった。
ただ、どう面白いのかというと、映画として面白いというよりは、「なにこれしょうもな!笑」みたいな感じ。
とにかく出てくるキャラクターが可愛いし、なんかニヤニヤしちゃうのよ。
中身なんかゼロ。
なーーーんにも中身なんてなくて、映画としてはクソみたいなストーリーなんだけど、なんかニヤニヤしちゃうの。
星は2つ半。★★1/2
映画としては非常に普通です。
ただゲームが原作の映画としてはほぼ100点だろうな。

以下少しだけネタバレ。
















ピーチ姫の出自。
あそこだけ、とーーーーーっても引っかかった。
僕はあそこでてっきり「この映画はピーチ姫の出自に迫って感動させるお話なんだろう」と予測した。
つまり、赤ちゃんの時に生き別れてしまっていた父母と再会するお話。
ところが、全くその要素なしでこの映画は終わったので、なんかモヤモヤが残った。
あの設定のピーチ姫、なぜああなったのかめちゃくちゃ気になるんだが、そこは放置なんかい。
……ま、いいけど。
そもそもが「しょうもな!」だからね笑。
あ、これ、褒めてますからね笑。
いい意味でしょうもない映画でした。
でもマリオゲームのファンの心を逆なでするような部分が一切ないという点で、立派な仕事をしたと思う。
そのへんが「ドラゴンクエスト・ザ・ムービー」との差だな。
こりゃ全世界ヒットするのも分かるわー。

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Netflixオリジナル恋愛リアリティショー「あいの里」の配信が始まりました。
4話ずつ毎週火曜日の夕方に配信されます。

田舎の古民家を舞台にした35歳以上の男女たちの恋愛観察バラエティです。
タイトルからお察しの通りかつて「あいのり」を作っていた敏腕チームが制作しています。
「あいのり」の作家だったので僕が構成作家として関わってます。
最初は「なんじゃこりゃ?」と思うでしょうが、見続けてください、メチャクチャ面白いですから。
昨年秋頃にオフラインチェックを数ヵ月にわたり行ったのですが、仕上がりに関しては手応えしかありませんでした。
とにかく「観てくれさえすれば絶対面白い」!!!
保証します。

よろしくお願いします。

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34年ぶり、令和に蘇ったたけし城。
構成作家として参加。
今日から配信開始。

子供の頃に観ていた憧れの番組に携われて幸せ。
撮影されたのは去年の夏、2ヶ月弱の期間。
僕も、ある日曜日の昼間にちょっとだけ現地に見学に行ったが、TBS緑山スタジオの上段広場に建て込まれていたセットは、本当に壮観だった。
灼熱の太陽の下、谷隼人隊長が汗だくで頑張っておられて、感動。

ちなみに今日前半の4話が配信され、来週の金曜日に後半4話が追加配信。
Amazonプライム会員なら、観賞可能。
ぜひご覧下され。

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坂本龍一逝去のニュースを受けて、30年ぶりぐらいに観た「ラストエンペラー」。
この映画で坂本龍一はアカデミー作曲賞を受賞した。
その感想。

ほとんど内容は忘れていたが、見始めたらすぐに引き込まれた。
さすが名匠ベルナルド・ベルトルッチ監督作。
圧巻のアカデミー作品賞受賞作だ。
本物の紫禁城でロケした映像は凄いし、愛新覚羅溥儀の人生を描ききったストーリーは恐ろしく興味深いし、もちろん音楽もいい。
とにかく、昔の映画だなぁって感じて惚れ惚れするような、フィルム撮影による美しき壮大な「まさに超大作」って感じの重厚な映画だった。
文句なしの星5つ。★★★★★

溥儀を演じた主演のジョン・ローンはとてもいいが、その少年時代を演じた青年役者がすごく良い。
さらに「アラビアのロレンス」のピーター・オトゥールまで出てくるし、坂本龍一は役者としても出演していて片腕の男を演じ素晴らしい。
あと「どこかで見たことあるなぁ〜、あ、あの人か!」っていう役者が多くて楽しい。
溥儀の正室を演じている女優さんは「ツインピークス」の中国人役の女性だし、共産党の監獄の役人の1人は「インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説」の冒頭で巨大な銅鑼の影に隠れて逃げるインディに笑いながらマシンガンをぶっ放す男だった。
川島芳子を中国人女優が演じているのだけは日本人としてちょっと引っかかったが、まぁその辺はいいだろう。
何が好きって、映画の一番ラスト、エンディングのシークエンスがすさまじくいい。
年老いた溥儀が紫禁城の玉座にこっそりと上り……からのくだりが本当に感動した。
U-NEXTの配信で見たのだが、オリジナル全長版というカットシーンを追加した長いバージョンもあるらしいので、そちらをいつか観てみたい。
坂本龍一を追悼しつつ、皆様も「ラストエンペラー」をいかが?

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公開初日に観てきた。
庵野秀明監督最新作「シン・仮面ライダー」。
期待は大きい。
果たしてその出来は?

評価は、星1つ半。★1/2
これは、駄作認定してもいいのではないだろうか。
「シン・ゴジラ」は素晴らしかった。
「シン・ウルトラマン」はまぁまぁの佳作。
でも今回は、やっちゃった感がハンパなかった。
映画として、とにかくグダグダだし、正直面白くない。
仮面ライダーとしては、マニアック視点的には旧作をオマージュしてたりして面白いのかも知れないが、それ以前に劇場映画として成立させないとダメだろう。
ひとことで言えば「実写版キューティー・ハニーの二の舞」といった感じ。
庵野秀明監督は実写のアクションが得意じゃないのかも。
「なにこれ?しょうもな」のオンパレードだった。

以下ネタバレでたくさん文句を言っていく。










まずギャグなのかシリアスなのか、バランスがすこぶる悪い。
ところどころゲラゲラ笑ってしまうようなクソダサいシーンがあるのだが、すぐにシリアスなドラマに戻ったりして、どういった感情でこちらが観ればいいのか分からない。
ギャグならギャグで振り切ってくれれば良いし、シリアスならシリアスでもっと押し切ってくれ。
「シン・ゴジラ」はその辺バランスが取れていたし、「シン・ウルトラマン」もそこまでバランスが崩れてはいなかった。
だが今回はすこぶるバランスが悪い。

そして、CGがチャチすぎる。
ほんと庵野秀明監督の「キューティーハニー」の時から進歩がない。
あれ何年の映画だよと思ったら、2004年だ。
20年近く経ってCGが全く同じチャチさで、10年前のインド映画にも劣っている。
そんなに金ないんかいというような、ひっどいCG。
ここまで酷いと狙いでもなんでもないと思う。
チャチすぎて爆笑していた。
それは映画の本筋と違う。

エヴァ風味が直接的すぎる。
人類補完計画の焼き直しみたいなショッカーの目的を始め、なにかエヴァで見たような要素ばかり。
ここまで来ると、庵野秀明ほかに引き出しないんかいといわざるを得ない。

アクションシーンがほんと下手。
画面が暗くて何やっているか分からない。
動きとカットが速すぎて何やっているか分からない。
気付いたら、地面で取っ組み合っている子供のケンカみたいなものを延々見せられていたり。
敵も理由もなく突然弱くなったり。
庵野秀明は、等身大の人間サイズのキャラが戦うアクション実写は下手。
やめたほうがいいと思う。
プレヴィズ作ってこれだったらホントやめたほうがいい。

庵野組の大した意味のない多用。
竹野内豊と斉藤工と長澤まさみ好きやなぁ。
……で?
それで、なに?
どうせなら同じ世界線の話にすればまだいいのに、その勇気はない。
あと、主演の池松くんっていう俳優さん、セリフが棒読み過ぎんか?
ライダー2号の柄本くんは上手かったのに。
池松くん、うーん。

そもそも、なんの話なのかタテ軸が分かりにくく、ショッカーVS仮面ライダーの対決全てが局地的に行われていて、世界に危機が起きている感じは皆無。
「シン・ゴジラ」は東京が焼き払われたり、「シン・ウルトラマン」は町が破壊されたりしていたからまだ良かったが、「シン・仮面ライダー」は一般人が1人も出て来ない。
だから(まぁ元の仮面ライダーもそんなモンなのだが)、コスプレーヤーとコスプレーヤーがなれ合いのケンカをしているだけにしか見えない。
なんか知らんが、敵のアジトに次々と簡単に乗り込み、大して苦労せずに怪人を倒していくだけの繰り返し。
格好いい必殺技も、そもそも戦いに、大きな動機や試練や苦難が全く描かれないので、見ていてなんのカタルシスもない。
脚本は乱雑で、難しいセリフで観客を煙に巻こうとするのは庵野のいつもの通りだし、同じセリフ繰り返すのもお馴染みの焼き直しだし、まぁ、ホントいいところがひとつもない。

これは酷い、というのが見終わった直後の感想。
仮面ライダーの懐かしの音楽がかかったり、お馴染みのビジュアルでバイクにまたがって変身したり、一瞬格好いいシーンはあるのだけれど、それだけ。
Amazonプライムとかでそのうち配信されるから、それで見れば十分。
映画館の大スクリーン大音響で観てこんな感想なんだから、テレビで見たら、途中で観るのやめたくなると思うけれど。

関連記事をいろいろ読んでいたら、これは言い得て妙という素晴らしい文章を発見した。
僭越ながら引用させて頂く。
ここに僕が感じた違和感の全てが言語化されている。

「国家へのボンヤリした恭順、社会への無関心、見識の狭い世界観、生活実感の希薄さ、身体感覚の欠如、必然性を無視して見映え優先、生身の役者にアニメの如き設定を課してキャラ表にしてしまう。これら庵野秀明の拭いがたい悪癖が、震災という強烈なツールで観客を不条理な世界に巻き込んだ「シン・ゴジラ」では尽く裏返ってすべてがうまくいったのに、空っぽの器に初代ライダー再現してお好みで盛りつけましょうという安易な企画では悪癖が悪癖のままゴロゴロと転がってるだけで無様だ」(原文ママ 引用元「なぜ作る「シン仮面ライダー」筆者 挑戦者ストロング 氏)

冒頭の血みどろアクションで始まったところだけは「おお」と思わせる。
最後まであの血なまぐさい仮面ライダーのダークな解釈で全てを作れていたら違っていたのに。
勿体ない。
以上。


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アカデミー作品賞は逃した「スピルバーグの自伝的作品」。
いったいどんなものなのか、二子玉の映画館で観てきた。
その感想。

これは星2つ半。★★1/2
素晴らしいと思う人も多いだろうし、期待外れに思う人も多いであろう映画。
「スピルバーグの自伝的作品」という宣伝文句にどんな映画をイメージして観に行くかで評価は変わる。
僕の場合は、前半ニヤニヤして観ていたのだが、中盤から「あ、そっちですか」となり、最後はまたニヤニヤで終わるという不思議な時間だった。
あらゆる感情で構成された変わった映画なので、若干、散漫でとっ散らかっているイメージもある。
なので、星2つ半。
ただ、スピルバーグがこの映画でやったことはある意味ですさまじくて、恐ろしい。
以下、ネタバレで詳しくその辺の理由を述べる。







これ、「映画の映画」である。
で、世の中の「映画の映画」は、大抵「映画っていいもんですねー」と淀川長治みたいなことを言って終わるのだ。
「ニュー・シネマ・パラダイス」なんかはその代表だろう。
最近だと「バビロン」もそんなエンディングでまとめていた。
そこで、「スピルバーグの自伝的作品」と宣伝されたら、観客の多くは「映画っていいもんですねー」を当然のように期待するんだと思う。
僕もそれを期待して観に行ったのさ。
そうしたら、この映画、それとまるで真逆の方向に振ってくるのだ。
なんと「映画ってこんなに酷い面があるんですよー」の、映画製作者が映画によって呪われる映画なのだ。
この、映画に呪われるというストーリーを、きっちり受け止められるかどうかで、この映画の評価は変わってくるのだろう。

僕は実はこれ「スピルバーグの自伝的映画」どころではなく、ガチの「スピルバーグの自伝」だと思う。
スティーブン・スピルバーグは長い映画人生で、「映画っていいもんですねー」なんてコトは実は感じていないのだ(恐ろしいことに)。
そして、そんな実感がこもっているから、そんな実体験をしてきているからこそ、こんな意表を突くリアルな脚本が書けたんだし、ストーリーが描けたんだと思う。
何しろ、本物のスピルバーグ家と同じ状況で物語は始まる。
父は理系の技術者、母は芸術系のピアニスト。
この2人の板挟みで子供時代を送ったスピルバーグ。
母に似て芸術系だったスピルバーグ、父に似てオタクだったスピルバーグは、両親の離婚と別離を経験し、その後の映画では不仲な夫婦とか、父の不在とか、不倫に走る母とかを、そういうモチーフをたくさん描いてきた。
この映画の中で、主人公の少年が撮る映画は、人と人を引き裂き、人の本性を図らずも映し出し、意図した編集によってあることをないことに、ないことをあることに、醜いものをより醜く、ときには醜いものを美しく演出していく。
映画が人を傷つけ、また勇気づけ、でも全てはカメラに切り取られ、編集された虚構であり、映画によって世界を切り取った結果、映画が世界を壊すという罪深さ。
そんな映画が持つ悪魔的な側面に、この映画はずっと焦点を当てていく。
こんなの、実際に監督をして、映画作りの本質として感じていなければ描けないものだと思う。
頭の中で考えた「映画の映画」は「映画っていいもんですねー」の結末になって感動を呼ぶだけだが、この「フェイブルマンズ」は「映画の映画」として映画の闇を映し出す。
だから映画の中盤、僕は「あ、そっちですか」となった。
期待外れの人が多いのもだからだろうと思う。
でも、世界一の映画人、スピルバーグが描いた自伝は、「映画ってこんな酷い面もあるんですよー」だったのだ。
それだけで、いたく感慨深い。

とはいえ、少々とっ散らかっている。
「フェイブルマンズ」というタイトルが現すように、これはユダヤ系の家族フェイブルマン家の物語だ。
家族の崩壊を、サムという映画の天才である長男が、客観的に見つめていくのがストーリーの骨子だ。
「スピルバーグの自伝的映画」ではぜんぜんない。
宣伝が間違っていると思う。
「映画の恐ろしさを描いたスピルバーグの伝記」と宣伝されれば、また違っただろうに。

なお、最後の10分ぐらいに、映画ファンなら大喜びするサプライズが待っている。
スピルバーグの語り草である「若いとき、名匠ジョン・フォード監督にどやしつけられた」という実際のエピソードをそのまんまオマケとして用意してくれている。
「駅馬車」とか「怒りの葡萄」「捜索者」などで知られ、アカデミー賞を何度も獲っている巨匠ジョン・フォード監督(年老いた頃は片目に眼帯をしていた)を演じているのは、なんと、デビッド・リンチ監督だ。
で、デビッド・リンチが登場するやいなや、映画はスピルバーグのものではなくなり、リンチの磁場に侵食されてしまって急に不条理な編集と間の取り方になるのも最高。
若きスピルバーグはジョン・フォードになんと言われたのか?
そしてその言われたことを使った最高のラストカットとは?
この映画、最後のワンカットで、鬱展開の中盤のストーリーを全てひっくり返し、観客をニンマリさせてくれる。
あのラストカットに、僕はスピルバーグの、映画に対する矜持の全てがあるような気がする。

あと、主人公役の青年。
スピルバーグに顔があまりにそっくりだろ。
あれはすごい。

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