海警法の制定により、尖閣諸島周辺海域では、中国海警局の動きが活発化してきております。不測の事態に備えるべく、日本国政府も海上保安庁の巡視船等における武器使用の要件緩和に向けて動き始めました。こうした中、同盟国であるアメリカは、尖閣諸島の領有権に関する見解を二転三転させています。それでは、日本国政府は、アメリカの一連の動きをどのように理解すべきなのでしょうか。
尖閣諸島に対する近年の諸政権におけるアメリカの立場は、およそ’日本国の施政権は認めるものの、主権の所在については立ち入らない’というものでした。とりわけ、歴代の民主党政権下にあってこの傾向が強かったのですが、バイデン政権が発足しますと、同政権は、’主権に関する日本国の主張を支持する’と表明し、アメリカもまた、尖閣諸島が日本国領であるとする立場に転じるのです。この転換、領土問題の観点から見ますと、’領土問題はある’から’領土問題はない’への180度の逆転となるのですから、決して小さなことではありません。
もっとも、同方向転換は、僅か数日の間に過ぎず、バイデン政権は従来の立場に回帰してしまいます。政権が発足してから日が浅く、担当者が、尖閣諸島に関する従来の政府見解について詳しく調べずして発言してしまったとも推測されます。あるいは、海警法制定以降の尖閣諸島周辺海域における中国側の積極的な活動を牽制すべく、日本国寄りの立場に一歩踏み込んだものの、中国から非公式の抗議を受け、元に戻さざるを得なくなったのかもしれません。ハンター・バイデン氏の一件が物語るように、クリントン・オバマ政権時代にあって民主党の政治家の多くは中国利権を得ておりますので(もちろん、共和党政治家にも親中派多数存在…)、中国がバイデン政権の弱みを握っているとしますと、あり得るお話です。
何れにしましても、アメリカ政府による尖閣諸島の日本領支持は、残念ながら幻に終わってしまったのですが、日本国政府は、現実を直視し、ここで次なる方策を考えるべきように思えます。もちろん、トランプ政権末期にあってポンペオ国務長官が台湾の独立承認を目指したように、将来の政権が正式に尖閣諸島を日本領と認める可能性はありましょう。その一方で、国際法秩序の観点からしますと、たとえそれが大国であっても、特定の国による支持のみでは領有権問題が完全に解決するわけではないという、厳しい現実があります。アメリカ政府が、尖閣諸島を日本領として正式に認めたとしても、中国が、同諸島に対する領有の主張を取り下げない限り、主権をめぐる問題は燻り続けるのです。
それでは、どのような状況になれば、日本国による尖閣諸島の領有権が確立するのかと申しますと、それは、国際司法制度の利用をおいて他にないように思えます。親中派の人々であれば、合意による解決、即ち、日中間の外交交渉による解決を主張するでしょうが、尖閣諸島に関しては、天然資源の獲得を目的とした中国による一方的な領有権主張に端を発しています。一般社会における事件に喩えてみれば、突然に、隣家の住人が垣根を越えた庭の一部を自分の土地として主張し出したようなものです。こうしたケースであって’話し合い解決’を選択しますと、隣家の住人が何も得ずして引き下がるはずもなく、おそらく、脅迫や威喝を通して、全部とは言わないまでも、庭の一部の所有権を得ることとなるかもしれません。これでは、法秩序は破壊されますので、話し合いによる合意解決は悪しき選択なのです。
司法解決が最適解であるとしますと、日本国政府は、先ずもって国際社会に向けて自国が平和的な解決手段として司法解決の準備がある旨を公式に表明すべきように思えます。そして、訴訟の形式も、国際司法機関から不本意な’和解勧告‘を受けないよう(チャイナ・マネーによる裁判官買収のリスクあり…)、領有権確認訴訟とするか、あるいは、フィリピンが南シナ海問題に関して常設仲裁裁判所に訴えた際の手法に倣い、中国公船による尖閣諸島周辺海域における活動の国際法上の違法性を訴えるという間接的な方法も検討されましょう(国際司法裁判所よりも単独提訴が可能な常設仲裁裁判所の方が望ましい…)。日本国政府による司法解決の追及は、野蛮への転落が危惧されている今日の国際社会にあって、法の支配を確立するための一助となるのではないかと思うのです。