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他人がやらないことをやれ(林原)

岡山市を拠点にしていながら、世界的な注目を集めるバイオ企業「林原」のビデオを授業(経営学原理Ⅰ)で見た。社長の林原健氏は、40年前に先代の跡を継ぎ、水あめメーカーだった会社をバイオ企業に変身させた。食品の鮮度を保つ物質「トレハロース」や、がん治療に使われるインターフェロンなど、ユニークな商品を世に出し続けている「知る人ぞ知る」会社である。

同社のコア技術は「でんぷん」だ。トレハロースも、でんぷんに、ある微生物を入れることで量産が可能になった。トレハロースは、現在、食品メーカーを中心に7千社、1万品目以上に使われているという。

同社の強みは、その研究能力にあるが、有名大学から人材を採ることはあまりない。9割の社員が、地元岡山から、しかも縁故で採用するという。林原社長いわく「有名大学の人材は、入社してから伸びない。その点、地元の人材はぐんぐん成長する」。要は、普通の人材の潜在能力を引き出す力が林原にはある。

信じられないことだが、同社では、予算制度がなく、成果も求められない。目標や計画に関する書類を作成する必要もないため、実験に集中できるという。とにかく自由なのだ。一人一人の研究者が、短期的な評価にとらわれることなく思いっきり研究に打ち込める。

トレハロースの量産化に成功した専門学校卒の社員の話しが印象的だ。でんぷんから糖をつくるのには微生物が必要なのだが、彼はとにかく全国を歩き周り、いろいろな土地から微生物を採取した。しかし、何年たってもうまくいかない。ついに夢にまで微生物が現れた。そして、その二日後、岡山市内の土地から採取した微生物によって、トレハロースの量産化に成功したという。また、ある社員は、入社16年目にして、脂肪を縮小させる効果を持つ「環状四糖」という物質を発見する。

林原では、なぜ人が育ち、イノベーションが起こるのだろうか?それは、単なる「自由」だけでは説明できない。一言でいえば、

「他人(ひと)がやらないことをやれ」

という考え方が、会社の隅々にまでいきわたっていることが大きな要因ではないかと感じた。

第1に、一人一人の研究者は、その人だけのテーマを持っている。自分だけの領域、自分だけの世界を持つことで、内発的動機づけが高まるのだろう。林原社長は「他人がやらない領域だから、何か発見できれば、その世界の第一人者になれるんです」と指摘する。こうした研究のテーマ設定が、「他人から認められたい」という自尊欲求や「自分のやりたいことをしたい」という自己実現欲求に火をつけ、モチベーションを高める。

第2に、「他人がやらないことをやる」という考え方が、会社の中で暗黙の評価軸になっているのではないか。他人がやらないことをやりとげたとき、賞賛される雰囲気があるように思える。公式的な評価によって成果が問われることはないかもしれないが、「革新性の規範」が存在すれば、互いに意識しあうことになる。さらに、「他人がやらないことをやり遂げた人たち」が、若手のロールモデル(見本・手本)になっているのだろう。

最後に、「他人がやらないことをやる」というのは会社の戦略でもある。大手が手を出してこない領域にポジションを定め、「でんぷん」に集中して、でんぷんを極める。創業の「水あめ」会社のときからの基盤技術である「でんぷん」をみんなで寄ってたかって研究する。林原社長の言葉で印象にのこったのは「狙いどおりになかなか成果は出ません。本命が成功する確率は2~3割です。しかし、途中の過程で副産物がたくさんできるんです。」という言葉だ。狙い通りにはいかないが、「他人がやらないこと」をやり続けると、予想していなかった副産物が得られるわけだ。

自由放任だけではイノベーションは生まれない。そこに、「他人がやらないことをやる」という「こだわり」や「誇り」が加わるとき、人間の能力が引き出されていくのだろう。

ただ、「自由や安心感」と「革新性の圧力」の微妙なミックスが生み出す適度な緊張感を維持していくのは難しい技である。一歩間違うと「ぬるま湯」にもなるし、「過度なプレッシャー」に陥る危険性もある。こうした手綱さばきを、いかに仕組みに落としていくかが大切になると感じた。



注:ビデオの内容は、「自由な社風が育てたバイオ企業」(NHKビジネス未来人2007年11月11日放映)。

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