万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

中国・バチカン合意の背景に何があるのか?

2018-09-23 14:01:50 | 国際政治
香港の枢機卿、危惧表明 中国バチカン合意で
共産主義を唯一絶対の国定イデオロギーとして報じる中国にあって、キリスト教とは、いわば‘異教’です。独裁色を強める習金平体制の下、日々、キリスト教徒に対する監視や抑圧は強まっているそうです。こうした中、その中国が、司祭の任命権問題に解決の見通しが付いたため、国交樹立に向けての合意が成立したとの報道が全世界を駆け巡っています。

 共産主義とキリスト教の双方の‘教義’を比較しますと、両者は水と油の如きです。前者は、資本家階級を‘敵’と見做してその打倒=虐殺を容認しますが、後者は、‘汝の敵を愛せ’と説き、寛容の精神を唱えます。また、前者は神の存在を否定し、宗教を麻薬と見なして蔑視する唯物主義の立場にありますが、後者は唯心主義にして神の存在を信仰の根源に置いています。両者の間の根本的な教義上の違いに注目すれば、中国がキリスト教を容認するとは思えないのですが、もう一歩、複雑に絡み合う歴史の深部を探求してみますと、両者を繋ぐ接点となる共通項がないわけではないようなのです。

 両者を繋ぐ共通項として推測されるのは、ユダヤの系譜です。現ローマ教皇であるフランシスコ法王は、ローマ教皇庁始まって以来のイエズス会出身の法王です。イエズス会とは、1543年にイグナティウス・ロヨラによって創設されたカトリック系男子修道会であり、日本布教で知られ、また、中国でも布教を試みたフランシスコ・ザビエルも創始者の一人でもあります。現法王のフランシスコの名は、聖人とされるアッシジのフランチェスコに因んでいるようですが、ザビエルにも肖っているのかもしれません(フランシス法王は、故国アルゼンチンにおいてユダヤ人とは極めて良好な関係を築いており、シナゴークを訪問した際には、「兄であるあなた方と共に」と述べたと伝わる…)。そして、ロヨラやザビエルの出身地がイベリア半島であったことから、同教団には一つの特徴が見受けられます。それは、その会員の多くが、改宗ユダヤ人であったことです。ユダヤ人は、世界大のネットワークを有していますので、イエズス会は、これを布教活動に利用したことはあり得ることです(中国の開封にもユダヤ人街があった…)。昨今、日本国内でも、長崎と天草の潜伏キリシタン関連遺跡が世界文化遺産に登録されましたが、例えば、イエズス会宣教師のルイス・アルメイダも、ユダヤ系イエズス会士の一人とされています。

 一方、共産主義の特徴もまた、教祖であるカール・マルクスに留まらず、その党員の多数もユダヤ系であったことにあります。その由来は、当然に党の組織形態にも影響を与えており、‘細胞’と称された党組織のネットワークを全世界に張り巡らすことができたのも、離散したユダヤ人たちが保ってきた全世界レベルのユダヤ人ネットワークなくしてあり得なかったかもしれません。共産主義もまた、その‘布教’にユダヤ系ネットワークが一役買っているのです。

 ここに‘ユダヤ系’と云う両者の接点とも言うべき共通項を確認できるのですが、特に、注目すべきは、共産主義とイエズス会との間に見られる組織原則における共通性です(この点は、渡辺京三氏も指摘しているらしい…)。イエズス会は、しばしば軍隊組織に類似していると指摘されてきましたが、両組織とも、そのメンバーにはトップに対する絶対服従が課せられています。また、国際ネットワークのみならず、政治権力との結びつきを重視し、各国の統治組織にメンバーを浸潤させていった点も、両者の共通点です。イエズス会における上意下達の徹底は独裁体制との間にも親和性が高く、この特徴は、共産党の組織とも共通しているのです。共産主義もまた、平等を謳いながらも組織としてはピラミッド型であり、共産主義体制は常に独裁に帰結する傾向にあります。

 中国とバチカンとの握手は、フランシスコ法王がカトリックの本流ではなく、その偽善性において問題視され、しばしばバチカンから解散を命じられていた傍流であるイエズス会出身であったからこそ、実現したのかもしれません。仮に、この憶測が的を射ているとすれば、中国において許容される‘キリスト教’とは、その実、‘ユダヤ教’、あるいは、その亜流の‘仮の姿’であり、共産党と手を携えて自らの‘理想=全体主義的な人類支配’に邁進するのではないかと懸念するのです。

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ナチス政権誕生は‘普通の人’が悪魔化したからか?-復讐心の因果分析を-

2018-09-22 15:02:42 | 国際政治
従来の定説によれば、ドイツにおけるナチス政権の誕生は、外部の状況によって、ごく‘普通の人’の心に潜む残忍性が表出したから、とも説明されています。人は誰でも心の内に悪しき闇を持っており、時にしてそれは社会全体を巻き込む渦となって、恐るべき怪物を生み出すと…。

 この説によれば、誰もが悪魔の一員になり得るのですが、こうした性悪説は、ナチス政権を支持する人々の心理を的確に分析しているのでしょうか。実のところ、人にも、生物に共通する生存本能がありますので、自らを護りたいとする心の働きを‘悪’と認定すれば、全ての人は悪人になり得ます。自己保存本能=悪の定式に従えば、確かに、性悪説も成り立つのですが、一般的には、宗教的な教理を除いては、自己本能をそのまま‘悪’と認めている社会は殆ど存在していません。人々が‘悪’と認定するのは、それが他害性を有する場合です。自らの利益のために他者を害する、つまり、利己的他害性の有無こそが、古今東西を問わず、凡そ人が‘悪’を認定する一般的な基準なのです。

 それでは、何故、人が人に対して残酷になる場合があるのでしょうか。共食いを行う生物種とは違い、人とは、日常的には他者の生命や身体等を害することがないよう(=悪人にならないよう…)、自己と他者との間の調和を計りながら生きています。ところが、しばしば、この自他のバランスが崩れる場合があります。それは、自らは何らの加害行為をも行っていないにも拘わらず、上述した意味での‘悪人’、即ち、自らの利益のために他者を害することを是とする人によって、許し難い被害を受けた場合です。人には、高い知性に裏打ちされた公平感覚が備わっていますので、この時、被害者は、加害者に対して自然の、そして、至極当然の反応として怒りの感情をいだきます。そして、加害者に対する怒りは、被害者をして自他のバランスを回復させるための復讐に駆り立てるのです。この被害者の復讐心こそ、人が人に対して見せる残虐性の根源の一つなのかもしれません。

 こうした加害と被害との間の因果関係の観点からナチス政権誕生における群集心理を読み解くとしますと、定説とは別の見方もあり得るように思えます。ヒトラーを独裁者の座に登らせた根本的な要因は、一般のドイツ人の復讐心にあったように思えるのです。第一次世界大戦後、否、近代以降のユダヤ人の利己的な振る舞いは、一般のドイツ人の復讐心を煽るに十分過ぎるほど十分でした。それが、ナチス政権幹部の大半がユダヤ系であったことが示すように、極めて巧妙に仕組まれた策略であったとしても…。この点に注目すれば、ナチス政権誕生が残した歴史的教訓とは、‘普通の人々を迫害者に変える心の闇に警戒せよ’はなく、‘一般の人々に復讐心を抱かせるような、利己的で無神経な他害的な行為を為してはならない’と云う行動規範なのではないでしょうか。結果ではなく、原因を除去する方がより効果的なのは言うまでもありません。

今日、日本国を含め、移民問題が各国において深刻化していますが、こうした異民族が関わる問題にあっても、この教訓は参考になります。移民、あるいは、移民斡旋事業者は、移住先の一般国民にとりましては、職が奪われる、賃金が低下する、治安が悪化する、そして、伝統や文化が侵食されるといった側面において、喩えその自覚がなくとも移住先の国民に対する‘加害者’となり得るからです。しかも、移民の側も、移住先の国で差別的な扱いを受ける、あるいは、社会的に不遇な立場となる場合には、自らの加害性に思い至ることもなく、不当に害されたとのみ思い込み、移住先の一般の人々を恨むことにもなりましょう。双方が相手方に対して復讐心に燃えるような事態になれば、その結果は、火を見るよりも明らかです。

このように考えますと、一般国民と移民との間の復讐心に起因する社会的な対立や摩擦を回避するためには、その原因となる移民政策こそ、避けるべきなのではないでしょうか。移住先の国民にのみに‘寛容’を求め、移民の増加に反発する一般国民を‘悪人’と決めつけるのは、因果関係も、歴史の教訓をも無視しているように思えるのです。

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日本産農林水産物1兆円輸出プロジェクトの問題点

2018-09-21 11:01:52 | 日本政治
 貿易自由化の波は農業分野にも押し寄せ、国際競争力に乏しい日本国の農業は、常に守勢とならざるを得ない状況にありました。その一方で、日本産の農林水産物の品質は高く、また、日本米、日本酒、醤油、味噌など、和食ブームによる料理素材に対する海外需要は、近年、著しく伸びています。この側面からしますと、日本国政府が進めている農林水産物・食品輸出拡大方針は、自国の強みや特性を活かすのですから、政策の方向性としては間違ってはいないように思えます。しかしながら、問題点が全くないわけでもなさそうなのです。

 第1の問題点は、日本国の食糧自給率が極めて低い点です。日本政府が打ち出している輸出拡大政策には、明確な目標が設定されています。それは、2019年までに輸出総額1兆円を達成すると言うものです。2016年の輸出実績は、既に7502億円に達していますので、冒険的とも見える1兆円という数字も夢物語ではありません。その一方で、日本国の食糧自給率は2017年度のカロリーベースで38%であり、1961年度の78%から一貫して低下し続けています。余剰生産力を有する国が輸出に熱心となるのは当然ですが、日本国の場合、自国の食糧生産が十分ではないにも拘わらず、輸出を拡大させますと、食料自給率の低下に拍車をかけることとなります。

 第1の問題に関連して第2に挙げられる点は、日本国内の食料品価格の上昇リスクです。食糧が不足する状態で輸出を増やしますと、国内市場に出回る農林水産物の供給量が減少しますので、価格の決定要因の一つである需給バランスが崩れます。つまり、日本国内では品薄状態となり、国産品の価格が上がる可能性があるのです。物価の全般的な上昇は、その原因が何であれ日銀としては歓迎なのでしょうが、国民の家計を直撃します。

 第3の問題点は、第2の問題点の解決策として安価な外国産の輸入を増やした場合、第一の問題点が悪化すると同時に、‘安全で高品質な国内産は海外富裕層向けに、安全性が低く低品質な外国産は日本国民向けに’という、一種の‘国際分業’が成立してしまうことです。この状態に至りますと、土壌や大気がクリーンな日本国内の農村は、ブランド化された輸出向け農産物の生産地となる一方で、日本の一般家庭の食卓には、新鮮で安全な食材が上らなくなります。今日、健康ブームで国産品の需要が高まっている折、日本国で実る海や山の幸は、一般の国民にはさらに手の届かない高級品となりましょう。数年前のまぐろの初セリで、香港の事業者が法外な値で日本人事業者に競り勝ちましたが、資金力に優る海外勢力の手にかかれば、国産の農林水産物、否、日本の農業は、海外勢力に押さえられてしまうかもしれないのです。

 以上に主要な問題点を3点ほど指摘しましたが、政府が、目標数値の達成を最優先事項と見なし、さらなる輸出拡大策を推し進めますと、この政策は、家計のエンゲル係数を上昇させ、食の豊かさを失うという意味において望ましいとは思えません。この点を踏まえれば、まずは国内の食料供給、農業の高付加価値化、農地の有効利用等を第一とし、その上で、日本国民にマイナス影響を与えない範囲において輸出拡大政策を採るべきなのではないでしょうか。日本国中に輸出向けプランテーションが乱立する光景が、未来の日本国の姿であってはならないと思うのです。

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金正恩委員長訪韓のジレンマ―‘演出’が通用しない世界

2018-09-20 14:03:29 | 国際政治
正恩氏、反対押し切り訪韓決断 文氏補佐官明かす
韓国の金在寅大統領の平壌訪問は、北朝鮮による国家挙げての‘熱烈歓迎’により、同大統領にとりましては、居心地の良い滞在であったかもしれません。平壌空港から市内に向かう途上でオープンカーに乗り換えた南北首相は、‘平壌市民’が両国国旗や統一旗、そして、造花の花束を振る中を共に満面の笑顔で通り抜けたのでした。

 この‘熱烈歓迎’のシーンは、北朝鮮‘お決まり’の演出によるものであり、‘演出’を常套手段とする全体主義国家の特徴でもあります。傍から見ますと、その意図が見え透いていますので、日本国内では冷ややかな反応が大半を占めているのですが、国家挙げての一大行事とされていますので、中には自己陶酔に陥っている北朝鮮国民も少なくないのかもしれません。動員された同国国民の内心を知ることができませんが、少なくとも、韓国大統領の歓迎は、国民の総動員なくしてはあり得ないのです。

 北朝鮮側の舞台である平壌では、南北の合作による‘演出’は一先ずは滞りなく成功裏に終わったのですが、この舞台を韓国のソウルに移した場合、どのような事態が起きるのでしょうか。金委員長は、年内にも、答礼として韓国の首都ソウルを訪問する意向を示しています。仮に、同委員長によるソウル訪問が実現するとしますと、南北両国における国家体制の違いが表面化し、両首脳とも、窮地に陥る可能性があります。

 上述したように、国民を総動員し、かつ、情報を統制できる全体主義国家では、完璧な政治ショーを演出することができます。国家全体が劇場であるからです。ところが、自由主義国の政府にとって、国民を動員したり、関連情報を統制することは前者とは比較にならない程困難な課題です。韓国には、政界との繋がりがある宗教団体も多いとされ、関連団体等の協力を得れば、大通りで信者やメンバーに旗を振らせることぐらいはできるかもしれませんが、文政権の見境のない対北融和政策に反対する政治団体も多数存在しています。同国が、事あるごとにデモや反対集会が開かれる国柄であることを考慮すれば、当然に、金委員長訪韓時をチャンスとみて、大々的な反北キャンペーンが張られる可能性もあります。

 文政権の支持率は低下傾向にあるそうですが、文政権と対峙する保守系野党、及び、文政権の親北宥和政策に反対する国民が結集すれば、たとえ文大統領が、綿密に政治ショーの演出を計画したとしても、両首脳は、行く先々で反対デモに遭遇し、‘独裁反対’といった罵声を浴びせられないとも限りません。そしてこの時、両首脳は、深刻なジレンマに陥ることとなります。平壌において熱烈大歓迎を受けた文大統領は、金委員長の面子を潰す、あるいは、韓国国民のブーイングに同委員長の怒りを買いかねない一方で、これを回避するために強権的な統制を行えば、韓国の民主的な自由主義国としての看板に傷が付くこととなります。一方の金委員長も、全体主義国では成功する政治ショーが民主主義国家では通用しない現実を思い知ると共に、たとえ将来的に北朝鮮主導で韓国と統合しても、一筋縄では行かないことも悟ることでしょう。韓国から自国に情報が自由に伝わるようになれば、金王朝とも揶揄される独裁体制も維持できなくなるかもしれないのですから、これもまた、深刻なジレンマとなります。

 以上の点からしますと、文大統領の訪朝よりも金委員長の訪韓のほうが、遥かに波乱含みです。両国共催による南北融和を演出した政治ショーは、金委員長の訪韓によって、あっさりと幕を閉じてしまうかもしれないのですから。

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米中貿易戦争は第三次世界大戦を誘発するのか?

2018-09-19 14:38:59 | 国際政治
中国、米と同時に報復関税へ 新たな対抗手段も
トランプ政権による対中制裁関税の第三段が発動される運びとなり、当事国のみならず、日本国内でも警戒論が広がっております。とりわけ、列強を中心としたブロック経済化が第二次世界大戦を誘発した事例が前例として取り上げられ、危機感を煽る向きも少なくありません。米中貿易戦争は、戦争への道であると…。それでは、今般の米中貿易戦争は、現代という時代にあって第三次世界大戦を招くのでしょうか。

 政府による高い関税障壁の構築という側面だけを見ますと、米中貿易戦争は第二次世界大戦前夜と類似しています。アメリカは、1930年6月にスムート・ホーリー法を制定して、2万品目を越える輸入品の関税率を大幅に引き上げ、保護主義に向けて舵を切ります。加えて、1932年にカナダのオタワで開かれた大英帝国の帝国経済会議でも、イギリスは自由貿易主義を放棄し、保護主義的な帝国特恵関税制度の採用に踏み切りました。この動きは各国に及び、列強を中心とした通商・通貨ブロックが各地域に形成され、資源囲い込み競争も激化するのです。このプロセスのみに注目しますと、米中貿易戦争は、第三次世界大戦に至る道程の途中に位置しているようにも見えます。それでは、今日、歴史は再び繰り返すのでしょうか。この点を考えるに際して、以下の相違点に注目するのは有意義なように思えます。

 第一に、第二次世界大戦前夜にあって、自由貿易主義国が関税率の引き上げに転じた最大の理由は、1929年におけるニューヨーク株式市場での株価大暴落を機に全世界に連鎖的に拡大した大恐慌にありました。経済の急激な縮小はこの時に起きており、大量失業や企業活動の停滞等に対応するために、各国政府は、自国産業を保護する必要性に迫られたのです。一方、今日の米中貿易戦争の発端は、グローバル化による失業問題や中間層の破壊を伴うアメリカの国内産業の空洞化、すなわち、衰退にあります。

 第二の相違点は、ブロック経済化を最初に開始した国にあります。米中貿易戦争を仕掛けたのはアメリカであるとする論調が強く、メディア等もそのような印象を刷り込んでいます。しかしながら、国際経済におけるブロック経済化は、既に始まっておりました。乃ち、中国が打ち上げた「一帯一路構想」こそが、中国を中心としたブロック経済圏の形成に他ならないからです。そして、この視点からすれば、自由貿易主義の砦ともされるTPP、あるいは、TPP11でさえ、中国のブロック化に対する対抗的ブロック化とする見方もできます。実際に、日本国内でTPPが保守層からも支持を得られた理由は、中国が参加しないこの枠組みを、広域化を目指す中国経済に対する経済圏の形成と理解したからです。

 以上に、二点ほど主因の違いを挙げてみましたが、この違いから、一体、何が見えてくるのでしょうか。第1の相違点は、第三次世界大戦の発生要因を取り除くためには、行き過ぎたグローバリズムを是正する必要性を示しています。因果関係からしますと、原因がなくなれば、結果も起きないのですから。むしろ警戒すべきは、世界大恐慌に匹敵するような金融危機の再発であり、今後、リーマン・ショックレベルの危機に襲われた場合、各国の財政や中央銀行には救済余力が残されていないとする指摘もあります。

第2の相違点である中国によるブロック経済化に注目すれば、原因の有無や相違に関わらず、今般の米中貿易戦争は、既に大国による囲い込み競争、あるいは、大国間の覇権争いの段階に至っていることとなります。この相違点は国の違いに過ぎませんので、どの国が口火を切ろうとも、地球規模のブロック化を伴う経済的な対立が軍事的対立へと至る可能性は否定できないのです。しかも、中国が、自国の世界大での覇権を確立するためにグローバリズムの是正を許さないとするならば、第1と第2の二つの相違点は結びつき、さらに第三次世界大戦が発生する可能性は増幅されることでしょう。

このように考えますと、中国という国の危険性がより明確に浮かび上がってくるのではないでしょうか。第三次世界大戦を未然に防止するためには、若干の損失を覚悟してでも民間企業の協力を得つつ、対中抑止策に努めるべきではないかと思うのです。

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警戒すべきは保守層の国家社会主義への追い込み

2018-09-18 15:37:17 | 国際政治
 イギリスの国民投票によるEU離脱の決定やアメリカのトランプ政権誕生の主要因の一つが、移民・難民問題の深刻化であったことは誰もが認めるところです。国境なき自由移動を是とするグローバリズムは、その本質において移民促進派であるため、知識人やメディア等では、これらの現象をグローバリズムにおける‘負け組’の感情的なルサンチマンとして理解する傾向があります。

 反移民感情は、移民や難民が異質な外国人であるために、ショーヴィニズムや排外主義を共通項として、しばしば、ナチス・ドイツの反ユダヤ主義と結びつけられてきました。実際に、各国共に国民一般の反移民感情の受け皿となってきたのは‘極右’とも称される政党であり、移民の制限のみならず、ベーシック・インカムの導入など、政治イデオロギーとしては国家社会主義に近い政策綱領を掲げる政党も少なくありません。しかしながら、政府が推進する移民政策に反対している一般国民の多くは、必ずしも思想としての国家社会主義や権威主義的な独裁体制の成立を支持しているわけではないはずです。

 戦前におけるナチス政権は、最も民主的であったワイマール体制から最も非民主的な独裁体制が誕生した側面に注目して、民主主義に内在する重大な欠陥、あるいは、衆愚の歴史的事例として見なされてきました。この歴史的前例を以って、政治を国民感情に任せるリスクが強調され、それ故に、多数派国民の感情に左右されかねない民主主義を否定する論拠としても用いられてきたのです。しかしながら、ここで考えるべきは、歴史の教訓として国民感情の高まりそれ自体を危険視するのではなく、戦間期に当たるワイマール体制下において、国民多数が国家社会主義へと追い込まれた因果関係を探ることではないかと思うのです。

 この視点からすれば、ナチス・ドイツの出現を準備した要因として、連合国側の過酷な対独賠償要求や第一次世界大戦後の社会民主党政権の国家運営の如何にまで踏み込む必要があるのでしょう。同大戦の終結は、キール軍港の水兵の反乱による‘ドイツ革命’を機にヴィルヘルム2世が退位するという事態を受けて、無条件降伏に近い形での停戦に至ったものであり、戦争自体は、フランス国内を戦場としたドイツ軍の優位に展開していました。戦時にあってドイツ領が連合国軍に占領された、あるいは、首都が陥落したわけでもないにも拘わらず、ヴェルサイユ条約の締結により、敗戦国として厳しい軍備制限や天文学的な賠償等を課されたドイツ国民の多くは、釈然としない感情を抱いたことは想像に難くありません。

 また、ドイツ革命を起こした主力がユダヤ人党員の多い共産主義者であったことは、その‘教祖’であるカール・マルクスやロシア革命の指導者であったレーニンがユダヤ人であったことと相まって、反ユダヤ主義の感情を呼び起こしていたのです。そして、戦争によって家族を失い、ハイパーインフレによって財産を失って失意のどん底にあったドイツ人を横目に、混乱を機にドイツ人の資産を安値で買い取り、富裕となったユダヤの人々の共感性の欠けた振る舞いは、一般のドイツ人の感情をさらに逆なでしたことでしょう。

 一般の人の公平感覚に照らしても不当と言わざるを得ないドイツに対する冷酷な措置がドイツ人一般の感情を害したのは理解に難くなく、こうした自然な感情的反発を利用したのが、ナチスであったとも言えます。そして、ドイツの悲劇は、ナチスのみが、この一般のドイツ人の不条理に対する怒りや不満を吸収し得た唯一の政党であったところにあるのかもしれません。第一次世界大戦によって齎された不当とも言える仕打ちに対して、仮に、ナチスの如くゲルマン民族優越主義や拡張主義に殊更に訴えることなく、より平和的、かつ、穏当な方法でその是正を図ることを基本方針とする健全な保守政党が存在していれば、あるいは、歴史は変わっていたかもしれないのです。

 目下、日本国民を含めて、祖国喪失のリスクを懸念し、移民政策に反対する一般国民は少なくありません。ナチス政権誕生が残した歴史の教訓が、一般国民の不満が行き場を失い、国民多数が国家社会主義といった全体主義政党への支持へと追い込まれたところにあるとするならば、今日なおも、歴史の繰り返しに警戒すべきと思うのです。

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南北首脳会談-悪しき南北トップの利害一致?

2018-09-17 14:57:52 | 国際政治
南北会談2日目に合意内容発表も 18日から開催
本日の産経新聞朝刊の第一面の記事に拠りますと、文大統領は、今月18日から20日にかけて予定されている南北首脳会談に際し、財界のトップを含む200名を超える大訪朝団を結成して平壌に赴くそうです。国連の制裁決議違反とする指摘がありながら、何故、南北両国は、かくも融和を急ぐのでしょうか。

 訪朝団の規模としては、前回2007年の規模を100名ほど下回るものの、それでも、訪朝団リストには、サムスン、SK、LG、現代自動車、ポスコなど、韓国を代表する財閥系企業のトップが名を連ねています。その意味するところは、米朝首脳会談以来、先軍政治から‘先経政治’へと方向転換を図っている金正恩委員長の姿勢に同調し、韓国側にも経済協力の準備があることを示したかったのでしょう。両国が手を結べば、両国ともウィン・ウィンの関係になると…。

 しかしながら、南北の経済協力による‘勝者’は、何れも両国のトップ層に偏ることになりそうです。何故ならば、韓国財閥は、北朝鮮の安価な労働力と天然資源を利用して、グローバル市場での価格競争力を高める思惑があり、北朝鮮の独裁者である金委員長は、韓国の財閥系企業を自国に誘致することで、天然資源の売却益を得ると共に、韓国系企業に雇用された自国民に支払われる賃金から中間マージン(表向きは課税?)を採ることもできるからです。両者の思惑は見事に一致しており、韓国の財閥系企業が利益と市場シェアの拡大を期待する一方で、北朝鮮の独裁者とその取り巻きは、中国の改革開放時の共産党員と同様に、独占的な利権者として特権的利益を貪ると共に、韓国から体制保障を取り付けたに等しくなるのです。

 韓国財閥と北朝鮮の特権階級のみに注目すれば、確かに両者は共に‘勝者’となるのですが、この協力関係は、両国の国民にとりましては、期待外れとなるかもしれません。当初は南北融和ムードに両国とも歓迎一色となるのでしょうが、この熱狂は、長続きしそうもないのです。韓国の財閥系企業が北朝鮮に製造拠点を移せば、目下、失業率の高さに悩む韓国の雇用状況はさらに悪化するでしょうし、北朝鮮に対する経済支援の費用も、韓国国民の肩に重くのしかかります。北朝鮮側でも、韓国企業の席を切ったような進出は、韓国系企業に職を得た国民とそれ以外の一般国民との所得格差を実感させますし(韓国系企業に雇用された国民も、低賃金労働を搾取と見なすかもしれない…)、中国と同じ道を歩み、独裁体制下における特権階級の利権独占に対する不満も高まることでしょう。そして、日本企業を含む他国の企業にとりましても、韓国企業群による戦略的北朝鮮利用は、コスト競争力において脅威と映るはずです。

 韓国側は、南北経済協力が実現すれば、莫大な利益が転がり込む金委員長に対する、いわば、非核化への‘呼び水’として、訪朝団に財閥メンバーを加えているのかもしれません。そして、この基本方針が韓国経済トップと北朝鮮政治トップとの間だけの‘握手’であるならば、北朝鮮が非核化してもしなくとも、何れにしても両国の国民には将来に向けた明るい展望が描けないこととなります。このように考えますと、北朝鮮の独裁体制を残したまま南北を融和させようとする文政権の方針は、‘握手’ならぬ‘悪手’であって、何かが根本的に間違っているように思えるのです。

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多言語空間化する日本国の不条理

2018-09-16 15:03:41 | 日本政治
 横浜駅の構内を歩いていると、スピーカーから長々と中国語による案内が響いてきます。プラットフォームでは、今流行のファッションに身を包み、スマートフォンを片手に日本語でしゃべっていた若い女性が、通話の相手を変えたのか、やおら中国語でまくしたてています。一体、ここは、何処なのでしょうか。

 横浜には戦前より中華街があるため、中華化現象は全国的ではないと信じつつも、中国からの観光客激増に応えるかのように、近年、駅での表示板や案内板では日本語に加えて中国語とハングルが並ぶようにもなりました。日本国でありながら異国のような空間の出現に、どこかで何かが違っていると漠然と感じる国民も少なくないはずです。国土交通大臣のポストが公明党議員によって占められていることも影響しているのでしょうが、事実上の移民政策を前にして、日本国政府は、外国人の受け入れ態勢の整備に動いていますので、日本語教育の充実を謳いながらも、今後、このような事例は増えてゆくかもしれません。

 それでは、一般の国民が抱く多言語空間化に対する違和感、あるいは、不条理感はどこから来るのでしょうか。この問題を考えるに当たって確認すべきは、時間と空間は有限であると言うことです。当たり前と言えば当たり前のことなのですが、殊、政治や社会の枠組について考える場合には、この有限性は重要な意味を持ちます。何故ならば、今日の国民国家体系の基本原則となる民族自決、並びに、一民族一国家の原則は、民族的纏まりに一つの国家を有する正当な権利を与えており、そして、言語こそ、民族の枠組を識別する最大の決定要因とされているからです。つまり、コミュニケーション手段である言語の共有こそ、その集団が長きにわたる歴史を経て一つの社会を形成していた証であり、独立した国家を有する政治的権利の根源とも言えるのです。言い換えますと、国民が自らの国家領域おいて自国の言語を誰憚ることなく使えるのは、今日の国際体系である国民国家体系が、有史来の人類の民族別分散定住を前提とし、多様化した民族集団の其々に自らの領域とそこで経過する時間に対する使用の排他的権利を与えているからに他ならないのです。

 このように考えますと、何故、多言語空間化に不快な感情を抱くのか、その理由も見えてきます。時間と空間の使用には国家領域に限定された有限性があり、その国の国民の正当な権利であるならば、他の言語の使用は、この権利の他民族への譲渡ともなりかねないからです。例えば、上記の駅の構内放送の場合、同一の内容を中国語で放送するには、日本語とおよそ同程度の時間を要します。つまり、一般の日本国民が圧倒的多数であったとしても、時間と空間の使用時間については日中同等となり、中国語が放送されている時間にあっては、放送が届く範囲内における言語空間が中国化してしまうのです。

 今後、外国人労働者や事実上の移民が増加するにつれ、中国語やハングルのみならず、他の言語についても、平等原則を徹底すれば同様の扱いをせざるを得なくなるかもしれません。先日も、外国人生徒の多い小学校では、運動会において多言語放送が実施されたことが、新たな試みとしてTVで好意的に紹介されておりましたものの、多言語放送ですと、一つの事を伝えるのに、言語の数だけ時間を費やさざるを得ません。国民国家とは、この意味においても、本来、最も効率の良い国家形態なのです。日本国政府は、外国人観光客や移民の受け入れについてプラス面ばかりを強調しておりますが、日本国民の空間が狭まり、異空間が広がるのでは、不満や不安ばかりが募るのではないでしょうか。

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‘見えない米中戦争’は始まっている-急がれる日本国の決断

2018-09-15 15:28:20 | 国際政治
トランプ米大統領、2000億ドルの中国製品に追加関税指示=関係筋
渋っていた中国が米中貿易協議に応じるとの情報が伝えられた矢先、アメリカのトランプ大統領が、予定していた22兆円規模の対中制裁関税の実施に向けて措置を採るよう命じたと報じられております。今後は、さらに30兆円規模の制裁関税を上乗せする計画も明らかとなり、米中貿易戦争はいよいよ全面戦争へと向かうようです。

 アメリカの対中貿易赤字は、米商務省の統計によれば、2018年2月の時点で、前年比で8.1%増加して凡そ41兆円(3752億ドル)となり、過去最高額を記録しています。この数字に照らせば、膨大な対中貿易赤字を一気に削減しようとするトランプ政権の強い意気込みが感じられるのですが、中ロの接近が顕著となり、北朝鮮の非核化問題が拗れるにつれ、対中貿易戦争は米中間の貿易不均衡是正のみを唯一の目的とはしていない、とする見解が急速に支持を集めるに至っています。輸出大国となった中国は、その経済力を踏み台にした軍事力により、今や、アメリカのみならず、国際社会において深刻な平和に対する脅威として立ち現われているからです。

 第二次世界大戦後の国際社会は、長らく冷戦構造下においてソ連邦が超大国としてアメリカと肩を並べつつも、基本的にはアメリカが仕切っており、ソ連邦を筆頭とする東側陣営は、どちらかと言えば主流派に対する‘抵抗勢力’の立場にありました。そして、アメリカが他の諸国、並びに、一般国民からの支持を受けて‘世界の中心国’となり得た理由は、抜きんでた軍事力にもまして、曲がりなりにも、自由、民主主義、法の支配、基本権の尊重といった人類普遍とされる価値の擁護者であったからに他なりません。もちろん、時にはアメリカの露骨な国益追求が表に出て、国際的な批判を受けることもあったのですが…。普遍的な諸価値の標榜は、それが、人の自然的な感情や良心に基づくが故に、誰もが抗えないアメリカが有する最強の‘ソフト・パワー’であったと言えます。

 一方、今日の中国は、人類社会の自明の理とも言える普遍的な価値など、一顧だにしていません。それどころか、持てる資源と科学技術力の全てを軍事面に注ぎ込んだソ連邦と同様に、情報・通信分野やコンピュータ部門で培われてきた高度先端技術をも、アメリカを越えるハイテク兵器の開発のみならず、これらの諸価値を破壊するために積極的に活用しています。その破壊力は、中国国内のみならず国際社会にも及んでおり、非民主的な体制を敷く国家を蔭から支援し、国連までも自らの影響下に置こうとしているのです。

しばしば中国は魅力的な‘ソフト・パワー’に乏しいと指摘されていますが、強制力としての‘ハード・パワー’さえあれば前者は不要と見なしているのでしょう。中国と比較すれば、アメリカは、独裁者に対して寛容であるとされるトランプ政権下にあってなおも価値志向の強い国と言えます。そして、将来において暴力主義国家である中国が君臨する国際社会が出現するとすれば、それは、中心国としてのアメリカの地位を揺るがすのみならず、全ての諸国と国民にとりまして、暗黒時代の到来を意味します。自国が中国に従属し、社会や文化も中華色に染まる未来を歓迎する国民は、何処にもいないはずです。

米中貿易戦争が‘見えない米中戦争’であるならば、日本国政府は、迷わずに、同盟国であるアメリカと共に対中貿易戦争に加わる、即ち、中国の経済力を削ぐ措置を採るべきなのではないでしょうか。同盟国としての義務のみならず、また、自国の安全のみならず、人類の普遍的な諸価値を擁護する国として。

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量から質へのシフトこそ人類の転換点では?-規模の時代は続くのか

2018-09-14 11:19:51 | 国際政治
“外国人の労働環境整備”検討会が初会合
グローバリズムとは、イノベーションや創造性と言った言葉と共に到来したため、過去とは違う、何か新たな時代の始まりを予感させるものです。しかしながら、この現象を具に観察しますと、その本質は、むしろ、規模の拡大に価値を置くという意味において、近代以降の思考・行動原則と何らの変わりがないように思えます。つまり、今日もなお、人類は規模の時代を生きているのです。

 古来、戦争の発端の大多数は、利己的な規模の追求にありました。近代以降は、領土拡張や異民族支配の欲望に加え、経済分野における規模志向も加わり、それは、植民地の獲得競争を含む列強間の勢力圏争いにまで発展しました。この時代、その先兵となったのは、西欧列強各国において設立された半官半民とも言うべき東インド会社でしたが、今日では、多国籍化したグローバル企業群が、全世界を自らの市場とし、M&Aを積極的に仕掛けながら規模を追求しています。グローバル化とは、企業が規模を追求するための環境整備であり、世界各国の政府は、この方向性こそ人類の唯一の未来と信じ込んでいるかのように、何らの疑いを挟むことなく自国を気前よく‘開放’しているのです。

 デカルトの懐疑主義が近代合理主義精神の出発点となったことからしますと、現代の人々の方が、迷信的で頑迷な前近代人のメンタリティーに近いのではないか、とさえ疑ってしまうほどなのですが、規模の拡大を第一とする思考や行動は、上述したように、植民地化や古来の共同体の崩壊を帰結し、今日では、移民の増加や雇用不安といった負の問題をもたらしてきました。光もあれば影もあるのです。しかも、現代のクローバリズムは、IT、AI、ロボットといった新たなテクノロジーの開発やプラットフォーム型のビジネスによって、人々のライフスタイルや社会までをも変え、さらには、国民をも融解させる勢いです。

そして、規模を原則とする限り、近い将来、規模に優り、基本技術を抑えるGAFAや中国系巨大企業によって、その他もろもろの企業は巨大企業の世界戦略に組み込まれ、下請けや部材提供者として生き残るしか道は残されていないかもしれません。人々の生き方も一新され、単なる労働力提供者に堕すと共に、一部の保護された観光地を除いて、地球上は、‘何処に行っても同じ風景’という、多様性とは裏腹のモノトーンな世界に変貌することでしょう。

 日本国で深刻視されている少子化問題も、規模に価値を置くからこそ、政府は、移民推進政策で解決しようとするのでしょう。13億の人口を擁する中国でも、既に一人っ子政策を放棄しておりますし、途上国のみならず、先進国でも移民系が牽引役となって人口増に転じる国も少なくありません。しかしながら、人口大国の座を競う中国やインドを含め、あらゆる国が人口増加を目指せば、天然資源には限りがありますので、爆発的に増加した人口を地球が養えるとも思えません。さらに、こうしたグローバル企業の効率性と採算性の追求は、ロボットやAIの導入を加速化させますので、やがては世界規模の人余り状態が生じるとも予測されます。こうした未来像がおぼろげながら浮かび上がるにつれ、グローバリズム初期の‘わくわく感’は、今や未来に対する言い知れない‘不安感’に変わろうとしているのです。

持続可能、かつ、一人一人が豊かな生活を送るようになるためには、そろそろ規模を原則とする競争を止め、質の高さこそ新たな原則に据えるべきなのではないでしょうか。グローバル企業が新たな‘植民地支配’と批判されるのも、それが、旧来の規模追求型であるからに他なりません。質への転換とは、規模の大小に拘わらず、あらゆる企業にチャンスを与えるグローバル市場を一部に留めつつ、歴史や国民性に裏打ちされた各国の固有性を活かした厚みのある経済を実現し(グローバリズムの犠牲に供さない…)、世界各地において、固有のテクノロジーが生まれる余地が残されている真に多様な世界を意味します。人類史に新たな一ページが開かれるとしますと、それは、量の局限化ではなく、量から質への基本原則の転換、即ち、質の時代への移行なのではないかと思うのです。

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AI時代の到来は時期尚早?-人の脳は量子コンピュータ型?

2018-09-13 13:31:12 | 社会
ネット、新聞、TVなど、あらゆるメディアにおいてAIの文字を目にしない日は珍しく、AIこそ、今日という時代の寵児の観があります。ディープ・ラーニングの開発により一躍主役に躍り出たAIなのですが、果たして、AIは、人に替ってあらゆる物事を決定する存在となるのでしょうか。

 ディープ・ラーニングは、AIに、人と同じように自ら学習し、独自に判断する能力を身に着けさせた点で、高い評価を受けています。この独自判断力こそが、行き詰っていたAI研究のブレークスルーとなったわけであり、AIをして人と同列に並ばせた、もしくは、追い越させたとも言われています。研究者の多くは、やがてAIは、全く人と同じように自らで考え、独立した意思=自我を持つに至ると主張しています。しかしながら、この楽観的な見解には、重大な盲点があるように思えます。

 その盲点とは、現在の科学技術のレベルを以ってしても、生命誕生の謎どころか、人を含む生物の意思の由来さえ、全くと言ってよい程、解明されていない点です。人が、自分自身の存在の根源さえ解き明かしていない段階にあって、AIに人と同じ機能を持たせることは不可能な作業です。仮に、人の知性の働きを人工的に再現させるならば、人の脳機能のメカニズムを完全に把握する必要がありますし、それを設計して製造する技術も特殊素材も要します。もしかしますと、このレベルに至るにはここ数十年の年月を費やしても到達できないかもしれません。また、肉体と意思とを別物とする心身二元論、あるいは、魂実在論が正しければ、人の脳を人工的に再現しても、AIに意思が発現するとは限らないのです。

 加えて、ディープ・ラーニングは、従来のデジタル式のコンピュータ技術の延長線上にありますが、人の脳機能は、時空を離れて同時解析が可能な量子コンピュータの仕組みに近いのではないか、とする説があります。様々な要因や情報を一瞬のうちに統合して判断する能力は、量子コンピュータに期待されている能力ですが、人も、五感を同時に働かせて判断することがありますし、直感や第六感なるものもあります。記憶量や解析速度等においてAIは人の能力を遥かに凌駕し、多数の選択肢の中から最適解を絞り込む能力にも優れ、自律的に判断もしますが、可能性が未来に向けて開かれている場合、複雑な要因を同時的に考慮し、過去に存在しない創造的な解を見出してゆく能力は、量子コンピュータ的な頭脳を有する人の方が優っているかもしれないのです。

 今日では、AIと量子コンピュータとの融合を図る研究も進められており、近い将来、AIの中心的な研究領域は、後者に移る可能性もあります。しかながら、それでも、この研究の前には、人の意思の解明という生命科学上の難題が立ち塞がっております。このことは、人類が優先して進めるべきは自ら自身に対する研究であり、いささかオカルト的な響きに拒絶反応が起こりがちですが、科学が人の心や魂の問題にも真摯に取り組むべきことをも示唆しています。今日の量子論の発展は、生命現象の不思議ともリンケージしており、物理学と生物学とのその極限における接触と融合は、今日的な課題でもあるのです。

 以上のように考えますと、現段階でAIを人に替る万能の知的存在として位置付けるのは些か時期尚早のように思えます。むしろ、全面的な人との代替を目標とするのではなく、AIが人より優れている部分を切り分けて、限定的な活用を試みるべきではないでしょうか。そして、むしろ、AIが自我を持たないとする特徴は、全ての人に対する公平な立場、あるいは、‘無私の心’を表すかもしれません。人とは、他者の意思に支配されることを本質的に嫌いますので、AIの、この‘自分がない’という特質をプラス方面に利用すれば、あるいは、一部の貪欲な人々の私利私欲に振り回されてきた人類にとりまして、僅かなりとも救いとなるかもしれないと思うのです。

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日本国の安全を脅かす中ロの地政学・地経学的脅威の再来

2018-09-12 13:30:48 | 日本政治
日中首脳会談 首相「両国の協力の地平線は広がりつつある」
北朝鮮に対するアメリカの圧力が強まるにつれ、背後で同国を支えてきた中国とロシアは軍事的結束を強めています。ロシア軍が極東、並びに、シベリアで今月11日に開始した大規模軍事演習には中国軍も参加しており、おそらく、仮に、トランプ政権が北朝鮮に対して軍事制裁に踏み切る場合には、第三次世界大戦をも‘人質’とした軍事的支援を行う準備があるとするメッセージなのでしょう。中ロ接近は、アメリカの同盟国である日本国に対する効果をも狙っており、この脅威は、他人事ではありません。

 明治以降の歴史を顧みると、ロシアは、常に日本国の軍事的行動を方向づけてきました。日露戦争は言うまでもなく、それに先立つ日清戦争も、直接的な対戦国は清国であったものの、主たる開戦理由は、‘ロシア帝国の南下政策が忍び寄っていた朝鮮半島の安全を確保するために、清国の冊封下にあった李子朝鮮国を独立させる必要性があった’から、と一先ずは説明されています。第二次世界大戦後は、冷戦構造における東西陣営の線引きが日本国とソ連邦を隔てたため、対立関係は当然のことのように引き継がれたのです。

 一方、中国との関係を見ますと、上述した日清戦争以降も、同国との軋轢は日本国を泥沼の戦いに引き込む最大の要因となってきました。女真族の故地であった満州国の正当性をめぐり、日本国は、国際聯盟を脱退するに至り、その後は、盧溝橋事件、あるいは、それに続く第二次上海事件等を発端として、日本軍は、半ば内戦に干渉する形で、長く苦しい大陸での戦争を闘うこととなるのです。その後、共産党が内戦に勝利をおさめ、中国大陸で共産党一党独裁体制が成立すると、計画経済の失敗により中国の軍事的脅威は著しく低下し、暫くの間、中国は、日本国の安全保障を脅かす、あるいは、軍事行動を引き起こす存在としては認識されない状況が続くのです。

 ところが、80年代後半に至ると、上記の様相は一変します。東欧革命を経てヨーロッパにおける冷戦が終結してソ連邦が崩壊する一方で、中国は、政治的には共産主義を堅持しながら、経済的には、改革開放路線に舵を切るからです。この時、日本国は、いささか楽観的な見通しの下で、こうした変化に対処したように思えます。冷戦の終焉と同時にソ連邦の脅威も消滅したかのような錯覚に囚われましたし、中国に対しても、依然として共産主義国家である事実を直視しようとはしませんでした。そしてこの忘却とも言える態度は、今日なおも、政府から民間に至るまで日本国内に蔓延しています。

 純粋に地政学的な見地に立ちますと、日本国は、中ロに南北から挟まれる形勢となりますので、両国が軍事的脅威であることは昔も今も変わりはありません。しかも、中国は、世界第二位の経済大国にも成長しており、地政学のみならず、経済力を政治的目的に用いる国家の行動に注目した地経学の観点からも、周辺諸国に重大な脅威を及ぼしているのです。今日、日本国は、その歴史上はじめて中ロの両国による地政学、並びに、地経学上の脅威に直面していると言っても過言ではありません。言い換えますと、戦後に多大な犠牲の上に構築されてきた国際法秩序が崩れ、国際社会が無法地帯化した場合、戦前にも増して、日本国は、政治経済の両面において危機的な状況に置かれることが予測されるのです。

 日ロ間に横たわる北方領土については、日本国政府は、ロシア側が否定しているにも拘わらず、平和条約交渉の進展を理由に対ロ経済協力を進めようとしておりますし、中国に対しても、13億の市場に対する期待感からか、日中経済協力を深めようとしています。しかしながら、予測される危機に思い至れば、日本国は、ロシアが経済力を備えた第二の中国とならぬよう(両国の伝統的な戦略は、敵を大陸奥地まで誘き入れ、退路を断って殲滅する…)、資金と技術を求めるロシアには対しては協力を慎むべきですし、市場規模の魅力と笑顔で手招きをする中国に対しても距離を置き、アメリカと歩調を合わせて経済制裁に転じるのが、長期的な視点からすれば得策のように思えるのです。

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第2回米朝首脳会談はどちらのイニシャチヴか?

2018-09-11 13:05:14 | アメリカ
2度目の米朝会談提案=正恩氏、トランプ氏に書簡
今月10日、アメリカのサンダース報道官は、記者会見の席で、トランプ大統領が、北朝鮮の金正恩委員長から二度目の米朝首脳会談の開催を求める書簡を受けとったことを明らかにしました。トランプ大統領は、この要請に快く応じる姿勢を見せていますが、何故、北朝鮮は、今の時期に二度目のトップ会談を申し出たのでしょうか。

 金委員長からの書簡を受けての開催となりますと、二度目の首脳会談の時期は、北朝鮮側が決定したこととなり、米朝関係のイニシャチヴは、一先ずは北朝鮮側が握る形となります。米研究機関やIAEA等の分析によりますと、6月12日の第一回米朝首脳会談以降も、北朝鮮は、核、並びに、ICBMの開発を秘かに継続しているそうですので、開発の進捗状況から判断し、北朝鮮側が、アメリカに対するさらに強力な交渉材料を手にしたとする自信を得ている可能性もあります。つまり、第一回首脳会談での合意、あるいは、口約束を半ば反故にし、第二回目においては、中国の黙認の下で開発に成功した核やICBMの脅しにより、より有利な条件をアメリカから勝ち取ろうとする、北朝鮮側の思惑が推測されるのです。

 このシナリオは、当事国であるアメリカ、同盟国である日本国、そして、国際社会にとりましてはまさに‘悪夢’なのですが、同会談が、公式には北朝鮮側からの要請とする体裁をとりつつも、アメリカ側の圧力によるものであると想定しますと、別のシナリオもあり得ます。先日、ポンペオ米国務長官の訪朝が、北朝鮮の非協力的態度を理由に突然にキャンセルされた一件は記憶に新しいところであり、また、先日、米高官の一人が、トランプ大統領が書いた北朝鮮への軍事制裁を示唆するツウィートの下書きを見て、あまりの脅迫的な内容に投稿を思い止まらせたとする旨の証言もあります(訂正:この情報は、米中首脳会談以前の段階のもののようです。)。一方の北朝鮮側の動きを見ても、先日の軍事パレードではICBMは登場せず、金委員長の談話でも、先軍政治路線時代には‘お決まり’であった好戦的な言い回しが影を潜め、経済発展を力説していたそうです。こうした北朝鮮側の軟化ぶりはアメリカへの配慮以外に考えられえず、上述したシナリオとは矛盾します。もっとも、第二回米朝首脳会談のその日まで、北朝鮮は、秘かに磨いてきた鋭い爪を隠しておこうとしているのかもしれませんが…。

 表向きは北朝鮮、あるいは、その背後の中国がイニシャチヴを採っているように見えながら、その実、第2回米朝首脳会談の真の発案者がアメリカであるとしますと、トランプ政権は、いよいよ北朝鮮に対して重大な選択を迫ろうとしているのかもしれません。それは、アメリカが納得する形で完全なる非核化を実行するのか、それとも、軍事制裁を覚悟するのか、という…。トランプ大統領としては、11月の中間選挙、あるいは、その先の再選への好影響を見越して、目に見える外交上の実績を国民に示す必要がありますので、この時期での第2回米朝首脳会談は、政治日程としても好都合です。そして、仮にアメリカ主導説が正しければ、第一回米朝首脳会談は、どちらかと言えば、金委員長に主役を獲られたような‘政治ショー’でしたが、今度ばかりはトランプ大統領も主役を譲ることなく、アメリカの有権者を意識した自らがヒーローとなる‘政治ショー’を演出するはずです。

 他のファクターが働いて、全く別の方向に向かう可能性もあるのですが、以上に述べてきたように、米朝両国にあって、どちらがイニシャチヴを握っているかによりまして、予測され得るシナリオは随分と違ってきます。何れにしても、第2回米朝首脳会談によって、第1回米朝首脳会談において残された‘曖昧さ’が拭い去られ、中国やロシアも絡み混戦模様が続く朝鮮半島情勢がより明確な輪郭を現すのではないでしょうか。

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国松長官狙撃事件を推理する-国際的な地下水脈はあるのか?

2018-09-10 15:33:47 | 国際政治
先日、NHKスペシャルのシリーズ番組、「未解決事件」おいて、1995年3月30日に発生した国松長官狙撃事件を取り上げておりました。同シリーズは、ドキュメンタリーと再現ドラマとを組み合わせて立体的に事件を検証し、未解決事件となった真相に迫るというコンセプトで製作されているようです。

 今般の「警視庁長官狙撃事件」も、オウム事件との関連が指摘されながらも、結局は迷宮入りしてしまった謎を追求しています。同番組は、警視庁捜査第一課の原雄一刑事の奮闘を軸に展開しており、全体的な流れとしては、当初、警察がオウム真理教教団による犯行との見立てを公表してしまったため、警察の面子、公安部と刑事部から成る警察内部の確執、公益との兼ね合い等から、真犯人として名乗り出た中村泰なる人物を逮捕できず、公訴時効の日を迎えてしまった経緯を描いています。言い換えますと、その供述や経歴からして実行犯である可能性が極めて高いにも拘らず、オウムとの関連性を立証できない、つまり、オウムとは無関係であったことがネックとなり、中村容疑者の不逮捕に至ったこととなります。

 しかしながら、憶測の域はでないものの、オウム真理教と中村容疑者を結ぶ国際的な地下水脈が存在していたと仮定すれば、この謎は、すんなりと解けるかもしれません。同番組では、上記のストーリーを強調するために、両者の間の関連性を一先ずは否定しています。再現ドラマの後半部分には、中村容疑者自身が、原刑事に対して‘私が、オウムから依頼されて事件を起こした、ということにしてはどうでしょうか’と‘虚偽’の自白の採用を持ちかけており、‘これは、悪魔の取引です’と語るシーンを設けています。NHKとしては、視聴者に対して無関係のイメージを与えたかったのでしょうが、同番組、並びに、ネット情報等から、オウム真理教と中村容疑者との関連性を疑わせる幾つかの事実を拾うことができます。

 示唆的事実とは、(1)中村容疑者の父親は、南満州鉄道の職員であった、(2)同容疑者は、1940年に帰国して1949年に東大に入学するものの、その時、実弟の証言によれば、自らの過去の写真を全て破棄するという奇妙な行動をとっている(背乗りの疑い?)(3)帰国後、同容疑者は、旧制水戸高校時代に5.15事件に参加した極右団体「愛郷塾」のメンバーとなるものの、東大入学後は左翼革命思想へ転向している。革命資金調達のために銀行強盗を繰り返し、無期懲役刑で収監されるが、服役期間にあってチェ・ゲバラの思想に心酔し、スペイン語までマスターする、(4)出所後には、度々渡米して射撃訓練で銃の腕前を鍛えると共に、日本への銃密輸に手を染めている、(5)渡米期間中、現地のメキシコ系女性の母娘と事実上の家庭を設けている、などがあります。これらの事実を繋ぎ合わせますと、戦前から繋がる国際的な地下水脈を推測することもできないわけではありません。

満州国では、日本人共産主義者も数多く雇用されており、自らの理想の実現を同国に求めたとする説もあります。国家社会主義と共産主義とは対立的に見えて(両者は同根?)、共に全体主義体制を志向する点で相互転換が容易な傾向にあり(アイゼンクのパーソナリティー分析)、中村容疑者の思想的な変転、あるいは、両思想の混在は、まさにこの傾向性で説明されるのです(革命派でありながら、同容疑者は、何故か、拉致問題に対しては憤慨している…)。中村容疑者は、満鉄職員であった父親から思想的な影響、あるいは、人脈を受け継いでいる可能性もあり、番組に登場した実弟も、凶悪犯罪者であるにも拘わらず、同容疑者に対しては擁護的でもありました。そして、その思想的特徴は、北朝鮮という国家にも共通しています。国松長官狙撃事件の現場には北朝鮮のバッチが残されており、同国との関連性も謎とされていますが、同容疑者の背景は、北朝鮮、さらには、ロシアといった共産主義との関連が深い諸国との接点を窺わせるのです。

 加えて、もう一つ、可能性として指摘できるのは、中村容疑者とメキシコ人女性を介した国際共産主義組織との関係です。番組では、在米メキシコ人の母娘は中村容疑者の犯罪歴等については何も知らなかったとしていますが、獄中でスペイン語を習得するぐらいですから、同容疑者は、計画的にヒスパニック系の‘革命の同志’を探していたと推測されます。不可思議なことに、実際の母娘は明らかにヒスパニック・インディオ系の容姿をしているのですが、再現ドラマでは、何故か、ヒスパニック色の薄い白人系の女優が演じていました。NHKの意図は、中村容疑者と中南米一帯に張り巡らされている国際共産主義ネットワークとの関係が疑われるのを避けたかったのかもしれません。

 また、中村容疑者には協力者が複数存在しており、単独犯と云うよりは組織犯の疑いが濃く、警察内部に協力者があったか、もしくは、獄中で面会した複数のメディア関係者に協力者があり、情報伝達、あるいは、上部からの指令伝達の機会として利用していたとも考えられます。

一方、オウム真理教も、その教祖の松本智津夫は、旧満州地域に近い北朝鮮出身者であり、事件当初より、サリンの製造技術の供与など、北朝鮮やロシアとの関係が指摘され、マスコミにもオウム真理教の協力者があって、サブミリナリーという一種の洗脳映像を放映したTV局もあり、東大卒などの高学歴者や元左翼活動家が教団に加わってもおり、警察内部にも協力者がありました。

このように、両者には、共通点、あるいは、接点が見られます。オウム真理教、並びに、中村容疑者を背後から操ったのが共に国際共産主義組織であったと仮定しますと、点と点が繋がり線となるかのように、国松長官狙撃事件の謎も解けてくるように思えるのです。乃ち、両者には直接的な関係はないものの、それぞれ同一の指令部からの別々の命令を受けて行動し、一連の事件を起こしたとも推理できるのです。オウム真理教が、国権簒奪、即ち、国家転覆を目的とした教団であった理由も、その背後の国際組織の目的が極めて政治的であったからなのでしょう。同狙撃事件の目撃証言との食い違いも、同組織が、事件の捜査を徒に混乱させ、未解決へと導くために両者に同時に行動を命じたとすれば説明がゆきます(とはいえ、中村容疑者が真犯人とは限らない…)。

同事件の真相は、国際共産主義ネットワークのさらにその奥にまで踏み込む必要もあるのでしょうが、オウム事件の闇が晴れる日は、近代以降、日本国を覆ってきた歴史の深い闇も消え、ようやく呪縛が解けて新たな一歩を踏み出す日となるのではないかと、ふと、予感するのです。

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アメリカは増加する関税収入を何に使うのか?

2018-09-09 14:02:36 | 国際政治
中国、対米黒字が過去最大=貿易戦争激化へ―8月
米中貿易戦争により、目下、アメリカも中国も、相手国からの輸入品に対して高額の関税を課しています。今年の7月10月に発表された第3弾となる追加関税案では、衣料品や食料品といった幅広い日用品を含む6031品目がリストアップされており、その規模は凡そ22兆円にも上るそうです。

 第3弾まで発動されますと、米中貿易戦争は‘全面戦争’の様相を呈するのですが、高率の関税の設定は、自動的にアメリカの国庫に関税収入が転がり込んでくることを意味します。それでは、対中制裁関税で増えた関税収入分を、トランプ政権は、一体、何に使うのでしょうか。

 アメリカは、長年に亘って双子の赤字、即ち、貿易赤字と財政赤字の二つの赤字に苦しんできました。今般のトランプ政権による関税率の引き上げは、前者の赤字に対する対策の一環として理解されます。この政策効果として歳入が増加し、この増収分を財政赤字の削減に役立てれば、一石二鳥で双子の赤字問題は解消へと向かうことでしょう。現状では、対中貿易赤字はむしろ拡大しており、成果らしい成果は確認されていないのですが(もっとも、代替が完了すれば減少に転じるかもしれない…)、第3弾まで歩を進めれば、中国の対米輸出は減少に転じるはずです。11月に予定されている中間選挙でも、この点を国民にアピールすれば、共和党に追い風が吹くかもしれません。財政赤字が改善されれば国債発行額も抑制できますので、米債が大量に中国に保有され、政治的カードとして利用されるリスクも緩和されます。

 内政を重視すれば、増収分を財政赤字の削減に用いる案は、政権支持率の上昇を見込めますので有力なのですが、外政に注目しますと、別の使途も考えられます。米中貿易戦争の背景には、経済分野のみならず、中国の覇権主義を抑え込むとする政治的目的も指摘されています。むしろ、後者こそ真の目的である可能性もあり、軍事力にものを言わせた中国の世界支配計画の遂行は、アメリカのみならず、国際社会の脅威とする認識が広がっています。こうした状況を考慮しますと、関税収入の増加分を対中軍事費に費やすとするのも一案となりましょう。この案が実現すると、中国は、対米輸出を増やせば増やすほど、米中間の軍事力の差が開いてしまうという深刻なジレンマを抱えることとなります。言い換えますと、この案でも、アメリカにとりましては、対中貿易赤字を削減できると共に、対中軍事的優位を保持することができますので、一石二鳥となるのです。

 高額関税の効果により中国からの輸入量が減少に転じれば、増加した関税収入も漸減してゆくのでしょうが、それでも、当面の歳入の拡大は、その使い道によっては政治的なチャンスともなり得ます。果たして、トランプ政権は、米中貿易戦争の副産物としての関税収入を、どのように有効活用するのでしょうか。

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