麻里布栄の生活と意見

小説『風景をまきとる人』の作者・麻里布栄の生活と意見、加えて短編小説。

生活と意見 (第172回)

2009-05-24 21:39:09 | Weblog
5月24日


立ち寄ってくださって、ありがとうございます。

この10日間くらい新訳「夜はやさし」を読み続けていて、さきほど読了しました。
ちょうど去年のいまごろ出た集英社版です。

まだ感想を口にする段階ではないかもしれませんが、とにかくすごくおもしろかった。昔、角川文庫版で読んだときは、上巻の真ん中くらいで挫折しました。以前にも書きましたが(ご存知の方も多いと思いますが)、「夜はやさし」には、2種類のテキストがあって、著者生前に出版されたものがA、死後に、作者の遺志にしたがって構成し直されて出されたものがB。角川文庫のものはBを基にしたもので、今回私が読了したのはAタイプ、つまり、オリジナル版を基にしたものです。

私は今回のもののほうが、とても入りやすかったです。いきなりスイスの精神病院から始まるBでは、「長編なのに、最後までこの病気の話が続くのか」といった重い気分になってしまいます。最初挫折したのもきっとそのせいだと思います。また、まだ結婚した経験もなかったので、「妻が心を病んでいる」というようなテーマに興味を持てなかったのだとも思います。

しかし、今この年齢でちゃんと読むと、この創作はきつい。というか、つらい。自分のつまらない経験の記憶もいつのまにか呼び起こされて、切迫した気分になりました。フィッツジェラルドは、本当に巨匠だったのだ、と思いました。ヘミングウェイは「自己憐憫」という言葉を使っていましたが、それは正しくないように感じました。作者は自分と正面から向き合っている。まったく逃げないで戦い抜いている。しかも、これを書けたということはその戦いに作者は勝利していると思います。きっと、これは、自分の復活のために必要だったのに違いありません。

しかも、天才作家は、この作品が根本的には静的で内面的なテーマだとわかっているからこそ、随所にアクションシーンをちりばめて読者を飽きさせない工夫をしたり、主人公夫婦にさまざまな場所に立ち寄らせ、ヨーロッパやアメリカの都市の風景を目に見えるようにその筆で描くことで、物語としての厚みを生み出しています。主人公とまったく同じで「愛されたい」と考えていたに違いない作者は、この小説があまり評判が良くなくて落胆したらしいですが、それは構成の良し悪しの問題ではなく、たぶん、作者が戦っている相手が、多くの読者にはよくわからなかったからではないか、と思います。私にもそれがわかったかどうかはわかりません。

そうだ。なんとなく、この小説を読んでいると「人間失格」を思い出しました。ふたつはとても似ていると思います。

私の場合、なんにしても「おもしろかった」以上の賛辞はありません。つらくておかしな気分になりましたが、最高におもしろかったです。



では、また来週。

コメント
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