万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

懐疑主義の復興を-疑う自由の意義

2022年12月30日 12時58分44秒 | 統治制度論
近代合理主義の幕開けは、ルネ・デカルトが唱えた懐疑主義に始まるとされています。とりわけキリスト教が支配したヨーロッパにあっては、『旧約聖書』であれ、『新約聖書』であれ、聖書に記述されていることを疑いますと、最悪の場合には異端審問によって火あぶりの刑に処せられる程の罪でしたので、近代における懐疑主義は、人々が理性に照らして疑問を持つことに肯定的な意味を与え、思想の面からも近代科学の発展の基礎を築いたとも言えましょう。

 学ぶことが、覚えるだけの単なる暗記であったり、テストの成績を競うのであれば、しばしばそれは苦行ともなりますが、‘何故だろう?’という疑問から始まる学びは、謎を解いてゆくプロセスの楽しさや無我夢中になれるものとの出会いに加え、その理由や仕組みが分かったときには喜びと幸福感に満たされるのです。その発見や発明が、多くの人々の役に立つのであるならばなおさらのことです。

 本当のところは、近代に限らず、学問や技術とは、人々の懐疑心と、それに基づく真実を見出そうとする好奇心から生まれるのでしょうが(何時の時代や場所でも自由な空気が大事・・・)、グローバル時代とも称される時代の先端であるはずの今日の様子を見ますと、むしろ、時計の針が逆方向に回っているかのようです。何故ならば、そこかしこから‘疑うな!’という声が聞こえてくるからです。とりわけ、政治、社会、経済といった所謂文系の世界では、この傾向が顕著なように思えます。何れの国の政府も、国民に対して政府の政策を疑うな、と陰に陽に圧力をかけているように見えます。共産党一党独裁の国家である中国に至っては、国家主席の思想は「習近平思想」として絶対化され、国民が同思想に疑いを投げかければ、中世ヨーロッパの火あぶりと同様の運命が待っています。

 共産主義国家である中国の事例は極端なのかと申しますと、そうでもなく、自由主義国家も似たり寄ったりの様相を呈しています。マスメディアなどを通して、地球温暖化二酸化炭素主因説は決して疑ってはならず、新型コロナウイルスにもコロナ・ワクチンにも疑問を差し挟んではならない、と言わんばかりの状況です。地球温暖化に関する科学的な異論や反論を無視しつつ、カーボンニュートラル政策に邁進し、ワクチンの詳細な成分や機序に関する情報を伏せる一方で、国民に対して摂取を半ば強制しているのですから、その非科学的な態度は前近代における異端審問と変わりはないのです。純粋に科学的な見地からの懐疑論であっても、政府の圧力やメディアの協力、並びに、巧妙に醸成された社会的な同調圧力によって封じ込められてしまう現代という時代は、何者かによって目隠しをされた‘暗黒の時代’とも言えましょう。

 民主主義、自由、法の支配、個々人の基本的権利の尊重と言った価値観が普遍化されながらも、政治のシステムが一向に発展せず、様々な欠点や欠陥を抱えながら停滞しているのも、政治の世界では、為政者側の国民に対する基本姿勢が‘疑うな’であるからなのかもしれません。そして、政治の世界に深く浸透している新興宗教団体も、教祖や教義によって信者を洗脳し、その動員力によって同調圧力を造り出すという意味において懐疑抑圧の共犯者なのかもしれないのです。人々の健全なる知的な働きとしての懐疑を押さえ込むのですから、国家や社会の、そして国際社会の発展が阻害されてしまうのは言うまでもありません。権力サイドの包囲的な‘懐疑抑圧政策’によって、人類自体が劣化させられかねないのです。

 今年最後の記事として新たなる年に期待するのは、人々が疑う自由を取り戻すこと、即ち、懐疑主義の復興であり、より善き未来に向けた再出発です。どうか、来る年が、その幕開けとなりますように。

*本年は、拙いながらも『万国時事周覧』の記事をお読みくださいましてありがとうございました。心より御礼申し上げます。本ブログの記事が、皆さま方にわずかなりとも考える機会や材料を提供しておりましたならば、大変、うれしく存じます。メディアの論調や定説とはいささか異なることから、訝しく感じられた方もおられるかと思いますが、懐疑心の大切さに免じて、どうぞご容赦くださいませ。また、私事ながら、今年の1月21日に父倉西茂が帰幽いたしました。つきましては、私どもは喪に服しており、新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。

 父を亡くしてから1年が経とうとしておりますが、なかなか悲しみが癒えず、去年の今頃を思い出してはあふれる涙を拭っております。一年中で最も寒さが厳しくなる大寒の頃であったのですが、お葬式の日は珍しく白い薄雲をなびかせた青い空が天高く広がり、斎場に向かう車の窓から悲しみを堪えつつずっと空を見つめておりました。

 研究者としての今日の私どもがあるのは、父茂のおかげと言っても過言ではありません。父の研究領域は、構造力学、とくに橋構造を専門としており、インフラの公共性や構造物の強度、そして合理性がもたらす美観などに関する視点は、政治や統治機能の制度設計を考える上で大いに参考としております。人々が安心して通れる落ちない橋を設計するには複雑な計算を要するように、政治や社会制度等も、多方面から加わる様々な荷重に耐え、誰もが納得する合理性と公益性を備えるべきと考えるからです。因みに、生前、父は、くらも天狗のハンドルネームで政治ブログを書いており、今でも同サイトを開設したままにしております(https://blog.goo.ne.jp/kuranishis)。姉裕子の研究分野である歴史、古代史についても論文を数本書いておりますので、好奇心旺盛にして何でも知的興味を持つのは、父親譲りなのかもしれません。そうは申しましても、父は、机に縛り付けて私どもをスパルタ式に厳格に教育したわけではなく、その逆に、子供達の自発性や自由を尊重しておりました。分からないことがあって訊いても、‘自分で調べなさい’、‘自分で考えなさい’が父のいつもの返答であったのです。他者から教えてもらってもそれは一時的なものに過ぎず、自分自身の頭できちんと理解しなければその先に進むことはできない、と。

 最近になり、若い頃よりカメラを趣味とした父が残した写真を整理しておりまして、父の写真には、きれいな空が配されている作品が多いことに気が付きました。空から日の光が透り、この世が輝くその一瞬を切り取り、永遠にとどめようとした写真が多いのです(一枚、本記事にアップしました)。お葬式の日の空を思い起こせば、あの冬の澄み切った美しい日が父に最も相応しい日ではなかったかと思っております。最後に、葬儀の日に空を眺めながら詠んだ歌を添えたいと思います。

果てしなく 遠くにつづく 空の道 み霊となりし 父の逝く道

*本ブログは、年が明けまして1月4日より始めたいと思います。来年も、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。


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政治家のタレント化が高める陰謀の信憑性

2022年12月29日 13時31分43秒 | 統治制度論
 先日、宮崎県で実施された県知事選挙では、現職の河野俊嗣知事が元知事でタレントの東国原英夫氏を抑えて4期目の当選を果たしました。選挙戦を制した河野知事は自治省(現総務省)出身の官僚政治家である一方で、敗れた東国原氏は「そのまんま東」という芸名を名乗ってタレントとして活動してきた経歴があります。東国原氏自身は、政治家への転身に際して‘脱タレント’を心がけたそうですが、本日の記事では、タレント政治家の存在から陰謀の信憑性を考えてみることとします。

 政界を見ますと、タレント出身の政治家の多さに気付かされます。タレント政治家の出現は映画やテレビ等の登場と軌を一にしており、メディア時代特有の現象とも言えましょう。民主的選挙制度にあっては、候補者の知名度が重要な勝因となり得るからです。多くの人々に名が知られており、かつ、視聴者からの好感度が高ければ、それだけ当選する確率が高まります。このため、タレント自身が自ら望んで立候補すると言うよりも、政党が、タレントを候補者として選ぶという戦略を使うようになるのです。

 芸能界にあってはディレクターの指示通りに演じてきたタレント議員であれば、政界入りした後でも、所属する党の指示通りに動いてくれるはずです。‘政治は数’と称されるように、民主的決定手続きでは多数決を基本原則としますので、タレント議員を‘数’として揃えておくことは政党にとりまして好都合です。

ところが、タレント政治家は、知名度のみに依拠して当選した政治家ですので(このため、戸籍上の本名ではなく芸名で立候補するタレントが後を絶たず、有権者が政治家の戸籍上の本名を知らないという由々しき事態も生じている・・・)、政策決定を担う政治家として必要とされる知識、能力、実績に欠けるリスクがあります。こうした政治的資質の不足や欠落は、政治の質や統治機能を低下させる要因となることは否めません。タレント政治家の出現は民主主義と表裏一体の関係にありますので、民主的制度が国民の利益を損なうという意味において、タレント政治家はパラドクシカルな存在なのです。なお、古代ギリシャの時代より、民主主義は‘衆愚政治’に至るとして批判されてきましたが、現代のタレント政治家に関しては、敢えて衆愚政治へと誘導する政党の選挙戦略こそ問題とすべきかもしれません。

 このように、民主主義国家においてはタレント政治家が出現しやすい土壌があり、これは日本国に限った現象ではありません。アメリカにも、ドナルド・レーガン大統領やアーノルド・シュワルツェネッガーカリフォルニア州知事といった著名な政治家がおります。しかしながら、グローバル時代を迎えた今日、タレント政治家の問題は、政治家という職業そのものに広がっているように思えます。前職がタレントである政治家のみならず、政治家そのものが演技者と化しているかのようなのです。そして、この仮想の空間の劇を‘現実’として報じる役割を担っているのが、全世界に張り巡らされたマスメディアのネットワークなのでしょう。しかも、グローバル時代のタレント政治家は、必ずしも特定の政党と結びついているわけではなく、左右の何れの政党にも存在し、無所属でも構わないのです(マクロン仏大統領のように彗星の如くに現れるケースも・・・)。重要なのは、世界権力の意向に沿って忠実に演じることができる資質なのです。

 例えば、先日、戦時下にあってゼレンスキー大統領が支援国であるアメリカをサプライズ訪問し、米議会でも演説しましたが、その一部始終は、まさしく同大統領の‘訪米劇’という表現に相応しいように思えます。同大統領の議会演説についてアメリカのマスメディアは、第二次世界大戦中のチャーチル首相の名演説に匹敵する程の歴史的演説として華々しく持ち上げています。しかしながら、実態と報道との間のギャップは、むしろ、その違和感故に政治の劇場化を強く印象づけてしまったようです。凡庸な演説に対する過剰な礼賛は誰から見ても不自然であり、‘興行側’のプロパガンダ作戦が透けて見えてしまうからです(ゼレンスキー大統領は、平時にあってコメディアンとしては有能であっても、戦時下の指導者役は不向きであったかもしれない・・・)。そして、政治劇の存在に対する人々の確信に近い疑いは、ウクライナ紛争そのものを懐疑の視線に晒すことにもなりましょう(戦争のみならず、地球温暖化やコロナ・ワクチン禍なども・・・)。

 米CIAの元高官も認めているように、世の中には、人々から真実を隠すためのカバー・ストーリーというものが存在しているのは事実です。特にメディアは、事実を探求しようとすれば、荒唐無稽な極論まで持ち出して陰謀論として切り捨てようと必死になりますが(その必死さが余計に怪しまれる要因に・・・)、今日の政治家の多くは、‘オーディション’に合格して舞台に上がったタレント、即ち、‘パペット’なのかもしれないと疑うのです。否、全世界で起きている出来事の多くは、各国の政治家のみならず、グローバル企業のCEOや王族や皇族を含むセレブとも称される人々が総出でシナリオ通りにカバー・ストーリー演じる、演出された劇とする見方も強ち間違ってはいないように思うのです。

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怪しい日中のコロナ対策

2022年12月28日 11時11分40秒 | 国際政治
 武漢発の新型コロナウイルス感染症が瞬く間に全世界に広がり、WHOのテドロス事務総長がパンデミック宣言をしたのは、凡そ3年前のことです。この時、中国政府が自国民に対する海外渡航や出国の停止といった緊急措置を怠る一方で、日本国政府も然したる水際対策もせずに春節に中国人観光客を受け入れたことが、日本国内において同感染症が蔓延するにいたった原因とも指摘されています。国民に対して責任を負う政府であればこそ、謙虚になって過去の失敗に学ぶべきところなのですが、今日の事態には、過去に同じ光景を見たようなデジャブ感があります。日中両政府は、過去を教訓とせずに失敗を繰り返しているのでしょうか、それとも、両政府とも意図的に‘忘れたふり’をしているのでしょうか。

 中国側の出入国の野放しと日本国側のほとんど‘ざる状態’に等しい受け入れ体勢という構図からしますと、日中政府の示し合わせたような対応は、3年前と殆ど変わっていません。その一方で、細かな点を観察しますと、そこかしこに‘日中合作論’に信憑性を与えるような怪しさが滲み出ているように思えます。そもそも、日中両政府とも、リスク管理の側面からしますと、全くもって非合理的と言わざるを得ない対応をしているからです。

 仮に、報じられているように、習政権が進めてきたゼロコロナ政策の緩和により北京や上海などの大都市にあって火葬場が処理しきれないほど、新種の変異株であれCovid19の感染による死亡者が急増しているとすれば、中国政府は、入国禁止並びに自国民に対して渡航禁止措置をとるべきはずです。こうした水際対策は、WHO加盟国の義務でもあります(なお、これまでのところ、WHOも、今般の中国の国境措置の緩和政策に対して非難することもなく、何故か、沈黙している・・・)。3年前に起きた激しい中国批判を教訓とすることもなく、中国は、日本国のみならず、全世界に再びパンデミックを起こしかねない‘危険行為’に及んでいるのです。

 そして、同解禁策に対する日本国政府の対応も、入国者の空港における検査の強化では、全く水際対策とはならないことは明らかです。この失敗も、既に3年前に学んでいるはずです。最も精度が高いとされるPCR検査でも、陽性反応が確認できるのは発症の2日ほど前からなそうですので、仮に春節などに大挙して中国人観光客が訪日した場合、検査で陰性となった潜伏期間の感染者が混じってしまう事態は容易に予測できます。そもそも、コロナ以前の2019年のデータでは、1月の訪日中国人観光客の数は凡そ75万人であり、コロナの影響で大幅に減少するとしても、数十万単位の検査を日本国内で短期間に実施できるとも思えません。3年前に武漢での惨状を映した映像も新型コロナ感染症の凄まじい感染力を伝えていましたが、今般の中国における死者急増の報道も前回に匹敵しています。火葬場逼迫が事実であれば、日本国政府は、中国からの渡航を、即、禁止すべきと言えましょう。

 以上に述べたように、日中政府共に、誰もが疑問をいだかざるを得ないような措置、すなわち、非合理的な判断を行なっているのですが、政策の非合理性のみが怪しいのではありません。この他にも、中国国内における死者激増の要因とされるゼロコロナ対策緩和への転換も不審に満ちています。例えば、昨今の死亡者数の劇的な増加は、ウイルスの感染死であるとは限らないように思えます。異常な超過死亡者数が問題視されるに至り、日本国内でもようやく‘ワクチン死’という言葉が使われるようになってきましたが、mRNAワクチンではないものの、ワクチン接種率が高い中国でも、感染死を上回る勢いでワクチン死が増加している可能性もありましょう(ワクチン死であれば、日中両政府の理解し難い対策にも説明が付く・・・)。

また、ゼロコロナ対策を理由として政治的に‘隔離’されてきた多数の人々が、同政策の解除に伴って‘死亡’させられているのかもしれません。そしてより恐ろしい推測は、火葬場逼迫の原因は、数週間ほど前から全国的な広がりを見せてきたゼロコロナ反対運動の際に、中国共産党一党独裁体制並びに習近平国家主席による個人独裁体制に反対する人々を粛正してしまったというものです。ゼロコロナ対策の緩和により、抗議活動は沈静化したように見えますが、本当のところは、中国政府は先端技術を用いてこっそりと‘天安門事件’を繰り返したかもしれないのです。あるいは、中国政府は、再度、全世界をパンデミックの恐怖に陥れるために、敢えてゼロコロナ対策を批判するデモを誘導し、国民の‘自発的’な批判の声に応えるという形で国境を開放したのかもしれません。

こうした推測の他にも、習政権が推進してきたゼロコロナ政策の正しさを内外に知らしめるために、中国政府が、コロナ感染死亡者急増を演出している可能性もありましょう。民主主義への‘しっぺ返し’の意味を込めて・・・(‘国民の声など聞く必要はなく、独裁体制の方が正しい’と言いたい・・・)。何れにしましても、権謀術数に長けた中国のことですから、最悪のシナリオが次から次へと頭に浮かんでしまうのです。そして、その背後には、コロナ利権で潤う、あるいは、人類支配への工程表を先に進めたい金融財閥系勢力、即ち、世界権力が隠れているのかもしれません。果たして、この推理、荒唐無稽な陰謀論として片付けることができるのでしょうか。

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ウクライナは‘悪しき前例’?-コントロールされた戦争?

2022年12月27日 11時02分24秒 | 国際政治
 ウクライナ紛争をめぐっては、ロシアによる核兵器使用の如何が常々議論の的となってきました。アメリカ政府並びに軍部では、ロシアが戦術核のみを使用するケース、戦略核の使用に及ぶケース、両者を併用するケースなど、様々な事態を想定した対応が既に協議されているそうです。バイデン政権は明言を避けつつも、メディアや識者等の大方の見解では、何れにせよ、人類滅亡を意味しかねない核戦争への発展を怖れ、たとえロシアが核を使用したとしても、通常兵器によって対抗するものと予測されています。こうした核使用をめぐる一連の動きを見ますと、ウクライナのゼレンスキー大統領の判断は、‘悪しき前例’となりかねないと思うのです。

 それでは、何に対する‘悪しき前例’であるのか、と申しますと、核兵器国と非核兵器国との間で‘戦争’が起きたときの対応です。ウクライナ紛争については、‘戦争’という表現の使用は避けられていますが、双方の国家が武力を行使していますので、宣戦布告なき軍事介入であれ、広義では戦争の範疇に入れることができましょう。何れにしましても、今日、人々が目にしているのは、ロシアという核保有国とウクライナという非核保有国との間の、ウクライナ東部・南部諸州の分離・独立をめぐる兵器を用いた戦闘なのです。

 世界地図を見ますと、民族・宗教紛争や領有権争い等に起因して、核兵器国と非核兵器国とが鋭く対立している地域を見出すことができます。台湾問題も、核兵器国と非核兵器国との間の対立ですし、南シナ海問題は、唯一の核兵器国である中国と非核兵器国である東南アジア諸国の間の紛争です。そして日本国政府も、目下、尖閣諸島問題をめぐって核保有国である中国と対峙しています。仮に、こうした地域的な対立が軍事衝突へと発展した場合、非核保有国は極めて厳しい立場に置かれることは言うまでもありません。NPTを遵守する限り、核の抑止力も攻撃力も備えていない非核保有国は、敗戦の運命が決定づけられてしまうからです(‘核の傘’も、いざという時には開かない可能性が高い・・・)。

 核保有国と非核保有国が戦争状態に至った場合、後者が国家滅亡の危機に直面することは当然に予測されますので、NPTでさえ、その第10条には「各締約国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至上の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使してこの条約から脱退する権利を有する。・・・」とあります。ウクライナが直面した事態とは、まさしく‘自国の至上の利益を危うくしている’事態なのですから、ゼレンスキー大統領は、ロシアから侵略を受けていると主張する以上、同権利を即座に行使すべきであったと言えましょう。それでは、何故、ゼレンスキー大統領は、NPTから脱退しなかったのか、ここに大きな謎があるのです。

 ロイター通信社に依れば、ロシアの安全保障会議の副議長でもあるメドベージェフ元大統領は、NATOの参戦を防いでいる唯一の要因は、「ロシアの核兵器とその使用に関するルール」であると述べています。メドベージェフの同認識は、ロシア側が、核の抑止力を十分に理解し、かつ、活用している現状を示しています。そして、このことは、逆にウクライナ側、否、NATO側にも言えることであり、ウクライナが核武装した状態にあれば、核大国のロシアといえども迂闊な軍事行動はとれないことを意味しています。

 ソ連邦崩壊に際して、ウクライナは自国に配備されていた大量の核兵器をロシアに搬送すると共に、「ブタペスト覚書」の保障の下でNPTの加盟国となったのですが、核兵器の管理・運用に関するノウハウは残されているはずですし、この点、他の非核保有国よりも有利な立場にあります。既にロシア軍に占領された地域の奪還は難しいとしても、核武装した上でロシアとの停戦交渉に臨むこともできたはずです。

核武装に関するウクライナの消極的姿勢に加え、世界各国のメディアも、その選択肢の存在を巧妙に隠しつつ、核武装はもっての他という方向に世論を誘導しています。ロシアが核を使用したときに、はじめてNPT体制が崩壊するかのようなイメージがあるのですが、合理的に考えれば、ロシアの核使用の有無に拘わらず、武力衝突が起きた時点で、非核兵器国は核武装を選択するはずなのです。

それでは、有事に際しての核武装の‘権利はあるけれども行使はできない’という奇妙な判断の背景には、一体に、何があるのでしょうか。おそらく、その背景には、核兵器独占という特権を維持したい核兵器国間で一種の‘カルテル’が成立しているとも推測されます。ウクライナの最大の支援国であるアメリカも、NPT体制を崩しかねない同国の核武装には反対したことでしょう。もしくは、ユダヤ系グローバル・ネットワークを介してロシアもウクライナもアメリカも世界権力の手の内にあり、今般のウクライナ紛争は、双方が真剣勝負で闘っているのではなく、巧妙に‘コントロールされた戦争’であるのかもしれません。実際に、表に見えるだけでも、10月にロシアによる核兵器使用の動きが見られた際に、アメリカのロイド・オースチン国防長官は、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相と二回の電話会談を行う一方で、ジェイク・サリバン米国家安全保障問題担当大統領補佐官も、ロシアのニコライ・パトルシェフ国家安全保障会議書記と数回にわたり電話会談を重ねたとされています。

かくして、たとえロシアが核使用に踏み切ったとしても、ウクライナ側の反撃を通常兵器に限定することで、あるいはNPT体制は維持されるかもしれません。その一方で、核兵器国あるいは世界権力が和平の時期と判断するまで、戦争がだらだらと長期化し、双方ともに死傷者数が積み上がると共に国土が破壊されてゆくことでしょう。ウクライナ紛争の不自然な展開は非核兵器国にとりましては悪夢であり、この意味において、ゼレンスキー大統領の選択は、悪しき前例、あるいは、見習うべきではない前例となるのではないかと思うのです。

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中国と台湾との並立状態の法的確定を

2022年12月26日 13時28分47秒 | 国際政治
 台湾については、中国共産党も「カイロ宣言」を根拠として‘一つの中国’を主張し、今日、習近平国家主席も武力併合の可能性を公然と認めています。同主張は、中華人民共和国と台湾を合わせて‘一つの中国’とする根拠希薄な詭弁なのですが、同見解に異議を唱えようものなら拳を振り上げて威嚇してきます。しかしながら、国際社会が中国の無理筋の主張を黙認しますと、台湾有事も絵空事ではなくなり、東アジア、否、全世界に火の手が広がるリスク上がります。第三次世界大戦を未然に防ぐには、全ての諸国が平和的解決に努めるべきと言えましょう。そこで、本ブログにおけるこれまでの記事における考察から、国際法上における主権国家としての台湾の地位を以下に纏めてみることとしました。

 国際法における主権国家の要件とは、(1)国民、(2)領域、(3)主権の三者となります。国民については、現在の台湾は、オーストロシア語系の諸部族を原住民としつつも、オランダの支配を機に17世紀以降に本土南部より移住してきた古代閩・越の末裔と推測される南方系華人(ホーロー人)をマジョリティー(本省人)としています。両者とも中国語を国語としながらも、本土中国とは国民の民族構成が異なっており、今日では、台湾国民という独自のアイデンティティーの下で、‘民族’、あるいは、‘国民集団’としての政治的権利を有しています。言い換えますと、他の諸国の国民と同様に、台湾国民も、国民国家体系の基本原則である民族自決の権利を備えていると言えましょう。

 領域については、幾つかのアプローチがあります。最初に確認すべきは、台湾は、オランダ、清国、日本の支配地となった歴史はあっても、過去の歴史において自立的な‘国家’が成立していた時期が殆どない、という点です。あるとすれば、鄭氏台湾の時代のみですが、鄭成功も、台湾を本土からの逃避先並びに反清復明の拠点としたに過ぎません。そこで、第一のアプローチは、歴史的事実に反する「カイロ宣言」は無効とみなし、1952年4月に発効した「サンフランシスコ講和条約」において日本国が同地を放棄したことにより、無主地となったと解するものです。このアプローチに基づけば、本土から移転した亡命政府であり、かつ、占領軍として実効支配を及ぼしていた中華民国政府が、無主地先占の法理に従って同地の領有権を獲得したこととなります。

第二のアプローチは、一先ずは「カイロ宣言」の有効性を認め、サ条約とほぼ同時に締結された「日華平和条約」によって、日本国政府は、台湾を同宣言の述べる‘中華民国’とみなして‘返還’したとするものです。もっとも、このアプローチでは、1972年9月29日に日中間の国交を樹立した「日中共同声明」の成立に際し、当事の日本国政府は、政府解釈として「日華平和条約」の失効を一方的に宣言していますので、台湾の領域が未確定地となりかねず(仮に、このとき、日本国政府が中華人民共和国による台湾領有を認めたとすれば、中華人民共和国による軍事侵攻を正当化してしまう・・・)、改めて台湾による領有を確定する必要性が高まります。もっとも、日本国政府が、「日華平和条約」の政府解釈を変更してその有効性を認める、あるいは、台湾政府が、日本国政府の一方的条約終了を違法とし(確認訴訟において主張する道も・・・)、同条約の効力の持続性を国際司法裁判所などの国際司法機関に訴えれば、戦争当事国間の講和条約である「日華平和条約」の下で台湾の領域は確定することとなりましょう。

 主権については、1971年10月25日の「アルバニア決議」は、あくまでも国連における‘中国の代表権’を問題としていますので、この決議が、主権、即ち、台湾政府の存在並びにその外交権を否定しているわけではありません。そこで、問題となるのは、蒋介石総統によって台湾に移転した中華民国の亡命政府の合法性となりましょう。領域の無主地先占説にしても、「日華平和条約」による返還説にしても、その大前提として合法的な政府である必要があります(そもそも、条約の締結権を有すること自体が、台湾政府が合法的な政府であることを認めたこととなる・・・)。歴史的経緯を見ますと、当事の台湾は、国民党軍が進駐した連合国の占領地であり、蒋介石総統による中華民国の首都移転に対して、連合国は意義を唱えていません。言い換えますと、アメリカをはじめとした旧連合国諸国は、台湾における亡命政権の樹立、あるいは、亡命政府と中華民国政府との継続性を認めたことになりましょう(なお、日本国政府が、旧統治国として改めて台湾の独立を承認するという方法も・・・)。そして、1988年は、台湾という国家を枠組みとして、国民党一党独裁体制から民主的な国家体制へと台湾の体制が転換した年となりましょう(中華民国から台湾へ・・・)。

なお、ソ連邦時代にあっては疎遠であったロシアと台湾の関係を見ますと、1993年から96年にかけて双方が駐在員事務所を開設しており、事実上の政府承認ともなる外交関係を築いています。ソ連邦が連合国の一員であった点を踏まえますと、中華人民共和国以外の凡そ全ての諸国は、‘中国の代表’、あるいは、‘本土を含めた唯一の中国の合法的政府’ではないにせよ、少なくとも‘台湾における台湾政府の合法性’を否定はしてはいないのです。また、この点、同決議への反発から台湾は自ら国連を脱退したもの、逆の見方からすれば、中国の代表権のみを台湾から中国へと移した「アルバニア決議」は、台湾政府が、国際社会にあって合法的な政府であることの反証となりましょう。
 
 以上に述べたことから、何れかの国際司法機関に対して確認訴訟が提起されるとすれば、如何なるアプローチを選択しても台湾の主権国家としての法的地位は確立されるものと推測されます。そして、平和的解決の最終ステージは、台湾国民による国民投票となるかもしれません。民族(国民)自決の原則に従えば、最終的な国家体制(国名変更を含む中華民国憲法の改正・・・)、あるいは、帰属の選択については、国民自身が決定すべきであるからです。後者の‘帰属’については、本土の中華人民共和国による反発や批判を封じるための便宜上の選択肢となります(台湾国民は、自由で民主的な国家体制を選択するのでは・・・)。確認訴訟によって法的に中国と台湾という二つの国家を分立させることこそ、台湾問題を平和的に解決するための最善の方法ではないかと思うのです。

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台湾問題は判断ミスの積み重ね?

2022年12月23日 10時39分08秒 | 国際政治
1972年9月29日における日本政府による一方的な日華平和条約の終了宣言の背景には、同日に表明された日中共同宣言の成立があったことは疑い得ません。何故ならば、同宣言の三には、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、「ポツダム宣言」第八項に基づく立場を堅持する。」とあるからです。

ここで再び、「ポツダム宣言」という戦時中の共同宣言の問題に突き当たるのですが、その前提となった「カイロ宣言」と共に、戦時中の宣言は講和条約の成立によって効力を失います。しかも、「カイロ宣言」の場合には、連合国とは申しましても、中華民国、アメリカ、イギリス三国を軍事的に指揮していた蒋介石総統、ルーズベルト大統領、並びに、チャーチル首相の三者合意に過ぎません。両宣言とも、その当事者は中華民国の蒋介石総統であったわけですから、これらの宣言は、「サンフランシスコ講和条約」並びに「日華平和条約」の締結をもって失効しています。

また、「カイロ宣言」に述べられている‘中華民国による台湾回復’も、歴史的・法的根拠を欠いており、不当な要求となります。仮に、これを文字通りに実行すれば、「カイロ宣言」でも謳われている連合国諸国の基本合意である不拡大方針にも反することとなりましょう。戦後に至り、台湾の住民や歴史的変遷等を厳密に調査すれば、講和条約締結に向けた戦後処理の過程で、同要求は、アメリカが見直す、あるいは、他の連合国諸国から異議が唱えられたかもしれませんし、領域の‘回復’や‘返還’という形ではなく、台湾において本土への帰属、日本国からの正式な独立、主権国家の地位獲得などを問う住民投票を実施し、その結果をもって法的立場を正式に決定したかもしれません。

これらの観点からすれば、日本国には、両宣言に拘束される、あるいは、それを履行する法的義務もなかったはずなのです。それにも拘わらず、当事の大平外務大臣は、既に消滅したはずの「ポツダム宣言」を中華人民共和国の立場を重んじて敢えて持ち出し、台湾の法的地位に関する問題を蒸し返してしまっています。あたかも、「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」の当事国が‘中華人民共和国’であったかのように・・・。

1895年から1945年までの50年間、台湾を領有していた日本国は、1972年9月の日中共同声明に際し、「日華平和条約」に見られる不明瞭性に輪をかけて、台湾をさらに曖昧な状態に陥れることとなりました。しかも、同声明では、中華人民共和国の立場を理解し、尊重するとも述べているのですから、一つ間違えますと、中華人民共和国による台湾の武力併合を半ば認めたとも受け取られかねない危険な文言であったことになります。仮に中国による領土要求を歴史的にも法的にも正当なものとするならば、台湾政府が中国の領域を不法に占領していることとなり、中華人民共和国による武力行使は自国の領土を保全するための正当なる‘自衛権’の発動となりましょう。

それでは、台湾は、中国が主張するような、法的には国家ではなく、中国の領土の一部を占領し、ISのように一定の地域に対して不当な支配を及ぼしている‘反政府勢力’の一種なのでしょうか。この点、1971年10月25日に国連総会にあって成立した「アルバニア決議」を見ましても、少なくとも台湾の国家としての地位を否定している訳ではないことは確かです。同決議への抗議の意味を込めて蒋介石総統が国連を脱退したため、台湾が国家としての地位を失ったかのようなイメージを受けますが、この時、台湾が失っているのは‘中国の代表’、即ち、安全保障理事会の常任理事国という地位です。国連を脱退したことで、台湾は、むしろ自らの国家としての法的地位を不安定化しているのです。

なお、日中共同声明の二項にあって、日本国政府は、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法的政府として承認していますが、‘国家承認’と‘政府承認’とは違いますので、この一文をもって台湾の事実上の国家としての地位が否定されたわけではありません。また、中国という国家を中国本土に限定して解釈すれば、同声明は、中国に台湾併合の根拠を与えるものでもなくなります。そして、国民党一党独裁体制が終焉した1988年1月をもって、台湾は、中華人民共和国とは全く別の国として再出発したとも解されましょう。

以上に台湾問題についてその要因を探求してきましたが、今日にあって中国による武力併合の危機が生じているのは、共産党一党独裁体制を敷く中国の覇権主義並びに暴力主義的行動様式に加え、過去における国民党、台湾政府、アメリカ、日本国、国連など、様々なアクター達が、判断ミス、並びに、解釈が曖昧な軽率な文言を含む共同文書の作成を積み重ねた結果であったと言えます。あるいは、これらの為政者や政府は、第三次世界大戦に向けて裏から巧みに誘導されていたのかもしれません。何れにしましても、戦争を回避し、台湾問題を平和的に解決するためには、複雑に絡まった糸を解きほぐし、今日の誰もが納得し得る価値観や原則に照らして筋を通すことが重要となりましょう。そして、国際司法機関における確認訴訟こそ、同問題の最も適した解決方法ではないかと思うのです。(つづく)。

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「日華平和条約」は失効したのか?―台湾問題の探求

2022年12月22日 15時11分53秒 | 国際政治
 ‘過去には絶対誤りがない’と考える人はそう多くはないように思えます。自らの来し方を振り返りましても、反省や後悔がない人は殆どいないことでしょう。人類史を辿りましても、現在の人々の倫理観や道徳観からすれば、過去の人々の行動や行為はあまりにも利己的であったり、残酷である場合も少なくありません。過去が誤りや反省点に満ちているとすれば、現代を生きる人々は、歴史の教訓に学びつつ、可能な限りこれらを是正してゆくべきとも言えましょう。‘歴史にもしもはない’と言われますが、過去に起こってしまった由々しき事柄でも、損害や被害を修繕したり、現在の倫理・道徳観に沿って軌道を修正したりすることによって、それらが現在にも及ぼしている悪しき影響を断ち切ることはできるのです(前例踏襲主義にも同様の悪弊がある・・・)。

人類史において過去の検証を試みるに際しては、とりわけ現在に影響を与える事柄が対象となるのですが、国家間にあって任意に締結された条約等を含め、国際法は、良きにつけ、悪しきにつけ、それが未来に向けて法的拘束力を有する故に、慎重な扱いを要します。条約の内容が合理的かつ公平・公平であり、今日的な価値観に照らしても倫理・道徳に適っていれば、長期に亘って国際社会の平和と公正なる秩序を支えますが、その内容が不当であったり、反道徳的である場合には、悪しき状態を固定化したり、ディストピアに向けての既定路線を敷いてしまうからです。このため、今日では、「条約法条約(条約に関するウィーン条約)」も成立し、一般国際法によって条約の無効条件なども定められるようになりました。例えば、同条約の第64条では、「一般国際法の新たな強行規範が成立した場合には、当該強行規範に抵触する既存の条約は、効力を失い、終了する。」とあります。

 前置きが長くなりましたが、中国による台湾併合の危機、即ち、第三次世界大戦にも発展しかねない台湾問題を考えるに際しても、過去の検証は重要な作業となりましょう。「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」といった戦闘状態にあって作成された宣言文をはじめ、台湾に関する条約等については、関係各国の利害や思惑が入り交じった政治的文書である、即ち、今日の法的基準からすれば公平性や倫理性が欠如している可能性が高いからです。過去の検証の必要性という観点からしますと、日華平和条約の効力についても、考えてみるべきように思えます。

日本国内で出版されている条約集のページを開きますと、1952年4月28日に署名され、同年8月5日に発行した日華平和条約については、1972年9月29日を同条約が失効した日として記されています(扱いも‘参考’程度・・・)。因みに、署名日はサンフランシスコ講和条約の発効日であり、失効日は日中共同声明が発せられた日となります。失効日が明記されているために、日本人の多くは同条約は‘過去のもの’と見なしがちなのですが、国際法に照らしますと、未だに効力を失ってはいないのではないか、とする疑問が沸いてきます。

 先ずもって、日華平和条約を失効したもの見なすようになったのは、日中共同声明の発表時に開かれた記者会見の席で、大平正芳外務大臣が同見解を述べたからです。それは、日中両国による同声明調印直後のことであり(1972年9月29日)、場所は、中国国内の北京プレスセンターでのことでした。大平外務大臣は、「日華平和条約」について「なお,最後に,共同声明の中には触れられておりませんが,日中関係正常化の結果として,日華平和条約は,存続の意義を失い,終了したものと認められる,というのが日本政府の見解でございます」と説明しています。今日的な視点からしますと重要問題でありながら、付け足しのように述べているのですが、同発言は、田中角栄政権における「日華平和条約」に関する政府見解が‘条約の終了’であっことを示しています。

それでは、田中政権時における日本国の政府解釈をもって、「日華平和条約」は完全に終了したと言い切れるのでしょうか。最初に指摘すべきは、条約の終了に際して当事国間の合意を欠いている点です。条約終了については、台湾側は合意しておらず、記者会見の席における日本国政府による一方的な終了宣言と言うことになります。当時の日本国政府は、日中共同声明の成立を急ぐばかりに、台湾政府との協議を怠り、その合意を得ることもなく、同条約を終了させているのです。このことは、台湾側からしますと、「日華平和条約」の法的効力は未だに失われていないこととを意味します。

また、先述した「条約法条約」では、条約の終了や無効の要件等についても詳述しています(「条約法条約」が発効したのは1980年であるものの、同条約は慣習国際法を基礎としている・・・)。例えば、相手国の条約違反や事情の根本的変化などを挙げていますが、台湾が「日華平和条約」に反する行為を行なったわけではありませんし、後者の事情の根本的変化につきましても、1952年の同条約締結時にあって既に中華民国は台湾に移転していますので、凡そ20年後となる1972年までの間には、条約失効の根拠となるような変化は見られません。日本国政府は、中華人民共和国との国交樹立を急ぐばかりに、正当な根拠なくして一方的に条約を終了させてしまったと考えられるのです。

「日華平和条約」の終了が、日中国交正常化時における田中政権の政府見解に過ぎないならば、政府見解の変更によって同条約の効力の完全性を回復するという選択肢もあり得ましょう。大平外相は、「存続の意義を失い・・・」と述べていますが、中国による武力併合の危機が迫る今日にあって、「日華平和条約」の存在意義が再認識されるからです。そして、同時期、即ち、1971年10月25日に国連総会にあってアルバニア決議が成立したことも、第三次世界大戦への布石であったのかもしれず、台湾の法的地位の確認作業の重要性も自ずと理解されるのです。(つづく)

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台湾問題の元凶は「カイロ宣言」?

2022年12月21日 12時33分28秒 | 国際政治
台湾問題を複雑にした原因の一つに、第二次世界大戦最中の1943年11月27日に、中華民国の蒋介石総統がアメリカのルーズベルト大統領、並びに、イギリスのチャーチル首相と合意した「カイロ宣言」があります。同宣言では、「・・・並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。」となるからです。カイロ宣言については、対日降伏勧告とも言えるポツダム宣言にあって、「カイロ宣言の条項は履行されるべく・・・」とありますので、中国並びに台湾の一部は、それぞれ立論の仕方に違いこそあれ、これらの宣言を根拠として、「一つの中国」を主張しているのです。

仮に、「カイロ宣言」がなければ、台湾は、国共内戦に敗れた蒋介石総統が、連合国の占領地に中華民国の亡命政府を移し、対日講和条約の発効と共に、国際法上の主権国家の要件を満たす国家、あるいは、無主地先占の法理に基づいて独立国家の地位を得たものとしてすんなりとその法的地位が認められたかもしれません。

 実際に、台湾移転後の1952年4月に日本国と中華民国との間に成立した講和条約を見ますと、戦後当初は、上記の路線がソ連を除く連合国側の大凡の合意であったことが分かります。「日華平和条約」の第2条には、「サンフランシスコ講和条約」と同様に放棄先は明記されていないものの、サ講和条約の第2条に基づき、日本国が台湾、澎湖諸島、並びに、新南群島及び西沙諸島の放棄を承認する旨の条文があるからです。同条約は、戦争当時国間の間で締結された最終的な講和条約となりますので法的効果が強く、日本国は、事実上、少なくとも台湾並びに澎湖諸島等を領域とする中華民国の存在を認める、即ち、正式に国家承認したとも解されましょう(もっとも、両国政府とも、将来的な本土奪還の可能性は意識している・・・)。なお、同条約の成立過程においては、日本国において占領行政の主導権を握っていたアメリカの意向が強く働いたものと推測されます(台湾及び澎湖諸島の住民・旧住民とその子孫ならびに法人が中華民国に帰属するとした 第10条は、アメリカの提案とされているが、その意図は、中華民国が本土奪還に失敗した場合、条約違反の批判を恐れたからではなく、本土時代の中華民国には、台湾が含まれていなかったからでは・・・)。

 ところが、「日華平和条約」は、日本国と中華人民共和国との間に「日中共同声明」が成立した1972年9月に失効したとされています(もっとも、同条約の失効は、当時の大平正芳外相が述べた政府見解であり、その効力や内容については議論の余地がある・・・)。講和条約の失効によって、必ずしも台湾の独立国家としての法的地位が失われるわけではないのですが、同条約の失効が、台湾の法的地位を不安定化した点は否めないのです。

 当時の国際情勢を見ても、ニクソン・キッシンジャー外交が進めた米中関係改善の流れの中で、台湾は、帰属未確定地にされてしまった観があります(1971年のアルバニア決議も考慮すると、その背後には、世界権力の意向が働いていたのかもしれない・・・)。そうであるからこそ、今日、中国による武力併合の危機を前にして、改めて台湾の法的地位を確定しておく必要性が高まっているとも言えましょう。そして、「カイロ宣言」があるばかりに、中国共産党も台湾の領有を主張するようになったのですから、今日の台湾問題の元凶は、同宣言にあるといっても過言ではありません。それでは、「カイロ宣言」は、中華人民共和国による「一つの中国」の根拠となり得るのでしょうか。「カイロ宣言」には、以下のような問題点があるように思えます。

第1に、そもそも、国際法にあっては、戦時中において発せられた‘宣言’の効力は、戦争当事国相互の最終合意となる講和条約が発効した時点で消滅します。宣言内容の失効は、「カイロ宣言」の履行を受託した「ポツダム宣言」も同様です。

加えて第2に、国際法においては、当事国、即ち、日本国の合意なき第三国間の条約や協定等は無効です。「カイロ宣言」は、あくまでも連合国三国の間での内輪の合意に過ぎず、日本国に対しては法的拘束力が及ばないのです。

第3に、「カイロ宣言」では、回復(restore)すべき国として中華民国(the Republic of China)を指定しています。しかしながら、歴史を振り返りますと、1895年以降、台湾並びに澎湖諸島は清国から割譲されて日本領となりましたので、1911年に辛亥革命によって成立した中華民国が台湾を領有していた事実はありません。仮に、中華民国が台湾の地を得るとすれば、‘回復’ではなく新たな領土獲得となるのです。即ち、宣言文の文章自体に歴史に関する意図的な?事実誤認があります。

第4に、同宣言の表現によれば、台湾は、日本国が‘中国人’から‘盗取(竊取)’した地の一つとされています。‘中国人’の部分は、邦訳では一般的に清国人と表記されますが、中国文では‘中國人’、英文でもthe Chineseとされ、清国人と中国人を区別していません(この問題は、満州帰属問題にも波及・・・)。中国人に清国の支配民族であった満州人(女真族)を含めるか、否かも議論すべき問題ですが、少なくとも、台湾は、日清戦争の講和条約によって日本国に割譲された地ですので、‘盗取’という表現は、事実とは一致していません。日清戦争当時、戦争は国際法において合法的な行為であり、一体、何を基準として‘盗取’と見なすのか、全くもって不明です。清国も台湾を制圧して直轄地としていますし、中華人民共和国によるチベットやウイグルの併合の方が、よほど‘盗取’という言葉に相応しいと言えましょう。

「カイロ宣言」の効力に関する以上に述べてきた否定的な見解は試論に過ぎませんし、当然に反論や批判もあるかもしれません。また、台湾の法的地位をめぐる論点は「カイロ宣言」の効力に限られるわけでもなく、他の論点も含めて十分に議論されているとは言い難い状況にあります。とは申しましても、紛争の平和的解決が国際社会における国家の義務である以上、中国があくまでも台湾併合を主張するならば、国際司法機関の法廷にあって歴史的並びに法的根拠を示す必要がありましょう。中国が台湾を法的根拠もなく武力で併合すれば、これこそ、まさしく‘盗取’となるのではないかと思うのです。

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台湾の法的地位の確立に向けて

2022年12月20日 16時29分07秒 | 国際政治
中国が主張する「一つの中国」論は、今日、台湾に対する武力攻撃の可能性を高めると共に、第三次世界大戦に発展しかねないリスクがあります。この問題を平和的に解決するためには、先手を打って国際法における台湾の法的地位を確立するに越したことはありません。中国では、強権的なゼロコロナ対策を機に習近平独裁体制に対する国民の抗議が続いており、体制引き締め政策として台湾への武力侵攻の挙に出る怖れもあり、何れの国や国際機関であれ、同問題について国際司法機関への提訴を急ぐべきと言えましょう。中国が軍事行動を起こしてからでは遅いのです。

平和的解決に向けた最初の一歩は、国際社会に対する台湾自身によるアピールとなりましょう。国際司法機関によって法的地位に関する確認を得ることで、同問題を平和的に解決する準備があることを広く内外に向けて訴えるのです。あるいは、日米と言った中国の軍事的脅威に晒されている他の諸国であっても構わないかもしれません。何れにしましても、台湾問題については、平和的解決を求める国際世論を醸成してゆくことが中国に対する強力な戦争抑止圧力となるのです。

次に、当事国となる台湾が訴訟に向けた準備を開始するべきなのですが、事実上の同盟国であるアメリカとの協議を経る方が訴訟手続きがスムースに進行する可能性が高まります。あるいは、米台協議における議論の末に、台湾に代わり、アメリカが父権訴訟に準じた形で原告の引き受けに同意するかもしれません。中台問題についてバイデン政権が平和的解決を真に願っているならば、確認訴訟に向けた行動を支持こそすれ反対する理由はないはずです。西方のウクライナ対する間接支援に既に巨額の資金をつぎ込んでいる現状にあって、台湾危機を機とした東アジアでの直接的な米中開戦は、アメリカとしても避けたいシナリオとなりましょう。

米台協議が纏まらずに両国とも何らのアクションも起こせない、あるいは、他国が関与する形での解決で合意した場合には、他の関係国が行動を起こす番となります。特に、日本国には日米同盟に基づく米軍基地もありますので、台湾有事に際しては自国の安全をも脅かされることが予測されます。国連憲章第35条では、安保理等に対して何れの国も平和的解決を求める権利を認めていますので、日本国政府が、率先して台湾に関する確認訴訟による解決を提案することもできます。

それでは、国際機関はどのような役割を果たすことができるのでしょうか。解決の付託機関として国際司法裁判所を選択した場合、台湾は同規程の締約国ではないものの、規程第35条において、非締約国であっても国連安保理の決定によって当事国として同裁判所を利用することができるとしています。平和的解決は国連憲章第6章の問題となりますので、常任理事国も含めた単純多数決をもって台湾を当事国とする決議は比較的容易に成立する可能性があります(ただし、中国による裏工作や‘買収’には要注意・・・)。安保理で台湾を当事国とする決議が成立すれば、同国は、国際社会にあって凡そ独立主権国家として地位を承認されたこととなりましょう(デファクトの国家承認・・・)。なお、紛争の平和的解決を促すためにも、国際司法裁判所規程を改正し、集団的自衛権の連鎖的発動により、世界大戦へと発展する怖れのある事案については、国際社会全体の問題として捉え、常設仲裁裁判所と同様に国家以外の国際機関等にも原告適格を認めるべきかもしれません。

この段階で、原告国が何れであれ、提訴の方針は固まってくるのですが、実際に提訴に踏み切るに際しては、被告を中国として確認訴訟を起こすのかどうか、訴訟の具体的な形態を決定する必要があります。問題の本質上、国際司法裁判所(ICJ)への提訴が望ましいのですが、被告国を中国とする場合、中国が応訴するとは考えられません。もっとも、同規定の第53条には、欠席判決に関する規定を置いていますので、あるいは、台湾その他の諸国による単独提訴であっても、原告となる当時国が手続きさえ進めれば判決を得られる可能性もありましょう(単独提訴を不可とするのは、竹島問題に引きずられた日本国側の思い込みかもしれない・・・)。

また、昨日の記事で指摘したように、台湾の法的地位は、サンフランシスコ講和条約、無主地先占の法理、清国と中華民国との継続性(ただし、清朝末期では台湾は日本領であり、台湾の領域継承を主張し得ない・・・)、カイロ宣言の効力(最終的な確定は講和条約による・・・)等など、様々な法的問題を問うています。このため、台湾が、中国による併合要求を切り離し、単独で国際司法裁判所に自国の法的地位の確定を求めるという選択肢もありましょう。

 中国による台湾侵攻を阻止するチャンスは、完全に失われているわけではありません。確認訴訟の路線が難しい場合には、台湾が国連への加盟を申請するという方法もあります。台湾の国連加盟が実現すれば、事実上の国家承認の効果が生じることも期待されましょう。ウクライナの二の舞にならないためにも、国際社会は、台湾有事についてはその阻止に最大限の努力を払うべきではないでしょうか。日本国政府も、対中抑止政策を軍事力の増強のみに頼るのではなく、愚かしく無益な戦争を回避するために、叡智を尽くして平和的な解決の道を探るべきではないかと思うのです。

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国際レベルの‘確認訴訟’が戦争を未然に防止する-台湾問題の平和的解決へ

2022年12月19日 12時22分56秒 | 国際政治
 争いごとを防ぐ方法の一つとして、中立公平な機関が法律に照らして審査し、訴える人の権利や義務を公的に確定するという方法があります。国家レベルにおいては、この役割は裁判所が担っているのですが、今日の国際社会にあっての司法制度は十分に整備されているわけではありません。そして、この司法機能の欠如こそが戦争がこの世からなくならない主要な要因と言っても過言ではないのです。日本国を含め東アジア、否、世界を焦土となしかねない台湾問題も、台湾の法的地位が公的に確定されれば、中国が放とうとする火を事前に消すことができます。

国家の司法制度における確認の訴え(確認訴訟)とは、権利義務関係の確認を請求する訴えを意味しています。この確認訴訟、実際に侵害行為が発生する以前の段階にあって、それを未然に防止使用とするには極めて有効な手段です。侵害が発生した後の訴えでは、既に被害も発生していますし、裁判所の判決を得て侵害者を追い出すにも物理的な強制力を要します。侵害される怖れやリスクがある時点において確認訴訟を起こし、裁判所によって自己の権利を確認してもらえれば、侵害後に予測される被害や損害、並びにコストを未然に回避することができるのです(侵害を計画した者にとっても、事前に相手の権利が確定されれば、徒に‘犯罪者’にならずに済むメリットがある・・・)。

戦争とは、破壊力として兵器が使われるために失われるものがあまりにも多く、起きてしまっては既に手遅れとなるものですので、未然に防ぐに越したことはありません。この観点からすれば、台湾問題についても、同国の国際法上の法的地位を確認すれば、中国は、それが軍事力であれ、‘平和的手段’であれ、「一つの中国」の主張の下で台湾に対して併合を求める権利を失います。それでは、既存の国際司法制度にあって、台湾が、国際司法機関に対して自国の法的地位の確定を求める訴訟を起こすことはできるのでしょうか。この問題については、先ずもって、幾つかの観点から考えてみる必要がありそうです。

第一の観点は、誰が原告となるのか、という問題です(原告適格の問題)。原告として最も相応しい国が、中国による侵略の危機に直面している台湾であることは疑いようもありません。台湾が意を決して確認訴訟に踏み切る場合、戦争回避を願う国際社会は、同国の行動を、平和的解決手段を選んだとして支持すべきと言えましょう。しかしながら、地理的に中国の目と鼻の先にあり、常時、中国から軍事的圧力を受けている台湾が、核による威嚇などによって萎縮を強いられているすれば、台湾問題を国際の平和への共通の脅威とみなし、他の関係国、あるいは、国際機関が同国に代わって提訴するという方法もありましょう(ただし、国際機関の場合には、提訴先は常設仲裁裁判所のみ・・・)。先ずもって、台湾関係法によって事実上の同盟関係にあるアメリカにも原告適格を認めるべきですし(コモン・ローの系譜を引くアメリカの訴訟法には、父権訴訟という考え方がある・・・)、米国と同盟関係にあるNATO諸国、並びに、米軍基地が存在する日本国などにも原告となる権利があるかもしれません。また、国際機関としては、国連安保理にあっては、中国を含む常任理事国が拒否権を発動できない第6章問題として扱われますので、同機関が原告の役割を果たすこともできるはずです。因みに、国連憲章第35条では、「国際連合加盟国は、いかなる紛争についても、安全保障理事会又は総会の注意を促すことができる」とありますので、凡そ全世界の諸国が、国連安保理に対して台湾問題に関する確認訴訟を提案できることを意味しています。

次に考えるべき点は、誰が被告となるのか、という問題です。台湾併合のためには武力行使も憚らないと公言しているのは隣国の中国ですので、被告のポジションは中国以外にはあり得ません(あるいは、原告は、国際刑事裁判所規定に倣い習近平国家主席個人ということも・・・)。裁判は、中国による台湾領有の主張を退けるために、台湾が自らの法的地位の確認を求めて訴訟を起こすという構図となりましょう。とは申しましても、以下に述べるように、国際司法機関によっては単独提訴が難しい場合もあります。また、台湾の場合、第二次世界大戦後にあって帰属未確定地に成立しているため、中国問題を抜きにしても法的な地位が不安定な状態にあります。このため、独立主権国家の要件に照らした‘被告人なき確認訴訟’という道も検討されましょう。
 
そして、第三に選択すべきは、確認を訴え出るべき国際司法機関です。現行のシステムからすれば、国連機関の一つとして設置されている国際司法裁判所(ICJ)が最も適しているのでしょうが、同裁判所の規定によれば、そもそも提訴し得るのは‘国家’に限定されていますので、仮に台湾が提訴した場合、同裁判所が同国からの訴えを受理するかどうか、いささか不安な点があります(ただし、’確認’である以上、もとより国家としての法的資格がないわけではない・・・)。この点、常設仲裁裁判所であれば、民間団体を含む幅広い主体に原告適格を認めていますし、紛争の一方の当事国による単独提訴も可能です。もっとも、常設仲裁裁判所は、経済分野における紛争を主に扱ってきたため、ICJとは別の意味において訴訟受理に関する懸念がありましょう。

何れにしましても、今日、国際レベルにおける確認訴訟、否、国際司法制度自体が未整備である現状を逆利用すれば、台湾問題に関する確認訴訟の道は開けるかもしれません。戦争回避という人類共通の目的こそ優先されるべきであり、このためには、悪しき前例主義は排される必要があるからです(つづく)。

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台湾問題の平和的解決-急ぐべきは台湾の法的地位の確定

2022年12月16日 10時51分45秒 | 国際政治
 今日に至るまでの歴史的な経緯を調べてみますと、台湾には、独立国家としての要件を揃えていることが分かります。今日の国際社会における独立国家の要件とは、(1)国民、(2)領域、(3)主権(政府と対外政策の権限とに分ける場合も・・・)のおよそ三者となりますが、台湾は、何れもこれらの条件を満たしています。そこで、台湾の独立国家としての法的地位について、それを擁護してみたいと思います。なお、ここで言う‘独立’とは、中国からの独立ではなく、国際社会における独立主権国家としての法的地位を意味しています。

 台湾の国民につきましては、中国本土(中華人民共和国)とは、その民族的な構成も歴史的な形成過程も同じではありません。中国本土では、稲作系の漢民族がマジョリティーでありながら、随、唐、元、清など遊牧系の異民族が支配した王朝が長く続き、各地に少数民族が多数居住しながらも、一先ずは、漢民族系の国家として自己認識しています。一方、台湾は、オーストロシア語系の人々が原住民であり、漢民族系の人々が大陸から移入したのは17世紀以降に過ぎません。しかも、その契機となったのは、オランダ東インド会社が遂行した植民地政策としての開拓移民奨励策です。中国と台湾ともに今日では中国系住民が多数派を構成し、字体に相違があるものの中国語を国語としますが、そのDNAの由来も歴史も大きく異なっているのです。なお、台湾では、17世紀以降の移民の子孫である本省人はホーロー人と呼ばれ、全人口の凡そ77%に当たりますが、福建省に多数居住する南方系古代閩・越の末裔ではないかと推測されます。

 それでは、領域はどうでしょうか。こちらの方も、中国本土の王朝が台湾を領域としたのは、清朝が直轄地とした1683年から下関条約によって日本国に割譲した1895年の僅か212年間に過ぎません。‘中国4000年の歴史’からしますと一時的な領有に過ぎず、中国の‘固有の領土’ではないことは明白です。しかも、台湾を版図に組み入れた清王朝は女真族が明を滅ぼして開いた異民族王朝ですので、台湾には漢民族によって支配された歴史もないのです。なお、中華民国も台湾を国際法において正式に領有した事実はなく、台湾に国民党軍が最初に上陸したのは、第二次世界大戦後に戦勝国となった連合国が日本領に派遣した占領軍としてのことでした。

1949年10月には、本土から追われる形で蒋介石総統が首都を台北に移し、同島の領有を宣言しますが、台湾は、今日まで法的には帰属未確定地のままとされています。何故ならば、1952年のサンフランシスコ講和条約によって日本国は台湾を放棄したものの、同条約は、台湾・澎湖諸島がどの国に帰属するのかを敢えて記さなかったからです。言い換えますと、この‘無言’は、米英仏共に台湾の中華人民共和国への帰属を否定したことを意味します。もっとも、講和条約による日本国の放棄によって無主地となったと解すれば、台湾は、無主地先占の要件(1.先占の主体は国家、2.先占の客体は国際法上の無主地、3.国家による領有の意思表示、4.実効的占有)を全て満たしている独立国家と言えましょう。

  以上に国民と領域について見てきましたが、最後に、主権について考えてみることとします。蒋介石総統率いる国民党が台湾に政権を移したのは、国共内戦において共産党に敗れたからです。内戦において敗北した勢力が、他国において亡命政権を維持することは珍しいことではなく、蒋介石総統も当初は一時避難的な目的で台湾島に渡ったのでしょう。実際に、その後も同総統は中国本土の奪還を諦めてはおらず、1965年には、米軍の協力の下で「国光計画」に基づく急襲作戦が試みられました。因みに、台湾による大陸奪還は、中国が核保有並びに運搬手段を獲得するまでがタイムリミットであったとされています(このため、70年代以降は断念・・・)。

もっとも、他の一般的な亡命政府とは異なり、国民党政府は、避難先が第二次世界大戦後の台湾、即ち、連合国の占領地であったという幸運に恵まれています。しかも、同地には占領軍として既に国民党軍が進駐しており、かつ、同大戦にあって同盟を結んでいた軍事大国アメリカの後ろ盾がありました。国民党政府は、いわば、‘連合国’の庇護を受ける亡命政府でありながら、占領地にあって日本統治時代の行政機構等も利用できましたので、同政府は、国家の政府として容易に実効支配を及ぼすことができたのです。

以上より、台湾は、国際法において自らを独立した主権国家であると主張する法的根拠を十分に備えていることは明らかです。議論すべき問題が残されているとすれば、(1)第二次世界大戦後の台湾の領域は無主の地とみなすべきか、連合国による占領地とみなすべきか、(2)国民党政府の存続を、国際社会(少なくとも西側諸国)における事実上の国家承認とみなすべきか、それとも、今後の国際司法機関による法的地位の確認を要するのか、(3)国民党一党独裁体制から体制移行し、民主化した現在の台湾は、国民党側の主張でもあった「一つの中国」の主張をなし得るのか・・・といった問いがありましょう。

何れにしましても、これらの問題の審議を含め、いずれかの国際司法機関にあって台湾の法的地位の確定作業が行なわれれば、台湾問題はおよそ平和的に解決されることとなります。このことは、同時に、中国による台湾併合の正当性を失わせることを意味しましょう。仮に、中国が、台湾の主権国家としての独立的地位に異議を唱えるのであるならば、同裁判において反訴するか、国際司法機関に台湾の領有権を確認するための裁判を新たに起こすしかないのではないかと思うのです(つづく)。

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台湾の法的地位確定が中国の軍事侵攻を防ぐ

2022年12月15日 14時51分31秒 | 国際政治
中国の主張する「一つの中国」論は、その歴史的根拠や法的根拠を探りますと、砂上の楼閣であるように思えてきます。それにも拘わらず、現代という時代にあって中華帝国の復活を夢見る中国は、清朝による台湾直轄地時代を根拠としてあくまでも同論を唱え続けることでしょう。しかも、国連安保理常任理事国の地位のみならず、その背後には核兵器をはじめとした強大なる軍事力が控えているのですから、国際社会は、まことに御し難い国と対峙していると言えましょう。このまま放置しますと、中国は、台湾への武力行使へと踏み出すリスクが高いのですが、自制を求める国際的な圧力も意に介す様子もありません。そこで、別の角度から中国を押さえ込んでみるのも、一つの有効な対中抑止政策のように思えます。

それでは、ここで言う‘別の角度’とは、どのような‘角度’なのでしょうか。それは、国際法に基づいて台湾の法的地位を確定する、というものです。南シナ海問題にあって常設仲裁裁判所の判決を破り捨てたぐらいですから、台湾問題の平和的解決のために、中国が台湾について領有権確認訴訟を起こすことを期待することはできません。中国が司法解決を望まないならば、国際社会が、逆に台湾の独立国家としての法的地位を確定するという方法があります。

今日、台湾の法的地位は確かに曖昧であり、この法的地位の不安定性が中国による武力併合に余地、否、‘隙’を与えているとも言えましょう。同国の地位が曖昧なままであった理由として、状況を複雑化する要因があります。以下に、簡単な年表として纏めてみました。

  1. 古来、オーストロシア語系諸部族の居住地であった(アタヤル族、サイシャット族、ツォウ族、ブヌン族・・・)
  2. 中世から近世にかけて倭寇や海賊等の活動拠点となった
  3. 南蛮貿易を含め、日本商船と中国商船による「出会貿易」の重要拠点であった
  4. 1593年に、日本国の豊臣秀吉は台湾の‘高山国’に朝貢を促し、‘国’として認識していた
  5. 1624年8月、明は、台湾を自国領とする認識はなく、澎湖諸島からの撤退を条件に、オランダ東インド会社による台湾領有を認めた
  6. 同年から凡そ38年間、台湾はオランダ(オランダ東インド会社)の植民地となった
  7. 1624年、鄭成功による反清復明運動の拠点となり、1662年に鄭氏台湾が成立した
  8. 1644年に成立した女真族による征服王朝である清国は、1683年に鄭氏を滅亡させ、放棄論と領有論との議論の末に台湾島を直轄地とした
  9. オランダ支配並びに清国による直轄地化により、17世紀以降に漢民族の移住が増加(植民地支配時代には移住民開拓者を支援・・・)
  10. 1895年に、日清戦争の講和条約である下関条約により清国から日本国に割譲された
  11. 1911年の辛亥革命により、清朝滅亡。
  12. 1943年11月、ルーズベルト大統領、蒋介石総統、チャーチル首相の三者による「カイロ宣言」において、「満州、台湾、澎湖島のごとき日本国が中国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還する。」と記された(台湾復光の根拠に・・・)。
  13. 1945年7月に発せられた「ポツダム宣言」第8項において「カイロ宣言」の履行が求めれる
  14. 1945年8月、日本国はポツダム宣言の受託を表明
  15. 1945年9月以降、第二次世界大戦における日本国敗戦により、台湾も連合軍の占領地となる
  16. 中華民国は連合国の一員であったため、国民党軍が米軍の援護の下で台湾に進駐
  17. 蒋介石総統が「台湾省」の行政長官兼同省警備総司令に任命し、国際法上の根拠を欠いたまま、台湾・澎湖諸島の領土並びに主権の‘回復’を宣布
  18. 1949年10月1日に中華人民共和国が成立したため、中華民国政府を台湾の台北に移転(台湾国民政府)
  19. 1952年、サンフランシスコ平和条約の第2条(b)により、日本国は、台湾・澎湖諸島の領有権を放棄(ただし、‘どの国’に対して放棄したのか記載がないため、国際法上の所属未確定地に・・・)
  20. 1988年以降、国民党一党独裁体制並びに蒋氏による世襲制が終焉し、民主的選挙制度を伴う台湾の民主化が進展する

 以上に台湾の歴史を辿ってきましたが、様々な要素が複雑に絡み合った経緯から、国際法における台湾の独立的地位を導き出すことは、果たしてできるのでしょうか。その鍵を握るのは、蒋介石による‘政府移転’、否、‘国家移転’をどのように捉えるのか、という問題にあるように思えるのです(つづき)。

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中国は台湾の併合を正当化できない

2022年12月14日 10時49分35秒 | 国際政治
 国連憲章では、全ての加盟国に紛争の平和的な解決を義務づけています。それにも拘わらず、今日に至るまで戦争が絶えないのは、今日の国際社会では、未だに平和的解決のための制度が整っていないからなのでしょう。いわば、基本法は存在していても、手続法が欠けている状態と言えるかもしれません。戦争をこの世からなくすためには、声高に戦争反対を訴えるよりも、平和的紛争解決のための制度整備に取りかかるべきなのですが、同方向性を阻む最大の抵抗勢力が、あろうことか、国際の平和に対して責任を負うべきはずの国連安保理常任理事国であるという、由々しき現実があります。中国も特権的権利が認められている安保理理事国の一つなのですが、同国を‘指導’する習近平国家主席は、台湾の武力併合への意欲を公言して憚りません。それでは、中国には、自国による台湾の武力併合を正当化できるのでしょうか。

 第一に、紛争解決の手段から見ますと、‘武力による一方的な現状の変更’は、明らかなる国連憲章違反です。上述したように、国連憲章は、全ての加盟国に対して紛争の平和的解決を求めていますので、中国にも、平和解決の原則を遵守する義務があることは言うまでもありません。しかも同国は、安保理常任理事国の地位にあるのですから、いわば、国際社会の治安を維持する‘警察役’です。台湾から自国が侵略を受けない限り、中国は、合法的に武力を行使のすることはできないはずなのです。

 それでは、中国の台湾に対する領有権主張の正当性はどうでしょうか。第二の観点は、領有権主張の正当性です。ある特定の地域の領有権を主張するには、凡そ歴史的根拠と法的根拠の二つを要します。南シナ海問題で常設仲裁裁判所が中国の言い分を退けた主たる理由もこの二つの根拠の欠如にあるのですが、台湾につきましても、中国には歴史・法の両面において正当な根拠が見当たりません。歴史的には、中国が、オーストロシア語系の人々が住む地であった台湾を初めて‘直轄地’としたのは清朝時代であり(日中貿易の拠点となると共に、オランダあるいはオランダ東インド会社が統治していた時代もあった・・・)、その理由も、同地が鄭成功等の反清復明運動の拠点であったからに過ぎません。

 日清戦争に際して締結された下関条約において、清国があっさりと日本国に台湾を割譲したのも、同地を‘固有の領土’とは見なしてはいなかったからなのでしょう。しかも、下関条約が締結されたのは1895年ですので、未だに征服王朝である清国自身が依拠する伝統的帝国主義も、列強による近代帝国主義もまかり通っていた時代でもありました。このことは、国民国家体系を基本体系とする現代の国際社会にあって、過去の帝国による征服の歴史が今日の領有権の根拠となるのか、という問題をも問うています(仮にこれを認めますと、今日の国境線は一気に流動化しますので、過去の征服に基づく領有権主張は却下されるのでは・・・)。

 中国による台湾領有の主張には歴史的根拠が欠けるとしますと、法的根拠はどうでしょうか。辛亥革命によって中華民国が成立したのは1912年2月12日のことです。この時既に台湾は日本領であり、中華民国の法的領域の外にありました。1949年10月1日に建国された現在の中華人民共和国にあっても、今日に至るまで台湾は同国の領域ではありません。法的根拠も欠如しているのは明白であり、この状態にあって中国が自国に武力で併合するとなれば、国際法上の侵略行為となることは明白なのです。

 その一方で、中国擁護論としては、国共内戦の末、蒋介石率いる国民党が台湾に移り、中華民国を継承した歴史を持って‘一つの中国’を正当化する見解もあります。ここで第三に問題となるのは、中華民国と中華人民共和国との関係です。この点については、当時の中華民国の立場は、‘亡命政府’に類似するものとして理解されます。革命や戦争においては前政権が外国に一時避難のために亡命し、亡命政府を維持する事例は少なくありません。イギリスには第二次世界大戦を機に同地に設立された亡命ポーランド政府(ポーランド第二共和国政府を継承・・・)が近年まで存続していましたし、1940年にはド・ゴール将軍も、ナチスからのフランス解放を目指して同地に「自由フランス」を設立させています。

 ただし、台湾の場合、一般的な「亡命政府」とは異なります。蒋介石が台湾島に政府を移した1949年10月時点では、同地は、国際法上にあって連合国側の占領地域であるからです。しかしながら、その本質的な部分においては違いはないように思えます。それが占領地であれ、自国の領域外における亡命政府の設置は国際法に違反する行為ではなく、国民党が台湾の地で中華民国政府を維持したことも合法的な行為となりましょう。となりますと、亡命地のイギリスに対して’亡命ポーランド政府’の存在を根拠として共産主義政権であるポーランド人民共和国が同国の領有権を主張できなかったように、中国もまた、亡命地である台湾に対して領有権を主張することはできないはずです。亡命地と領有権とは、法的には全く無関係なのです。

 以上、主要な三点について述べてきましたが、何れの側面からしましても、中国による台湾への武力侵攻は、国際法上の侵略行為と言うことになりましょう。そして、あくまでも中国が台湾の領有権を主張するならば、国際司法機関に対して領有権確認訴訟を起こし、自らの正当性を認めてもらうのが筋と言うことになります。中国は、国連安保理常任理事国の席を得ている以上、国際社会に対して平和的解決の範を示すべきではないかと思うのです。

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中国の核戦略抜きの防衛議論は空論に

2022年12月13日 11時29分16秒 | 国際政治
中国による台湾侵攻が現実味を帯びる中、日本国政府も、同国による軍事的脅威を根拠として防衛費増額に踏み切る方針を固めたようです。敵基地攻撃能力の保持や反撃力が議論されてはおりますが、政府やメディアの説明を聞いておりますと、最も重要な観点が抜け落ちているように思えます。それは、中国の核戦略です。

泥沼化も懸念されているウクライナ紛争では、ロシアによる核兵器の先制使用の可能性が取り沙汰されることとなりました。その理由は、2020年6月にプーチン大統領が署名した「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎について(核抑止力の国家政策指針)」において示した核使用条件の一つに、「通常兵器によるロシアへの侵略により存立危機に瀕したとき」というものがあったからです。ロシア軍の劣勢を受けて、プーチン大統領も、核の先制使用について検討を指示したと報じられています。大規模な戦略核兵器を用いずとも、地域紛争に限定する形でより小規模な戦術核兵器を使用する可能性もあり、核兵器の使用は絵空事ではなくなってきているのです(核使用のため、故意に劣勢になっている可能性は?)。

核の先制使用を示唆するロシアに対して、アメリカは、仮に実際に使用された場合、ウクライナ紛争への直接的参戦をも辞さないとする強硬な姿勢を示したことから、核使用の如何は、第三次世界大戦、延いては核戦争を引き起こしかねない重大問題となったのです。報道によりますと、ロシアのペスコフ大統領報道官は先のプーチン大統領による核の先制使用検討発言について、‘早急な行動はしない’としてトーンを和らげていますが、それでも、ロシアは、核兵器使用の条件を緩和しこそすれ、厳格化するとは思えず、今後とも、‘最終兵器’として核使用のオプションを保持し続けることでしょう。

2020年6月に公表された「核抑止力の国家政策指針」は、奇しくも「核兵器国」であるロシアが自らの国家戦略に核兵器を組み込んでいる実態を明らかにしたのですが、合法、無法、違法の如何に拘わらず、他の「核兵器国」も、ロシアと同様に、核兵器を基盤として自らの‘世界戦略’を策定していることでしょう。「核兵器国」にとりましては、保有する核の有効活用こそ、戦略上の重要課題の一つなのです。当然に、保有数では米ロを下回るものの、今や世界屈指の軍事大国となった中国も、自らの核を‘中国の夢’を実現するために戦略的に活用しようと考えないはずはありません。

仮に、‘護身用’、即ち、自衛を目的として保有するならば、中国が保有する核弾頭数は、一つや二つでも構わなかったはずです。「核兵器国」である中国に対して武力攻撃を仕掛けようとする周辺諸国は凡そ皆無であるからです。中国は、しばしば日本国の軍事力を自らに対する脅威としてアピールしておりますが、中国が「核兵器国」である以上、この主張には説得力がありません。ところが、米国防省が公表した年次報告書に依りますと、中国は、2035年、即ち、あと僅か13年あまりで現状の4倍の凡そ1500発まで核弾頭数を増強するそうです。自衛に必要となる弾頭数を大幅に超えて核兵器を保有しようとする背景には、台湾有事、あるいは、新冷戦の激化による米中戦争の可能性を視野に入れているからなのでしょう。双方が相手国への対抗を口実とする軍事大国間の核軍拡競争は、‘世界支配’に向けた世界権力が誘導する‘既定路線’に起因しているのでしょうが、核軍拡を急ぐ中国が、その使用を軍事的オプションから外しているとは思えないのです。中国が原子力発電所の建設を急ぐ理由も、軍事的、否、攻撃的な核戦略にあるのかもしれません。

中国が核戦略を温めている確率が100%に近いとすれば、日本国政府の防衛に関する態度はあまりにも非現実的であり、楽観的に過ぎます。中国は、自らが攻撃を受けない限り、核兵器は使用しないとしていますが、中国国内では、台湾有事に際して日本国が介入する場合には、同原則から日本国を外すべしとする議論があります(中国の場合、‘挑発’や‘偽装工作’もあり得ますし、米中開戦の場合には、在日米軍基地が核攻撃の対象となる可能性も・・・)。同国は、ロシアに対しては核の使用を控えるように牽制しても、自国が使用することには何らの躊躇もしないことでしょう。これまで、その非人道性と超絶した破壊力故に‘核は使えない兵器’と見なされがちでしたが、核軍拡に邁進する中国の現状を見れば、既に日本国は同国の核攻撃、並びに、核による威嚇の対象に含まれているとみた方が妥当です。言い換えますと、日本国は、中国からの核攻撃を想定した上で、それへの対策として自国の防衛政策の指針を定める必要がありましょう。対中核対策としては、事前の抑止、並びに、事後的な反撃の両面からアプローチしないことには、李鵬元首相の予言通りに日本国は滅亡するかもしれません。

この問題は、アメリカによる‘核の傘’の提供の信頼性やニュークリア・シェアリングの効果にも波及しますので、徹底に議論されるべきですし、物理的な力、即ち、抑止力と攻撃力(反撃力)に関する緻密な計算をも要することでしょう。そして、仮に、通常兵器のみでは抑止力が不十分とする結論に至った場合には、日本国政府は、即刻、核保有に向けた準備を開始すべきなのではないでしょうか(費用対効果を考慮しても、核保有の方が防衛費を抑えることができますが、岸田首相は、あくまでも非現実的な核兵器廃絶の道を歩もうとしているよう・・・)。‘使わせない’ことこそ、重要なのです。その際には、「核兵器国」の‘核の脅威’に晒されている「非核兵器国」を代表し、日本国政府が「核兵器使用禁止条約」を提案すれば現行のNPT体制の非条理さが理解されるでしょうし、核戦争が回避される可能性も高まるのではないかと思うのです。

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核の先制問題-‘現行犯’への対応の限界

2022年12月12日 13時21分45秒 | 統治制度論
 警察の主要な任務の一つは、現行犯への対応です。一般社会にありましても、殺傷事件が発生した場合、一〇〇当番による通報により警察がいち早く駆けつけ、一悶着の末に犯人逮捕で終わるのが一連の流れしてイメージされています。皆が事件の無事解決に安堵するのですが、よく考えてみますと、これで一件落着なのか、と申しますと、そうではないように思えます。殺人事件であれば、失われた尊い命は決して戻ってはこないからです。戦争におきましても同様であり、被害の不可逆性は否定のしようもありません。

 「核兵器使用禁止条約」における執行機能を考えるに際しましても、核兵器の先制使用が取り返しの付かない民間人虐殺をもたらす点には慎重な配慮を要しましょう。競争や競技の開始時点については必ずそれを同一にしなければならないように、勝負事にありましては、時間的に相手に先んじる‘先手’が極めて有利です。何故ならば、自らは無防備な状態で攻撃を受けた側は、相手方の‘先手’、即ち、先制攻撃によって不可逆的なダメージを負ってしまうからです。過去の経験則からか、‘先手必勝’という諺があるくらいです。このため反撃を行なうにしても、攻撃以前の状態と比較して反撃力が低下しますし、国民並びに国土も甚大な被害を受けてしまうのです。人の意思によって物事が決定される政治の世界では、物理の法則に従うようにはゆかず、‘目的のためには手段を選ばず’という反道徳・倫理的な為政者が現れた場合、核による先制も否定はできなくなるのです。

 因みに、NPT体制においては、「核兵器国」が認められていますので、「核兵器国」が「非核兵器国」に対して核による先制攻撃を行なった場合、否、核を使用した場合、この時点で勝負が付いてしまいます(もっとも、脱退の権利が認められていますので、「非核兵器国」が、武力攻撃事態や存立危機事態に至っても同条約を遵守するとは限らない・・・)。最悪の場合、「非核兵器国」は、「核兵器国」が発射した最初の核ミサイルの一撃によって敗戦が確定してしまうのです。首都、あるいは、指揮命令系統の中枢となる機関やミサイル基地が破壊され、通常兵器による反撃力をも失われた場合には、大いにあり得る事態です。

 かくしてNPTは、「核兵器国」に対して「非核兵器国」に対する勝利を保障しているのですが、それでは、全諸国に対して核保有を認める一方で、その使用を禁じる「核兵器使用禁止条約」では、どうでしょうか。後者にあっては、国内の警察と同様に通報により、‘警察’が駆けつけて現行犯を逮捕するのか、と申しますと、そうではありません。「核兵器使用禁止条約」に基づく体制では、全ての諸国に遵守義務を課す国際法は制定されてはいても、国家の上部に君臨する‘国際警察機構’は設けられてはおらず、そもそも駆けつけてくるべき‘警察’はいないのです。言い換えますと、国際社会にあって‘現行犯’、すなわち、条約に違反して核を使用する国が現れたとしても、多重抑止力による未然阻止と事後的な下罰・制裁によって対応するしかないと言わざるを得ないのです。先制被害の不可逆性に鑑みて、否、‘現行犯’の出現を可能な限り極小化するためにこそ、「核兵器使用禁止条約」では、抑止力と制裁力を最大限にまで強化しているとも言えましょう。起こってしまってからでは遅いのです。内面的な道徳心や倫理観を持たないサイコバス的な権力者の自由意志の無限性に対して一定の歯止めをかけるには、核の報復の可能性、並びに、同条約に基づいて全締約国が課す制裁という外部的で包囲的な圧力、あるいは、‘威嚇’をもって当たるしかない、ということになりましょう。つまり、一国、あるいは、少数の違反国に対しては、その他の圧倒的多数の遵守国が、法の執行によって対処することとなるのです(この点は、違反国が‘得’をするNPTは逆・・・)。

 物理的強制力において優る警察組織を具備する国内の治安システムにあってさえ極悪な人物が殺人事件を起こすように、国際社会にあっても暴力国家を完全になくすることはできないのかもしれません。NPTに代わる新たなシステムも、核の抑止力の強化と攻撃力の制御によって核戦争のリスクを下げる効果しか期待できないのです。NPT体制よりははるかに‘まし’ではあっても、‘完璧’ではないのです(NPTにおいてもその第10条で脱退の権利を認めているが、「核兵器使用禁止条約」といった新たな条約の締結を欠く場合には、核使用国に対する制裁が不十分となる怖れがある・・・)。身も蓋もない、あるいは、拍子抜けした方もおられるでしょうが、限界を限界として認めなければ、何事も始まらないというケースもあります。

 如何なる制度をもってしても100%核戦争を防ぐことができないとしても、人類に希望が全くないわけではありません。人々の一般的な道徳心や倫理観の政治への反映という意味において、一党独裁体制を堅持している中国をはじめ各国において民主主義の制度化が進むほどに、暴力国家の出現率は低下することでしょう。今日、核使用が懸念されている国や勢力の志向が、全体主義、あるいは、権威主義であることは単なる偶然ではありません。そして、国際レベルにおいて人類の未来を左右するのは、国家間の紛争や対立を平和的に解決し得る国際的な司法制度構築なのかもしれません。核戦争を含む戦争とは、その原因を解消することができれば、自然に消滅するからです。

 現状を見ますと、日本国を含めて国際社会は、再び軍拡競争を伴う戦争路線を歩んでいるようかのようです。第三次世界大戦に至る前にここで一端立ち止まり、軍事大国やその背後に潜む世界権力の望むままに‘規定路線’を進んでもよいのか、真剣に考えてみる必要がありましょう(なお、NPT体制の見直しは、国連の見直しにも繋がる・・・)。戦争回避が人類共通の願いであるならば、未来に向けて人々が努力すべきは、近代以降の勢力圏争いとしての世界大戦をステップとする世界支配への道からの離脱であり、法の支配の制度化を基調とした国民国家体系の再構築ではないかと思うのです。

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