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リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

マーク・ウッド

2012年02月01日 13時58分48秒 | 音楽系
バーゼルにいた頃、何人かの歌手とリュートソングをやっていましたが、その中でも特に多く共演したのが、スコットランド出身のバリトン歌手マーク・ウッドでした。彼は幼少の頃から合唱隊で歌い、低年齢にしか入学できない音楽専門の学校(従って才能のある子しか入れません)で学び、ロンドンのロイヤル・カレッジを経て、バーゼル・スコラ・カントルムにやってきた俊才です。もう根っからの古楽人で、ヴァイスのリュート曲なんかもとてもよく知っています。でも古楽一辺倒かというと、そうではなく高校生の頃はロックをやっていたというし、ロマン派の歌曲もとても上手です。

私がスコラに入って、一番最初に伴奏を頼まれたのが彼でしたが、あまりにうまいので、さすがスコラはこんなのが普通なんだ、って感動した覚えがあります。実は、他の学生はまぁやっぱり普通の学生なんだということは後になってわかってきたことですが。(笑)
当然歌の先生や校長先生などの覚えもめでたく、試験のときなんか(何度か伴奏しました)他の学生だと結構厳しい顔つきでいろいろ質問したりしていた校長先生が、マークのときはニコニコ笑って、歓談していました。まぁフリーパスといったところなんでしょうね。スコラやムジーク・アカデミーの他の学生も皆彼には一目置いていました。

英語はネイティブなので当然上手だし、ロンドンの学校で学んでいただけあって、スコットランドの訛りも全くありません。もうリュートソングの共演相手としては理想的であったわけです。彼の地元エジンバラの教会でダウランドのコンサートを一緒にやったときは、ホントにすばらしい出来でした。

日本に帰ってからは、ぜひ彼を呼んで一緒にコンサートをしようと考えていたんですが、私が帰国する頃(2005年7月)あたりからアゴの具合が悪くなりとうとう歌うことができなくなって休業を余儀なくされました。それ以降はずっと音信もなく、マークは今頃どうしているのかなぁ、といつも思っていました。

それが先だって彼から久しぶりのメールが来まして、アゴがよくなってきたので歌手活動を再開したとありました。そして、来年ダウランドの第4歌曲集「巡礼者の慰み」を録音したいので手伝ってくれないかということでしたので、もちろん二つ返事で引き受けました。録音はバーゼルで行いたいとのことですが、エジンバラでもコンサートをやる予定らしいです。最近は今日本でも話題になっているLCCのイージージェットで、バーゼルからエジンバラまでひとっ飛びですからね。

アゴの関節を痛めるのは歌手にはありがちな病気らしいです。彼は手術をしてもらって養生していたんですが、すぐには良くならなかったようです。その間バーゼルで英会話の講師をして生活をしていたそうです。とてもつらい数年間だったのは容易に想像できますが、まぁとにかく快癒したのはめでたい限りです。いいアルバムを作りたいですね。