今日ではいささか沈静化したとはいえ、ヨーロッパ諸国では、今でもイスラム過激派によるテロ事の脅威に晒されています。2015年1月にフランスのパリで発生したシャルリー・エブド事件は、それが予言者マホメットの風刺に端を発していたため、‘これは表現の自由なのか、あるいは、他者が神聖視するものを侮辱してもよいのか’といった論争を巻き起こすこととなりました。‘善にも制限が必要’という立場からは、基本的に表現の自由は認めたとしても、イスラム教が内包する問題点を指摘したいならば、挑発的で過激な表現ではなく、より抑制的で理知的な方法を採るべきであったのかも知れません(全てではないにせよ、批判には‘一理ある’と思う人が出現するため・・・)。この点、表現者の側にも非がないとは言えないものの、狂信的なテロリストが‘イスラムの正義’をもって表現者の殺害に及ぶとなりますと、前者以上に悪が際立ちます。自らの蛮行をもって、神の名の下で善が悪に転化されてしまうイスラム教、否、宗教の問題性を衆人の前に晒してしまったとも言えましょう。
さて、テロ事件がヨーロッパ諸国で頻繁に起きてしまう原因の一つには、寛容と不寛容との間の非対称性があるように思えます。今日、ヨーロッパ諸国において移民が激増してしまった理由は、あらゆる側面における寛容性の高さにもあるからです。宗教的な寛容は、ウエストファリア条約(1648年)にも見られるように、凄惨を極めた宗教・宗派戦争への反省から17世紀から広がっています。また、異教徒にして隠然たるマネー・パワーを握るユダヤ人、並びに、社会・共産主義者をはじめとしたリベラリストも、旧来の社会や体制に対する反感や否定の文脈において寛容を主張してきました(EUの成立も寛容性の高さと無縁ではない・・・)。今では、グローバリズムの名の下で、人種、民族、宗教、世代、性別などなど、あらゆる多様性に対して寛容であることが‘絶対善’とみなされています。
寛容の精神が相互的であり、かつ、お互いの違いを認め合い排除しないというのであれば、無制限な寛容が悪に転じるリスクは然程には大きくはないのかもしれません。とは申しましても、現実には、言語や慣習等の共通性を基盤として社会は成り立っていますので、国民統合の側面からは、移民による固有性の維持は、社会的な分裂や対立、すなわち、‘悪’を引き出す要因とはなります。何れにしましても、寛容が‘絶対善’の地位を獲得した結果、ヨーロッパには、多数のイスラム教徒をはじめとした異人種、異民族、異教徒等などが住む地域となったと言えましょう。
しかしながら、同寛容政策は、寛容と非寛容との非対称性を見落としていたように思えます。この点、18世紀を生きたモンテスキューの洞察には驚かされます。何故ならば、以下のように述べているからです。
「他の宗教に寛容でありうる宗教はその普及をあまり考えないものであるから、他の場所で自己を確立することに大きな熱意をもつのは不寛容な宗教だけであると言ってよいため、国家が既成の宗教に満足しているときは、他の宗教の設立を容認しないのが極めて良い公民の法律であろう。」(『法の精神』第5部第25編第10章、岩波文庫版より引用)
モンテスキューの時代から凡そ300年が経過した今日では、この発言は国教の是非に関する議論を呼びそうではあるのですが、寛容な思考を持つ側が不寛容な思考を持つ側を受け入れた場合の‘結末’を人々に予測させている点において、現在と共通する寛容をめぐる非対称性の問題を鋭く見抜いています。その‘結末’とは、不寛容な側の拡大であり、それは、時にして寛容な側に対する排除や攻撃を伴うこともあり得るということなのでしょう。
現代のヨーロッパにあってモンテスキューの警告が活かされていれば、あるいは、イスラム過激派によるテロ事件は未然に防ぐことができたかも知れません。そして、この問題は、イスラム過激派に限定されているわけではなく、不寛容な思想を持つ移民の増加がもたらす脅威についても説明しています。日本国も例外ではなく、中国からの移民の激増は、共産主義、否、独裁容認という不寛容な思想を持つ人々の増加を意味します。‘隠れ共産主義者’も紛れているでしょうし、教育等を介して同国の体制が染みついているかもしれません。この結果、中国人及び中国系日本人の増加は、寛容を是とする日本国が掲げる自由や民主主義を内部から蝕んでゆく可能性も否定はできないのです。そして、この不寛容性は、情けも容赦もないグローバリズムにも見られるのです。
寛容というものがたとえ‘善’であったとしても、その無制限な追求が殺人、暴力、混乱、対立、分裂、破壊、冷酷といった悪を引き出すようでは元も子もありません。今や、寛容の徹底、すなわち、無制限な寛容を説くよりも、人々の安全と社会の安定のために、寛容というものを適切に制限する方法を考えるべき時なのではないかと思うのです。