みどりの野原

野原の便り

10月8日 京田辺 のんびり歩き

2013年10月08日 | Weblog
近鉄宮津駅から、歩いたことがなかったあたりを何回か道を間違えたがのんびりとあるいた。

 
 佐牙(サガ)神社 本殿は重文  三木山廃寺跡近くにあったベニバナボロギクの綿毛 これがボロギクの名の所以か?

木津川に近く、草内渡船場跡・飯岡の渡し場などの碑。

寿宝寺の横に「山本駅旧跡」の石標が立つ。
奈良街道が通り、水陸の交通の要衝となっていたのだろう。
 
        寿宝寺         境内に鶏の霊を祀る鶏霊碑があった。
下調べもなしに来たので知らなかったが、寿宝寺は場所は変わっているものの704年創建で「山本の大寺」いう七堂伽藍の備わった大寺だったらしい。
木津川の大洪水で辺りにあった寺も流され、残された仏様が最終的に寿宝寺に建てられた収蔵庫に安置されることとなった。 
申込制で収蔵庫を開けて見せていただけるということだったが、ちょうど他の客が開けてもらうのに便乗させてもらうことができた。
真ん中に立っておられるのは十一面千手千眼観自在菩薩 間近に見ることができる。
等身大の素木造りの仏様。いろんな持ち物を持つ大きい手、その間に小さい手がびっしり。
手の一つ一つには目が書かれているとか。
実際に千の手・千の目を持つ観音様で、大阪河内の葛井寺・奈良の唐招提寺の観音様とともに三大傑作と言われているらしい。
洪水や神仏分離などの波乱万丈の後にここに落ち着かれたのだ。

扉を開けた状態で観音様を拝した後、扉を閉め、蛍光灯がつけられると月明かりに照らされたようなお顔が浮かびあがり、外光で見るのとお顔が全く違って見え、驚きの声があがった。

説明がよく聞き取れなかったが、
収蔵庫に安置される前は月明かりの差し込むような場所におられた?それを再現して下ったのか?


 今日も稲刈り風景が見られた。

  
    飯岡の渡し跡         木津川が近くに見える。

 
 鬱蒼とした鎮守の森に囲まれた咋岡神社(くいおかじんじゃ) スダジイの巨木


飯岡古墳群 古墳時代前期から後期までの古墳が点在。いくつか碑や説明札が立っていた。

 
この辺は茶処で茶畑がたくさんあった。道ばたのチャノキには花が咲いていた。

 
 ここも咋岡神社(くいおかじんじゃ)境内もひろく、七五三の案内などもあり。

かつては広大な敷地を持っていたという法泉寺
 
 十三重の石塔(重文)       カイヅカイブキの古木


    五ノ坪池の立碑 元は五ノ坪池という人工池に設置されていたもので、水田に水が必要になれば穴に差し込んである栓を抜いて水を川に流したという。その数と位置によって水の量を調節できる仕掛け。
 
途中で見たヤブガラシの果実 普通は3倍体なので実がつかないがまれに2倍体のものがあり、この場所には実がたくさんついていた。 右)キョウチクトウの果実 これも珍しい。
水の恵みも洪水も・・ 木津川とともに歴史のある京田辺周辺だった。 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする