昨今、生成AIの登場により、人類社会は自らは思考力を失ってもAIに任せれば大丈夫、とする予測が広がっています。知的能力を判断基準とした未来像ですが、近未来においてAI社会が現実のものとなるか否かは、実のところ、人類の選択にかかっています。そして、日本国の近未来が、多文化共生社会になるか否かも、日本人の選択にかかっていると言えましょう。マスメディアは、こうした未来像を既定路線のように報じていますが、先の参議院議員選挙で民意が示されたように、日本国民の多くは、移民の受入並びに多文化共生社会への移行に強く反対しています。
それでは、何故、政府やマスメディアは、移民政策を推進しようとしているのでしょうか。移民政策反対を訴える日本国民の声を前にして常に登場してくるのが、‘人手不足論’です。少子高齢化が著しい現状にあって、外国人労働者に頼らざる得ない産業が増加しており、この問題がある限り、日本国民の多くが声を大きくして移民受入に反対しても無駄である、と言わんばかりなのです。とりわけ漁業での依存度が高いともされ、その他にも、農業、畜産業、建設業、中小の製造業、サービス、介護、コンビニなどの小売業、介護などの名が上がっています。
いささか横道にそれますが、仮に‘労働力不足’が正しいとしましても、同論では、‘労働力’ではない事業者や留学生等については説明が付きません。前者については、先日、経営・管理ビザ等の資格取得要件の厳格化の方針が示されましたが、日本国内で、深刻な‘事業者不足’が生じているわけではないからです。むしろ、日本の事業者にとりましてはライバル事業者が増えることになりますし、消費者にとりましても、高値買い占めや転売が物価高の一因ともなりかねません。同時に、中国経済圏の日本経済への浸透を加速化させています。後者の留学生についても、中国等の出身国での就職難を背景に留学生が卒業後における日本企業への就職を目指すとしますと、日本人学生の就職機会は狭まることでしょう(日本国政府は、日本企業に対して留学生の採用を後押ししているとも・・・)。
在留ビザの緩和措置をはじめ、他の政府の移民受入政策については根拠に乏しいため、労働力不足論に頼らざるを得ないのが現状なのでしょうが、その労働力不足も、移民反対を訴える国民を沈黙させるほどの説得力を備えているとは思えません。そもそも、人口が減少すればその分消費量も減少するのですから、無理をしてまで生産量を維持する必要はなく、供給量を減らす、あるいは、事業規模を縮小するという対応もあるはずです。人口規模と消費量が比例関係にあるとする視点が欠けているのです。
もっとも、外需型の輸出産業ではそうはいかない、とする反論もありましょう。しかしながら、円高の時期に既に日本企業の多くは製造拠点を海外に移しておりますし、円安の今日では、日本企業を買収したり、株式の取得大株主となった海外投資家やアクティビストの圧力に推されて、より安価な労働力としての外国人受入を迫られているようにも見えます。‘労働力不足’は国民向けの口実であって、実際は、より安価な労働力を求めた結果なのではないでしょうか。言い換えますと、移民の増加の真の原因は、自己利益の最大化を目指すグローバリズムにあるとも言えましょう。
上述した特定の産業や職種における人手不足の問題も、その実、グローバリズムが原因である場合もありましょう。たとえは、近年、水産業にあって人手不足が顕著となったのも、高値での取引を背景に海外への輸出量が増加しているからかも知れません(この結果、日本国内での供給減少により、水産物の価格が上昇・・・)。政府が農水産物の輸出を促進すればするほど、外国人労働者が増えてしまう、即ち、日本国は、外国人が外国向けに製品を製造する生産地に過ぎないという状態に陥りかねないのです。アメリカでも、トランプ政権の下で不法移民の取締を強化した結果、農業において人手不足が発生じたとする報告がありますが、何れの国であれ、外国人労働者に依存してまで輸出向けの農水産物を生産する必要はあるのでしょうか(他国の農民や漁民を苦しめることにもなる・・・)。発想を転換すれば、評価も捉え方も違ってきます。
グローバリズムの行く先が、超富裕層であるグローバリストにとっては理想郷ではあっても、その他の大多数の人々にとりましては生き地獄であることが分かってきた今日、日本国民もグローバリズムとは距離を置き、政府やマスメディアが敷いてきた既定路線から離れて別の道を進むべきように思えます。先ずもって、AI、量子、宇宙といった分野のみを先端技術とする固定概念に縛られることなく(これらは人類支配の道具ともなり得る・・・)、国内経済の強化に努め、幅広く国民生活を豊かにするテクノロジーの開発に努めるべきです。ここは、人の思考力が試される局面とも言えましょう。外国人に依存しない自立的な経済の構築を目指して各自が知恵を絞るべきですし、自らの道は自らで切り開くという気概が、日本国民をグローバリズムの脅威から救うのではないかと思うのです。