万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

政府が構築すべきは就職・求人プラットフォームでは?

2023年09月29日 11時37分45秒 | 統治制度論
 インターネットの普及は、様々な分野で地殻変動的な変化をもたらしています。新たなテクノロジーの登場は、しばしば時代や社会を変えてきたのですが、現代に出現したインターネットの特徴の一つは、従来とは異なるマッチング・システムを可能としたことなのかもしれません。それでは、インターネットが可能としたマッチング・システムとは、どのようなものなのでしょうか。

 マッチング・システムにおける最大の変化は、インターネットの開放性によって齎されました。例えば、旧来型の求人・就職のシステムでは、人材を求める側も応募する側も、程度の差こそあれ、自らが有するコネクション、人脈、あるいは、情報網等に頼る必要がありました。インターネットの登場以前の時代にも、新聞等で公募すると言った方法も確かにあることはありましたが、敢えて新聞公示の方法を選ぶのは、極一部の事業者に限られていましたし、募集情報が掲示された新聞の購読者でなければ、同公募の存在さえ知ることができなかったのです。旧来のシステムは、募集者と応募者双方における対象範囲の閉鎖性並びにパーソナル依存性を特徴としていたと言えましょう。

 ところが、インターネットは、同時並行的に発展した検索技術に支えられる形で、旧来型の限界を易々と突破できるようになりました。ネットを利用すれば、人材を探す側は自らの欲する人材を、条件や対価などの詳細を添えて公示し、広く募集することができるからです。その一方で、職を探す側も、自らの希望に添った職種や職場をネット上の情報から探し、相手方が提示している条件に合致していれば応募することができます。また逆に、職を探す側が自らの情報をネット上にアップしておけば、人材を探す側も、条件設定により絞り込みを行ない、直接に適任と見なした人材に対してオファーをかけることもできるのです。

 このように、インターネットが可能としたシステムでは、人材を求める側と職を求める側との間に双方向性及び対等性が成り立っております。雇用する側の人材選択の自由、並びに、個人の職業選択の自由の保障という意味においては、インターネットは、人類を理想に近づけたとも言えましょう。選ぶ範囲が広ければ広ほど、双方とも自らの要望や条件に叶った相手を見つけるチャンスが大幅に広がり、合意形成も容易となるからです。このシステムですと、自由意志の一致という個々人の選択の自由に伴う必要条件をも満たしており、主体間の関係性においても公平であると言えましょう。

 インターネットを用いたマッチング・システムの最大の利点が上述した相互的な対等性に基づく合意の形成にあることを踏まえて現状を見てみますと、ネット時代と称されながらも、この利点が十分に活かされているとは思えません。何故ならば、今日、就職側と求人側との間に介在することでむしろ人材を囲い込み、双方の自由を制約する中間的なシステム、即ち、人材派遣業者が出現しているからです。人材派遣業といった民間仲介事業者の存在は、インターネットの利点を帳消しにしてしまうのです。

 このように考えますと、政府のすべきことは、人材派遣業といった民間の仲介者を政策や公的システムに組み込むことではなく、個人であれ、企業であれ、誰もが安心して利用できる就職・求人システム、すなわち、公的なマッチングのプラットフォームを構築すべきなのではないでしょうか。如何なる介在者、ましてや政治的利権も存在しない、より直接的であり、かつ、個々の自由が尊重されるオープンなシステムとして(政治介入や私的介入を遮断し、独立性が保障された’運営者’もいない中立公平なシステム)。今日、政府が打ち出す政策を見ておりますと、方向性が逆なように思えるのです。

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新自由主義の真の姿とは?

2023年09月28日 13時15分19秒 | 統治制度論
 新自由主義には、‘自由’という言葉が含まれています。自由とは、凡そ心身において自らのことを自らで決定できることを意味します。自由は束縛や隷従の反対語とも解されますので、言葉そのものが持つイメージはいたって明るく、開放的であり、人類普遍の価値の一つにも数えられこそすれ、頭から自由を否定しようとする人は殆どいません。このため、新自由主義に対しても、多くの人々が‘何かよいもの’という漠然とした印象を持ったことでしょう。しかしながら、自由とは、誰の自由か、によって、大きく意味内容が違ってきます。

 自由とは、上述したように自己決定を意味するものの、自由を他者の心身にまで及ぼすのは許されるのか、という問題は、哲学者や思想家が思索してきたところでもあります。例えば、スピノザやホッブスは、自然状態という前置きの下で、自己保存を根拠とした他害的自由を認めています。もっとも、他者の命を奪うなど、利己的な他害行為までも認める一切の制限なき自由は、野獣の世界と異ならなくなります。すなわち、無制限な自由が許される世界、あるいは、自然状態では、誰もが自らの命の保障を得られなくなるのです。

 そこで、自己保存をより確かにするために、ホモサピエンスである人類は知性あるいは理性を働かせ、全ての人々に適用されるルールや法を生み出すこととなります。思想家や哲学者も、自然状態、即ち、弱者のみならず強者もまた自らの命、身体、財産等が危険に晒される状態を想定することで、全ての人々に適用される制約的な法、並びにそれを制定し、執行し得る国家の必要性を論理的に導いています。宗教上の戒律の多くが他害的行為の禁止である理由も、社会全体の安寧を願ってのことなのでしょう。

 ところが、新自由主義の‘自由’が、相互的な自由の保障という文脈における自由であるのかというと、この点については大いに疑問のあるところです。人類史を見ましても、強き者も弱き者も隔てなく自由に対して制約が等しく課せられるようになったのは、相互的な自由の価値が共通認識として定着した近年のことに過ぎません。現実の世界では、他者に優って圧倒的な武力や権力を持つ者、あるいは、グループが、自らはこれらに護られた安全な場所に身を置きながら、己の自由のみを無制限に拡大させ、他者の自由や権利を侵害してきた歴史の方が圧倒的に長いのです。

 新自由主義につきましても、それが意味する自由は、他の人々を圧倒する経済的強者による自由の拡大という側面があります。規制緩和の意味するところは、弱者を含めて全ての人々の自由を公平に護ってきた制御的な‘規制’の撤廃かもしれず、強者の自由の空間が広がる一方で、多くの人々が防御壁を失う結果を招きかねません。中間搾取として規制されてきた人材派遣業の解禁は、この側面を象徴していると言えましょう。また、インフラ事業の民営化も海外勢への市場開放がセットとなれば、巨大グローバル企業に参入機会を与えるに過ぎなくなります。宮城県、香川県、山形県などにおける水道の民営化に伴い、「水メジャー」とも称されるグローバル企業ヴェオリア・ウォーターがすかさず参入してきたことは記憶に新しいところです。結局、民営化の‘民’も、国民や一般市民ではなく、資金力、技術力、運営ノウハウ、及び、人脈等を含む規模において優る民間のグローバル企業を意味するのであって、その実態は、言葉のイメージとはほど遠いのかもしれません。インフラ事業の民営化とは、公共性の高い施設でありながら、その私的所有者に使用料を支払っていた時代への逆戻りとも言えましょう。

 新自由主義の自由とは、世界権力を構成するグローバル企業の自由であって、それは、その他の人類にとりましては、経済のみならず政治や社会を含むあらゆる分野における自由の剥奪や縮小、あるいは、法やルールといった個々の自由に対する保護壁の撤廃と同義となりかねません。岸田政権の政策にも新自由主義者の戦略がちりばめられており、同政権が掲げる‘新しい資本主義’とは新自由主義の別名ではないかと疑うのです。

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人材サービス会社と新自由主義

2023年09月27日 15時45分07秒 | 統治制度論
 厚生労働省が新設を予定している中高年デジタル人材インターン制度では、人材サービス会社が介在します。否、同制度の最大の特徴は、仲介役として人材サービス会社を絡ませている点にあるといっても過言ではありません。それでは、政府による人材派遣業界への利益誘導という政治腐敗の問題の他に、人材サービス会社の介在は、一体、何を意味するのでしょうか。

 同システムは厚労省の発案とされていますが、おそらくその背後にあっては、世界権力を構成するグローバル金融・経済財閥が強く後押ししていることでしょう。真の設計者は、日本国外に居るのかもしれません。中高年デジタル人材インターン制度は、‘リスキング’や‘学び直し’、あるいは、短期雇用を要求する「ジョブ型雇用」の導入促進とも歩調を合わせていますし、先ずもって、同勢力が個々人に対する支配力を強める手段ともなり得るからです。

 中高年デジタル人材インターン制度では、インターン先企業と派遣契約を結ぶのは人材サービス会社とされています。インターン期間の終了後においては、同人材の一部は、DX人材としてインターン先企業に雇用されるとしていますが、インターン先に転職できなかった人々に対する支援は、人材サービス会社が行なうとしています。同仕組みは、人材サービス会社が就職先を見つけてくれるのですから、表面上は転職を希望する制度利用者にとってメリットとなるようにも見えます。

 しかしながら、他の派遣事業と同様に、同システムには、雇用者と被雇用者との関係において圧倒的に前者が後者に対して有利になる、あるいは、前者によって就職先の選択権利を握られてしまうという問題点があります。通常の就職にあっては、人材を探す側と雇用者と働く場を探す被雇用者の合意の成立を前提としています。いわば、両者共に、選択の自由が確保されている状態と言えましょう。ところが、派遣の雇用形態では、両者間の対等性は崩れます。派遣事業者と結んだ契約に基づいて、同社の被雇用者となった‘派遣社員’の職場は、派遣事業者が契約した派遣先企業に限定されるからです。

 派遣のシステムでは、雇用者と職場は分離しております。この分離こそが、実のところ、派遣事業者が企業に対しても、また、職を探す個々人に対しても、自らの戦略や意向に沿った形での一定の人事上の支配力を及ぼすことを可能とします。グローバリストの理想が、自らが必要とする人材を思いのままに集め、かつ、資本関係等により自らの支配下や利権を有する企業に提供し得る状況であるならば、派遣システムほど好都合なものはないのです。その一方で、派遣雇用の形態が拡大すればするほど、不必要と判断した人材、あるいは、不都合な人材を排除することも思いのままとなるのです。そしてもちろん、‘中間搾取者’として、企業と個人の双方から利益を吸い上げることができます。

 このように考えますと、新自由主義の旗手として颯爽と登場しながら、今では、非正規雇用の増加による少子化の元凶とまで見なされるようになった竹中平蔵氏が、世界経済フォーラムの理事にして、大手人材派遣事業者であるパソナグループの取締役会長の座にあった理由も自ずと理解されてきます。

 しかも、支配力の及ぶ範囲は、民間のみではありません。民営化の名の下で同グループをはじめとした人材派遣事業者が政府から様々な分野における事業を受託してきたのも、世界権力の計画通りであったのかもしれません。今般の中高年デジタル人材インターン制度にも顕著に窺えるように、永続的に利益が自らの懐に転がり込むように、巧みに政府の政策やシステムに自らを組み込んできたものと推測されるのです。

 かくして、人材派遣事業者は、自らは労せずして企業や個人、並びに、政府からも利益を吸い上げつつ、経済全体に対して支配力を浸透させていったのでしょう。人材派遣事業者にスポットライトを当ててみますと、今日、日本国、否、人類全体が抱えている隷属化の危機の全容が、おぼろげながらも見えてくるように思えるのです。

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疑問に満ちた中高年デジタル人材インターン制度

2023年09月26日 10時12分19秒 | 統治制度論
 目下、厚生労働省が導入を進めている中高年デジタル人材インターン制度につきましては、同制度の設計からしますと、中核的機関として位置づけられている人材サービス会社への利益誘導が強く疑われます。その他にも、同制度には、様々な問題点がありそうです。

 デジタル人材は凡そ7年後の2030年において最大で80万人不足するとされています。制度新設の根拠として人材不足がアピールされているのですが、デジタル人材の養成は、新制度を設けなければならないほどに困難かつ深刻な課題なのでしょうか。ウェブで調べてみますと、デジタル人材として転職を目指す場合、およそ二つの道があるようです。その一つは、民間のプログラミングスクールに入学するルートであり、もう一つは、厚労省が設けている職業訓練(ハロートレーニング)に参加するルートです。

 受講者が負担する費用を見ますと、前者は民間ですので、入学者は受講料を支払うことになるのですが、後者は無料で訓練を受けることができます。職業訓練の最大の特徴とメリットは、受講者負担がないところにありましょう。もっとも、前者の民間プログラミングスクールについては、その多くが厚労相が設けている専門実践教育訓練給付金の対象校ですので、最大で70%が政府からの補助金として支給されます。このため、15万円から90万円とされる受講費用も大幅に軽減されます。政府は、官民問わずデジタル人材育成には予算を投じているのです。

 それでは、デジタルに関する専門知識や技術を身につけるためには、どの程度の時間がかかるのでしょうか。民間のプログラミングスクールですと、訓練期間は10週間から16週間、ハロートレーニングのITコースでは4ヶ月(16週間)なそうです。他の理工系の分野において専門的なエンジニアになろうとすれば、大学院や研究機関等の施設で実験を行なうなど、長期にわたる教育と訓練を要するのですが、IT分野では、学歴も職歴も関係なく、比較的短期間でエンジニアになれるのです。

 しかも、デジタル人材が不足している現状にあっては、転職後に給与アップに繋がるケースも多く、少なくない人々がトレーニングに参加するインセンティブともなっています。2021年のデータでは、ハロートレーニングに設けられている19分野の内、IT分野は営業・販売・事務分野に次いで第2位ですので、トレンドな人気の高さが窺えます。

 かくして、IT分野でのトレーニングの需要も供給も高まる傾向にあるのですが、受講者数を見ますと、民間のプログラミングスクールと公営の職業訓練とでは、雲泥の差があります。前者については、一校だけで運営実績6万人を誇るスクールもあり、全数ではゆうに10万人を超えることでしょう。その一方で、職業訓練の受講者数は、上述したように分野ランキング2位とはいえ、全国で2万人弱です。民間プログラミングスクールに受講生がより多く集まる要因としては、(1)オンライン形式の受講スタイル(公営職業訓練は募集人数や期間に制限がある・・・)、(2)講師の質の高さ、(3)転職実績などが挙げられています。今般の厚労省による中高年デジタル人材インターン制度でも、公営職業訓練受講者の転職等の就職率を上げることも目的とされています。

 以上にデジタル人材の養成に関する現状を見てきましたが、今日の様子からしますと、政府が敢えて新制度を設ける必要性がそれ程に高いとも思えません。人材養成期間が短期であり、かつ、民間のプログラミングスクールも乱立する状況下にあって、7年後に80万人ものデジタル人材不足が生じるとは考え難いからです。また、今後、AIの導入が広がれば、デジタル人材の需要がどれほど伸びるのかも未知数と言えましょう。

 となりますと、仮に、政府が支援策を行なうとすれば、人材サービス会社を介在させるシステムではなく、民間のプログラミングスクールであれ、公的な職業訓練であれ、先ずもって訓練内容の質の向上を図るのが優先課題となりましょう。特に、ハロートレーニングの受講者の就職率が低い原因が訓練内容のレベルや専門性の低さにあるならば、なおさらのことです。そして、官民のトレーニング修了者と転職先の企業との関係については、公的システムとして、中間搾取なきより直接的なマッチングが可能となる、就活ネットワークやマッチング・プラットフォームを設計すべきではないかと思うのです。

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中高年デジタル人材向け企業インターン制度は人材サービス会社への利益誘導?

2023年09月25日 13時38分57秒 | 統治制度論
 今月9月21日の日本経済新聞の一面に、「中高年デジタル人材に 企業インターン新制度」という見出しが躍っておりました。‘2030年には最大80万人’のデジタル人材が不足することが予測されることから、厚労相が中高年の他業種のデジタル社員向けの制度を新設目指しているというものです。同システム新設への予算は、既に2024年度の概算要求に含まれていますので、国会や国民レベルでの十分な議論もなくスタートしてしまいそうです。しかしながら、この新制度、政治利権の絡む露骨な新自由主義的な利益誘導ではないかと疑うのです。

 同制度の流れの概略は、凡そ以下となるようです。
  1. 政府(厚労相)による人材サービスの選定(4社)並びに委託費の支払い
  2. 別業種に就業していた転職希望の中高年に対するデジタル化の職業訓練(40歳から50歳代:2年間で凡そ2400人)
  3. 人材サービス会社とインターンとの雇用契約並びに給与の支払い
  4. 人材サービス会社がインターン先企業を開拓し、派遣契約
  5. 人材サービスによるインターン先企業へのメンター経費の支給
  6. インターン期間終了後におけるインターン先企業による雇用、もしくは、人材サービス会社による就職支援(インターン期間最大6ヶ月:60社程度)

 同システムの一連の流れを見ますと、人材サービス会社を中核とする制度であることが分かります。否、同制度は、人材サービス会社の新たなビジネスチャンスとして設計されたとも推測されるのです。

 インターンとはいえ、人材サービス会社とは雇用契約が結ばれますので、一定額の給与は支払われます。しかしながら、他の人材派遣業、並びに、就活の一環としての学生インターンと同様に、その額は正社員のレベルには及ばないことでしょう。人材サービス会社への政府が支払う委託費は雇用費用の一部に充てるとされますので、失業給付金の額と同程度となるのではないでしょうか。このため、同制度の利用者は、インターン期間にあっては、低賃金に甘んぜざるを得なくなるかもしれません。

 その一方で、メンター経費については人材サービス会社持ちとはいえ、人材サービス会社とインターン先企業との派遣契約には、他の派遣契約と同様に、後者の前者に対する支払いも含まれているものと想定されます。仮に、インターン先企業からの支払いがなければ、同制度は、人材サービス会社は、即、赤字経営となります。あるいは、無償でインターンを派遣してもなお同社に利益が残るとすれば、それは、全ての国費、即ち国民負担と言うことになりましょう。

以上の諸点から、人材サービス会社は、雇用契約を結んだインターンから‘中間搾取’する一方で、政府からも委託金を受け取ることができる立場に自らを置くことができることとなります。このため、4社とされる人材サービス会社の選定に際しては、背後にあって政治家が暗躍することでしょう。人材サービス会社関連事業には、自民党の麻生太郎副総裁や竹中平蔵氏をはじめ、有力政治家や政策アドバイザーなどの名がしばしば挙がります。

 そして、転職や‘学び直し’の促進策としての側面からしますと、同制度は、「ジョブ型雇用」の流れとも一致しています。「ジョブ型雇用」とは、必要職種対応型の短期雇用を想定しているのですから。経営戦略上、あるいは、新たなテクノロジーの登場により不要とった人員を抱える企業にとりましても受け皿となりますのでメリットとなるのでしょうが、人材サービス事業者に利益を誘導する一方で、リスクやコストを国民に押しつける制度ともなりましょう。

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「資産運用特区」は現代の租界地?-止まらない岸田首相の日本植民地化

2023年09月22日 09時34分12秒 | 国際経済
 報道に依りますと、日本国の岸田文雄首相は、アメリカを訪問中の9月21日に「ニューヨーク経済クラブ」にて講演し、「資産運用特区」の創設案を公表したそうです。同特区を設置する目的は、国民の資産形成の促進と説明されているのですが、この説明、本当なのでしょうか。

 「資産運用特区」が特区と表現される理由は、他の特区と同様に日本国の国内法の適用が緩和されたり、優遇措置等が設けられることに依ります。いわば、特権を与えられた特別地区となるのですが、今般の「資産運用特区」についても、海外の優秀なファンドマネージャーを招くために「英語のみで行政対応が完結できるよう規制改革し、ビジネス環境や生活環境の整備を重点的に進める」としています。英語対応の対象がビジネスや生活環境にまで広く及びますので、日本国内に英語が事実上の公用語扱いとなる外国人の居住空間が出現することとなりましょう。「資産運用特区」は、いわば現代の租界地と言っても過言ではないのです。日本国内にあっては、金融機関の本店は首都に集中していますので、「資産運用特区」候補の最有力地は東京となりましょう。

 岸田首相は、2022年に策定した「資産所得倍増プラン」で掲げた貯蓄から投資への流れにあって、「資産運用特区」は、日本国民の資産形成に資するとしています。しかしながら、同特区を公表した場所が、日本国内ではなく、グローバル金融の中心地とも言えるニューヨークであり、しかも、「ニューヨーク経済クラブ」の会長はNY連銀のジョン・ウィリアムズ総裁というのですから、首相の説明は怪しいものです。消費税率上げの前例もあるように、日本国の重要な政策が海外にあって、あたかも‘国際公約’の如くに公表されることが少なくありません。‘国民の資産形成促進’も日本向けの説明であって、真の目的は、同クラブに参集した世界屈指の金融ファンドや投資家達を前にして、ビジネスチャンスを提供しようとしたのかもしれません。国民のための政策であれば、国会や首相会見の形で公表するでしょうから、その実像は、日本国民の資産を投資資金としてグローバル金融に捧げるための、抜本的な環境整備であったかもしれないのです。

 同特区新設の目的がグローバル金融への奉仕であるとしますと、事実上の‘租界地化’の意図も見えてきます。岸田首相の説明では、海外の優秀なファンドマネージャーの活動を支えるためとしていますが、極めて少数、おそらく一桁か二桁ぐらいの数となる外国人ファンドマネージャーのために英語を事実上の公用語とする特区を設けることは、費用対効果からしますとあり得ないことです。家族の帯同をも考慮しますと、警察署や交番並びに消防署等を含む行政機関のみならず、交通機関、病院、学校、図書館、美術館等の公共施設でも英語対応が迫られ、その費用は膨大となりましょう。しかも、その全費用は、日本国民が納税という形で負担するのです。

 となりますと、特区における英語の準公用語化は、外国人ファンドマネージャー向けなのではなく、より広い範囲の海外ファンドの呼び込み政策であるとも解されます。‘外国人ファンドマネージャー’と説明すれば、雇用者として日本国の金融機関が想定され、国内金融市場の開放策という色合いが薄まります。競合関係となる国内金融機関やファンドをはじめとする警戒論も抑えることができますので、敢えて‘外国人ファンドマネージャー対策’を表向きの口実としたのでしょう。「資産運用特区」では、有利な条件の下で海外ファンドや投資家がビジネスを展開できますので、‘海外から投資を呼び込む’という名目で日本の資産を売却されると同時に、国内からの資金流出は加速されることでしょう。実際に、首相は、報道での華々しい特区案の陰で、金融市場における新規参入を促すとも述べています。

 日本国内では早期の首相退陣を望む国民の声が高まっていますが、岸田首相の支持率低下の最大の原因は、露骨なまでの海外重視・国内軽視の姿勢にあるように思えます。特区の新設に留まらず、「ニューヨーク経済クラブ」では様々な施策を公表しており、その中には、「投資家の意見を政策に反映させるため、日米を主体とした「資産運用フォーラム」を立ち上げる」というものもあります。そして、首相による海外優遇政策が世界権力への奉仕に対する見返りとしての首相の座の維持であるならば、国を売り渡した政治家として、日本国の歴史に悪名を残すのではないかと思うのです。

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‘指導力’という名の呪縛

2023年09月21日 11時31分06秒 | 統治制度論
 政治の世界では、日常的に‘指導力’という言葉が高い頻度で使用されています。政治関連の新聞記事やニュース番組でも、首相が国際会議等に出席した際や、国内において新たな政策を打ち出したり、所信表明演説を行なう時には、必ずと言ってよいほど最後は‘○○首相の指導力が問われています’、あるいは、‘○○首相の指導力が期待されます’といった言葉で締めくくられます。あたかも結語の定型句と化しているかのようなのです。

内閣支持率を調査する世論調査にあっても、政権を支持する理由として「指導力があるから」という選択肢が準備されており、政治家の指導力は、肯定的な要素として扱われています。しかしながら、指導力とは、かくも手放しで評価すべき能力なのでしょうか。自らの‘超人的な指導力’をもって独裁体制の樹立と自らへの絶対忠誠を要求したヒトラーの事例のみならず、平等という価値をもって革命を起こした共産主義国家にあっても、毛沢東は、‘人民には指導者が必要である’として‘独裁’を正当化しました。今日の北朝鮮にあっても‘偉大なる指導者’は、独裁者の枕詞ともなっています。指導力は、しばしば人々を理想とは正反対の方向に連れて行ってしまう、詐術的な効果を発揮してしまうのです。

指導力と独裁者との関係を述べるまでもなく、学校での光景を想像すれば、‘指導力’の問題性は容易に理解できます。学校でもリーダー的な生徒が出現しますと、段々と教室の空気は息苦しくなってゆきます。他の生徒達は、このリーダーの生徒の顔色を伺うようになり、周囲に‘取り巻き’ができてゆきます。文化祭や運動会といった学校行事などに際しても、リーダーの意向を無視できなくなるかもしれません。ダークサイドのリーダーは‘番長’とも呼ばれるのでしょうが、この現象は、必ずしも所謂不良的なリーダーに限ったことではありません。リーダーという存在そのものが、自由な空気を失わせてしまうのです。中には、同リーダーが醸し出すカラーに馴染まず、登校拒否となる生徒も現れるかもしれません。

もちろん、良い意味でのリーダーが必要とされる場面もないわけではありません。それは、メンバーの全員が重大な危機に直面した時です。誰かが、危機から脱するための賢明な方法を提案し、皆の協力の下でこれを実行しなければ、全員が大きな損害を被ることになるからです。最悪の場合には、誰一人として生き残れなくなります。古今東西を問わず、リーダーを要する主たる場面が戦争であったことは言うまでもありません。こうした危機的状況にあってこそ、リーダーシップはプラスの能力として評価されるのであり、政治家の能力としてリーダーシップが強調されるのも、今日に至るまで戦争が頻発してきたからなのでしょう。もっとも、戦争にあっては、リーダー達の半分は‘敗軍の将’となりますので、能力の低い人物がリーダーとなることは、最大のリスクであることも偽らざる事実です。言い換えますと、必要とされるのは‘優れたリーダー’であって、しかもそれは、有事に限定されているのです。

有事は時代の転換点ともなる重大事件ではあっても、人類史の大半を占めているのは平時です。となりますと、指導力の必要性は必ずしも高くはなく、民主主義の本質からしますと、統率型や牽引型、ましてや独断専行型のリーダーよりも、多くの人々の意見や利害関係を調整する合意形成のための‘まとめ役’の方がまだ‘まし’です。誰もが誰気兼ねなく自由に自らの意見を述べることができ、自由闊達な議論ができる空間が維持される方が、余程、大切なことなのですから。そしてそれは、誰か一人に依存するのではなく、皆が協力して自由な空間を護るべきと言えましょう。

‘指導者願望’、あるいは、‘政治には指導力が必要’とする固定概念が自らを苦しめ、民主主義の成立条件とも言える自由な言論空間を萎縮させるのであれば、現代という時代にあっては‘百害あって一利なし’となりましょう。‘指導力’という言葉が自らをも縛る呪縛であったことに気がつくとき、未来に向けた政治の方向性も見えてくるように思えるのです。

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デマによる悲劇と事実による悲劇

2023年09月20日 17時04分10秒 | 国際政治
 関東大震災に関する一連の事件については、映画「福田村事件」の影響もあってか、マスメディア等によって‘デマによる虐殺の悲劇’というイメージが植え付けられつつあります。しかしながら、戦争や災害といった非常事態における情報については、必ずしもデマとは限らす、頭からデマと決めつける姿勢にもリスクがあるように思えます。

 それでは、どのような‘事実による悲劇’があるのでしょうか。あらゆる戦争や革命、そして、災害時の治安の崩壊は、常に悲劇そのものです。しかも、こうした悲劇は、常に自然に発生する訳でもありません。得てして、悲劇が組織的に引き起こされるケースもあるのです。例えば、国家の政府のみならず世界権力といった権力体の多くは、配下にある民間の秘密結社や新興宗教団体等を使い、残虐な殺害事件、無差別テロ、あるいは、犯人不明の暗殺事件を起こし、かつ、マスメディアをも操作して、一般国民を扇動してきた歴史があります。

 普仏戦争を引き起こしたプロイセンの宰相ビスマルクによるエムス電報事件は、今日では教科書にも堂々と記載されている自国民をも騙す謀略なのですが、戦争とは、自然に起きるのではなく、相手国に対する挑発であれ、自国民に対する政府の情報操作であれ、誘導されているケースが少なくありません。しかも、戦争への道を国民自らが歩ませる世論誘導のための‘造られた事件’のみならず、戦争や災害といった有事の最中にあっても、組織的な動員が行なわれる可能性もないわけではないのです。例えば、関東大震災に際して発生したとされる朝鮮独立運動の活動家並びに社会共産主義者による組織的テロ計画や革命の決起については、この疑いが濃いと言えましょう。

 こうした事例は、組織を背景とした破壊行為や残虐行為等が‘デマ’ではなく‘事実’であるケースが存在することを示しています。この側面に注目しますと、‘デマによる悲劇’を強調し過ぎた結果、事実であるケースには対応できなくなる怖れがありましょう。例えば、中国では、2010年7月1日から国防動員法が施行されており、有事に際しては18歳以上60歳までの男性、並びに、18歳以上55歳までの女性は、政府の命に従って動員されます。日本国内に在住する同年齢にある中国籍の人々も同法が適用されて動員されるのでしょうから、近い将来、日中が対立する場合、日本国内において組織的な敵害行為が行なわれる可能性もゼロではありません。台湾を自国の一部と見なしてきた中国は、台湾侵攻を敢行してアメリカとの間で軍事衝突が起きた場合にも、日本国には在日米軍基地が置かれていることから、即、在日中国籍の人々による組織的な活動が開始されないとも限らないのです。

 日本国民の命が危険に晒される事態が、デマではなく事実である場合、どのように対応すべきなのでしょうか。この問題については、日本国政府は、十分に対策を練っているとは思えません。‘事実による悲劇’の方が‘デマによる悲劇’よりも遥かに数は多いにも拘わらず・・・。今日、中国による台湾侵攻が現実味を帯び、かつ、在日中国人の人口が増加の一途を辿る中(人民解放軍の民兵も潜入しているかもしれない・・・)、どのようにして日本国民の命と安全を確保するのか、日本国政府は、国民に対して説明する義務があるのではないでしょうか。憲法改正案として緊急事態条項が取り沙汰される今日、何らの説明もないとなりますと、日本国政府は、有事を根拠として日本国内にも中国と同様の国民動員体制を敷き、戦時体制という名の独裁的な全体主義体制に移行させたいのではないか、とする国民の疑念は深まるばかりとなりましょう。そしてこれもまた、‘事実による悲劇’なのではないかと思うのです。

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ゼレンスキー大統領を止めるという発想

2023年09月19日 12時55分20秒 | 国際政治
 昨今、メディアでの多くは、ウクライナ側の反転攻勢が功を奏し、ウクライナ側によって一部占領地の奪還に成功したとするニュースが流されています。ウクライナ優勢のイメージが振りまかれる一方で、アメリカのインタヴュー番組に出演したゼレンスキー大統領は、‘ロシアが勝てば第三次世界大戦になる’と述べたと報じられております。ウクライナ側の勝利が目の前に迫っているのであれば、出てこないような台詞なのですが、同大統領によるアメリカ並びに全世界の諸国に対する警告として受け止められています。

 日本国内でも、ゼレンスキー大統領の発言を受けて、‘ロシアが勝利すれば日本国も危ない’、‘北海道も侵略されかねない’、‘中国が勢いづいて暴挙に出る’・・・といった懸念の声が上がっており、何れも、‘ウクライナ支援は日本国の安全を保障する’とする結論を導いています。しかしながら、このゼレンスキー大統領の論理展開、短絡的かつ杜撰過ぎるどころか、第三次世界大戦、並びに、核戦争を引き起こしかねないリスクが潜んでいると思うのです。

 そもそも、‘ロシア側が勝利すれば、第三次世界大戦が起きる’とするゼレンスキー大統領の発言は、あり得るシナリオの一つでしかありません。しかも、同シナリオが現実化する可能性もそれほど高いとは思えません。

 第1に、プーチン大統領は、自国の敗戦が必至と見た場合、核兵器の使用を決断する可能性があります。同ケースでは、ゼレンスキー大統領の警告を信じて同国に多大な軍事支援を実施したところ、第三次世界大戦を飛び越して核戦争を引き起こすのですから、支援した諸国は、後に深く後悔することとなりましょう。あの時、別の選択肢はなかったのか、と・・・。また、実際に、核戦争に至った場合、ゼレンスキー大統領が自らの発言に対する責任を取りきれるとも思えません。

 第2に、今日至るまで、NATOが本格的に参戦せず、第三次世界大戦に至っていない理由は、核の抑止力にあるとされています。今後も、核の抑止力が働くとすれば、たとえロシアが勝利したとしても、NATO加盟国として一先ず核の傘が差し掛けられているポーランドやバルト三国といった隣国を迂闊には攻撃できないはずです。NATO諸国等と比較して、「ブダベスト覚書」が取り沙汰されたように、ウクライナの抑止力が低レベルにあったことが、今般のロシアによる軍事介入を招いた原因でもあるのです。

 第3に、他の近隣諸国は、ウクライナにように東西、あるいは、ウクライナ系住民居住地域とロシア系住民居住地域との間で内戦状態にあるわけではありません。また、看過しがたい非人道的なロシア系住民の虐殺が起きているわけでもありません。言い換えますと、ロシアには、ポーランドやバルト三国等に対して武力行使を行なう口実がないのです。もちろん、北方領土はロシアによって既に占領されているのですから、日本国に対しても宣戦布告を行なうだけの正当かつ合法的な根拠を見出すことも困難です。ウクライナ内戦こそが戦争の主要な要因なのですから、同条件を欠く他の諸国がロシアの軍事介入を受けるリスクは格段に低下します。

 第4に挙げるべきは、ロシアによる戦争遂行能力には限界がある点です。ウクライナ一国との戦争でさえ、ロシアは莫大な戦費を費やすと共に、兵力も相当に消耗しています。経済制裁の効果の程度に拘わらず、ロシアの経済規模を考慮すれば、たとえウクライナに勝利したとしても、ロシア財政が、他の諸国との間の長期に亘る戦争に耐えられるとも思えません。しかも、仮に西部にあってはNATO軍、東部にあっては日米両軍と戦う構図となる第三次世界大戦ともなれば、ロシアが最も恐れてきた二正面戦争となりましょう。

 以上に4点ほど主要な理由を述べてきましたが、‘プーチンを止めるか、世界大戦を始めるか’の二者択一の選択を‘全世界’に迫るゼレンスキー大統領の態度は、世界権力の常套手段である二頭作戦を思い起こさせこそすれ、有事の指導者として賢明でも論理的でも、かつ、倫理的でもないように思えます。敗戦を必至とみたロシアが核のボタンを押す可能性がある以上、全人類を戦争の道連れにしても構わないとする思考の持ち主なのでしょう。当初から一貫性して脅迫とも解される同台詞を繰り返しており、もはや自分しか見えず、思考停止に陥っているとしか言いようがないのです。人類には、和平のために、‘ゼレンスキーを止める’、否、世界権力による二頭作戦から脱するために’ゼレンスキーも止める’という発想や選択肢もあると思うのです。

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二重橋爆弾事件とサラエボ事件

2023年09月18日 08時00分49秒 | 国際政治
 関東大震災の発生初期段階において報じられた朝鮮人暴動の背景には、義烈団並びに同組織と共闘関係にある社会・共産主義組織によるテロ並びに革命計画があったものと推測されます。同組織的な暴動は、短期間で鎮圧された、あるいは、未遂程度で終わったのでしょうが、翌年の1924年1月5日には、義烈団のメンバーによる二重橋爆弾事件が起きています。未遂であったが故に、今日にあって、知る人のほとんどいないような半ば忘れられた事件なのですが、第一次世界大戦の発端がサラエボの一発の銃声であった点を考慮しますと、この事件は、歴史の重大な転換点として記録される事件となったかもしれません。

1922年に、義烈団は朝鮮革命宣言を作成し、関東大震災に先立つ翌23年1月に、上海で開催された「国民代表会議」で配布しています。同宣言では、具体的なテロ活動として朝鮮総督府の破壊や天皇暗殺などが挙げられていたそうです。実際に、以後、同団体によるテロ活動も本格化し(もっとも、これ以前にも、朝鮮総督府爆弾事件や田中義一陸軍大将暗殺事件なども起きている・・・)、上海からソウルに向けて爆弾が輸送される事件も起きたため、義烈団のメンバーに大量の逮捕者が出ています。震災に前後する時期にあって、義烈団の活動が活発化していたことが分かります。

そして、二重橋爆弾事件を起こした義烈団のメンバーは、金祉燮という人物です。震災後の12月20日に、‘帝国議会に出席する政府高官を狙撃する目的’で上海を密かに出航し、同月31日頃に福岡に上陸しています。ところが、帝国議会の開会が無期限延期となった新聞を読み、急遽、爆弾テロの標的を皇居に変更したというのです。上述した義烈団の朝鮮革命宣言では、天皇暗殺も目標の一つとされていますので、同供述が正しいとは限らないのですが、少なくとも、当時にあって義烈団、並びに、社会共産主義者による革命運動は、日本国政府にとりまして現実的な脅威であったことは疑いようもありません。

因みに、金祉燮の密航に際しては、日本人の共産主義者も幇助したとされます(秀島廣二とも・・・)。また、当時、義烈団の中心メンバーの一人であった金元鳳は、1930年には朝鮮共産党再建同盟を結成し、他の組織を糾合して朝鮮義勇隊を組織したのですが、その社会主義路線から戦後は北朝鮮において要職を得ています。もっとも、この間、共闘相手を中国国民党から共産党に乗り換えたりと、自らの立場を二転三転させていますので、あるいは、国際共産主義組織、もしくは、その背後に控える世界権力の指令に従って行動していたのかもしれません。

当時にあって重大な脅威であった義烈団並びに社会・共産主義団体の活動は、関東大震災後の12月27日に発生した虎ノ門事件においても認められます。同事件は、共産主義者であった難波大介による摂政宮、即ち、皇太子暗殺未遂事件であり、犯人は未遂とはいえ大逆罪で死刑となりました。難波が明治維新の原動力となった長州藩出身であり、かつ、犯行に際して敢えて新聞社に書簡を送って自ら共産主義者であることをアピールし、使用されたステッキ型の散弾銃も、伊藤博文がロンドンで購入したものであった点なども、どこか不自然ではあるのですが、少なくとも、同事件が皇太子暗殺未遂事件であったことだけは確かです。そして、‘皇太子暗殺’という言葉に、第一次世界大戦を引き起こしたサラエボ事件が脳裏を横切ることとなるのです。

20世紀初頭は、皇太子といった君主一族の暗殺が戦争といった動乱の引き金となる時代でもありました。しかも、サラエボ事件は、少なくとも表向きはセルビアの独立運動の活動家であった一青年による犯行です(犯人のガヴリロ・プリンツィプも、秘密結社「青年ボスニア」のメンバーであり、暗殺訓練を受けていた・・・)。関東大震災において発生したとされる‘朝鮮人暴動’も、本来は摂政宮の御成婚の日とされた11月27日に決行される予定であったとされます。二重橋爆弾事件も、本当のところは、帝国議会の開会無期限延長ではなく、虎ノ門事件の失敗の報を受けた犯行、あるいは、計画された波状的な第二弾であったとも推測されるのです。

このように考えますと、関東大震災事件の背景には、民族独立運動と社会・共産主義運動との接点、並びに、その背後にあって左右のテロ組織を鉄砲玉として利用し、国家的及び社会的混乱のきっかけを造ろうしてきた世界権力の陰が見え隠れしているようにも思えてきます。関東大震災に関する一連の事件は、日韓間の新たな火種となる様相を呈してきましたが、同事件を通して、時代の潮流を造り出すために造られた火種というものも存在することを、人類は歴史の教訓として学ぶべきなのかもしれません。

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‘間東大震災事件’-政府による情報統制問題

2023年09月15日 10時15分43秒 | 国際政治
 関東大震災をめぐって発生した一連の事件は、徹底した事実究明がなされぬままに今日に至っています。その主要な原因は、当時の政府によって実施された情報統制があるのですが、それでは、何故、政府は、事実を明らかにすることを拒んだのでしょうか。

 おそらく、大震災を前にした時期に、朝鮮独立を目的とした帝都東京でのテロ計画、並びに、共産主義体制の樹立を目指す革命計画は存在していたのでしょう。日本国政府が警戒を強めている中、関東大震災を機に同計画が急遽発動された一方で、朝鮮総督府等を介して当時の日本国政府も同情報を掴んでいたため、速やかに戒厳令が発せられ、事態の収拾に動いたものと推測されます。なお、同計画の出所は、義烈団の本拠地が上海フランス租界地であった点からしますと、共産主義の陰の支援団体であり、フランス革命にも関与したとされる世界権力であったのかもしれません。

 そして、9月3日頃までに‘暴徒’の鎮圧に成功したため、以後、政府は、政策方針を朝鮮人保護の方向に180度転換したのかもしれません。仮に、朝鮮半島出身の人々や社会・共産主義者達が、計画に従って首都壊滅を目的に組織的な放火を試み、かつ、民間の日本人を無差別に攻撃し始めた場合には、民間にあって自警団を組織して対処しなければならなかったはずです。しかしながら、9月4日には、もはやその必要性がなくなったからです。

 かくして、計画を前倒しにしたために、暴動は初期の段階で鎮圧された、あるいは、国家体制を揺るがすような動乱に至らず、未遂程度で終わったために、同計画による暴動や犯罪は、国民の間に‘未確認情報’として広まったのでしょう。もっとも、朝鮮半島出身者による個人的な犯罪も相まって、警戒心を強めた各地の自警団は取締に務め、その中で、福田村事件のような過剰防衛による虐殺と言った悲劇的な事件が起きてしまったと考えられるのです。

 同推理が事実に‘当たらずとも遠からず’であれば、ここで、当時の日本国政府に情報を統制、あるいは、隠蔽した理由も見えてきます。とりわけテロ・革命計画のみならず、個人的な犯罪までも隠さなければならなかった主たる理由とは、9月5日における山本権兵衛首相の「告諭」にも述べられている‘日鮮同化の精神’、すなわち、韓国の併合維持にあったのでしょう。仮に、事実を事実として公表すれば、一般の日本人と朝鮮人との間の対立は激化し、国内は内乱状態に陥ったかもしれません。同内乱は、当然に朝鮮半島にも飛び火し、現地でもテロが頻発する激烈な‘独立戦争’を引き起こしたことでしょう。しかも、同混乱は、社会共産主義者にとりましては革命のチャンス到来となるのですから、日本国政府としては、何としても同事態だけは避けたかったはずなのです。

 その一方で、朝鮮半島出身者並びに社会・共産主義者もまた、同事実を伏せておく必要性を痛感していたはずです。事実であることが明るみになりますと、実際に各地で虐殺事件が起きたように、善良かつ個人的には同組織と関わりがなくとも、一般の日本人から敵視され、より大規模な迫害を受けるとともに、排斥運動に発展してしまう事態が予測されたからです。一般の日本人の側からも、日韓併合の解消を求める声が上がったかもしれません。

 テロ・革命計画の目的が日本国内に民族紛争を起こし、その混乱に乗じて朝鮮独立、あるいは、既存の体制を破壊することにあるならば、日本国政府が、情報隠蔽、並びに、情報操作に訴えてでも事態の早期沈静化を図ったことは、当時の状況下にあってはあり得る対応です。その結果が、9月4日からの方針転換であり、10月20日の司法省による政府見解の公表であったのかもしれないのです。そして、同計画の真の立案者と推定される世界権力にとりましても、同事実をもって日本国内に張り巡らした自らの組織網が徹底的に潰され、壊滅してしまう事態は、何としての避けたい展開でした。そこで、政府側の‘協力者’にも働きかけ、自らの配下となる組織や人員を震災後も温存させたとも考えられるのです。

 かくして、日本国政府は、関東大震災に際して発生した加害者と被害者の関係が逆転する二つの事件については、事実を伏せつつ犠牲者の数を最低に見積もった‘最小説’を採ることとなったのでしょう。とりわけ、前者については、朝鮮半島の独立運動を抑制し、同地の安定的統治を最優先としたことは想像に難くありません。このような視点からしますと、映画『福田村事件』において‘デマ’が強調されているのも、震災時における朝鮮半島出身者による個人的な犯罪のみならず、社会共産主義者によるテロや革命計画の存在をも同時に歴史の表舞台から消し去ることが主たる目的であるとも推測されるのです。

 今日、関東大震災朝鮮人虐殺事件にのみに関心を寄せる朝鮮半島並びに同地出身の人々は、日本国政府による隠蔽によって自らが護られてきたことを忘れている、あるいは、全く自覚していないように思えます。そして、政治的、あるいは、経済的な理由から移民や外国人のみを‘被害者’とみなし、加害事実については隠蔽してしまう状況は、今日においても殆ど変わりがないようです。この問題は、誰かや何かを護るための隠蔽や情報操作が他者に被害や損失をもたらしたり、被害者が加害者にされたり、あるいは、真の被害者に対する救済の道が閉ざされるような場合もあるのですから、特定の目的のために政府や私的組織が事実を隠したり、歪曲することは許されるのか、という人類共通の普遍的な問題をも問うているように思えるのです。

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関東大震災事件の推理の鍵はテロ計画?

2023年09月14日 11時56分14秒 | 国際政治
 関東大震災に際して発生した‘朝鮮人による日本人虐殺’と‘日本人による朝鮮人虐殺’という二つの事件は、相互に切り離すことができない因果関係を構成しています。このため、事実を突き止めるためには両事件に対する公正かつ厳密な検証を要するのですが、当時の日本国政府が情報統制を行なったため、肯定派と否定派の双方の主張が平行線のまま今日に至っています。ネットなどでは懐疑論が主流なのですが、少なくともメディアや左派の人々は、映画『福田村事件』にも描かれているように、前者については‘デマ’と断定しています。しかしながら、当時の時代背景を考慮しますと、朝鮮半島出身の人々による個人的な犯罪のみならず、組織的なテロについてもその存在が疑わざるを得ないのです。

 とりわけ、上海のフランス租界地に本拠地をもつ社会・共産主義系の活動団体であった義烈団の動きは、日本国内におけるテロ計画あるいは革命改革の存在を強く示唆しています。工藤美代子氏の『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』では、9月1日に発生した関東大震災を千載一遇のチャンスと見た義烈団が、摂政宮の御婚礼が予定されていた11月27日に実行する計画を前倒ししたとする推論が展開されています。同計画が存在したと仮定しますと、新聞が報じた目撃情報等や当時の日本国政府の対応にも合理的な説明がつきます。

 義烈団、並びに、同組織と共闘関係にある日本国内の社会・共産主義組織が、帝都東京を壊滅させる計画を温めていたとすれば、震災直後に各地で発見された‘謎の符号’は、首都一帯を最も効率的に火の海にするための放火地点を印したこととなりましょう。震災初期において横浜から東京に向かったとされる朝鮮人労働者の暴徒集団も、日本国内に設けられていたネットワークを介して事前に組織されていたとも推測されます。日本人の社会・共産主義者も虐殺された亀戸事件も、朝鮮独立運動と社会・共産主義者による革命運動との連携を示しているのかもしれません。

 その一方で、日本国内におけるテロ並びに革命計画を事前に掴んでいた日本国政府は、震災に際して同計画の発動が早まった判断して戒厳令の下で即座に軍隊を投入して暴徒の鎮圧に当たったとも考えられます。当初の計画が凡そ三ヶ月先の11月27日であったため、十分な準備期間がなかった’暴徒側’、比較的短期間で鎮圧され、習志野等に収用されてしまったとも推測されるのです。同鎮圧に際して殺害された朝鮮半島出身者が存在したとすれば、おそらく、その数も‘関東大震災朝鮮人虐殺事件’の犠牲者に数えられていることでしょう。

 以上に述べたように、既にテロ・革命計画があったと仮定すれば、一連の事件の経緯がより明確に説明できます。もっとも、もう一つ、三次元的な視点、即ち、世界権力の思惑を加えれば、真相はより複雑であった可能性もありましょう。何故ならば、二頭作戦を常とする同権力は、自らが作成した計画に基づいて、対立する双方を裏から操っていた可能性も否定はできないからです。例えば、仮に、震災初期の報道において現実に起きたことよりも過激で扇動的な内容のものがあったとすれば、それは、11月27日向けに準備して作成されていた報道内容をそのまま発表してしまったからかもしれません。今日にあっても、安部元首相暗殺事件に際して指摘があったように、事実と報道内容との間に明らかな相違や辻褄が合わない諸点がある場合には、予めシナリオがあって発信側は事前に知っていたのではないか、とする疑いが生じるものです。

 加えて、世界権力介在の疑いは、警察内部やその後の政府の対応にも見受けられます。初期の新聞報道が警察発表に基づくものであり、それが上述したように‘過激で扇動的’であるならば、‘計画実行日’にはそのような内容の発表をするように予め指示を受けていた、あるいは、実行日変更に際して指令を受けたのかもしれません。政府が即座に戒厳令を発布し、一般国民に対して自警団の結成を促したのも、筋書き通りであったのかもしれないのです。何故ならば、世界権力の目的は、日本人対朝鮮人の対立による内乱、あるいは、混乱に乗じた革命を引き起こすことにあったとも考えられるからです。この目的を達成するためには、警察や政府側に配置していた‘協力者’をも動員して双方を煽る必要があったのでしょう(つづく)。

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‘関東大震災事件’を推理する

2023年09月13日 11時49分08秒 | 国際政治
 関東大震災朝鮮人虐殺事件が発生した経緯並びに因果関係を正確に把握するためには、関東大震災当発生初期における朝鮮半島出身者による暴動、並びに、犯罪の有無を確かめる必要があります。連鎖的に起きた一連の事件ですし、検証次第では、今日考えられている以上に国際的な様相を帯びた事件であったかもしれず、この点を考慮して、本記事では、関東大震災事件と表記しました。

 新聞各社が朝鮮半島出身者による暴動並びに犯罪が報じられたことだけは、号外や張り紙掲示の形であれ、記事の実物が残されていますので疑いようのない事実です。9月2日から3日頃までの期間、紙面には、暴徒による放火や日本人虐殺などの一般の日本人を震え上がらせるような記事が並んだのです。記者の独自取材による被災者や目撃者の証言もあるものの、その大半は警察発表に基づいているそうです。

 このことは、仮に新聞で報じられたような‘’暴動も犯罪も一件もなかった、とする説が事実であるならば、警察も新聞社も虚偽の発表を行ない、暴動や犯罪をゼロから‘でっち上げた’ことになります。果たして、朝鮮半島出身者による事件は一件たりとも発生しなかったのでしょうか。少なくとも終戦前後における朝鮮半島の人々の振る舞いからしますと、暴行、略奪、窃盗、放火などが一切なかったとは考え難いのですが、政府が朝鮮人保護へと転換した後となる10月20日の司法省の見解にあっても、少数ながら犯罪の事実を認めていますので、おそらく、いくらかの犯罪が起きたのは確かなことなのでしょう。

 古今東西を問わず、戦争や災害等による混乱期には治安が乱れますので、朝鮮人暴動・犯罪否定説の人々も、‘少数の個人的な犯罪’についてはその存在を否定はしないことでしょう。双方の極小説をピックアップすれば、‘軽微な朝鮮人犯罪が誇張されて組織的な暴動や襲撃と見なされ、日本人が結成した自警団による朝鮮人虐殺が起きたものの、その犠牲者の数は公式に記録された233人であった’、とする被害が最も少ないケースもあり得ることとなります。同ケースでは、日韓並びに左右の両サイドが、共に過剰に自らの被害を訴える構図となりましょう。因みにこの説は、実のところ、当時の日本国政府の見解とおよそ一致します。

 大震災事件の実像は小規模であったとする見方もあり得る一方で、当時の国際情勢や社会状況からしますと、それ程には単純なお話ではないように思えます。何故ならば、大震災から僅か6年前に成功したロシア革命は、各国の政府並びに社会・共産主義者に対して、共産主義革命の現実性を知らしめることとなったからです。しかも、第一次世界大戦後のヴェルサイユ講和会議においてウイルソン米大統領が提唱した民族自決の原則は、併合下にあった朝鮮半島において独立運動を惹起していました。

 関東大震災が発生した1923年とは、社会共産主義者にとりましては革命の、そして、朝鮮半島の人々にとりましては独立のチャンスが到来した時期であると同時に、日本国にとりましては、帝国体制の崩壊危機に直面した時代であったと言えましょう。そして、さらにその裏には、世界権力の思惑も潜んでいたかもしれません。ロシア革命にはロスチャイルド財閥といった金融勢力の支援がありましたので、対立する両サイドに対して何らかの働きかけをしていた可能性も否定はできないのです。革命、戦争、動乱等は、破壊と復興の両面における巨大なビジネスチャンスであると共に、既存の体制を破壊し、世界支配体制を構築する上でのステップでもあるのですから。

 こうした視点から見ますと、事件の焦点は、実数については不明なまでも朝鮮半島出身者による通常の個人的犯罪から、当時の司法省が否定した組織的な暴動やテロの有無に移ってきます。この点に関して、工藤美代子氏による『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』では、肯定論が積極的に展開されています。同書では、黒竜会の調査報告書として震災直後の9月1日から塀や井戸等に符合が付けられていたという奇妙な出来事が紹介されています。また、震災発生当時の朝鮮総督府警務局の文書には、震災後における朝鮮半島の様子も記されています。同地の社会・共産主義系の労働団体にあっては「放火は同士が革命のためにやった」とし、戒厳令によって目的を達成することができなかったと認識があったそうです。しかも、同警務局は、9月9日に上海を本拠地とする「義烈団」の団長が震災をチャンスとみて集めた部下を天津から東京に向かわせたこと、並びに、「保管していた爆弾五十個安東(韓国慶尚北道の日本海に近い都市)にむけて発想した」とする情報を得ていたというのです。

 これらの記述に関する真偽についても検証が必要なのでしょうが、同書ではさらに、「北海タイムス」が掲載した’朝鮮人テロリスト’の自白に関する記事等から、本来の決起の予定日は、摂政宮、即ち、昭和天皇の御成婚の日に定められていた11月27日ではなかったのか、と推測されています(震災により延期・・・)。蜂起の予定日に先立って大震災が発生したために急遽前倒しし、9月1日以降の騒動を引き起こしたのではないか、というのが工藤氏の大凡の見立てなのです(つづく)。

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関東大震災’関連の事実解明が困難となる理由

2023年09月12日 10時43分41秒 | 国際政治
 歴史にあって真相解明が困難を極める事件の多くは、情報の欠如や混乱といった‘情報’を原因としているケースが少なくありません。関東大震災朝鮮人虐殺事件もその一つであり、同事件を調べれば調べるほど、様々な矛盾点に遭遇します。それでは、何故、このような混乱や見解の相違が生じるのかと申しますと、おそらく、大震災発生当初から、政府による情報統制が行なわれていた形跡が認められるからです。

 2009年に出版された工藤美代子氏の『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』は、今日に至るまで、大虐殺が行なわれたと主張する「肯定派」、即ち、韓国朝鮮系の人々並びに左派系の人々から目の敵にされてきました。このため、‘虐殺はなかった’とする立場からの書物のような印象を受けるのですが、同書は、事実否定を目的としたものではないように思えます。同書において興味深いのは、むしろ、政府による情報操作の実態を明らかにしているところにあります。

 大凡の流れを纏めてみますと、(1)9月1日:関東大震災の発生、(2)震災発生初期:警察情報や取材に基づく新聞各社による朝鮮人暴動や犯罪の報道、(3)9月2日:戒厳令の公布と自警団の結成、(4)9月4日:戒厳令司令官による一般市民に対する武器携帯の禁止令と朝鮮人保護の決定、(5)9月5日:山本権兵衛首相による日鮮同化の観点からの「告諭」(6)9月7日:流言飛語を罰する勅令、(7)9月16日以降:新聞・雑誌等への検閲強化・・・となります。同経緯からしますと、暴動や犯罪が報じられた9月3日を境に朝鮮人に対する対応が一変しており、政府を挙げて自警団をはじめとした日本人から朝鮮人を保護する方向へと向かった様子が窺えます。

 9月4日以降、政府の方針転換があったとしますと、日本ファクトチェックセンターが根拠として挙げた翌月10月20日の司法省の発表も、政府の意向に沿った何らかのバイアスがかかっており、必ずしも事実を述べているとは限らなくなります。それでは、何故、急転直下とも言える転換が行なわれたのでしょうか。否、それ以前の問題として、震災直後における報道は、一体、何を意味するのでしょうか。

 新聞記事の多くは警察情報に基づいていますので、新聞社が記事をでっち上げたわけではなく、また、新聞各社とも被災地で取材し、そこで得た情報や証言等に基づいて記事を書いているはずです。震災によって通信網も遮断された状態にあって、全国の新聞社が示し合わせて捏造記事を同時に配信したとも思えません。つまり、事実である可能性は高いのですが、真相を推理するに際しては、伏線となる幾つかの背景を考慮しておく必要がありそうです。

 第1の歴史的な背景として、朝鮮半島における三・一運動、即ち、独立運動を挙げることができます。第一次世界大戦の講和に当たって、アメリカのウイルソン大統領が提唱した民族自決の原則は、日本国による韓国併合にも及び、朝鮮半島では日本国からの独立を求める声が高まっていました。

 第2に、当時、ロシア革命に成功した共産主義勢力は、組織的なネットワークを世界大に広げており、全世界の諸国における赤色革命を目指していました。日本国内でも、共産革命に向けた工作活動が行なわれていたため、当時の日本国政府は、社会・共産主義者の動きに神経を尖らせ、その取締に乗り出しています。関東大震災に際しては、9月3日に亀戸事件も起きています。

 第3に指摘し得るのは、共産主義勢力は、植民地支配を受けていた諸国においては民族独立運動の支援者でもあった点です。後に二重橋事件を起こした「義烈団」もま、共産主義勢力からの資金援助を受けており、本拠地が上海のフランス租界であったことも、同組織の‘国際性’を示しています。

 以上に述べた背景は、’関東大震災朝鮮人虐殺’に関連する一連の情報が錯綜し、政府の対応が変化した要因であるのかもしれません。関東大震災については、それを利用しようとする内外の様々な勢力や個人の思惑、並びに、これらに対するそれぞれの対応が入り乱れており、背景の複雑性が、事実の解明や真相究明を困難にしていると言えましょう(つづく)。

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ファクトチェックも‘デマ’になり得る

2023年09月11日 10時37分11秒 | 国際政治
 今月9月8日、日本ファクトチェックセンターは、「「関東大震災、朝鮮人が毒を入れようとしたのはデマではなく事実」は誤り」とする判定を公表しています。100年前の9月1日に発生した関東大震災に伴って発生した朝鮮人虐殺は、当時の日本人の多くが、同大震災に際して朝鮮半島出身の人々が暴動や犯罪に走ったとする情報を信じたことに依るとされています。

 先日公開された「福田村事件」を含め、同情報は流言飛語の類いであり、‘デマ’と決めつけられております。しかしながら、全く事実無根であったのか、と言う点については疑問が呈されてきました。事実であれば、‘朝鮮人虐殺事件’にあって日本人側の正当防衛の側面が強まりますし、虚偽であれば、デマ情報がもたらした民族差別的虐殺の側面が色濃くなります。

 日本ファクトチェックセンターは、朝鮮人虐殺事件そのものに関するファクトチェックのみならず、その原因となった情報の真偽の判定を試みたのでしょう。その結果は、と申しますと、上述したように「朝鮮人が毒を入れようとたのはデマではなく事実」という主張は‘誤り’というものでした。しかしながら、この判定、どこか回りくどく、人々をミスリードする誤魔化しがあるように思えます。何故ならば、「井戸に毒を入れた」は‘デマ’とされる情報のごく一部に過ぎず、部分否定をもって全否定を印象づけているからです。言い換えますと、「井戸に毒を入れる」という行為以外の犯罪はあり得ることとなるのですが、‘毒物容疑’に限っては、同センターは、嘘を吐いていないことにはなります。

 同判定に関して、日本ファクトチェックセンターは、大震災発生から1ヶ月以上を経過した後の1923年10月20日における司法省の発表を根拠としています。同省は、‘凶悪な事件で起訴されたものはいない’と述べているからです。しかしながら、同時に、「一部不逞鮮人の輩があって幾多の犯罪を敢行し、その事実宣伝せらるるに至った結果、変災に因る人心不安の折から恐怖と興奮の極、往々にして無辜の鮮人、又は内地人を不逞鮮人と誤って自衛の意を以て危害を加えた事犯を生じた」としており、組織的な暴動(凶悪な犯罪)はなかったとしつつも、一部の犯罪についてはその存在を認めているのです。

 このため、日本ファクトチェックセンターとは逆に、右派、あるいは、日本側からすれば、司法省の見解は朝鮮半島出身の人々による犯罪の実在性を認めた証言ともされてきました。この点からしますと、小規模であれ犯罪があったとすれば、同センターは、「「関東大震災、朝鮮人が毒を入れようとしたのはデマではなく事実」は誤り」ではなく、「「関東大震災、朝鮮人が犯罪を行なったのはデマではなく事実」は事実」とも表現できたはずです。尾びれ背びれが付いているにせよ、歴史的な事実としては存在していたのですから。

 たとえ朝鮮独立運動並びに社会共産主義運動と結びついた大規模な革命的な暴動ではなくとも、災害時における犯罪は、一般の日本人にとりましては脅威であり、警戒すべき事柄であったはずです。昔から火事場泥棒という言葉もあるように、火事や地震などの災害時にあっては治安が乱れるのが常です。未曾有の被害をもたらした関東大震災にあっての人々の言い知れぬ恐怖心は、想像に難くありません。ごく一部の人々の犯罪であっても、それがもたらす心理的影響が予想を超えて広がることもあるのです(群集心理・・・)。

 そして、ここに日本ファクトチェックセンターの問題も見えてきます。何故ならば、ファクトチェックによる判定もまた、人々に過剰な感情的な反応を引き起こす一種の‘デマ’となり得るからです。そもそも、同センターが100年前の出来事についてわずか1週間足らずの調査で真偽を判定できるはずもありません。歴史家でさえ、一生をかけても事実に行き着かないことも稀ではないのですから。十分なチェック時間も労力もかけていない点において、その判定が信じるに足りないことは明白です。しかも、関東大震災時における真偽の問題は、長年に亘って論争的なテーマでもありました。こうしたセンシティブな問題に対して、安直、かつ、主観的に‘朝鮮人犯罪は一切なかった’とする印象を与えるような判定を行ないますと、逆方向での誇張や拡大解釈となりかねないのです。

 この結果、同判定に対する過剰な反応が招き、韓国や北朝鮮、並びに、日本国内の朝鮮半島出身の人々が、日本人に対して怒りを新たにするかもしれません。終戦前後における蛮行は棚に上げて、自らの被害者としての意識が強まり、日本人に対する敵愾心や復讐心を燃やすかもしれないのです。あるいは、逆に、アンフェアな日本ファクトチェックセンター、並びに、朝鮮半島の人々に対する一般の日本人の不信感や反感が募るかもしれません。ここにも、100年前と同様に、情報がマイナスの‘群集心理’を引き起こすリスクが潜んでいると言えましょう。

 全知全能でもなく、また、情報伝播の危険性を熟知していればこそ、ファクトチェックセンターは、判定に際して双方の感情的な反応をも考慮したより公平で慎重な姿勢が必要であったように思えます。今般の問題のみならず、偏った作為的なファクトチェックは‘デマ’ともなり得ますし、感情を煽りかねないからです。調査や証拠等の不足、または解釈の相違により真偽の判定が困難なケースについては結論をペンディングする、あるいは、後日の公平で中立的な調査結果に委ねたほうが、余程正直で誠実な態度ではないかと思うのです(つづく)。

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