マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

車検・・・『お人のために役立つ車』 そして 『主は、子ろばに乗ってくる。』・・・『これはユダヤ人の王』

2019-04-14 09:30:00 | 待降節。クリスマス。降誕節。四旬節。復活節。

4月14日。日曜日。雨降り。

 孫と乗る・・・    『My愛車』
 

     今年も車検の時期が来て、「車検案内状」が届いた。

       なぜか? 車には恵まれる私の車人生。
 19歳の時から、今まで10台目、この年に至るまで途切れるなくMy愛車を運転する。
       長い運転人生で、重大事故は一回もない。
   
私には、運転のたびに思い出し、肝に命じる『言葉』がある。

    『いつくしみ深い神よ、
この車を使い、お人の役に立つことができますように豊かな祝福を注いでください。』
                               
    私の『車の祝別』のたびに繰り返された、司祭様の『言葉』です。
     My愛車の祝別は、今は亡き人、いつも同じ司祭様でした。


私には、運転スタートのたびに、繰り返す『しるしと言葉』がある。

   
  『十字架のしるし』をきり、次に、『安全運転をお守りください』と唱える。

 

そして。

今日は4月14日。 『受難の主日 枝の主日』


  『主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。』
    
    『エルサレム入城』  オットー三世朗読福音書挿絵

『今日、救いがこの家を訪れた』とイエスに言われる、いちじく桑の木に登ったザアカイ
  自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに賛美し始めた弟子の群れ。
 イエスに向かって『先生、お弟子たちを叱ってください』と言う、ファリサイ派のある人々。
そして。
  『言っておくが、この人たちが黙れば、石が叫びだす。』と言われるイエス様。

         それぞれの信仰が現れた
    『イエス様の入城・子ろばに乗られたイエス様の』ですね。


    
      今日は、『受難・十字架刑』の五日前。
   子ロバに乗って、『イエス様のエルサレム入城』です。


まずは。
   
 司祭による・・・   『枝を祝福する祈り』

 
     『全能永遠の神よ、この枝を祝福してください。
主キリストに喜び従う私たちが、ともに永遠の都エルサレムに入ることができますように。』

 

次に。
私たちも、『主のエルサレム入城の記念行列』です。

  ロバに乗ったイエス司式司祭に連なって…エルサレム・教会御聖堂へ入城です。


『今日の福音 主・イエスのエルサレム入城

   『そのとき、イエスは先に立って進み、エルサレムに上って行かれた。
そして、「オリーブ畑」と呼ばれる山のふもとにあるベトファゲとベタニアに近づいたとき、

    二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。

      「向こうの村へ行きなさい。
  そこに入ると、まだだれも乗ったことのない子ろばのつないであるのが見つかる。
     それをほどいて、引いて来なさい。
もし、だれかが、『なぜほどくのか』と尋ねたら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。」

   使いに出された者たちが出かけて行くと、言われたとおりであった。
ろばの子をほどいていると、その持ち主たちが、「なぜ、子ろばをほどくのか」と言った。

    二人は、「主がお入り用なのです」と言った。

   そして、子ろばをイエスのところに引いて来て、
   その上に自分の服をかけ、イエスをお乗せした。
   
   『驢馬に乗ったキリスト』    ドイツの中世彫刻


   
イエスが進んで行かれると、人々は自分の服を道に敷いた。

 

    イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、
弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。

   「主の名によって来られる方、王に、 祝福があるように。
       天には平和、いと高きところには栄光。」

  
   すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、
     「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。

         イエスはお答えになった。
  「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」』
                    ルカ福音書 19章28-40節

 
 
      イエスのエルサレム入城は、
  
『王の到来』を期待する人々に、”救い主メシアかもしれない”、と大歓迎され、
     一方、
   ユダヤ宗教家たちがイエス暗殺計画を練っている時でもありました。

     両者ともに、「王の入場」を、待ちました。
     ところが。
イエスの入城は、人々の期待や常識に反して、誰も乗ったことのない子ロバに乗っての入城でした。
 
 
思い出すのは・・・『神の託宣』です。
 
 『娘シオン(エルサレム)よ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。
       見よ、あなたの王が来る。
 彼は神に従い、勝利を与えられた者。
       高ぶることなく、ロバに乗って来る
        雌ロバの子であるロバに乗って。 
 
 わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を断つ。
   戦いの弓は断たれ、諸国の民に平和が告げられる。
 彼の支配は海から海へ、大河から地の果てにまで及ぶ。』 
                   ゼカリヤ書 9章9&10節
 

   神は、エルサレムに『エルサレムの王』が来ると、預言されたのです。
       神の遣わす『一人子・王』は『メシア』です。

   
    『メシア』は、
『高ぶることなく、子ロバに乗って来る』  柔和な方で神に従い神に勝利を与えられる方。
『戦いの弓は断たれ、諸国の民に平和が告げられる』 この世の民全員に平和を約束される方。
『彼の支配は世界の果てまで及ぶ』 神の国のとなられる方。

            謙虚な王なのです。
 
 
    『メシアのお姿』は、

『乾いた地に埋もれた根から生え出た若枝のように、この人は主の前に育った。
    見るべき面影はなく、輝かしい風格も、好ましい容姿もない。
 
      彼は軽蔑され、人々に見捨てられ、
 

      多くの痛みを負い、病を知っている。
  彼はわたしたちに顔を隠し、わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。
 
彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。
    彼が打ち砕かれたのは私たちの咎のためであった。
 
         彼の受けた懲らしめによって、
 
  私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。
 
  わたしたちは羊の群れ。道を誤り、それぞれの方角に向かっていった。
    そのわたしたちの罪をすべて、主は彼に負わせられた。
 
       彼の時代の誰が思い巡らしただろうか。
わたしの民の背きのゆえに、彼が神の手にかかり、命ある者の地から断たれたことを。』
                      イザヤ書 53節1-8節
 
 『メシアのお姿』は、
           私たちの罪の身代わり、『十字架上の贖罪』のお姿なのです。
 

神の御心は、『子を見て信じる者がみな永遠の命を得ること。』ヨハネ福音書 6-40
神の思いは、『あなたがたの道よりも高く、あなたがたの思いよりも高い。』イザヤ書 55-9
 
    旧約聖書の『御言葉』 が 『メシア到来』によって実現するのです。
       『聖書はわたしについて証しをするものだ。』 ヨハネ福音書5-39
 
 
今日から始まる『聖週間』
   主の復活の祭日を前に、
 弟子達を そして すべての人を限りなく、この上なく愛し抜かれたイエスのお姿を、
   すべての人を救うために実現された『イエスの御血』による『過ぎ越し』を、
             静かに、黙想をしてまいりましょう。
        
 
 『今日の祈願』
 
『いつくしみ深い神よ、御一人子の受難によってわたしたちをお許しください。
私たちの力では得ることのできないこの恵みを、十字架の恵みによって頂くことができますように。』
 
 

皆様!
ご訪問に感謝申し上げます。
ろば車とエンジン車。ずいぶん違いますよね。でも乗る心は同じで『お人の幸せのため』ですね。 お元気で!
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