万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

政党政治が民主主義を損ねる?

2022年06月22日 17時08分48秒 | その他
 7月10日に予定されている参議院選挙は、本日、6月22日に公示されます。530人が立候補すると報じられておりますが、近年、’政党政治が、むしろ民主主義を損ねているのではないか?’とする疑いが濃くなってきているように思えます。

 これまで、政党政治、あるいは、複数政党制は、議会制民主主義を具現化する基礎的な制度として理解されてきました。複数の政党が議席、さらには、政権を競う複数政党制では、有権者である国民による自由かつ民主的な選挙の実施を前提としているため、一党独裁体制や独裁体制に対する’反対語’としても解されてきたのです。’複数の政党が存在しているのだから、自分の国は民主的国家である’とする安心感を国民に与えていたかもしれません。しかしながら、今日、この固定概念を覆すような現象が頻発しているのです。

 先ずもって、前回のアメリカ大統領選挙にあって、政権の正当性まで問われる選挙不正疑惑が起きました。たとえ複数政党制の下で民主的選挙が実施されたとしても、裏にあって巧妙な選挙不正が行われていたのでは、民主主義は一瞬にして消えてしまいます。デジタル投票制度の導入が進むほど、外部からのサイバー攻撃のみならず、内部者による数値改竄といった新手の手口も登場しますので、不正が行われやすい状況となるのです。

 第二に、政党という存在自体がマイノリティー化している点です。与党の支持団体として統一教会や創価学会などの新興宗教団体が指摘される一方で、野党側には、共産主義者やリベラル活動家が集っています。これでは、政治は民意や国民の一般的常識から遠のくばかりであり、政治は、人口比において数パーセントにも満たない少数派の人々によって凡そ独占されてしまうのです。しかも、グローバル化に伴って与野党ともに海外勢力のコントロール下に置かれるともなれば、民主主義国家にあっても、政治は、ますます国民の手から離れてゆきます。

第三に、与野党間における二頭作戦の疑われる現象もみられます。政党政治とは、国民の各自が、政治信条に基づくものであれ、何であれ、自らが支持する政策を掲げた政党を自由に選ぶことを前提としています。ところが、近年、与野党間の政策的違いが希薄化する一方で、どの政党を選んでも、国民が何らかの形で不利益を受ける結果を招きかねない事態が生じています。例えば、現政権に対して国民が不満であったとしても、野党側の公約にあってより望ましくない、あるいは、同様の政策が含まれている場合には、国民は、何れにしても’悪い選択’しかできないのです。このため、棄権も増えてしまうのですが、無党派層の拡大は、民意に沿った政党が存在しない現状の表れであると言えましょう。

第四に懸念すべきは、一党優位体制による歪です。報道によりますと、今般の選挙にあっては、32の一人区全てにおいて、野党側は候補の一本化を見送ったそうです。政党支持率からしますと、自民党が40%弱で他の政党を大きく引き離しています。この状態であれば、32区はすべて自民党が獲得するものと予測されます。参議院の一人区、並びに、衆議院の小選挙区では大政党が有利となりますので、日本国のような一党優位体制では過半数以上の票が死票となり、民主主義を歪めてしまうのです。

第五に問題とすべきは、政党間の談合です。上述した一人区における与野党の選挙方針にも談合が疑われるのですが、与党間の’談合’も深刻です。例えば、衆議院の小選挙区では、自民党が公明党に議席を譲るために、自らは候補者を擁立するのを控えている選挙区もあります。自民党と公明党との間には、政策的な相違点のみならず、宗教的な立場の違いもありますので、政党間談合は国民の選択肢並びに自由を奪っているに等しくなります。

そして、第六に指摘すべきは、政党政治、並びに、それを支える政党中心の選挙制度では、候補者の個人的な資質や能力が問われていない点です。議会において法案を可決させる要件は、過半数の賛成を得ることです。このため、’政治は数’となる傾向が強く、知名度の高さが候補者の選定基準となりがちなのです。タレント候補が乱立するのも、各政党とも、個々の議員に対して政治家としての仕事を期待していないからなのでしょう。

以上に、主要な忌々しき現象について述べてきましたが、果たして、今般の選挙において、政治制度そのものの改革を訴える候補者は登場するのでしょうか。船底の板が壊されそうな船にあって、甲板では乗客に沈没の危機に気が付かれぬように、船長をはじめ船員たちが政治劇を演じているようでは、乗客となる国民は心配でいたたまれないのではないかと思うのです。

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亡き父を偲んで-「ギザのピラミッドの構造の謎を推測する」

2022年02月21日 16時30分55秒 | その他

 父を亡くしてから本日で一月が経ちました。悲しみと疲労のあまりに体調を崩してしまい、本ブログの更新も一月のお休みをいただくこととなりました。大変申し訳なく、心よりお詫び申し上げます。本日より、ブログ記事の掲載を再開したいと存じますが、本日は、亡き父を偲びまして、父が生前に執筆しました論文をご紹介いたしますことをお許しくださいませ。

 

 研究者としての姉裕子並びに私の原点は、幼き日の父の書斎にございました。学校などでどんなに嫌なことがあっても、父の書斎に入り込みますと、そこには、時空を超えた別世界が広がっていたからです。お気に入りは『世界の七不思議』や世界歴史シリーズといった歴史ものであり、机に向かう父の背中の後ろで、ページをめくっては歴史のロマンに浸っていたものです。父の書斎は、幼き私ども姉妹にとりまして安心できるアサイレムであると共に、知的好奇心を掻き立て、見知らぬ世界への想像力をも育んだ揺り籠でもあったのかもしれません。

 

 本日、ご紹介いたしますのは、平成21年9月1日に刊行された『学士會会報 第878号』(学士会、八四~八七頁)に掲載された父の論文です。父の専門は土木工学であり、長らく橋梁、特に橋構造の研究に携わってまいりました(東北大学名誉教授)。本州四国連絡橋や横浜のベイブリッジなど、大型の国家プロジェクトが相次いだ華やかなりし時代に生まれあわせましたのも、父にとりまして大変幸運なことであったと思います。本論文は、もとより歴史好きの父が構造工学の観点から世界の七不思議の一つであるピラミッド建設の謎、すなわち、200年かかるような巨大建造物を20年足らずで完成させた謎に迫ったものです。固定観念や先入観を排して真実を見出そうとする父の姿勢は、常に私どものお手本でもありました。

 

 なお、4年前に二度の心肺停止から奇跡的に蘇生した父は、意識を取り戻しますと、病床にあって私ども姉妹に3人で同論文を基にして本を出版しようと提案いたしております。歴史家の姉の裕子が古代エジプト史全般を、私が古代国家の統治形態について担当することにしたのですが、私が『死者の書』の冗長な記述に辟易して遅々として筆が進まなかったこともありまして、結局、父との’ピラミッド出版プロジェクト’の約束を果たすことができませんでした。せめて本ブログにて父の論文を掲載いたしますことで、多くの方々に、私ども姉妹をも驚嘆させました興味深い父の説を知っていただけたらと願う次第でございます。

 

「ギザのピラミッドの構造の謎を推測する」 倉西 茂

 

Ⅰ ヘロドトスの『歴史』のピラミッド建造法

 

 ギリシャの歴史家・ヘロドトス(四八四~四二五紀元前)は、「歴史の父、Father of History」とする賛辞を享受する一方で、「ほらの父、Father of Lies」の異名もとる。ヘロドトスに対するほら吹きとする批判の理由は、その名著の『歴史』において、荒唐無稽な話がしばしば出てくることにある。

 こうしたヘロドトスの信憑性の低い記述のうちで、後世の考古学者や建築家たちを悩ませ続けてきた代表的記述が、エジプトのギザの台地の上に立つクフ王のピラミッドに関するものである。ヘロドトスは、『歴史』巻二の第124段と第125段で、以下のように述べる。

 

 ―ピラミッド自体の建造には二十年を要したという。ピラミッドは(基底が)方形を成し、各辺の長さは八プレトロン、高さもそれと同じで、磨いた石をピッチリと継ぎ合せて造ってあり、どの石も三十フィート以下のものはない。

 さてこのピラミッド建造に用いられた方法は階段式の構築法で、この階段(アナバトモス)のことを、クロッサイ(「胸壁」)という人もあり、またボーミデス(「祭壇の階段」)の名で呼ぶ人もある。はじめにこのような「階段」を作ってから、寸の短い材木で作った起重装置で残りの石を揚げるのであるが、まず地上から階段の第一段に揚げる。石がここに揚がってくると、第一段に備えつけてある別の起重機に積んで第二段目に引き上げられる。階段の段の数だけ起重機が備えてあったと考えられるからであるが、あるいはしかし、起重機は移動し易いものが一機しかないものを、石をおろしては順々に上の段へ移していったのかも知れない。両様の方法が伝えられているので、われわれも伝承に従って二つながら記しておこうと思うのである―

(松平千秋訳・ヘロドトス『歴史』より)

 

 ヘロドトスが記すように建築法でピラミッドを全部石で敷き詰めて建造した場合、ピラミッドが完成するまでには膨大な年月がかかるはずである。一日二五個ずつ積み上げても、二七四年の歳月を要するとの指摘もある。しかし述べたように、ヘロドトスは僅か二〇年でピラミッドは完成したというのである。巨大なピラミッドをどうやって二〇年で建造したのか。起重機が一基しかなかったならば、一日二五個も積み上げるのは不可能に近い。もちろん砂の斜路を利用したという説も現在は唱えられているが。これこそが、考古学者や建築家を悩ませてきたピラミッドの謎であり、クフ王のピラミッドが「世界の七不思議」に数えられている理由ともなっていると言えよう。

 しかしヘロドトスの記述に基づく築造法によって算出される建設年数をめぐる諸仮説には盲点があるように思う。それは、《ピラミッドの全てが、石で積み上げて造られていたと仮定した場合の想定年数である》ということである。

 

Ⅱ ピラミッドは砂でできている

 

 ピラミッドの建造に関する仮説は、どうも構造工学的に見て納得のいかないものが多い。そこで、ピラミッドの構造を次のように考えることはできまいか。まず、ピラミッドは全部石を積み上げて造られたものではない。外部に見えている石は石垣のようなもので、内部は砂である。

 外壁の石積みを何段か造る。それと並行して、王の間、王妃の間、大回廊、重力軽減の間などの内部の石構造も、まずはその下部の方を建造する(言い換えれば、ピラミッドの外壁に囲まれた空間のなかに、もう一つビルディングを造るようなもの)。ある程度できたところで、外周の石積みと内部の石構造の間を砂で完全に埋める。この操作を繰り返し、段々と石積みを高くして完成させることができる。こうすれば使用する意思の量は全部で埋めるよりもはるかに少なくて済むし、石切り場から内部構造用に石の大きさを調整しながら切り出すという手間も省けることになり、よりスピーディーな建設が可能となる。

 ピラミッドの斜面の角度も、砂を自然に盛り上げた時にできあがる角度を砂の安息角(あるいは内部摩擦角)というが、この安息角を考慮して、造られたと考える方が構造力学的には自然である。砂の安息角は大体四六度程度[i]と考えられる。斜面の角度がこの大きさなら砂を積み上げただけで大ピラミッドを形造ることはできるのである。また安息角より石積みの角度が急な場合は、安息角でできている円錐と石積みの間になる砂が石積みを押すことになる。石積みは内側にせり出し構造となっているので、内部に倒れ込む力が生じるが、この力をその間にある砂の圧力と砂の受動圧で抵抗するので、このバランスを考えて石積みの角度を決めれば、石積みは安定を保つことになる・

 上昇斜路の逆さ階段になっていることについても、砂の圧力を受ける天井板を単に階段状に積み上げていったもので、我々はその下面を見ているだけのことになる。階段状に狭くなっている開口部の形状には別段、意味はなく、エジプト人はアーチを知らなかったことから、石をせり出して造ったとも考えられる(英語でcorbel archと言う)。こう考えると、ピラミッドの建設は、そう不思議なものではなく比較的簡単に造れるものなのである。

 さらに、ピラミッドの内部に作業空間を作れるならば、エレベーターのかごの重さはロープで繋がれた錘でバランスが取られているように、積み石と空箱をロープで繋ぎ、空箱に砂を詰めてゆくことで、砂の重量を用いて、石を吊り上げることも可能となる[ii]。そうなれば、古代エジプト人の技術者は今まで人が考えていたようはるかに優秀であったことになろう。

 こうした仮説は、以下の点から補うことができる。第一に、フランスの調査隊がピラミッドの内部壁面にドリルで穴を開けたところ、そこから砂が出てきたという。ピラミッドの内部が砂でできることを示す物的証拠と言えよう。第二に、階段ピラミッドの建設では、数メートルの竪穴の底にある玄室に王の棺を納めるために、初めに竪穴を砂で埋め、その上に王の棺を置き、砂を抜いてゆくことで徐々に竪穴の底に玄室を安置するという工法が採られたという。ピラミッドの建設に砂の特性を利用するということが、古代エジプト人の発想としてあったと考えられるのである。第三は、ヘロドトスが最初に階段状の胸壁が造られたと述べていることである。ヘロドトスはピラミッドのいわば“容器”の部分の建設のことを述べていることになるのである。

 

Ⅲ ピラミッドは二〇年で建設できる

 

 このようにギザの大ピラミッドは砂山であるとする仮説を打ち出したが、今考えられてきたように、石を積み上げてできたという仮説に比べて、砂山であるとすると、どのくらい少ない労力と年数でできるか、簡単な計算をしてみよう。底辺の幅が二三〇メートル、高さを一四五メートルとすると、その体積は約二五六万立法メートルとなる。斜面の長さを一八五メートルとすると表面積は八・五万平方メートルとなる。石積みの厚さを平均一〇メートルとすれば、使用石材は三分の一となる。厚さが、平均で二・五メートルならば、使用石材は一二分の一以下となり、二〇年単位での完成は可能である。すると、外側の石ブロックの大きさは下部で一・五メートル、上部の方で〇・五メートル程度と考えると、平均で三列程度であると推測できる。

 構造工学の視点からピラミッド建設の謎に迫ってみたが、ピラミッドとの建設には砂が利用されていると考えると、ヘロドトスの記述のなかにも整合性と信憑性を認めることができるのである。さらに、仮にピラミッドの大部分が砂であるならば、クフ王の玄室は、あるいは砂の海の中に浮いている可能性を指摘することができるかもしれない。玄室の周りが砂の海であるならば、盗掘者は盗掘抗を掘ることは難しい。最も安全であるということにもなろう。地中レーダー等による更なる科学的調査が待たれるところである。

 クフ王のピラミッドには、その建設目的やその他の多くの謎が残されている。しかし、構造が明らかになることにより、今までの定説を見直す必要も生じるそれが謎解きの手掛かりとなれば、幸いである。

 本稿を奏するに当たり倉西裕子の助けを得た。感謝の意を述べたい。

 

[i] 川上房義『土質力学』森北出版、1977. pp.93

[ii] この原理を使った登山電車(Nerobergbahn)がドイツのヴィースバーデンで、砂ではなく水の重量を用いているが、運行されている。

 

 父には遠く及びませんでしたけれども、いつの日にか、’この父にしてこの子あり’と言われてみたいと心の中で秘かに願っております。


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お知らせ

2022年01月24日 15時09分09秒 | その他

 去る1月21日の晩、父が、長い闘病生活の末に帰幽いたしました。つきましては、暫らくの間、ブログの更新をお休みさせていただきたく存じます。やさしく、子煩悩な父であり、生前の姿を思い出すたびに涙が頬をつたいます。どうぞ、悲しみに免じてご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。


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お詫び

2022年01月21日 18時29分57秒 | その他

 本日は、父が入院いたしましために、本ブログ記事の更新をお休みいたしました。どうぞ、ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。なお、しばらくの間、更新が難しくなるかもしれず、重ねてお詫び申し上げます。


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スパイク蛋白質合胞体生成説が示唆するワクチンへの疑問

2021年12月30日 13時19分55秒 | その他

 遺伝子ワクチンにつきましては、安全性の証明が不十分な点が、同ワクチンの接種を拒む最大の要因となっております。実際に、厚労省が公表した件数だけでも接種後の死亡報告が1400人を越えており、この数も氷山の一角とされています。軽度の体調不良も含めれば、相当数の健康被害が発生しているものと推測されましょう。このため、ネット上では、専門家から一般の人々に至るまで、様々な立場から同ワクチンのリスクに関する議論が続くこととなったのですが、ニュースサイトのコメント欄にて気になる投稿を発見いたしました。

 

 同コメントの内容を要約しますと、’ワクチンとして体内に投与された人工mRNAは、合胞体でしかスパイク蛋白質を生成しない。人体の細胞における合胞体は、骨格筋繊維、並びに、心筋の細胞である。故に、他の臓器の細胞ではスパイク蛋白質は生成されず、安全である。’というものです。スパイク蛋白質の形成には合胞体を要するとする説は初耳でしたので、読み捨てることができなかったのです。合胞体という聞き慣れない用語が登場するところからしますと、ワクチン安全説を唱える専門家による投稿のようなのですが、何か重要な意味があるように思え、合胞体について調べてみることにしました。

 

 合胞体とは、複数の核を含んだ細胞を意味します。同細胞には、昆虫の初期胚のように細胞分裂で形成される形態と、正常な細胞が融合して巨大細胞となる形態の二種類があり、人体の場合は後者なそうです。通常の細胞には核は一つしかありませんので、例外的で特殊な細胞ということになりましょう。このため、同細胞を有する臓器は限られています。上述したように、同コメントでは、骨格筋繊維と心筋の二つとしています。脳を含む全身の細胞においてスパイク蛋白質が生成されるわけではないと主張することで、ワクチン接種の安心材料にしたかったのでしょう(もっとも、心筋が含まれている時点でむしろ不安が増すのでは…)。

 

 骨格筋繊維と心筋に限定したことで、同説は、コロナワクチンが筋肉注射であること、並びに、政府も認めざるを得なかった健康被害が心筋炎である理由を説明します。しかしながら、ネット上には、心筋については、かつては合胞体と考えられていたものの、今日では、この説は否定されているとの記事がありました。Wikipediaにあっても、合胞体の説明には心筋に関する記述はありません(wikipediaの英語版では、合胞体として胎盤、骨格筋、平滑筋、破骨細胞と並んで心筋が列挙されていますが、複数の核を含む純粋な合胞体ではなく、機能的なものとして区別している…)。心筋が合胞体から外れますと、心筋炎の説明は付かなくなるのですが、その一方で、ワクチンの安全性は高まりますので(少なくとも、再生不能な細胞が免疫細胞や抗体からの直接的な攻撃は受けない…)、この間違いは朗報にも聞えます。ところが、wikipediaの記事をよく読みますと、合胞体として心臓ではない別の臓器が記載されているのです。そして、その臓器こそ、哺乳類の胎盤であるというのです。

 

 哺乳類の胎盤というキーワードで、同ワクチンが登場した時期に注目されたファイザー社の元副社長の方の警告を思い出された方もおられるかもしれません。この時は、同ワクチンによって生成された抗体やキラーT細胞などがスパイク蛋白質の同族体である胎盤のシンシチン細胞を攻撃するというお話しでした。ファイザー社は、一早くこの説の火消しに回ったのですが、胎盤に合胞体が含まれるとしますと、最初の説とは別の機序によって人類の胎盤が危機に晒されていることとなります。因みに、合胞体の英語表記はsyncytium(シンシチウム)です。

 

また、合胞体は、ウイルス感染に際しても形成されます。合胞体を造る代表的なウイルスは、ヒトヘルペスウイルスや、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)、パラミクソウイルス等なそうです。新型コロナウイルスについては不明なのですが、この情報も、ワクチン出現初期にあって指摘されていたAIDS患者のリスクを思い起こさせますし(大量にスパイク蛋白質が作られてしまう?)、同患者の体内において変異株が出現しやすいとする説とも符合しているように思えます。

 

そもそも、合胞体でしか人工mRNAがスパイク蛋白質を生成しないとする説が正しいのかどうか(怪しいかもしれない…)、この点も、医科学的な検証を要するものの、コロナワクチンと合胞体との間には、何らかの関連性があるように思えます。謎が謎を呼んでいるのですが、皆様方は、どのようにお考えでしょうか。


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脳内は聖域では?-ブレインテックの重大なリスク

2021年12月29日 13時07分54秒 | その他

 ’思考盗聴’といった言葉から思い浮かぶのは、未来において出現が予測されるSFチックな犯罪形態です。まだまだ先のお話のようにも感じられるのですが、実のところ、その出現は、既に目の前に迫っています。ブレインテックという名において。

 

 ブレインテックとは、「脳内の思考を自由に読み取ったり操作したりする技術」と説明されています。ここで注目すべきは、この技術を用いれば、誰もが、他者が考えていることを’自由に’知ることができ(’脳の見える化’)、また、自らの思うとおりに他者の思考をコントロールすることができる、ということです(もっとも、この技術によって読み取れるのは、思考内容を脳内において文章化された言葉であるのか、それ以前の観念段階であるのかは、不明…)。

 

 この技術さえ入手すれば、莫大な利益がもたらされる可能性があることは言うまでもありません。とりわけ犯罪者に。例えば、銀行口座の暗証番号などは、脅したし、賺したりしなくとも一瞬で手に入りますし、外部から脳内を操作すれば、盗まなくとも自ら進んで財産を差し出すかもしれません。詐欺罪も有名無実となりましょう。そして、一般の財産権のみならず、知的財産権も重大な脅威に晒される権利の一つとなりましょう。如何なる発見や発明をしようとも、それが頭に浮かんだ時点で外部に筒抜けとなり、他者のものとなり得てしまうのですから。

 

 また、同技術が社会一般に普及するとなりますと、人類の社会は’これまでに経験したことのない’破滅的なダメージを受けることでしょう。虚言や虚証等がなくなるとして歓迎する向きもありましょうが、脳内で考えていることと口から発生られる言葉とが異なることは日常茶飯事です。むしろ、嘘も方便という諺もあるように、人間関係を円滑に保つためには、思っていることをストレートに口にすることが憚られるケースは多いのです。例えば、心の中では’NG’でも、言葉では、’それは良いですね’と答えてしまった経験は誰にでもあるはずです。’この人は苦手…’と心の中で感じても、それを言葉や顔に出さなければ相手を不快にすることはありませんが、ブレインテックが使用されますと、この苦手意識が相手にも分かってしまうのです。双方に、何とも気まずい空気が流れるかもしれません…(’大っ嫌い’であればより深刻な結果が…)。

 

 その一方で、ブレインテックの研究を進めている人々は、同技術は、身体に障害のある人の生活を援ける、あるいは、テレパシーにように頭で考えただけでコンピュータを動かしたり、他者とコミュニケーションがとれるとしてその有用性を強調しています。しかしながら、これらの理由は、同技術の開発や実用化を正当化できるのでしょうか。

 

脳とは、その人の人格そのものといっても過言ではありません。そして、人格とは、唯一無二の固有の意思を有する人としての存在そのものであり、不可侵なものとされています。かつ、脳はおよそ魂の宿るところともされますので、如何なる理由があろうとも、脳内に生じる思考空間に他者が立ち入ることは許されないはずなのです(本来、聖域であり、禁足地のようなもの…)。ところが、ブレインテックを使えば、他人によって自己の内面が完全に掌握されてしまいます。誰かがこの技術を悪用すれば、外部者の脳内操作により他者のロボット化、否、事実上の奴隷化も不可能ではありません。言い換えますと、ブレインテックは非人道的な邪悪な技術の側面が強く、その有益性、有用性を上回っているように思えるのです。そして、ブレインテックの開発には莫大なコストを要し、脳内読み取り・操作機器が極めて高価であるとしますと、それを自由に使えるのは、一部のIT大手や富裕者ということにもなりかねないのです。他の人類は、なすすべもなく、無防備なままに同技術の攻撃的な侵害性に晒されるかもしれません。

 

身体に障害のある方々を救うためには、むしろ神経細胞の再生や修復といった先端医療の研究開発に期待すべきですし(脳に対する医科学的な介入は、機能に関連するハード面、あるいは、医薬品による治療に留めるべきでは…)、テレパシーの必要性を感じている人もごく少数なのではないでしょうか(軍事面でも傍聴される可能性があるので、必ずしも望ましいとは限らない…)。指を使ってキーボードで入力する手間が省けるとして喜ぶ人は、相当の面倒くさがり屋さんなのかもしれません…。何れにしましても、ブレインテックの研究については倫理的な議論を要するように思えます。同技術に関する報道を見聞きする度に、暗い未来しか思い描くことができないのです。


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オミクロン対策のワクチン追加接種は危険では?

2021年12月27日 14時31分30秒 | その他

 新たに南アフリカで誕生したとされるオミクロン株は、瞬く間に全世界に広がり、日本国内でも市中感染が起きているとの指摘があります。メディアも連日のように’オミクロン恐怖’を報じているのですが、オミクロン株の性質を考慮しますと、政府が推進している追加接種は、むしろワクチン・リスクを高める可能性が高いように思えます。

 

 オミクロン株が恐れられている最大の要因は、その高い感染力のみならず、免疫回避性にあります。海外のメディアが報じるところによりますと、オミクロン株の感染者の8割程度が二度のワクチン接種済みの人々であったそうです。つまり、同データは、オミクロン株には接種者の方が感染し易い傾向にある、あるいは、接種率が全国民の8割程度とすれば、接種者も未接種者も感染リスクには全く変わりはないことを示しているのです。この事態に対して、何れの政府も、第3回目の追加接種を急いでいますが、この判断、正しいのでしょうか。

 

第1に考えるべきは、オミクロン株が弱毒化株であるケースです。南アフリカでは、国民の凡そ7割が感染力の強い同株に自然感染したため、ワクチンを接種することなく抗体を獲得したとの指摘があります。未接種者であれ、接種者であれ、オミクロン株は怖れるに足りず、同株を理由とした政府による追加接種キャンペーンも不要ということになりましょう。

 

第2の可能性は、オミクロン株の免疫回避性は、ADE(抗体依存性感染増強)を意味しているというものです。ADEは、既存株用に開発されたワクチンの中和抗体の多少にかかわらず、不適切な悪玉抗体、即ち、ADE抗体に起因するものです。この場合、ADE抗体がマクロファージやB細胞などの免疫細胞への感染を招いてしまいますので、事態は深刻です。現行のワクチンでは中和抗体のみならず、同時にADE抗体をも産生しますので、追加接種によって接種者がさらに感染し易くなるリスクが認められましょう(ワクチン接種は免疫力を低下させるとする説もあり、新型コロナウイルス感染症のみならず、他の感染症や癌等にもかかりやすくなるのでは…)。

 

ADEに関連して第3に指摘し得るのは、変異株であるオミクロン株に対して免疫原罪、あるいは、抗原刷り込み(インプリント)が発生している可能性です。免疫原罪とは、メモリーB細胞が優先的に従来株に対して再活性化するため、変異株への免疫反応が著し低下する現象を意味します。このケースでも、追加接種は、全く以って無意味となりましょう。むしろ、従来株に対する反応が強化されるのですから、免疫原罪を強めてしまうかもしれません。

 

仮に、追加接種にワクチン効果の増強を期待できるとしますと、それは、時間の経過とともに減少する中和抗体を補うために’ブースト’する、というものです。第4の可能性にあっては、抗体量が評価の絶対的な基準であるならば、確かに追加接種の必要性は認められましょう。しかしながら、ワクチンが短期間に効果が消滅するならば、再三指摘されているように、摂取者は、血栓や心筋炎等のリスクの医ならず、ワクチンの多重接種のリスクに直面せざるを得なくなります。同一抗原の遺伝子ワクチンを接種すると、動物実験とはいえ、5回目頃から死亡率が急上昇し、7、8回で凡そ半数が死亡するとする重大な指摘もあります。また、中和抗体量が減少しても、ワクチン接種によって獲得免疫が得られていれば、追加接種を急ぐ必要はないとする専門家の見解も示されております。

 

以上に、オミクロン株について幾つかの可能性を見てきましたが、何れの可能性にあっても、’追加接種は危険である’とする判断に至ってしまいます。それにも拘わらず、何故か、政府は、追加接種を急いでいるのです。追加接種が唯一の対策であるかのようにワクチン接種を急ぐ政府の態度には、不信感ばかりを募らせる国民も少なくないのではないかと思うのです。


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お詫び

2021年12月07日 20時57分23秒 | その他

 本日は、父の体調不良のため、ブログの更新をお休みいたしました。どうぞ、ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。


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増加し続ける中国人移民の問題

2021年12月03日 12時51分50秒 | その他

 2020年末での数字ながら、中国メディア新浪財経は、青書「中国国際移民報告2020」を引用する形で、2019年において同国が1000万人を越える移民を海外に送り出したとする記事を発表しています。現在のところは、コロナ禍の影響で増加率は鈍化しているのでしょうが、1000万人と言えば小国の人口をゆうに超える数字ですし、この勢いが10年続けば、1億人以上の中国人が海外に渡ることになります。100年後には、中国本国が‘空地’になる事態も想定されますが、日本国を含め、自由主義国は、中国人移民の激増を放置してもよいのでしょうか。

 

 中国からの移住先国のトップ3は、アメリカ、日本、カナダであり、何れも自由主義国です。この順位を裏付けるかのように、先日も、日本国内の外国人居住者の数が過去最大を記録し、その内、出身国の第一位は中国であると報じられていました。今般、日本国政府は、特定技能2号資格の対象を大幅に拡大する方針を示していますが、同政策が実現すれば、中国人移民の数はさらに増加することでしょう。

 

2号資格を取得すれば、永住資格のみならず日本国籍を取得することも容易となります。居住年数などの取得要件の大半を、自動的に満たすこととなるからです。そして国籍の取得は、同時に参政権を得ることを意味します。否、武蔵野市で外国人に住民投票を認めるような条例が制定されようものなら、多くの中国人が日本国において政治的権利を行使し得ることとなりましょう。それでは、中国人、あるいは、中国出身の中国系日本国民が政治的権利を行使しますと、どのような事態が起こり得るのでしょうか。

 

ここで先ずもって問題となるのは、価値観の共有の如何です。と申しますのは、中国は、一党独裁体制下にあり、自由、民主主義、法の支配、個人の基本権利の尊重、あるいは、人道といった、人類普遍とされる諸価値が蔑ろにされているからです。しかも、表向きは平等を掲げながら、その実、序列造りが大好きな国でもあります。加えて、統治機構を見ましても権力分立が否定されていますので、権力の暴走や濫用を制御する機能も働いてはいません。中国で教育を受けた人々は、習近平国家主席をトップに仰ぐ個人独裁の‘洗脳’を受けていますので、日本国民とは政治的価値を共有していないのです。

 

一党独裁や個人独裁を是とする価値観を有する人々が日本国内において政治に参加する事態が起きるとすれば、日本国は、程度の差こそあれ、内部から’共産化’する、あるいは、全体主義に侵食されるリスクを負うこととなります。そして、中国からの移民数、あるいは、日本国籍取得者数が増加すればするほど、同リスクは比例的に上昇するものと予測されるのです。現状でさえ、与野党を問わずに政党レベルでは親中派が浸透しているのですから、今後は、’中国票’欲しさに’転向’する政治家が続出するかもしれません。

 

 今日の日本国の政界を観察する限り、上述した忌々しき未来は決して絵空事とも思えません。自由主義国の政府は、自らの政治的な価値を護るためにも全体主義国家からの移民に対しては厳しい態度で臨むべきなのではないでしょうか。そして、国籍取得に際しての審査においては、最低限、憲法の順守を絶対条件とすると共に、その政治的価値観をも問われるべきように思えます。中国共産党、あるいは、習近平国家主席への忠誠心を含め、独裁体制や全体主義体制を是とする価値観を一切捨てない限り、自由主義国は自国の国籍を与えてはならないのです。民主的制度を逆手にとった狡猾な’共産化’、あるいは、全体主義体制への移行が、自由主義国を舞台に起きてしまってからでは遅いのですから。


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お詫び

2021年11月25日 19時04分50秒 | その他

本日は、伯父の祭事につき、ブログの更新をお休みいたしました。どうぞ、ご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。


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’カウンター・ウイルス’開発の可能性-「エラー・カタストロフの限界」理論

2021年11月22日 11時21分22秒 | その他

 日本国内では、コロナの第5派が凡そ終息するという摩訶不思議な現象が起きております。この現象の要因については、ワクチン効果説、人流抑制説、季節性説、周期説など様々な説が唱えられていますが、中でも興味深いのが、新型コロナウイルスがマイナス方向に変異したのではないか、というものです。

 

 この説、「エラー・カタストロフの限界」理論と称されるもので、ドイツの生物物理学者であり、ノーベル化学賞を受賞した故マンフレート・アイゲン氏が、1971年に唱えたものです。それでは、どのような説であるのかと申しますと、「ウイルスが増殖する際にコピーミスが起き、変異株が出現する。中には増殖の速いタイプのウイルスが生まれ、急速に感染が拡大。しかし、増殖が速ければコピーミスも増える。一定の閾値を超えると、ウイルスの生存に必要な遺伝子まで壊してしまいウイルスが自壊する」というものです。この理論を今般の日本国内における第5派収束に当て嵌めますと、以下のように説明が成り立つかもしれません。

 

’コロナウイルスには、一本鎖のRNAウイルスであるために遺伝子配列が変異しやすい性質がある。このため、同ウイルスは、nsp14と呼ばれる酵素を備えており、同酵素の働きにより変異が生じても自己修復することができる。ところが、変異が繰り返されると、同酵素の生成に関する遺伝子まで変異を起こしてしまう。nsp14を失うと、同ウイルスは修復されることなく高スピードで変異しつづける(nsp14が欠損すると変異率は15倍に上がるとも…)。遺伝子配列が崩壊するため、もはや増殖することもできなくなる。この結果、コロナ禍は終息する。’

 

もっとも、この説では、何故、日本国においてのみ「エラー・カタストロフの限界」が起きたのかという疑問が残ります。新型コロナウイルスは全世界で猛威を振るってきましたので、他の諸国でも同様の現象が起きるはずです。この疑問に対しては、特に東アジアやオセアニアの人が多く有する人体の側の抗ウイルス機能が指摘されております。驚くべきことに、これらの地域の人々が体内に備えている「APOBCE」という酵素が、nsp14を変異させているというのです。実際に、第5派の末期では、殆どすべての感染者はnsp14が変異したウイルスに感染していたと報告されています(国立遺伝学研究所と新潟大のチームの研究による…)。

 

以上の説が事実であれば、今後、海外からnsp14を完全に備えた別の変異種が流入しても、然したる対策を講じずに放置したとしても、日本国内ではやがて「エラー・カタストロフの限界」に達し、第5派と同様に自然に終息に向かうということになりましょう。ワクチンの追加接種も必要なければ、警戒されている第6派も、もはや怖くはないということになるのです。もっとも、「エラー・カタストロフの限界」に至るまでの間には、第5派と同様に感染拡大は起きますし、重症化したり、亡くなられる方もおられるかもしれません。また、東アジアやオセアニア以外の「APOBCE」を持たない人々にとりましては、「エラー・カタストロフの限界」は期待薄ともなりましょう。

 

そこで考えられるのが、人工的にカウンター・ウイルスを造るという案です。新型コロナウイルスにつきましても人工ウイルス説がありますが、同説が多くの人々の支持を集めるのも、今日の遺伝子工学のレベルでは、ウイルスの遺伝子配列を操作することは自由自在であるからです。つまり、他の如何なる有害な変異株をも短期間で駆逐するほどの強い感染力を有する人工のnsp14欠損ウイルスを全世界で散布すれば、コロナ禍は程なく終息に向かうかもしれないのです(日本国で起きたミラクルが、’救い主’によって密かに作成された人工カウンター・ウイルスの散布によるものであったならば、小説のようなお話となる…)。

 

カウンター・ウイルスの散布による自滅誘導は、今日、ロシアンルーレットとも称されているワクチン接種よりもはるかに安全な方法かもしれません。人々が、副作用や有害事象を心配することもなくなります。また、仮に遺伝子ワクチンの手法を用いるならば、有害性が指摘されているスパイク蛋白質よりも、「APOBCE」を体内で生成した方が‘まし’かもしれません。何れにしましても、感染症対策はワクチン接種が唯一の解決方法ではなく、より安全でより効果的な方法は他にもあるはずです。そして、柔軟な発想こそより、誰をも犠牲にすることなく人々の命を救うのではないかと思うのです。


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余りにも不可解な3回目のワクチン接種計画

2021年11月10日 13時12分37秒 | その他

新型コロナワクチンの接種が始まって1年足らずして、政府は、第3回目の追加接種を実施する方針を決定したようです。しかしながら、同追加接種につきましては、疑問の声も少なくありません。ワクチンそのものの安全性に加え、どの角度から検討しても、不可解な疑問点が多すぎるのです。

 

 国民の誰もが不可解に感じる第1の点は、日本国においては、新型コロナの感染が凡そ収束してしまっていることです。8月下旬頃をピークとして新規感染者数は激減しており、重症者数が100を切ると共に、死亡者数も11月7日には遂にゼロという数字を記録しました。コロナ感染がかくも劇的に減少した理由については諸説があり、現状にあっては原因不明なのですが、少なくとも今般日本国にあって感染の大半を占めていたデルタ株は、国内にあってほぼ消えてしまったと言えましょう(ワクチン接種率が高い国にあってなおも感染数の増加が見られることから、ワクチンとは凡そ関係なく、変異株の自滅説が有力…)。言い換えますと、政府による水際対策の徹底などによって現状がそのまま維持されるならば、第3回目の追加接種は必要ないということになります(少なくとも、現時点で決定しなければならないことではない…)。政府は、第5波を以ってコロナ禍は収まらず、今冬には第6波が到来することを予め知っているのでしょうか。

 

 第2の疑問は、第3回目の接種用として予定されているワクチンも、武漢株に対応して造られたものである点です。第5波での流行の主流はデルタ株であったのですが、上述しましたように同株は今や凡そ消滅しています。政府としては、既存のワクチンが変異株のデルタ株に対しても一定の効果があると説明し、ワクチン接種プロジェクトを強力に推進したのですが、それでは、第3回目のワクチンは、一体、どのような変異株を想定しているのでしょうか。

 

 第3に疑問に感じることは、日本国政府のワクチン・リスクに対して無視を決め込む態度です。海外では、第3回目の追加接種に対しては比較的慎重な姿勢を見せ、高齢者や基礎疾患等のリスクを抱えた人、あるいは、抗体量の減少が著しい人に限定する方針を示す国も少なくありません。ところが、日本国政府は、18歳以上の二回接種を終えた全ての国民を追加接種の対象に含めており、ワクチン・リスクに対する配慮は皆無なのです。12月には、医療従事者の方々を対象とした追加接種が予定されており、来年の3月からは職域接種も始まるそうです。二度の接種を終えたワクチン接種者にあっても、副反応や健康被害への懸念から3回目は回避したいとする人も少なくありません。デルタ株が凡そ消滅した現状にあって、確たる医科学的な根拠もなく同一のワクチンを打ち続けるとなりますと、効果も然ることながら、ワクチン・リスクに対する国民の警戒心と不安感は、さらに高まることとなりましょう(同一抗原の遺伝子ワクチンには、接種回数に比例して死亡率が上昇するという指摘が…)。

 

 以上に主たる疑問点を挙げてみましたが、追加接種に合理性が欠如しているにもかかわらず、政府が、追加接種を既定路線として定めているとしますと、そこには、国民には説明できない目的や理由を想定せざるを得なくなります。過激とも言えるワクチン政策を推進しているバイデン政権、あるいは、ワクチンによって莫大な利益を得る国際勢力からの指令に基づくものなのかもしれないのですが、推測される目的としては、(1)ワクチン・パスポートの恒久化による国民監視体制の強化、(2)遺伝子ワクチンにあって予測されるADEの発生の防止(ワクチン・リスクの隠蔽…)、(3)人口削減…などが挙げられましょう。もっとも、政府が正直に自らの目的を国民に明かすとは思えません。先日、日本国政府な出入国に際して設けてきたコロナ規制を緩和しましたが、計画通りに第6波を自ら呼び込もうとしているとしますと、国民の政府に対する不信感は募るばかりとなるのではないかと思うのです。


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フェイクミートは日本食アピールのチャンスでは?

2021年11月09日 19時15分56秒 | その他

先日、マクドナルドが100%人工ミートのパテを使用したハンバーガーをアメリカの8都市で試験販売するとのニュースが報じられていました。近年、アメリカでは菜食主義が浸透しており、ビーガンといったいささか過激なベジタリアンも登場してきているそうです。マクドナルドの試みもこの流れの一環なのでしょうが、敢えてフェイクミートを開発する必要性はあるのでしょうか。

 

 大豆、お米、ジャガイモといった植物素材のみを使用して、外観のみならず、味から食感、さらには匂いまで限りなく本物のミートに近づけるためには、独自の技術のみならず、それが自然由来であったとしても、様々な添加物をも要することでしょう。フェイクミート事業が将来的な成長産業として注目され、ビヨンド・ミートを初め、各社が開発に鎬を削るのも、それがすそ野の広い産業分野となるからなのでしょう。

 

新たな成長分野として期待される反面(もっとも、牧畜業にとっては事業存廃の危機に…)、素朴な疑問があります。それは、敢えて現代のテクノロジーを以って’本物’に近づける必要があるのか、どうか、とうものです。

 

実のところ、食の歴史を見ますと、植物素材を使ったミートのフェイク造りに関しましては、日本国を含め、仏教が広まったアジア諸国の方が余程実績があります。精進料理、あるいは、普茶料理は中国に始まったとされていますが、元祖フェイクミートとも言えるお料理も少なくありません。むしろ、明治の時代を迎えるまで、植物性の食材が一般家庭にあっても主流であった日本の方が、植物素材で、本物に近いと食感の食品を作る精進料理が日常の食生活にあって根付いていたと言えましょう。例えば、煮物などによく使われる’がんもどき’も、雁のお肉の’もどき’として造られたものとする説があります。

 

因みに、今日、ベジタリアンが増加し、フェイクミートが登場したのも、近年における健康への関心の高まりや環境問題の解決策の一つとしての注目度のみならず、思想的な背景も指摘されています。それは、’人間は、動物から搾取してはならない’というものです。同思想は、仏教における殺生に対する禁忌とも類似しており、両者とも、人が食する物は植物由来であるべきと考えているのです。

 

こうした両者の共通点に注目しますと、欧米諸国におけるベジタリアン志向は、日本食の国際的普及のチャンスとなるかもしれません。多種多様な大豆といった植物性タンパク質が豊富な食材を使った食品が多いからです。先に挙げた’がんもどき’をはじめ、シンプルな豆腐、お揚げ、厚揚げから、調味料のお醤油やお味噌など、大豆素材の食品を挙げたら切りがありません。糸引き納豆といった発酵食品も、コロナ禍に見舞われている今日にあっては、免疫強化食品として人気を博する可能性を秘めています(フランスでは、独特の匂いを緩和するための工夫がなされている…)。そして、これらの食品は、高度なテクノロジーを必要としませんし、複雑な製造過程においてエネルギーを消費しませんので、安価で提供されることも普及を後押しすることとなりましょう(因みに、Beyond Burgerの価格は6.99ドル(約760円)、Impossible Burgerは8.99ドル(約980円)とのこと…)。もっとも、西欧料理とはかけ離れていますので、どうしても苦手、という人もいるかもしれませんが…。

 

何れにしましても、近未来の食料としてフェイクミートが有望視されている今日、日本の精進料理のアピールは、たとえそれそのものではなくとも、植物由来の食品を求める人々にインスピレーションを与えるかもしれないと思うのです。


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選挙に際して選択に悩む国民の対処方法とは?-白紙委任を防ぐ方法

2021年10月29日 13時28分02秒 | その他

 衆議院選挙を間近に控え、各候補者とも街頭にあって有権者に向けて自らへの支持を訴えております。しかしながら、背後における外部勢力による二頭作戦もあって、年々、政党間の対立軸は薄れており、有権者の迷いは深まる一方のように思えます。どの政党に一票を投じたとしても、各政党の公約に同勢力が実現を望んでいる政策が散りばめられているため、結局は、特定の方向に誘導されてしまうからです。保守政党を選んでもいつの間にか左傾化し、与党への批判票としてリベラル政党に投票しても、かつての民主党政権の二の舞になりそうなのです。

 

 かくして、自らの自由な政治的意思表示の手段として選挙権を有してはいても、手に投票用紙を握りしめたまま立ち尽くす国民も少なくはないのですが、投票率の低さによっても示唆される国民が特定の政党を選択できない状況について、これまで真剣に議論されてきたことはなかったように思えます。そもそも、二大政党制を含む多党制こそ民主主義の証とされてきましたので、多党制そのものが国民の自由な政治的選択の制約要因となる事態は想定されていなかったからです。実際に、今般の選挙にありましても、メディアは、投票率が低いと若者層をターゲットとした’投票に行こう’キャンペーンを張っています。しかしながら、現状を見ますと、’選べない民主主義’の問題は、深刻なように思えます。

 

 国民の多くが積極的に特定の政党を選択できない状況下にあって、投票率のみが上昇するとしますと、如何なる政権が成立しようとも、同政権は、国民からの負託を強調することとなりましょう。つまり、政権への’白紙委任’となりかねないのです。’白紙委任’の状態とは、国民世論を無視した与党による独断専行政治、あるいは、外部勢力が策定したアジェンダの代理執行ということになりますので、国民の側としては、何としても反対論が提起されうる余地を残し、国民に不利益を与える計画の実現を阻止する道を確保したいところです。しかしながら、政党間に隠れた’談合’が成立している、あるいは、’影の振付師’が存在する中、国民の意見を汲んだ自由闊達な議論を実現するのは至難の業です。そこで、100%の効果は期待できないものの、以下のような方策が考えられましょう。

 

 第1の方策は、以前の記事にあって本ブログで提案したのですが、棄権や無記名投票に積極的な意味を持たせることです。つまり、投票率、並びに、白票の数を、国民による全ての政党を含めた政界全体、あるいは、現政治システムに対する反対票、あるいは、批判票と見なすのです。従来、これらの数字は、’白紙委任’として解釈されてきました。棄権や無記名投票は、選挙結果に対する無条件の承認であると…。しかしながら、投票制度の仕組みからしますと、棄権や無記名投票は、選択の不可能性、あるいは、投票そのものに対する抗議の意思表示の手段として設けられているケースも少なくありません。前者と後者には区別があり、前者にあっては、棄権者は投票結果に従う義務がありますが、後者については、棄権者は、他の投票者の行動を妨げないまでも、必ずしも多数決の結果に従う義務を負わないのです。棄権や白票を批判票として解釈しますと、議会選挙の場合には、たとえ議会の議席の過半数を制した政権、あるいは、連立政権であっても、もはや国民が’白紙委任’に合意したとは主張できず、常に、国民からの’消極的な反対’を考慮せざる得なくなりましょう。

 

 第2の方法は、与党勢力と野党勢力の議席数を凡そ拮抗させることです。野党側の議席数が与党側のそれに近い場合、与党側は、十分な議論を経ずして強行採決といった強引な方法を取り難くなります。与党側にあっても一部の議員に’寝返り’があれば、簡単に形成が逆転してしますのでリスク含みとなります。また、国民も活発な議論を期待するでしょうから、このケースでも、与党勢力による専横は抑止されましょう。もっとも、今日のような与野党結託の状況下にあっては、ポーズとしての議論はあっても、実質的な効果は限定されているかもしれません。また、投票行動とは個人の自由意思に基づきますので、個々人が、予め与野党の議席数を拮抗させるように投票することは極めて困難であるという問題もありましょう。

 

 そして、第3の方法は、現行の制度では憲法改正時に限定されている国民投票制度を、より一般的な法案等にも拡充させることです。全ての法案ではないにせよ、全国民に直接に関わるような事案については、国民が判断するのです。同制度では、国民自らが直接に決定権を行使しますので、たとえ政治サイドが望んでいたとしても、自らに不利益となる法案が成立する可能性は著しく低下します。そして、同制度が民主主義という価値を体現していても、国民投票制度の導入を公約に掲げている政党が殆ど皆無である現状は、多党制における隠れた’談合’を強く示唆しているのかもしれません。

 

 以上に3つほど主要な方法について述べてきましたが、何れも難はありましょう。しかしながら、必ずしも’政治を良くしてゆくこと=投票すること’ではない点については、十分に注意を払うべきように思えます。そして、最も実現性の高い第1の方法、すなわち、国民の政治批判の意思表示については、国民のコンセンサスとすべきですし、国民の投票という行為がより細やかに、かつ、正確に民意を表明する手段となるよう、制度的工夫を凝らすべきではないかと思うのです。


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ビルダーバーグ会議は世界を動かしたのか?-陰謀の実在問題

2021年09月17日 15時38分12秒 | その他

近年に至り、陰謀論として嘲笑されてきた出来事の背後には、それを操る組織体として’超国家権力体’が実在しているではないか、とする疑いが強まっております。’超国家’とは、何れの国にも属しておらず、国家を超越したところに存在していることを意味し、‘権力体’とは、それが非合法的なものであっても、実質的にグローバル経済のみならず、各国の政治や社会を改造し得る決定権を有していることを示す表現です。

 

同権力体の’フロント’と目されているのは、ビルダーバーグ会議やダボス会議などがあり、これらの組織は紛れもなく実在しています。そして、毎年開催されていたビルダーバーグ会議の議事が非公開であり、また、イギリスの王立国際問題研究所を起源とするチャタムハウスルール(参加者は、情報を利用することはできてもその発信者の身元は秘匿する義務を負う…)にも従うという点において、’秘密組織’の範疇に入ると言えましょう。’秘密’こそ、陰謀の必要不可欠の要素ですから。

 

 それでは、ビルダーバーグ会議とは、どのような会議なのでしょうか。同会議の発案者は、第二次世界大戦後、ポーランド出身の’国際政治家’、あるいは、’超国家政治家’であったジョセフ・レティンガーという人物であったとされます。冷戦下にあって同氏の提案を受けたオランダのベルンハルト王配が、西側諸国の有力者たちに働きかけることによって、1954年に創設されたのが同会議なのです。因みに、レティンガーの曽祖父は、ユダヤ教からカトリックへの改宗者したユダヤ人の仕立屋(tailor)であり、ここに同氏のユダヤ人脈を見出すことができます(母親の家が東方典礼カトリック教会…)。同氏は、大戦下にあってロンドンに置かれたポーランド亡命政府にあって助言者として重用されるに留まらず、戦後はヨーロッパ統合運動にも深く関わっています。興味が尽きない人物なのですが、基本的なスタンスは反共主義にあり、イギリス、アメリカ、オランダ、ベルギー、フランス、そして、スイスにも広がる同氏の人脈を以って冷戦下にあって西側諸国の結束を促すための組織として構想されたのが、ビルダーバーグ会議であったと言えましょう。

 

 同会議の創設に当たっては、西側諸国の王族や首脳クラスのみならず、ロスチャイルド家やロックフェラー家などの協力をも取り付けています。トルーマン大統領に至っては、CIAにサポートを命じたとされていますので、ビルダーバーグ会議は、富裕層による私的な会議というよりは、政官財を網羅する超国家複合体といった性質が窺えます。もっとも、反共主義を基調としながらも、西側諸国の左派には寛容であり、同会議設立に際して、ベルンハルト王配は、イギリスの労働党政権にあって財務大臣を務めたデニス・ヒーリーにも働きかけていますし(因みに、ヒーリーの父系の祖父も、北アイルランド出身の仕立屋(tailor)であった。…)、冷戦崩壊後にあっては、アメリカ民主党のクリントン大統領やイギリス労働党のブレア首相も招待されています。また、近年に至ると、イラン、イラク、ニュージーランド、イスラエル、パキスタン、ベネズエラ、さらには、中国からの出席者も確認されているそうですので、国際社会における表面的な対立関係とは異なる次元の世界が形成されているのかもしれません。すなわち、反共組織として設立されながらも、その実は、社会・共産主義とも強いパイプを持つ組織であると言えるでしょう。

 

 以上の経緯を見れば、ビルダーバーグ会議の世界各国に与える影響力は一目瞭然なのですが、何故か、同会議が各国の内政に干渉し、各国の民主主義をも脅かしているという問題について誰も正面から論じようとはしないという不可解な現象が今日まで続いています。そして、戦前にあって既に設立されていたコミンテルンといった’超国家’組織が、現実にあって人類の歴史を動かした点を考慮しますと、より資金力や影響力に優る同会議、あるいは、その背後にある’超国家権力体’は、陰から東西両陣営をコントロールしてきたと考える方が合理的なように思えます。’超国家権力体’の存在を人類史に位置づけてこそ、真の世界史が見えてくるのではないでしょうか。


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