万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

過去よりも現在の非人道的な行為への対処を

2015年02月28日 15時59分26秒 | 国際政治
「日中韓首脳会談につながること期待」 米国務次官、歴史問題の解消を促す (産経新聞) - goo ニュース
 脛に傷のない国など存在しておらず、過去を掘り起こせば、世界は非人道的な行為に満ちていたことに気づかされます。人道に対する人類の意識が高まったのは、近代以降のことでしかないのです。

 日本国は、慰安婦問題について、中韓のみならず、2007年7月30日にはアメリカ下院からも20世紀で最も残酷な”人身売買”として非難決議を受けております。しかしながら、非難する側のアメリカもまた、過去には奴隷制度が公認されており、ヨーロッパ諸国もまた、奴隷貿易に関しては脛に傷があります。近年に至り、アメリカの上下両院は、奴隷制を謝罪する決議を相次いで採択いたしましたが、それは、慰安婦非難決議の後となる2008年6月30日と2009年6月18日に至ってのことです。そして、被害者に対する賠償や補償に関しては言及しておりません。一方、非難決議において日本国政府に要求していることは、要約すれば、(1)日本国政府による公式な事実認定、謝罪、歴史的責任の引き受け、(2)日本の首相による公式謝罪、(3)日本政府による否定・懐疑論への反論、(4)慰安婦に関する歴史教育です。このことから、非難決議の主旨は、慰安婦問題を歴史上の事実として認め、将来にわたって責任を負うべき、ということになります。韓国は、この要求の方針に沿うかのように、歴史的な責任を負うべく、日本国に対して賠償を求めております。ところが、この論理に従えば、アメリカを含む奴隷制に携わってきた諸国もまた、自国に存在していた奴隷制度について歴史的責任を負い、教育の場でも熱心にその非人道性を教えるべきことになります。韓国の要求が正しければ、賠償や補償も視野に入ることでしょう。果たして、実際にはどうなのでしょうか。そして、もう一つ考えなければならないことは、この決議は、慰安婦の強制連行に関する事実認定を日本国政府に迫っていることです。奴隷制は、疑いようもない事実ですが、慰安婦問題は、真実性に明白なる疑いがあります。否、今日に至っては、様々な調査や資料により、慰安婦の実像は、一部の犯罪被害者を除いては、法律上の人格が認められた合法的な職業であったことが判明しております(奴隷には法律上の人格がない…)。

 米下院の非難決議は、(1)事実であった場合の責任の過度な重さ、並びに、(2)慰安婦に対する誤った事実認識、の二つの面において、重大な問題があります。他国の過去の非人道的な行為を糾弾すれば切がなく、無数の歴史問題が、国際社会を引き裂くことでしょう。そして、捏造された歴史を他国に強要することもまた、国際社会に亀裂を生むことでしょう。国際社会は、過去ではなく、現在行われている非人道的な行為を止めさせることにこそ、努力を払うべきではないかと思うのです。

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歴史修正主義批判には”歴史検証主義”で反論しては?

2015年02月27日 15時35分52秒 | その他
自民・稲田政調会長「安倍首相は歴史修正主義ではない」「東京裁判は法的に問題」(産経新聞) - goo ニュース
 中国が主張する”南京大虐殺”や韓国が訴えている”慰安婦問題”について、僅かでも疑わしいとの声を挙げようものなら、両国のみならず、海外メディアからも”歴史修正主義”の批判に晒されがちです。安倍首相も、歴史修正主義者のレッテルを貼られているようです。

 本日、自民党の稲田政調会長が、”東京裁判は法的に問題”と発言されたと報じられております。東京裁判における法的な問題点は、日本国のみならず国際レベルでも多々指摘されており、厳密な法学の観点からしますと常識となっているぐらいです(刑法では遡及法は認められない…)。戦争法違反についても、戦勝国の違反行為は不問に付され、敗戦国のみが裁かれてもおりますので、中立的な立場から公平に戦争犯罪が裁かれたわけではないことも、否定のしようもない事実です。70年前の裁判であり、しかも、人類最初の国際軍事裁判の試みであったのですから、不備があったことは致し方がないことでもあります。否、当裁判が、完全無欠であったと絶対視する方が、余程、将来的な弊害とリスクは大きくなります。戦勝国になれば、平和に対する罪、人道に対する罪、そして、戦争法違反の何れを行っても裁かれないと考える国が出現するからです(手段を選ばず戦争に勝てばよい…)。ですから、70年前の裁判を史実に照らしながら検証することは、第二次世界大戦において複雑に絡まった発生要因をを解きほぐし、戦争の経緯を正確に掴むためにも、避けて通れない作業です。

 歴史修正主義との批判に対して、日本国は、歴史検証主義、あるいは、歴史実証主義の立場を表明して反論すれば、日本国が自らにとって不都合な歴史を消去したり、脚色しようとしているわけではないことを、国際社会に示すことができます。事実のみからしか、歴史の教訓は引き出せないと思うのです。

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アメリカの慰安婦撤去訴訟に日本国政府も出廷を

2015年02月26日 14時58分41秒 | 国際政治
【歴史戦】米慰安婦像撤去訴訟「なぜ日本政府から同調する意見表明ないのか?」 審理で判事が疑問発言、結局は在米日本人側敗訴(産経新聞) - goo ニュース
 大変残念なことに、アメリカのグレンデール市に設置された慰安婦像の撤去を求める在米日本人による訴訟は、ロサンゼルス州裁判所では、原告の訴えを退けたそうです。原告側は、上訴する予定とのことですが、ここで、作戦を練り直してはどうかと思うのです。

 問う裁判では、州裁判所の判事から「なぜ日本政府から同調する内容の意見陳述書の提出がないのか」との意見も聞かれたそうです。州裁判所は、判決に関する詳細な説明において、「日本政府が慰安婦に対する恐ろしい犯罪に関与したことについて議論の余地はない。米下院、さらには日本政府自身さえ、慰安婦に対する暴力を認めている」と指摘し、断定的な表現で日本国政府の責任を問うているそうです。しかしながら、グレンデール市の慰安婦像に添えられている碑文には、明らかに、日本国政府も認めていない内容が含まれております。特に、「掻き乱された髪は、日本帝国軍によって家から強引に連れ去られている少女を象徴しています。」や平和記念碑の「1932年から1945年の間に日本帝国軍によって強制的に性奴隷状態にされた200,000人以上の韓国・中国・台湾・日本・フィリピン・タイ・ベトナム・マレーシア・東チモール・インドネシアの故郷から移送されたアジアとオランダの女性を偲んで。」の件は、資料に基づいて論駁することが可能です。元慰安婦の証言でも、日本軍が家から強引に連行したというものはなく、その大半は、募集に際して騙されたというものです。また、慰安婦20万人説も、千田夏光の事実誤認が独り歩きした数字です。これらの点に関しては、碑文の虚偽記載については、日本国政府は、資料を証拠として提出し、法廷に証人として出廷することができるのではないでしょうか。

 ある意味において、慰安婦撤去訴訟は、日本国政府にとりまして汚名を雪ぐ絶好のチャンスとなる可能性があります。正々堂々と法廷で証言できる機会を逃す法はないと思うのです。

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米議会演説での村山・河野談話踏襲は唯一の選択肢なのか?

2015年02月25日 15時35分37秒 | 国際政治
安倍首相の米議会演説に期待できる内容とは? - 冷泉彰彦 プリンストン発 日本/アメリカ 新時代(ニューズウィーク日本版) - goo ニュース
 ニューズウィークの日本版で、安倍首相の米議会演説について、冷泉彰彦氏が記事を掲載しておりました。歴史問題については、村山談話や河野談話の継承を前提として、選択の余地はないと言い切っております。薦めどころか、断言しているのです。

 氏は、ニューズウィークのネット版において池田信夫氏とも慰安婦問題に関する対談を行っており、この対談を読みますと、氏の基本的なスタンスがよく分かります。要約すると、”慰安婦問題は、軍事よる強制連行であっても、民間事業者による犯罪であっても、然して変わりはなく、アメリカ人も、日本人が何故、その違いに拘るのか理解に苦しんでいる。国家の名誉など意味はなく、戦前と戦後の日本は違うというスタンスさえ保っていれば、在米の日本人が不利益を被ることはない”というものです。現状でも”慰安婦問題のマイナス影響はない”と断言しておりますが、実際には、アメリカの教科書に捏造記事が掲載され、慰安婦像も全米各地で建設されております。在米日本人が慰安婦像の撤去を求め、さらに朝日新聞に対しても訴訟を起こしていることさえ、氏は知らないようなのです。ドイツとは違い、日本国では、”一億総懺悔”の掛け声のもとで、戦後にあっても国民は戦争の責任を引き受けております。そうであるからこそ、ヨーロッパ諸国や東南アジア諸国にも賠償や補償を実施し、敵国でもなかった韓国にさえ、莫大な経済支援を行ったのです。中国に対しても、今日に至るまでODAという形で巨額の経済支援を続けてきました。敗戦国として、史実とは違いながらも、戦勝国が認定した”侵略と植民地支配”の批判を甘んじて受け入れてきたのが(村山談話以前には国内的にはこの立場は認めていない…)、戦後の70年であったのではないでしょうか。しかしながら、戦後70年が経過した今、歴史の教訓を引き出し、次なる世界大戦を回避すためにも、客観的な史実に基づく第二次世界大戦の理解が必要とされる時代が到来しております。

 戦前と戦後を切り離し、名誉を捨て、嘘でも何でも戦前の”日本軍の蛮行”は何でも認め、現在の保身を図ると言う態度は、むしろ、反知性的であり、”事なかれ主義”の卑怯な態度でもあります。もっとも、仮に、安倍首相が、事実に基づく第二次世界大戦の冷静な理解をアメリカ議会で演説したとしますと、多くの議員から、確かに”けんかを売った”と見なされるかもしれません。反発を招くぐらいであるならば、歴史認識には全く触れない方がよいかもしれませんし、あるいは、反発を覚悟しても、ステレオタイプの歴史認識を過去のものとすることで、新たな時代の幕開けを印象付けることも、選択肢の一つではないかと思うのです。

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中国は”ファシスト”の悪しき点を指摘できるのか?

2015年02月24日 15時15分28秒 | 国際政治
「歴史の真実認めぬ者いる」=戦後70年で安保理公開討論―中国外相(時事通信) - goo ニュース
 国連安保理の公開討論において、中国は、第二次世界大戦から70年を迎えた今年を「反ファシスト戦争勝利70周年」と位置付けたそうです。しかしながら、中国は、ファシストの何処が闘うべき悪であったのか、指摘できるのでしょうか?

 ファシストの一党独裁体制こそが、崩壊すべき”悪”であるならば、現在、中国もまた、共産党による一党独裁体制を敷いております。それとも、ナチスによるユダヤ人弾圧を糾弾しているのでしょうか。マイノリティーの国民に対する迫害を問題とするならば、中国こそ、チベット人やウイグル人を弾圧しております。ナチスによるポーランド侵攻に対する戦いが第二次世界大戦の意義であるならば、ここでも中国は、チベットやウイグルを侵略しております。しかも、今なお、周辺諸国に対する領土的野心を隠そうともしていないのです。そして、ヒトラーやムッソリーニによる独裁体制を悪と認定するならば、習近平主席が進めている個人崇拝体制や批判を許さない言論統制の徹底、そしてライバルの粛清は、まさに、ファシスト的手法そのものです(なお、1942年の連合国共同宣言では、”反ヒトラー主義”という言葉が使われている…)。

 中国は、ファシストの悪とは何かを具体的に指摘するよう求められた途端に、返答に窮するのではないかと思うのです。


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”債務奴隷説”も成り立たない慰安婦の実像

2015年02月23日 15時23分09秒 | 国際政治
「慰安婦“強制連行説”は論理的でない。朝日の記事などは歴史修正主義」米国人ジャーナリスト マイケル・ヨン氏に聞く(産経新聞) - goo ニュース
 米国人ジャーナリストのマイケル・ヨン氏の報告は、韓国の主張する”慰安婦”の姿が、その実像とは大きくかけ離れていることを内外に示すことになりました。長年、慰安婦問題に苦しめられてきた日本国にとりましては、さながら救世主が現れたかのようです。

 ところで、韓国が、日本軍による慰安婦の強制連行に拘る一方で、アメリカでは、慰安婦を債務奴隷とする見方がありました。慰安婦の家族に対する前借金の支払いが、債務奴隷、即ち、人身売買に当たるとする説です。しかしながら、前払い制度=奴隷とは言い難く、しかも、慰安婦の人々は、前借金とは別に、契約によって給与も受け取っておりました。慰安婦裁判では、高額の貯金が証明されましたが、これは、慰安婦達が相応の報酬を得ていた証拠でもあります(本人は、チップと説明しているようですが、契約書には、給与の項目もある…)。また、契約書には、途中で契約を打ち切る場合の事業者と慰安婦との間の違約金の取り決めもあったようです。契約に際しては、本人の自由意思の確認に注意を払ったそうですし、自由意思で途中廃業もできたわけですから、こうした点から判断しますと、たとえ、騙された犯罪被害者が若干存在していたとしても、慰安婦が”債務奴隷”、あるいは、慰安婦制度が組織的な奴隷制度であったとする説は、成り立たないのではないでしょうか。

 マイケル・ヨン氏は、慰安婦問題の本丸はアメリカと読んでおりますが、人道問題は、反論そのものが非人道的な行為として批判の対象となる故に、他国を威す政治的手段として利用され易いことを、忘れてはならないと思うのです。

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与那国の住民投票-竹島は歴史の教訓

2015年02月22日 15時35分15秒 | アジア
陸自配備の是非問う=住民投票始まる―沖縄・与那国(時事通信) - goo ニュース 
 本日、与那国島では、自衛隊の配備をめぐる住民投票が実施されております。そして、今日は、竹島の日でもあります。

 竹島が、韓国によって不法占拠された理由は、1953年当時にあって、日本国が無防備であったことに尽きます。戦後の武装解除と憲法第9条の影響によって、日本国では、自衛隊も発足しておらず、軍事力を以って、義勇兵とはいえ、韓国の武力行使を伴う竹島の占領行為を排除することができませんでした。加えて、朝鮮戦争では、日本国は韓国側を支援していたわけですから、”まさか韓国が日本国を侵略するはずない”とする、油断もあったのかもしれません。無防備と無警戒は、紛争の原因となるのです。一端、武力で領土を占領されますと、元の状態に戻すことは簡単なことではなく(韓国は、ICJでの司法解決でさえ拒否…)、日本国にとりまして、韓国による竹島の不法占領は苦い歴史の教訓です。

 幸いにして、中国の尖閣諸島や沖縄に対する領土的野心は顕わとなっており、かつ、今日の日本国は、自衛隊によって守られております。中国による武力行使を未然に防ぐべく、与那国島には、やはり、自衛隊を配備すべきではないかと思うのです。

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ユダヤ人こそ冷静に『我が闘争』を研究すべきでは

2015年02月21日 15時30分31秒 | ヨーロッパ
「わが闘争」、来年再出版へ=注釈付きで2巻―ドイツ(時事通信) - goo ニュース
 バイエルン州が所有してきた著作権が切れることで、再出版の行方が注目されてきたアドルフ・ヒトラーの『わが闘争』。報道によりますと、来年1月、注釈付で「現代史研究所」から再出版される予定なそうです。

 最も民主的と評されていたワイマール共和国にあって、ヒトラー率いるナチスが政権を獲得し得たのは、暴力的な活動手法に加えて、大衆煽動に長けていたからと指摘されています。『我が闘争』も大衆プロパガンダに一役買っており、ヒトラーが公衆を前に訴えた反ユダヤ主義は、全てではないまでも、多くのドイツ国民の共感を呼んだのです。それでは、何故、ドイツの一般大衆は、ナチスに同調したのでしょうか。ユダヤ人に対する全くの偏見からなのでしょうか、それとも、ドイツ人の憎悪を引き出す何らかの原因が、ユダヤ人の側にもあったのでしょうか。実のところ、この問題は、ユダヤ人こそ、冷静に分析し、真剣に解明すべき問題です。今日、ユダヤ人は、ホロコーストの否定に監視の目を光らせ、言論を封じることで、反ユダヤ主義に対処しようとしています。しかしながら、”原因”と”結果”の関係を考えますと、”結果”、即ち、反ユダヤ主義の出現を立法措置をとってでも押さえつけることばかりに気をとられ、その”原因”についてはなおざりにしてきた感があります。

 ユダヤ人は、『我が闘争』に記載された反ユダヤ主義の主張に誤りがあれば、それを学術的に反論すべきですし、首肯すべき点があるならば、素直に反省し、改善のための教訓とすべきです。歴史を繰り返さないためには、原因の究明こそ最も基礎的な作業ではないかと思うのです。

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二階議員こそ日本のために努力を

2015年02月20日 15時58分38秒 | アジア
【本紙前ソウル支局長公判】自民・二階氏「産経も努力を」  慰安婦問題で新聞批判も 訪中には3千人同行予定(産経新聞) - goo ニュース
 1400人を引き連れての二階議員の訪韓団は、日本国内ではすこぶる評判が悪く、”売国議員”とまで罵られる有様です。二階議員は、何故、自らが世論の批判を浴びているのか、理解していないようなのです。

 本日も、二階議員は、元ソウル支局長が朴大統領に対する名誉棄損罪を問われて韓国で拘束されている件について、韓国を批判するどころか、逆に、産経新聞社を批判したと報じらております。その発言の倒錯ぶりには、驚きを禁じ得ません。その発言とは、「気に入らない新聞がいらんことを書いているが、おかしい。物事の経緯、道理をちゃんとわきまえなければ」、「われわれは一生懸命解決の糸口をつかもうと努力している。日本のマスコミならマスコミらしく、協力をある程度してもらわなければならない」と言うものなのです。二階議員が、慰安婦問題について、事実としての経緯を理解しているのか疑わしく、二階議員の”道理”が嘘を認めることであるならば、道理に反しているのは、二階議員の方です。さらに驚愕するのは、二階議員の言動は、政府の解決済みの立場に反していながら、産経新聞社に対して、日本のマスコミらしく協力せよ、と求めていることです。

 日本の議員なら議員らしく、協力することこそ、日本国の国会議員としての責務ではないでしょうか。二階議員には、自らの立場を自覚していただきたいと思うのです。

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ユダヤ人には帰る母国がある-民族自決の恩恵

2015年02月19日 15時36分29秒 | 国際政治
欧州のユダヤ人は移住を=イスラエル首相(時事通信) - goo ニュース
 今日、国民国家体系は、新自由主義に代表されるグローバリズム、並びに、今なお残る共産主義とその派生思想の狭間で揺ぎを見せております。流浪の民であった歴史に加えて、これらの思想の形成にユダヤ人が多く関わったため、ユダヤ人には、国家や民族に対して否定的な人々とするイメージがあります。

 しかしながら、先のブログ記事でも指摘したように、シオニズム運動の末に、第二次世界大戦後にイスラエルを建国したユダヤ人は、民族自決の原則の最大の受益者です。そして、この恩恵は、今日、ヨーロッパ諸国で激化しているテロや反ユダヤ主義を前にして、ユダヤ人の人々に、母国に帰国する選択肢を与えております。イスラエルもまた帰国を促しており、母国として、不安を抱えるユダヤ人に手を差し伸べているのです。建国以前にあっては、ユダヤ人は、居住国で迫害を受けても、どこにも逃げ場がありませんでした。今日、自らの国家を中東の地に建国できたことは、何ものにも代えがい幸運であるはずです。この点、民族自決の最大の受益者であるはずのユダヤ人が、今なお、他の国や民族に対して攻撃的であることには理解に苦しみます。仮に、民族自決の原則をこの世から消し去るとしますと、自らも、中東の地に国を持つことの根拠を失うに等しいからです。そして、パレスチナの地に国境線を越えてユダヤ人入植地を設けることも、イスラエルが国連決議に基づいて建国されたことを考えれば、自らが依拠する国際法による秩序を破壊する自己矛盾に他なりません。

 建国以来、イスラエルは、中東戦争を繰り返し、パレスチナに対しても攻撃の手を緩めません。しかしながら、本来であれば、自らの土地を割いたアラブの人々に深く感謝すべきであったのではないでしょうか。イスラエルが、建国に際して、武器を翳すのではなく、丁寧にお礼の言葉を述べていれば、中東情勢は今とは随分と違ったものとなったでしょうし、ユダヤ人が、他の国家や民族を尊重すれば(国家を破壊されると帰る母国を失う民族が続出…)、反ユダヤ主義も弱まるとともに、国際社会もまた安定化したのではないかと思うのです。

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テロへの対抗-暴力は力の行使を正当化する

2015年02月18日 15時42分54秒 | 国際政治
エジプト、有志連合に軍事作戦への支援要請(読売新聞) - goo ニュース
 先日のブログでは、”憎しみは暴力を正当化しない”とする記事を書いたのですが、本日は、”暴力は力の行使を正当化する”をテーマとしたいと思います。

 テロリストやISILの目を背けたくなるような暴力行為は、当然のリアクションとして、各国が軍事行動を決意する根拠となりました。シャルリー・エブド社に対するテロを受けて、フランス政府は空母を派遣しましたし、21人の国民を殺害されたエジプトも、ISILへの空爆を開始しております。何故ならば、通常、暴力に対抗するには、それに優る力を用いるしかないからです。そもそも、話し合いで解決するならば、暴力を振るう側がその方法を選択したはずです。フランスやデンマークで起きたテロ事件は、有無も言わさない銃弾による殺害という残酷なものでした。そしてそれは同時に、暴力による表現の自由の抹殺をも意味したのです。犯人達は警察によって射殺されましたが、死刑廃止国であるだけに批判の声が上がるかと思いきや、非難する声はほとんど聞かれませんでした。

 憎しみは暴力を正当化しない一方で、如何なる理由があれ、暴力を振るいますと、それを抑止するための力の行使を正当化します。個別的であれ、集団的であれ、国際法において自衛権が認められているのも、暴力への力による対抗こそ、国家に備わる正当な権利であると共に、国際社会に正義を実現する手段であると認識しているからです。それ故に、挑発という行為もあるのですが、暴力を振るう側は、この因果関係を理解しているのか、疑問に思うところなのです。

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日韓スワップ終了-日韓関係転換の象徴

2015年02月17日 15時25分42秒 | 国際経済
日韓スワップ終了へ…前支局長問題も影響か(読売新聞) - goo ニュース
 延長の行方が注目されてきた日韓スワップ協定。この協定、日本国による韓国支援の意味合いが濃いと指摘されてきましたが、協定の打ち切りは、日韓関係の将来を暗示しております。

 韓国経済は、ウォン高の影響でサムスンをはじめ、輸出産業に陰りが見えているとも指摘されております。とは言うものの、公表されているデータの数字によれば、貿易は黒字を計上しており、外貨準備高も危機的な状況というわけではなさそうです。韓国は、中国とも日韓のスワップ枠を大幅に上回るスワップ協定を締結していますので、いざとなれば、中国から外貨の融通を受けることができます。ですから、日韓スワップを延期しなくとも、経済的には目に見える影響はないのでしょうが(市場の反応は?)、この件で注目すべきは、日韓スワップ終了の象徴的な意味ではないかと思うのです。これまで、日本国政府は、経済危機の度に韓国を支援し、後ろ盾となることで、国際的な信用をも支えてきました。日韓請求権協定以来、日本から韓国への支援策は数限りなく、スワップ協定の締結もその一環でした。反日政策を徹底している韓国に対する支援には、国内的な批判がありながらも、日本国政府は、韓国支援策を続けてきたのです。しかしながら、今回の対応は、以前とは違っています。国内世論にも応え、日韓スワップを終了させたのですから。

 日本国政府が、韓国の要請を断ったにせよ、経済的に不要となったにせよ、日韓スワップの終了は、日韓関係の根本的な転換を象徴していると思うのです。遂に、日本国は、韓国を特別に優遇することを止めたのですから。

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テロ事件-憎しみは暴力を正当化しない

2015年02月16日 15時55分01秒 | 国際政治
【デンマーク連続テロ】容疑者は22歳のデンマーク生まれ(産経新聞) - goo ニュース
 デンマークで発生したテロ事件の犯人は、デンマーク生まれのイスラム教徒とも報じられており、フランスでのテロ事件が伝播したかのようです。何れも、預言者ムハンマドの風刺画、そして、ユダヤ人への憎しみを犯行の動機としています。

 果たして、憎しみは、暴力を肯定するのでしょうか。相次ぐテロ事件は、信仰を理由とした暴力による表現の自由への攻撃の問題であると同時に、さらに突き詰めてゆきますと、憎しみと暴力との因果関係に行き着きます。そしてこの問題は、古今東西を問わず、人類の普遍的な問題として様々な場面で登場してくるのです。最近、日本国内で起きた小学5年生の少年が殺害された事件も、容疑者は、からかわれたことを殺人の動機として挙げておりました。フランスやデンマークで起きたテロ事件の犯人も、預言者ムハンマドを風刺画で嘲笑された恨みからの犯行であり、その背景には、移民の子孫としての恵まれない境遇と疎外感、すなわち、社会に対する憎しみが潜んでいるかもしれません。しばしば、犯人に同情を寄せたり、理解を示す声が聞かれるのも、暴力を、憎しみの表現手段としての認識しているからなのでしょう。そして、共産主義のように、憎しみをばねに暴力革命に訴えることを勧める思想もあるのです。憎しみとは、状況によっては、人間の誰もが抱く感情なのですが、この主観的な負の感情に暴力を正当化する根拠を与えますと、人類は、際限のない憎悪の連鎖、即ち、暴力の連鎖によって滅亡しかねません。

 ヘイトスピーチなども憎しみの現れであり、法規制が議論されておりますが、憎しみとは、因果関係から起こる感情ですので、双方の言い分を聞く必要はあるのでしょう。時には、逆恨み、身勝手な甘え、攻撃的不寛容もあれば、憎しみの感情にも、理不尽な被害を受けていたといった何らかの根拠がある場合もあります。ヨーロッパ諸国でも、テロ対策の強化と同時に、個人型のテロリストへの対応として、社会に恨みを持つイスラム教徒に広く呼びかけて、専門家による身の上相談や進路相談(出身国への帰国の選択肢も含めて…)、あるいは、メンタル・ケアに応じるのも一つの方法かもしれません(イスラム教聖職者の参加も…)。ただし、貫くべきは、憎しみは暴力を正当化しないとする原則であり、如何なる理由があれ、物理的な暴力だけは、決して許してはならないと思うのです。

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戦後70年談話-戦後の法の支配への歩みを強調しては

2015年02月15日 15時31分03秒 | 日本政治
与党協議の言及避ける=戦後70年談話―安倍首相(時事通信) - goo ニュース
 第二次世界大戦の終結から70年を迎える今年、首相の戦後70年談話の行くへが内外の注目を集めております。村山談話においては、先の戦争を”侵略と植民地支配”と総括したため、中国や韓国のみならず、野党もまた、この表現に並々ならない執着を見せております。

 村山談話の表現は、歴史問題で日本国を責めたい中国や韓国に格好の言質を与える格好となり、今でも、政権交代の度に、踏絵を踏ませるかのごとく、その踏襲が問われています。予定されている70年談話にあっても、村山談話をなぞるだけでは中韓の外交的勝利に終わり、最悪の場合には、歴史問題でさらに攻勢を強めることも予想されます。そこで、中韓に対して牽制的な内容を談話に含めるとしますと、そのキーワードは、法の支配ではないかと思うのです。戦後、第二次世界大戦の悲劇に対する反省から、国際社会の様々な分野において国際法の整備が進められました。多くの人々が、悲劇の再来を防ぎ、非人道的な行為が許されない世界を目指し、国家の行動規範を定め、法の支配の拡大に努力してきたのです。日本国もまた、その歩みを共にしており、法の下の平和の構築に積極的に参加しております。第二次世界大戦で払った人類の多大なる犠牲は、戦後において、法の支配という恩恵を人類にもたらしているのです。

 国際法を無視し続けている中国や韓国にとりましては、国際社会における法の支配は、最も耳痛いのではないでしょうか。戦後70年談話が、村山談話や河野談話のように無法国家を助長させないためにも、今回の談話では戦後の歩みに光を当て、法の支配を強調してはどうかと思うのです。

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ワイツゼッカー大統領演説のねじれ現象

2015年02月14日 15時13分19秒 | 国際政治
 さる2月11日、ドイツの首都ベルリンでは、91歳で逝去した故ワイツゼッカー大統領の国葬がしめやかに執り行われました。ワイツゼッカー大統領と言えば、「過去に目を閉ざす者は現在に対しても盲目になる」とする言葉を残したことで知られており、”ドイツの良心”と讃えられた大統領でもありました。

 ところで、この名言は、ドイツの戦争責任を積極的に認め、被害を与えた周辺諸国との和解を促すために語られたとされています。このため、日本国にあっても、しばしばこの言葉は、日本国の戦争責任を問うに際して引用されてきました。しかしながら、最近に至り、奇妙なねじれ現象が生じてきております。奇妙なねじれ現象とは、過去に目を開くために、歴史的史実の調査を始めると、この言葉を持ち出して反対する者が現れるというものです。調査すること自体が、過去に目を瞑る行為と言わんばかりに…。ワイツゼッカー大統領の言葉は、批判されている戦争責任が史実である場合にのみ、自らの責任に真摯に向き合い、その責任を引き受ける誠実な態度として評価されます。しかしながら、負うべき責任の根拠となる真実性に疑いが生じた場合には、この言葉は、もう一つのベクトルを持つことになります。”事実を追求せよ”という…。ドイツでは、特にユダヤ人虐殺については、史実の調査さえ許されない状況とも伝わりますが、”南京大虐殺”や”慰安婦問題”を抱える日本国にとりましては、実のところ、この違いは切実な問題です。

 常識的に考えれば、”過去に目を閉ざす”とは、”事実から目を背けること”と言い換えることができます。そうであるならば、厳正な調査による事実の確認は、戦争責任を問う側でさえ否定できない、重要な作業なのではないかと思うのです。

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