万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

遺骨問題―北朝鮮は戦後の日本人虐殺をどう説明するのか?

2014-05-31 15:48:04 | アジア
日本は再調査で拉致決着を=国交正常化が最終目標―総連機関紙(時事通信) - goo ニュース
 日朝合意の結果、北朝鮮側が、拉致被害者を含む再調査の着手を表明しながらも、日本国内では、北朝鮮に対する懐疑論が消えたわけではありません。これまで、日本国は、何度となく約束を反故にされ、騙されてきたからです。

 ところで、報じられるところによりますと、先の大戦末期に北朝鮮地域で死亡した3万5千柱とされる日本人の遺骨の収拾・帰還問題も、交渉の議題に挙がったそうです。北朝鮮が実施するとした調査の内容には、遺骨に関するものも含まれているようですが、北朝鮮側は、その死亡原因についてどのように日本国側に説明するのでしょうか。これほど多くの日本人が北朝鮮の地で絶命したのには(正確な数も分かっていない…)、二つの悲劇があったからとされています。その一つは、昨年、邦訳版が出版された『竹林はるか遠く』でも記述されているように、北方から侵攻してきたソ連軍と抗日組織であった朝鮮人共産軍に多数の日本人が虐殺された悲劇であり、もう一つは、朝鮮の人々に家屋や財産を奪われるなど、終戦後に十分な食料や衣料の供給を受けることができず、飢餓やチフスといった感染病で多くの日本人が命を落とした悲劇です。前者は、言うまでもない直接的な虐殺ですが、後者もまた、民間人の保護義務を怠り、日本人のみを対象に劣悪な状況で死に至らしめたことにおいて、虐殺行為に他なりません。当時の国際法(陸戦法規慣例条約)でも、占領地においては、個人の生命等を尊重し、私有財産を没収したり(第46条)、掠奪することは厳禁されていました(第47条)。20世紀の最大悲劇の一つとされるウクライナのホロドモールも、ソ連邦による飢餓放置型の虐殺事件です。

 今回の合意での北朝鮮の最終目的は、日朝平壌宣言に基づいて国交を正常化し、日本国から多額の経済支援を獲得することにあるそうですが(1965年の日韓請求権協定において、日本国政府は、既に韓国政府に対して北朝鮮を含めた支援金を支払っている…)、北朝鮮こそ、拉致被害を含めて、日本国と日本国民に対して謝罪と償いを行う立場にあります。北朝鮮は、遺骨ビジネスを目論むことで、自らの過去の蛮行を白日の下に晒すことになったと思うのです。

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韓国が中国の属国となるのは反日政策の当然の帰結

2014-05-30 11:09:59 | アジア
 ネット上では、今月下旬、中国の王毅外相が訪韓した際に、韓国の尹炳世外相に対し、事実上の”属国化”を提案したことが話題となっております。中国国内でも、中国国民さえ自国の体制に嫌気が差しているのに、自由主義国であったはずの韓国が、敢えて中国に接近していることを訝しがっているそうです。

 しかしながら、韓国が中国の属国となることは、反日政策の当然の帰結なのではないでしょうか。近年、中国と韓国は、歴史問題で共闘関係を築いており、反日姿勢で一致団結しています。最近では、韓国の要求を中国が容認する形で、中国国内では安重根の記念碑等の建設が進んでおり、史実に反するものであれ、中韓の歴史認識はおよそ一致してきているのです。この文脈から中韓関係を理解しようとしますと、日本国が勝利したことで、下関条約を以って清国から李氏朝鮮を独立させた日清戦争もまた、両国にとりましては歴史上の誤りであり、対日批判の対象となります。言い換えますと、冊封・朝貢体制において朝鮮が清国の属国である状態、即ち、現代で言うならば、中国中心の新華夷秩序において韓国が中国の属国である状態の方が、歴史的に正統であるということになるのです。しかも、2000年あまりも続いた冊封体制が染み付き、両国とも、それぞれ宗主国・属国気質から抜け出ることができず、現代の国際社会との間に摩擦を起こしています。前近代的なメンタリティーを共有していることにおいても、両者は強固に結びついているのです。この点、国際社会は、両国の歴史的背景について、無頓着、かつ、無理解であるかもしれません。

 近代以降の日本国の行動を全て”悪”と見なして否定した結果、韓国は、自ら進んで中国の属国になることを選択することになったようです。共産主義者は、自発的従属を肯定するのでしょうが、21世紀を迎えた今日、主権平等や民族自決の原則を否定し、時代に逆行する国-属国化を当然と考える国と属国化を当然のこととして受け入れる国-が存在することもまた、国際社会における不安定要因の一つであると思うのです。

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アメリカは全同盟国協議会を開催しては-新たな抑止システムの構築

2014-05-29 15:14:07 | アメリカ
武力行使「直接脅威に限定」 オバマ協調外交危うさ(産経新聞) - goo ニュース
 今日、中国の軍事的な台頭とロシアの冒険主義的行動を前にして、国連を枠組みとした集団的安全保障の枠組みが機能しない事態が発生することが予測されています。最大の抑止システムが停止するのですから、国際社会の不安定化は必至です。

 万が一、国連の機能がストップした場合に備えたバックアップシステムの構築が急がれるのですが、現在の国際社会において、新たな抑止システムの基盤となる資源と能力を即座に提供できる国があるとしますと、それはアメリカです。何故ならば、先日の記事でも指摘したように、アメリカは、世界大に複数の同心円状の同盟関係を構築し、その中心国となってきたからです。地域的集団的安全保障の枠組みとしては、NATO、太平洋安全保障条約、全米相互援助条約があり、その他にも、日本国を含む多数の諸国と同盟条約や相互援助条約を結んでいます。しかしながら、同盟網を構築しながら、これまでのところ、これらの同盟関係間の連携は殆どなく、実際にアメリカが直接に攻撃を受けた場合についても、同盟の発動に関する調整がなされていないことは、先日述べたとおりです。そこで、目下のところ、中ロから軍事的な圧力を受けている東南アジア諸国やインドなどをもオブザーバーとして招いて、全同盟国協議会を開催してはどうかと思うのです。親中政策への転換により、同盟国であっても韓国のように不参加の国もあるでしょうが、希望する国があれば参加を認め、全ての参加国による自由な討議の場となるとともに、実務的な調整の場ともなれば、同盟国間の協力を深め、かつ、抑止システムの構築に繋がります。お互いの軍事上の弱点を補い合うことも可能となります。

 国際社会に法の支配が行き届いた暁には、国連のような普遍的な組織を再構築する必要がありますが、当面は、各国が自国の防衛力の充実を図ると共に、協力のネットワークを強化することで既存の同盟関係の効力を高め、かつ、同盟網の拡大を伴う新たな抑止システムを構築することで、無法国家による暴力主義を抑え込むしかないのではないかと思うのです。

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集団的自衛権の行使問題-第二次朝鮮戦争のケースについてはNATOと協議を

2014-05-28 16:15:09 | アジア
集団的自衛権 政府、15事例を提示 グレーゾーン、合意見送り(産経新聞) - goo ニュース
 日本国内での集団的自衛権行使に関する議論は、対中包囲網の形成という時代の要請からもずれでおり、どこか明瞭さに欠けるのですが、政府が示した15事例のうち、第二次朝鮮戦争を想定したケースについては、NATOと協議してはどうかと思うのです。

 何故ならば、将来において第二次朝鮮戦争が勃発し、米韓同盟が発動された結果としてアメリカ本土が北朝鮮から攻撃される事態が発生した場合、日本国は、NATOと同様の立場に置かれるからです。北大西洋条約の第5条並びに第6条に従えば、ハワイを含む米国本土への攻撃は、NATOの発動要件に当てはまります。つまり、直接的な同盟関係ではなく、間接的な同盟関係から派生的に同盟相手国が攻撃を受けた場合、集団的自衛権を行使するか、否かの問題は、日本国のみに限られているわけではないのです。否、現行の日米安保には、米国本土の防衛義務は明記されていませんが、NATOは双務的な同盟ですので、日本国よりも切実な問題なはずです。第二次世界大戦後、アメリカは、自国を中心に同心円状に同盟関係を複数構築していますので、結節点となるアメリカに対する一国の攻撃は、他の同盟関係にも連鎖反応を起こす可能性があるのです(より厳密に言えば、NATOのみならず、アメリカと同盟を結んでいるすべての諸国や国際機構との協議が必要…)。

 現在のところ、中朝相互援助条約も有効なそうですので、第二次朝鮮戦争は、第三次世界大戦の引き金となるかもしれません。しかしながら、韓国が中国に急速に接近する中、第二次朝鮮戦争が南北再統一の問題であるとすれば、三度目の世界大戦を引き起こすリスクを負ってまで、他国が介入すべき問題なのでしょうか。こうした根本的な問題を含めて、第二次朝鮮戦争をめぐっては、同盟国の同盟国という間接的な関係にあるNATOとも協議をしておく必要があると思うのです。

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欧州議会”極右躍進”-防御的右派に新たなネーミングを

2014-05-27 16:58:46 | ヨーロッパ
中道右派が第1党維持=仏などで極右躍進―欧州議会選(時事通信) - goo ニュース
 昨日、欧州議会選挙の結果が判明し、新聞等では、”極右躍進”の見出し散見されます。しかしながら、”極右”という表現は、現実を正確に表していいないと思うのです。

 政党の性格を左右で分類する方法はフランス革命に始まるそうですが、極右であれ極左であれ、”極”が付きますと、暴力主義的な過激思想の集団というイメージがあります。特に極右は、常々、ゲルマン民族優越主義を唱えたナチスが想起され、今日でも、極右の代表格は、暴力的排外主義を是とするネオ・ナチです。しかしながら、今日、ヨーロッパ諸国で起きているナショナリスティックな運動は、暴力を手段とするものでもなく、自民族優越主義を主張するものでもありません。行き過ぎたEU統合に対する警戒感や、移民や異文化の急激な流入によって自国が変質し、祖国を喪失することに対する防御反応と考えられるのです(職を失うことも含めて…)。ナチスの系譜を引く”極右”が外部に対して攻撃的でアグレッシブであるとしますと、今日の”極右”は、極めて保身的であり(閉鎖的…)、逆に内向き志向のなのです。行動の方向性が正反対なのですから、両者を同じカテゴリーに含めますと、要らぬ混乱や誤解を招くことになります。

 確かに、左右の分類軸では右側に位置するものの、防御的右派は、”極右”と称するのではなく、別の呼称を用意すべきなようです。直ぐには適切な表現が思い浮かびませんが、例えば、”保守系右派”あるいは、”国民系右派”…などが考えられます。そしてこの現象は、ヨーロッパに限られたことではなく、許容レベルを超えて進む急速なグローバル化に対する一般国民の危機感や不安感の現れなのではないかと思うのです。

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必要性と議論の方向性が一致しない日本国の集団的自衛権行使問題

2014-05-26 15:19:49 | アジア
安保与党協議、15事例判明…集団自衛権は8例(読売新聞) - goo ニュース
 昨日の記事では、集団的自衛権が必要とされる理由について、中ロの覇権主義への傾斜による国連の枠組みによる安全保障体制の機能不全を挙げました。この観点からしますと、今日、政府与党内での議論の方向性は、国際情勢の変化から導き出される必要性とは一致していないと思うのです。

 アメリカのプレゼンス低下とともに顕在化した中ロの覇権主義を抑え込み、抑止体制を再構築するためには、広範な包囲網の形成こそが必要です。NATOの如く、包囲網に参加した諸国において集団的自衛権を発動させることができれば、覇権主義国による武力行使を効果的に封じることができるからです。この目的を実現するためには、中国の脅威に直面している台湾、フィリピンやベトナムなどの東南アジア諸国、インド、オーストラリア、ニュージーランド…といった諸国との同盟や軍事協力関係の構築こそが急がれます。ところが、政府が提示した15事例を見てみますと、そのほとんどは、米韓同盟の発動した場合の朝鮮有事を想定しています。韓国は、アメリカの同盟国ではあっても、竹島問題、慰安婦を含めた歴史問題、反日政策などが横たわっている日本国とは、本質的に敵対関係にあります。韓国にとりましても、日本国は、事実上の”仮想敵国”に他なりません。ですから、韓国を援けるために集団的自衛権を行使することは、日本国にとりましては、”自衛”を意味しないのです。領土を不法占領している事実上の敵対国のために自国の集団的自衛権を発動するなど本末転倒であり(事実上の敵国支援となってしまう…)、真っ先に、集団的自衛権の対象から外されるべきは、朝鮮有事のケースのはずなのです。仮に、朝鮮有事に際して日本国が同盟国である米軍を支援するとしても、それは、日米同盟に基づく集団的自衛権の行使ではなく、独自の判断とすべきです。

 日本国民の多くは、第二次朝鮮戦争に際して集団的自衛権を行使することには反対なのではないでしょうか。日本国政府は、集団的自衛権の行使の問題を朝鮮戦争における韓国支援の方向に巧妙に誘導しているようにも見えます。集団的自衛権の行使とは、本来、同盟関係に付随するものなのですから、日米同盟を含め、対中包囲網の文脈における議論こそ進めるべきではないかと思うのです。

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国際情勢の根本的変化-集団的自衛権が必要とされる理由

2014-05-25 15:43:25 | 国際政治
中国軍機「常軌逸した行動」=小野寺防衛相が批判(時事通信) - goo ニュース
 集団的自衛権の行使容認に向けての動きが活発化する中、反対派の人々は、”アメリカの戦争に巻き込まれる”とか、”アメリカの侵略戦争に加担するのか”といった声を上げて、懸命にこの動きを止めようとしています。こうした批判をする人々は、国際情勢が、現在、根本的に変化していることに気が付いているのでしょうか。

 ブッシュ共和党政権時代には、9.11事件を発端としてテロとの戦いが表明され、アフガニスタンやイラクにおいて戦争が起きました。この面を取り上げれば、この時代は”戦争多き時代”であり、反対派の人々は、アメリカを”戦争屋”と見なしています。しかしながら、よりリベラルなオバマ民主党政権と交代した今日、国際社会は、以前とは全く異なる問題に直面しています。アフガニスタン戦争やイラク戦争では、曲がりなりにも国連が機能し、異議を表明する国はあったものの、一先ずは、国連決議が成立しました。このため、決議の枠内に制限された局地戦となり、それ以上に戦地が拡大することはなかったのです。一方、国際社会におけるアメリカのプレゼンスの低下は、局地戦に留まらず、第3次世界大戦が現実となる可能性を高めています。何故ならば、警察力としての抑止力が弛緩したことで、拒否権を持つ国連安保理の常任理事国であり、かつ、軍事大国である中国とロシアの、むき出しの暴力を解き放つことになったからです。このことは、もはや国連を枠組みとした集団的安全保障体制は機能せず、国連が、第二次世界大戦を防ぐことができなかった国際聯盟と同じ運命を辿る可能性があることを示唆しているます。言い換えますと、全世界の諸国は、個別的自衛権、もしくは、集団的自衛権を行使することでしか、自国の安全を確保することができない時代を迎えているのです(抑止力の再構築…)。ロシアの拡張主義の矛先がウクライナに向ったのも、同国がNATO加盟国ではなかったことも影響しているかもしれません。

 日本国を取り巻く国際情勢は、日本国憲法が制定された1946年当時とは様変わりしております。環境の変化に適応できない生物が絶滅してゆくように、国家もまた、外部環境の変化に柔軟に対応しなければ、滅亡の運命を余儀なくされます。集団的自衛権の行使に反対する人々は、国際情勢の根本的な変化、そして、その増大した危険性こそ直視すべきと思うのです(外国の工作員でなければ…)。

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カジノ解禁反対-賭博と薬物は似た者同士の悪徳ビジネス

2014-05-24 15:49:30 | 日本政治
シンガポールで首相カジノ視察 国内の解禁機運加速へ(産経新聞) - goo ニュース
 安倍首相は、カジノ解禁への機運を高めることを目的としてか、現状視察にシンガポールに向かったそうです。賭博と薬物とは似た者同士であり、国民から財産を巧妙に巻き上げる手段に他なりません。

 薬物が禁じられる理由の一つは、脳内の神経伝達物質の異常分泌によって快感を与えると同時に、人間から正常な思考力や脳機能を奪うことにあります。いわば、薬物とは中毒を起こす毒物であり、薬物を違法に製造したり、販売した者は、故意に他者を”精神耗弱”の状態に陥らせることで巨額の利益を得る犯罪者なのです。このため、先日、芸能人が逮捕されたように、警察が薬物の取引を厳重に取り締まっており、製造者や販売者のみならず、使用した者も罰せられます。それでは、賭博はどうでしょうか。賭博もまた、参加者に高揚感とスリルを与える一方で、脳の働きに異常をもたらします。カジノ解禁に賛成している人々は、自らの脳内の異変に無自覚ですが、薬物と同様に、病理的な症状が確認されています。賭博とは、他者の心身を蝕むことで利益を得る悪徳ビジネスなのです。経済振興のためとはいえ、人間の心身に害を与えるのみならず、財産をも失わせるようなビジネスを解禁することが正しい政策であるとは、到底思えません。

 日本国の経済は、犯罪の解禁に頼らざるを得ないほど、脆弱なのでしょうか。かつて安倍首相は”美しい国”を目指しておりましたが、禁じ手に安易に手を出したのでは、”醜い国”に向って真っ逆さまに堕ちてゆきそうです。カジノ解禁どころか、既存の賭博であるパチンコの全面禁止こそ、日本国が向かうべき道なのではないでしょうか(真面目に働き、堅実に生きることを奨励すべき…)。

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ノーベル平和賞の逆効果-オバマ大統領と憲法第9条

2014-05-23 10:59:21 | 国際政治
憲法9条にノーベル平和賞を=与野党有志が要請(時事通信) - goo ニュース
 今年のノーベル平和賞は、日本国の憲法第9条がノミネートされたことで関心が高まっており、国会でも、与野党の有志がノーベル賞委員会に要請書を提出したと報じられています。戦争の放棄や軍隊の不保持が明記されたことが、”平和への貢献”ということなのでしょうが、平和の実現に果たす武力の役割を過小評価しますと、逆効果となるのではないでしょうか。

 国内社会であれば、犯罪者の取り締まりを放棄し、警察組織を廃止すれば治安が良くなる、と主張する人がいれば、その人は、周囲の人々から正常な思考力を疑われます。それどころか、”犯罪天国を造るつもりか”、あるいは、”犯罪者の回し者か”といった囂囂たる非難の声が湧きあがり、自説を取り下げざるを得なくなることでしょう。ところが、国際社会では、この非常識な考え方が、平和の名の下に賞賛を受けているのです。核廃絶を訴えたアメリカのオバマ大統領も、武器の放棄が評価されてノーベル平和賞を受賞しました。しかしながら、その後、ノーベル賞受賞者として模範的に振る舞おうとした結果、弱腰外交が基本スタンスとなり、軍事力を背景としたロシアや中国の台頭を招いたとされています。平和の道を歩んでいるはずが、まわりまわって平和の破壊に至る逆転の経路がここでも見られます。この逆転が起きる理由は、”一方的な放棄”という行為にあります。物理的な力を放棄することは、即ち、侵害者に対する正当防衛や抵抗する力を失い、相手が行使する物理的な強制力に屈することを意味しているからです(軍事力を持つ側が、放棄した側の生殺与奪の権を握る…)。しかも、それを、平和という美名のもとで自発的にさせようというのですから、”一方的な放棄”に対する耳に心地よい賛辞は、悪魔的な囁きなのです。

 果たして、憲法第9条は、中国の軍拡を抑止する現実的な効果があったのでしょうか、そして、オバマ大統領のノーベル賞受賞は、国際社会に平和をもたらしたのでしょうか。ノーベル賞委員会には、同じ誤りを繰り返していただきたくはないと思うのです。

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中国vs.ベトナム=合意の論理vs.ルールの論理

2014-05-22 15:45:51 | 国際政治
「新アジア安保」提唱=ベトナム「国際法尊重を」―信頼会議が閉幕・中国(時事通信) - goo ニュース
 昨日閉幕したCICAにおいて、中国の習主席は「新アジア安保」を提唱し、アジアの問題はアジアで解決するとして、「われわれは主権と独立、領土保全の尊重、内政不干渉の基本的原則を順守し、平和的な協議で争いを解決する」と述べた報じられています。南シナ海での一連の行動を思い起こしますと、この発言、あまりの言行不一致で唖然とさせられるのですが、中国と対峙するベトナムは、この発言に対して”国際法の尊重”を掲げて対抗したそうです。

 両国とも平和的な解決を目指しているように聞えるのですが、両者の主張する解決の論理には、決定的な違いがあります。中国の言う”平和的な協議”とは、あくまでも当事国間の話し合いを意味しており、国際法が定める一般的なルールは看過されています。中国には、「国連海洋法条約」といった加盟国諸国一般を法的に拘束する国際法に従って紛争を解決するつもりは毛頭ないでのです。再三、ベトナムの代表に対して言葉で自国の要求を突きつける行動は、法に縛られることを拒絶する中国の基本姿勢の現れに他なりません。一方、ベトナムは、中国に対して、国際社会の一員として国際ルールを誠実に遵守することを求めています。そして、紛争もまた、国際法に照らして国際司法の仕組みにおいて解決しようとしているのです。中国の言う”平和的解決”は、武力ではなく、外交手段を用いるという意味においては平和的ですが、国際社会における一般的なルールを無視している点において、他国に対する不当な権利侵害を正当化する可能性があります(中国は、合意を強いることで、自発的に正当な権利を放棄させようとしている…)。しかしながら、国際社会において、全ての諸国の正当な権利が保障されるには、国際ルールこそが重要であり、近代以降の人類史を振り返りますと、一般的な行動規範としての国際法の生成過程を確認することができます。個人間の合意としての奴隷契約が、やがて一般的な奴隷禁止法の成立によって違法行為となったように…。

 歴史の流れを大局的に見ますと、合意の論理をルールの論理が覆うかのように、前者から後者へと移行してきております(およそ、人類社会の論理を分類すると、力の論理、合意の論理、ルールの論理に大別できるのでは…)。あくまでも合意の論理に固執する中国は時代遅れでもあり、それがむき出しの暴力を背景とするものであれば(*ルールの論理においては、力の論理は、正当防衛、並びに、ルール違反を取り締まる警察力に限定される…)、なおさらもって時代に逆行しているのではないかと思うのです。

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日本国政府は「原発攻撃禁止条約」を提案しては?

2014-05-21 15:45:34 | 国際政治
美味しんぼ「新たな風評被害」 最新号、県民“憤り”(福島民友) - goo ニュース
 最近に至り、俄かに福島第一原発の事故被害が取り沙汰されるにようになりました。『美味しんぼ』という漫画の描写のみならず、福島県の子供達の甲状腺がんに関する報道も見られます。

 こうした情報の真偽を確認するためには厳格な調査を実施する必要があるのでしょうが、この時期に狙い澄ましたかのように、原発事故関連の話題が持ち上がったことには、どこかしら不自然さがあります。不審に感じていたところ、先日、ネット上に、河北省などに建設されたミサイル基地から日本国の原発を狙った中国による日本攻撃計画の作戦図が掲載されているのを発見しました。この作戦図の真偽も確かめようがありませんが、ふと頭に浮かんだのは、中国は、原発を攻撃対象に設定しているからこそ、日本国においてマスコミ等に配置した工作員を動員し、原発事故の恐怖を煽っているのではないか、という疑いです。戦時において原発を攻撃することは、軍事施設ではありませんので、今日の国際法においても違法行為です。しかしながら、国際法違反を繰り返してきた中国のことですから、広範な日本国民に被害を与えるために、この禁じ手を使う可能性があります。そこで、日本国政府は、先手を打って、原発攻撃を確実に違法行為とするために、国際社会に対して「原発攻撃禁止条約」の締結を提案してはどうでしょうか。日本国のみならず、原発設置国はもろ手を挙げて賛成するでしょうし、反対を表明しようものなら、密かに他国に対して原発攻撃を目論んでいるのでは、と怪しまれます。

 原発攻撃もまた、非人道的なジェノサイドの一種であり、「原発攻撃禁止条約」は、ジェノサイドの実行手段の一つを禁じる条約と位置付けることができます。もちろん、たとえ加盟国となっても、無法国家であれば条約を平気で破る可能性もありますが、「原発攻撃禁止条約」という形で国際社会の表舞台で議論されれば、心理的な抑止効果も期待できるのではないかと思うのです。

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中ロ協調-ロシアはベトナムを見捨てるのか?

2014-05-20 17:03:52 | アジア
中露きょうから軍事演習 両首脳視察、蜜月アピール(産経新聞) - goo ニュース
 中国が、南シナ海をめぐる対立を機にベトナムに対して恐喝まがいの武力行使を示唆する中、ロシアのプーチン大統領は上海を訪問し、中ロ協調をアピールしております。尖閣諸島周辺海域の東シナ海でも共同軍事演習も実施するそうですが、中国の軍事的台頭を前に、アジアは、第二次世界大戦後、最大の危機を迎えつつあります。

 南シナ海での石油採掘めぐる対立が先鋭化する以前においては、中国は、ASEANの反中連合化を予防するためにか、ベトナムに対しては比較的友好的な態度で接してきました。しかしながら、この場に及んでは対中方針も一変し、今では、ベトナムは、中国に対して一歩も引かない強行姿勢を示しています。こうした中国の度重なる軍事的な威嚇を背景に、5月10日に開催されたASEAN首脳会議では、加盟国間で温度差はあるものの、対中批判を軸とした結束の強化が図られましたのです。フィリピンとの共闘を含むさらなる対中結束が視野に入るところですが、ベトナムは、軍事面においてはロシアと密接な関係にあることがネックとして指摘されてきました。ところが、危機にあるベトナムを無視するかのように、ロシアのプーチン大統領は中国を訪問しているのです。ロシア大統領の中国訪問は、ベトナムに対するメッセージでもあるのかもしれません。中国が、軍事力でベトナムの屈服させた場合、ロシアはそれを黙認するという…。それとも、プーチン大統領は、習主席に対して、ベトナムへの軍事的威嚇を止めるように牽制したのでしょうか。

 暴力を信奉する国が弱小国を護るはずもなく、ロシアもまたベトナムを見捨て、軍事大国に成長した中国を協力相手として選択した公算は高いのではないかと思うのです。欧米諸国と対立を深めているウクライナ情勢を考慮すれば、中国との協力優先はあり得ることです。その一方で、日本国政府のみならず、アメリカ政府もまた中国を批判し、ベトナムに対する支持を表明しております。中国の脅威を背景に、ベトナム戦争以来の東南アジアの構図が大きく転換する可能性もあるのではないでしょうか。

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グローバリストの多様性の勧めは単一化への道

2014-05-19 15:53:27 | 社会
 ここ数年来、新聞の紙面等には、海外識者の見解として日本国に対する多様化の要求を目にします。日本という国は、同質性が高く、狭い世界に閉じこもっており、これではグローバル化時代には生き残れない、と…。

 多様性という言葉は、あらゆる問題を解決してくれる万能薬のような響きがありますが、この多様性の勧め、よく考えてもみますと、言葉とは真逆に、単一化への道なのではないかと思うのです。何故ならば、グローバリストは、全ての国や社会に対して、諸外国の多様な要素を受け入れるように迫っているからです。つまり、多様性を認める、とは、雑多な要素を混ぜあわせてしまうという意味であり、生物の多様性保護のように、各自の固有性を保存せよ、という意味ではありません。多彩な絵の具も、パレットの上で混ぜてしまえば黒一色となってしまうように、その行き着く先は、多様性なきモノクロームな世界なのです。あるいは、グローバリストは、その国や社会に固有なものを消し去るために、多様性という言葉で、自らの流儀を押し付けたいのかもしれません。このケースでも、やはり多様性は消えてゆきます。さらには、多様性への信仰こそが、他の考え方や批判を許さない、単一の思想であるかもしれないのです。

 これぞ時代の先端、とばかりに説かれる説を信じると、しばしば最初に示された目的地とは全く別のところに連れて行かれてしまうことがあります(共産主義もまた然り…)。多様性を目指した果てに無味乾燥とした単一な世界に至るという結果は、大いにあり得ることではないかと思うのです。

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『中国が世界をリードするとき』-共産主義者による属国への誘い

2014-05-18 15:30:37 | 国際政治
 本日の日経新聞の読書欄に、イギリスのマーティン・ジェイクス氏による『中国が世界をリードするとき』が紹介されていました。この著作、文明の全面否定というべき野蛮への従属肯定論のようなのです。

 簡略化して述べれば、儒教に基づく新たな”文明国家中国”の”出現と支配”により、欧米を中心とした国際秩序は衰退し、中国中心の華夷秩序(”朝貢関係”)にとって代わられるというものです。実際に、近隣諸国の中には、この体制を受け入れる国も出現してきていると(韓国の事では?)…。近隣諸国の国民としては、心穏やかに読むことができない書物となりますが、近代以降、人類が努力の末に築き上げてきた国際法を踏みにじり、主権平等や民族自決といった諸原則を否定し、武力行使により覇権を確立しようとしている中国が”文明国家”のはずもありません。孔子学院を世界各地に設立し、儒教をアピールすることで文明を装っていますが、その行動は、儒教の教えに従っているとも思えません(長幼の序など、上下の序列維持の効果しか期待していないのでは?)。内容からしますと、書評に言う”文明試論”というよりも、”文明終焉試論”なのです。マーティン・ジェイクス氏は、イギリス共産党機関紙の編集長を務めた経歴を持ち、かつ、中国の清華大学の客員研究員の職にあるそうです。この経歴が示すように、生え抜きの共産主義者であり、当然にこの著作もまた、共産主義の思想的影響下にあります(同意に基づく権力従属を論じたグラムシの影響を受けているという…)。否、ジェイクス氏の言葉を借りた中国共産党の願望なのではないでしょうか。そうであるならば、なおさらに、周辺諸国を従属させることを是とする中国の野望に対しては、敢然と立ち向かう必要があります。我が国は、聖徳太子(厩戸皇子)の時代より中国とは一線を画し、対等な関係を旨としてきたのですから。 

 書評を一読しただけでブログ記事を書くことは気が引けたのですが、書評として纏められた短い文章からもそのエッセンスを掴みとるができます。共産主義者が、周辺諸国に対して最後の理想郷となった中国への属国へと誘っているとしますと、遂に、言葉巧みに他者の隷従を目論む共産主義の本性と本音が顕れた、といっても過言ではないと思うのです。

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国連海洋法で日本国は海洋資源国に-中国が日本国を狙う理由

2014-05-17 15:29:29 | アジア
参院集中審議は29日=集団的自衛権で自・民合意(時事通信) - goo ニュース
 集団的自衛権行使容認に対して反対する意見の中には、資源の乏しい日本国を中国が狙うわけはない、というものがあります。日本国の安全は、非武装中立政策で十分に保障されると…。

 この見解、1994年11月16日の国連海洋法条約の発効を転機として、もはや説得力を失っております。確かに、領土の広さや陸地における天然資源の埋蔵量からしますと、日本国は決して資源の豊かな国ではありません。しかしながら、国連海洋法条約では、200カイリの排他的経済水域を認めておりますので、天然資源に対して日本国の排他的な権限が及ぶ範囲は、世界第6位に位置しているのです。世界地図を眺めてみますと、尖閣諸島や竹島の周辺を含めて、日本国を取り巻く海域が相当の範囲に及ぶことが実感できるはずです。そして、この海域には海底資源が眠っており、先日、事故を起こしたものの、沖の鳥島近海でも、レアアースが埋蔵されています(沖縄近海でもレアアースの採掘は可能…)。メタンハイドレートも豊富であり、今後とも、採掘技術が向上してゆくとしますと、日本国は、将来的には資源大国となる可能性を秘めているのです。さらには、既にウランについて抽出技術が開発されているように、海水から水溶性の希少鉱物資源を得ることも夢ではありません(この点は、海域の広さというよりも、技術力によるものですが…)。

 今日、一触即発の状態にあるベトナムとの対立の原因も、南シナ海において石油採掘事業を一方的に始めたことにあります。日本国の資源国としての価値に気が付いていないのは、日本人自身なのかもしれません。そしてそれは、天然資源をめぐる周辺諸国の野心や安全保障上の危機に対する鈍感さを招いているのではないかと思うのです。

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